5月下旬のある朝、救急救命センターの斉藤浩輝医師は夜勤の当直医から業務を引き継いだ。
一般の立ち入りが禁止された病棟のいちばん奥にある8号室は清掃され、扉には鍵がかかり、空気清浄機が赤いランプを点滅させながら動いていた。

「ここには79歳のコロナの患者さんが入院していましたが、夜中に血を吐いてしまい、朝方にお亡くなりになりました」。
廊下を歩く斉藤医師は、患者やスタッフの様子を確認しながら「夜勤の医師がご家族に連絡して。でも直接お別れすることはできなかった」と語った。

米国などでも教育を受け、聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院(神奈川県横浜市)に勤務する斉藤医師は、
新型コロナウイルスの感染が広がり始めた当初から重症患者を診てきた。

以来、感染の波は何度もこの国を襲い、いままた東京を含めた10都道府県が緊急事態宣言下にある。

東京五輪の開会式まで2カ月を切る中、斉藤氏のような医師、看護師、公衆衛生の専門家は国民の感染リスクを高め、
医療体制を逼迫させるとして、五輪を開催することのリスクを訴えている。

「市中のコミュニティーにおける感染拡大をゼロにするというのは難しいゴール。
その意味で大規模なイベントがあるというのは、リスクは避けられない」と、斉藤医師は言う。

西部病院の他のスタッフはもっとストレートだ。救急救命センターで働く看護師で、朝のシフトに入っていた川端千壽氏は、
「個人的な意見では、オリンピックどころではない気がする」と語った。

「現場では人が少ないし、それでもオリンピックに(協力する医療スタッフとして)行ける人員はどこにいるんだろうと思う」


東京保険医協会など、医師で作る団体は相次ぎ菅首相らに意見書を送った。かかりつけ医の団体である保険医協会は
5月14日付の意見書で「オリ・パラ開催がCOVID−19のまん延を助長し、苦しむ人や死亡者を増加させれば、日本は重大な責任を負うことになる」と訴えた。

コロナ感染の第4波の対応に苦慮している日本は、3回目の緊急事態宣言下にある。
新規感染者や重症患者は高止まりしたままで、東京を含め5月末に期限を迎える宣言は延長される見通しだ。

主催者側は、コロナ下でもスポーツイベントが行われていることを根拠に、今夏の五輪開催は可能と主張している。
国際オリンピック委員会(IOC)のコーツ調整委員長は5月22日、これまで行った五輪のテスト大会に言及し、
東京に非常事態宣言が出ていても五輪を開催すると語った。

しかし、医療関係者や地方の知事の中には、主催者側が求める五輪期間中の看護師派遣や病床確保に難色を示す声もある。

専門家が懸念しているのは、選手やその関係者約9万人が来日することで、変異株が広がることだ。ワクチンの接種率が低いことも問題視されている。

五輪までに3割の人たちが接種を完了するには、1日当たりのペースを現在の2倍に引き上げる必要がある。

五輪に反対する医療従事者の中でも注目を集めたのが、これまでに240人以上のコロナ患者を受け入れてきた東京・立川市の立川相互病院だ。

「医療は限界 五輪やめて! もうカンベン オリンピックむり!」と書いた紙を窓に貼った。
https://jp.reuters.com/article/olympics-2020-japan-doctors-idJPKCN2D80DZ