東洋経済2021/07/28 11:00

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■日本は「世界で最もワクチンが信頼されていない国」

 日本には、このようなアンチワクチン運動が盛り上がりやすい土壌がある。このことは世界的にも有名で、イギリス・ロンドン大学の研究チームが世界149カ国から30万人を対象に、ワクチンの信頼度を調査した研究成果をイギリスの医学誌『ランセット』に発表したが、日本は「世界で最もワクチンが信頼されていない国」と評された。

 なぜ、日本でワクチンの信頼度が低いのか。それは、国家の信頼度が低いからだ。詳細は省くが、われわれは、国家の信頼度とワクチンの信頼度が相関することを、『ランセット』2020年1月5日号に発表した。国家の信頼度が低い国の多くが第2次世界大戦で、国土が戦場あるいは占領されていたことは示唆に富む。北欧諸国の国家への信頼度は高いが、バルト三国の信頼度は低いことなど、このような視点から考えれば納得がいく。

 ワクチン接種は国家の公衆衛生事業だ。政府の信頼度が影響してもおかしくはない。日本のワクチン接種が難航するのは、日本の近代史が関係している。このような背景を知れば、コロナワクチン接種も一筋縄ではいかないと考えねばならない。よほどうまくやらない限り、アンチワクチン運動が盛り上がり、接種は停滞する。

 アンチワクチン運動が広がるのは日本だけではない。コロナ流行以前から重大な問題だった。世界保健機関(WHO)は、2019年の世界の公衆衛生学的問題の10大リスクの1つにアンチワクチン運動を挙げている。

 世界はなりふり構わない。アンチワクチン運動が盛り上がるまでにワクチンを打ちきろうとしている。その筆頭がアメリカだ。6月2日、バイデン大統領は「国を挙げて行動する月」を宣言し、ワクチン接種を受けた人に抽選で100万ドルが当たる「ワクチンくじ」を実施することを発表した。それ以外にも、飲食産業がワクチン接種証明を提示した客には無料券を提供したり、野球のメジャーリーグも、球場周辺にワクチン接種会場を設け、接種を済ませた人は無料で観戦できるようにしたりして、官民を挙げてワクチン接種を進めた。

 インセンティブでワクチン接種を進めるのは、政治家や実業界だけではない。アメリカ疾病対策センター(CDC)によれば、ワクチン接種を完了した人は、病院や交通機関などを除きマスクを装着したり、ソーシャルディスタンスを維持したりする必要がないと表明しているが、これは形を変えたインセンティブだ。

■政治活動に結び付ける動きも

 アンチワクチンを政治活動に結び付けて選挙に出るような動きもある。「コロナワクチンにはマイクロチップが入っていて、5G電波で操られる。打てば5年で死ぬ」などと発信している政治家もいる。

 アンチワクチン活動が、知名度をあげ、カネになるのは政治家だけでない。医師の中にも、ワクチンに反対する人がいる。その人たちにはさまざまな営利企業が接触する。

 ボストン在住の内科医で、現在、日本に帰国して集団接種に従事している大西睦子医師は、「知人の編集者から、ワクチンの危険性を紹介する本を書きませんか。いま出せば、必ず売れる」とオファーされたそうだ。大西医師は多数の著書があり、世間から信頼が厚い医師だ。彼女がコロナワクチンの危険性を訴えれば、影響力は大きい。大西医師は、この提案を断ったが、著名な医師の中には、ワクチンの危険性を強調する人もいる。

 実際に商業出版がなされているある書籍では、アマゾンに掲載された説明の冒頭に、さまざまなワクチンのリスクが具体的に延々と書かれている。ただ、いずれも医学的には正しいが、その頻度を考えれば、あまりにバランスを書いた記載だ。どこまでが医師の意向で、どこからが本を売るための編集者の意向かはわからないが、こんな文章を読まされて、不安になるなというほうが難しい。

 では、どうすればいいのか。世界では、こんなことにまで実証研究が進んでいる。5月24日、『米国医師会雑誌(JAMA)』は「信頼とワクチン接種、アメリカにおける10月14日から3月29日の経験」という論文を掲載した。興味深いのは、この論文の著者が、アイルランドとイギリスの医師たちであることだ。世界中がアメリカのアンチワクチン運動に注目していることがわかる。

(一部略)