誰のための祭典なのか――。新型コロナウイルス禍の影響で1年延期となった東京五輪の開会式が23日に行われたが、直前まで国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長(67)を代表する五輪貴族≠フ横暴ぶりが目立つ形となった。そんななか、ラグビー元日本代表の平尾剛氏(46=神戸親和女子大教授)ら、コロナ禍での五輪開催に異議を唱えてきた論客たちは何を思うのか? 改めて胸中を聞いた。

 ――ついに東京五輪が始まった

 平尾氏(以下平尾) ますます気持ちが冷めている。IOCのバッハ会長が来日した際の「チャイニーズピープル」という発言から始まり、コロナ禍での広島への訪問、それから迎賓館での歓迎会など、日々飛び込んでくる五輪関連のニュースを見るたびに憤りすら覚えます。アスリートが一生懸命頑張る姿を応援するというのとは別の文脈で、まったく気乗りがしないなというのが正直な気持ちですね。

 ――バッハ会長の中国発言は波紋を呼んだ

 平尾 すぐに訂正していたが、本当に中国を大事にしていると思う。これから先、お金の出どころとして中国を重要視している無意識の表れでしょう。ますます五輪が五輪貴族、IOCなどの一部関係者の金もうけのための道具になってしまうと悲観しています。たとえ、東京五輪が大失敗に終わったとしても、半年後の北京五輪を見据えて、割り切っているように見える。そこはあきれるというよりも、腹立たしいというか怒りが湧きますよね。

 ――コロナの感染者が増える一方だ

 平尾 できるだけ感染拡大を抑えるために、僕は今からでも中止にするべきだと思う。ほぼ無観客になったけど、有観客の試合もまだある。社会で住むということは他者との共生なのに、そのために必要な倫理観みたいなものがどんどん壊されている。倫理観の構築には長らく時間がかかる。その途方もない時間に無力感さえ湧きます。さらには五輪を巡ってのさまざまな動きの中で浮き彫りになっているのが人命の軽視です。どう考えても優先順位が違うだろうと。

 ――アスリートは厳しい立場にいる

 平尾 アスリートや元アスリート、競技関係者は当事者として自分の意見を述べないといけないと思う。意見を発しにくいのは分かるが、ほとんど「無風状態」なのはいかがなものか。社会を生きる人間としての責務を果たしてほしい。

 ――アスリートファーストという言葉をよく聞くようになった

 平尾 アスリートは「人生をかけてやってきた」と言うが、それこそ人生が立ち行かなくなっている人たちがアスリート以外にもたくさんいる。飲食店の経営者をはじめ、市井を生きる人たちもまた「人生がかかっている」。他の文化的イベントも相次いで中止になっているのに、五輪だけが特例を重ねてまでやるべきなのかということに対して、当事者の意見を発しないまま開催に突き進むのは違うと思う。

 ――正しいアスリートのあり方とは

 平尾 「空気を読むこと」と「水を差すこと」を使い分けることがコミュニケーションの作法。時と場合によってはたとえ異論であったとしても、おかしいことはおかしいと意見を述べることも必要だが、傾向としてアスリートはそれが弱い。この体質を変えるのは簡単ではないと思うが、適切なタイミングで意見を言えるアスリートを長い目で育てるという意識をこれからは育てるべきだ。それにはスポーツ教育を、特に学校の部活動のあり方を根本的に見直す必要があると思う。

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