感染者数1232万人、死者数30万人――。新型コロナウイルスの感染拡大が続くブラジルが世界の震源地となりつつある。
感染爆発と呼ばれた昨年の2倍のペースで死者数が増加する一方、1年間にわたる経済活動の制限に市民の疲弊は限界に近づきつつある。

出口の見えない長いトンネルが続く、サンパウロを歩いた。

「父さん・・・」。泣き叫ぶ娘の肩を抱き寄せる母親。防護服に身を包んだ職員が地面に置かれたひつぎに黙々と土をかけていた。
中南米最大の墓地と呼ばれるビラ・フォルモサ。真新しい花束が乗せられた墓が並ぶ脇の側道にはひつぎを載せた車が並び、
最期の別れを惜しむ家族たちとともに埋葬の順番待ちをしていた。

「手袋の支給すらない。政治家は口先だけで、何も手伝ってくれない」。市の職員、ジョアン・バチスタ(55)はこう吐き捨てる。
直射日光が照りつけ、気温は30度を超える過酷な環境だが、次々と新たなひつぎが到着するため、休む間もない。

絶え間なく遺族の泣き声が聞こえる戦時中のような状況に「精神を病んで、アルコールや薬物に依存する仲間も多い」とつぶやく。

数多くの犠牲者を出した第1波を乗り越えたかのように見えたブラジルだが、昨年12月から第2波が本格化。
足元の1日の死者数は3000人を超え、第1波のピークの2倍のペースだ。

市北部の中規模病院であるジェラウ・ビラ・ペンテアド病院には救急車が次々と乗り付け、患者を搬送していた。
サンパウロ州では病床数が足りずに自宅で死亡する感染者が相次いでおり、同病院は新型コロナ専門病院として稼働することが決まったばかり。

もっとも、病床は既に満床近くなっており、自家用車で乗り付け、受け入れを断られた感染者らしき市民の姿もあった。

ウイルスと同様に深刻なのが経済への影響だ。サンパウロ州は3月に入り、商業施設や飲食店の営業を規制し、夜間の外出も制限した。
第1波に続き2回目となる都市封鎖(ロックダウン)だが、先進国と違い補助金はほとんどなく、街にはシャッターを閉じたまま閉鎖した店舗が並ぶ。

路上には失業者があふれる。旧市街(セントロ)では、至る所にテントが張られ、夜にはたき火で暖を取る人々の姿があった。
この1年間で、路上生活者がゴミをあさって食べ物を探す光景はサンパウロの日常の風景となりつつある。

多くは有色人種だ。ブラジル地理統計院(IBGE)の統計では、白人の失業率が11.5%なのに対し、黒人は17.2%となっている。
コロナ以前から引きずる、人種間の格差がさらに広がっている構図だ。

事態収束のための切り札として期待がかかるワクチンの接種も遅々として進まない。
25日時点で、ブラジルの100人あたりの接種回数は7.8回にとどまる。

ドライブスルー方式のワクチン接種会場に足を運んだが、自動車の数は数えるほどだった。
接種を終えたヘジナ・エステル(75)は「できるだけ早く打ちたかった」と満足そうに話すが、こうした意見が多数派とはいえない。
ある医者は「職場から求められたから接種したが、個人的には避けたかった」と明かす。

ワクチンに否定的な機運を作り出しているのが、大統領のジャイル・ボルソナロ(66)だ。
中国警戒論を公然と唱えるボルソナロは現在同国で主流の中国製のワクチンについて「(有効率)50%が良いものか?」と述べるなど、
効果に懐疑的な発言を繰り返す。接種会場で働く職員は「接種されるのが中国製ワクチンだと知って、拒否して帰った人もいる」と明かす。

終わりが見えないコロナとの戦いに市民は疲弊しており、弛緩(しかん)した空気すら漂う。
連日のように感染者や死者数が過去最多を超えたと報じられる中でも、低所得者層が多く暮らす地域では夜間の外出制限を無視してマスクを着けずに談笑する人々の姿が見られ、
週末の夜になれば富裕層が住むマンションではパーティーの音が漏れ聞こえる。

遺体が続々と運ばれる墓場には「秩序と進歩」という、国の標語が描かれたブラジル国旗がむなしくはためいていた。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN17E6L0X10C21A3000000/