2021年3月28日 16:30

 2007年12月に認知症の高齢男性が電車にはねられて亡くなり、遺族が鉄道会社から高額な損害賠償を請求された訴訟は、最高裁判決で遺族が逆転勝訴した。家族だけが責任を抱えなくてもいいとの初の司法判断で、地域で自分らしく暮らし続けたい認知症の人を勇気づけた。判決から3月で5年、その意義と課題を探った。

■「はねられたらしい、急いで帰ってきて」

 日が落ち、辺りは暗くなり始めていた。2007年12月7日午後5時ごろ、愛知県大府市。高井隆一さん(70)の父良雄さん=享年(91)=がデイサービスから帰宅して間もなく外へ出ていった。同居の母がうたた寝した、わずか6、7分の間だった。

 隆一さんは東京都内の勤務先で、大府市に住む妻からの電話を受けた。取り乱した様子が伝わってきた。「(良雄さんが)JRの駅構内で電車にはねられたらしい。急いで帰ってきて」

■一審名古屋地裁は、高額賠償を認める判決

 良雄さんは認知症があった。所持金はなかったが、最寄り駅の有人改札をすり抜けて電車に乗り、一つ先の共和駅のホームに降り、フェンスの扉を開けて線路に入った。トイレを探して迷い込んだとみられている。

 一審名古屋地裁は13年、母の居眠りは過失にあたり、介護方針を決めていた別居の隆一さんも監督義務があったとして、2人にJR東海が請求した振り替え輸送費など約720万円全額の支払いを命じた。

■家族はできる限りのことをしたのに

 家族は外出を繰り返す良雄さんの気持ちを尊重し、行方不明までにはならないよう、できる限りのことをしてきた。

 隆一さんはほぼ毎週末、横浜市から新幹線で実家に帰り、良雄さんが満足できるまで散歩に付き添った。隆一さんの妻は介護のため単身で大府市に住み、外出する良雄さんの後に付いて見守った。母は当時85歳で要介護1だったが、玄関の出入りを知らせるチャイムを枕元に置き、深夜でも注意を払った。

 隆一さんは、良雄さんが自室の机から長年愛用する文具を手に取り、初めて見たような表情をするのを見た。「自宅での記憶が薄れ、落ち着かないから『家に帰ります』と外に向かおうとする」。父の苦悩に寄り添おうとした。

     ===== 後略 =====
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https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/528185