AERA2021.5.15 09:00
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「撮り鉄」による迷惑行為が後を絶たない。なぜ、彼らのマナーは崩壊してしまったのか。AERA 2021年5月17日号から。

「下げろって言ってんだろ、ボケ!」
「日本語聞こえねーの?!」
「あとから来たんだから、マナー守れよ!!」
 
飛び交う罵声と怒号──。

 1月30日午前4時すぎ。まだ薄暗いJR常磐線勝田駅(茨城県ひたちなか市)のホームで騒動は起きた。鉄道ファンのなかでも、列車の撮影に人生をかける「撮り鉄」たちによる、仁義なき戦いだ。

 撮り鉄が狙ったのは「勝田工臨=こうりん」と呼ばれる列車。工臨とは「工事用臨時列車」の略で、レールや砕石など線路の保守工事用の資材を運ぶ列車のこと。今回は、前と後ろにEF81形電気機関車が2両、その間に輸送用貨車3両挟んでの編成となった。

 工臨は運転自体が少ない。近い将来、今回のような「機関車+貨車」という運び方が変わるといわれている。こうした状況から、多くの撮り鉄がホームに詰めかけ、いい写真を撮ろうと一触即発の状況になったのだ。

■注意すると「逆ギレ」
 冒頭のような光景は「罵声大会」と称される。この時、現場にいた撮り鉄の男性(18)によると、ホームには100人以上が押しかけていたという。

「前の人たちが三脚を高くしていたりしたことで、後ろの人たちがキレてました」

 駅を管轄するJR東日本水戸支社によると、大きなトラブルにはならなかったという。だが、「安全には十分に注意して、撮影していただきたい」(広報室)と苦い表情だ。

 いま撮り鉄のマナー違反が問題になっている。

 近年勃発した、撮り鉄たちの傍若無人ぶりは目を見張る。

 線路内に立ち入るなど、妨害行為ともいえるケースも多い。あまりのひどさに腹を立てた車掌が、乗務員室から中指を立てたケースもあった。JR側は車掌の行動を謝罪したが、むしろ車掌への同情の声が広がった。

 写真への「執念」、にじみ出る「情念」。ここまで夢中になる撮り鉄の心理は、「いい写真を撮りたい」に尽きる。

 だが、あるローカル線の幹部は迷惑な撮り鉄に、憤る。

「自分のことしか考えていない」

 沿線は四季折々に美しい風景が見られることで有名だ。とりわけ3月から4月にかけて桜と菜の花が一斉に咲く時期になると、マナー違反の撮り鉄たちが出没する。菜の花畑に立ち入ったり、線路内に入って列車が徐行や停止したりしたこともあるそうだ。鉄道係員を巡回させていたが、注意すると、

「あんたは警察か」

 などと逆ギレされたという。

「マナーを守らない人は、お客でも鉄ちゃんでもありません」(同社幹部)

 迷惑行為をする撮り鉄は、ごく一部にすぎない。だが、それにしても、ここまでマナーが崩壊したのはなぜか。

 鉄道ジャーナリストの松本典久さん(66)は、こう指摘する。

「基本的なルールを知らない人が増えた」

■一般常識の欠如が露わ
 例えば、ホームで三脚や脚立を立てるのはNG。ホームの柵を越えたり、線路に下りたりするのはもってのほか。駅間では鉄道用地内に立ち入らない。鉄道用地の境界が明瞭でない場合は架線柱の外側が目安。鉄道用地以外でも個人の私有地に立ち入らない。耕作地は私有地。農道などの利用は、あくまでも作業者が優先……。

 こうしたルールは一般常識のはず。だが、不幸にしてそれが欠如したまま今に至ってしまったのかもしれないという。

「私が子どものころに参加した鉄道の撮影会では、随行員や現場の方から危険に対する注意事項の説明があった。個人で機関区など鉄道の現場を訪ねることも多かったが、必ず事務所で申告し、名前を記帳してヘルメットを貸してもらった」

 かつてはこうした経験の積み重ねで、危険に対する知識や撮影上のルールやマナーを身につけていったという。しかし、今はネットで簡単にイベントの日程や撮影ポイントが把握できる。マナーの継承ができなくなっているというのだ。(編集部・野村昌二)

※AERA 2021年5月17日号より抜粋