商標出願された炭治郎の着物の柄
 映画の興行収入が320億円を上回り国内歴代1位になるなど、社会現象を起こした「鬼滅(きめつ)の刃(やいば)」。作品だけでなく、緑と黒の市松模様など登場人物の着物の模様も「鬼滅柄」として人気だ。新型コロナウイルス禍での布マスクが広まりを後押ししたとみられ、便乗商品も多く、版元の集英社が商標出願する事態になっている。(藤井沙織)

 秋田県の伝統工芸・樺(かば)細工で作られた緑と濃い茶色の市松模様のブローチ。「去年からお客さんに『鬼滅柄』と言われるようになった」と話すのは、日本の伝統工芸品を販売する「アート&クラフト香月」(同県)のオーナー、冨岡浩樹さん(58)だ。商品の発売は鬼滅の刃が話題になる前だが、「おかげで販売イベントで足を止める人が増えた」と喜ぶ。
 主人公・竈門炭治郎(かまどたんじろう)の着物の緑と黒の市松模様や、妹・禰豆子(ねずこ)の着物の桃色の麻の葉模様は、作品を見ていない人にも鬼滅柄として知られている。ファン以外にも浸透した背景について、現代文化に詳しい近畿大の岡本健准教授は「作品のヒットとコロナ禍の重なりがある」と指摘する。
 昨年2月頃は新型コロナの感染が拡大する一方、使い捨てマスクは品薄。手芸用品販売の「手芸センタードリーム」(香川県)が同月から鬼滅柄の生地を全国で販売したところ、「子供の手作りマスク用にと、売れ行きが非常に良かった」(担当者)。岡本准教授は「街中に現れた鬼滅柄が世間にインパクトを与えた」と話す。

「推しの色」ひそかに
 作品やキャラクターのファンでも、鬼滅柄を身につけるのはためらわれることも。そこで、キャラの髪や瞳、衣装の色を「推しの色」として楽しむファンもいる。
 「なぜ緑色の厄よけのお守りばかり求められるのか不思議だった」。そう言って笑うのは、大分県別府市にある八幡竈門神社の西本隆秀宮司。同神社は名称が主人公と同じ「竈門」で、人食い鬼の伝説が残ることなどから、ファンの間で「聖地」とされる。
 1年ほど前からファンの参拝が増えると、緑色の他に桃色、黄色のお守りが極端に減るように。次第に炭治郎と禰豆子、仲間の我妻(あがつま)善逸(ぜんいつ)のイメージカラーだと気づいた。お守りの願意はそれぞれ厄よけ、安産、開運で、西本宮司は「お守りというよりグッズ」と苦笑い。そこで新たにこの3色で「御守」とだけ書かれたものを作った。
 こうした色とキャラの結び付けは、「特に女性の間に浸透する文化で、隠れファングッズのようなもの」と岡本准教授。例えば炭治郎なら緑と黒をアクセサリーやネイルなどに取り入れれば、外出先でもひそかに推しを忍ばせることができる。近年は聖地側も積極的にニーズに応え、作品やキャラを想起させる色のグッズを展開するなど、「制作者の権利に触れない範囲で楽しまれてきた」という。

イメージ保護には限界
 だが、集英社が炭治郎の着物の柄など6件を昨年6月に商標出願したのは、量販店などで鬼滅柄の商品が出回っているためだ。「悪質な便乗商品、違法なコピー商品を阻止し、正規品の流通を守る」と同社。出願対象はスマートフォンのケースやTシャツなどさまざまだが、生地は含まれない。
 特許庁によると、「マークや色彩を見た一般の消費者がブランドと認識するもの」でなければ登録されない。例えば出願された市松模様は「色彩のみからなる商標」に準じた審査になるとみられるが、今月13日時点で、この商標に出願された546件のうち登録は8件のみで、対象商品も限定される狭き門だ。
 弁理士の前渋(まえしぶ)正治さんは「他者の表現活動を不当に制限してはいけないというのが法の趣旨」と解説。便乗商法の問題は以前からあるが、作品やキャラの「イメージ」の保護には限界があるのが現状で、「作品が生み出す経済的価値は可能な限り守られるべきだが、時代に合わせ、イメージの保護も一定の範囲で認められていくことを期待する」と話している。

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