>>742
 清々しいまでに昭和的サッカー観が染みついているな
緩急あるサッカーなんて古典的な技法、昔はブラジルの専売特許だったが
その後はどこも普通にやってることでメキシコの特性でもなんでもない。日本人が
できないだけでラテンの国では気候風土から皆、必然的にそういうサッカーになってしまう


そして時間とスペースが無い現代のサッカーにおいては民族性に限らず結果としてどこも類似した
サッカーに必然的になってしまう。メキシコのサッカーとかブラジルのサッカーとかすでに20年前から
なくなっている。あるのは共通したサッカーの基本概念の上でどちらがより速く強く巧くずるくしたたかに
やれているか、そしてその差異は年々小さくなっていってるので力量の差は多少あっても得点差には反映されない
与えられたタスクをシステマチックにオートマティックに90分間やれる選手が花がなくてもいい選手だと
いうのが現代サッカーの見方だ。粘りとかあきらめとか第二次大戦とか緩急とか30年前までの抽象的な印象論に逃げることは
全てを数値化された今のサッカーに許されない。フィジカルやテクニック、メンタルなどの各要素をどこまで強化してるか
してないかそれだけのことで片づけられる