全米のデータを見ると、妊婦の感染者は冬のピーク時よりも減っているが、ワクチンの接種率が低い一部の州では、
接種が始まる前の感染拡大のピーク時と比べ、妊婦の感染者が明らかに増えている。

新型コロナのパンデミック(世界的大流行)が始まって以来、「感染状況はこれまでと比べものにならないほど最悪になっている」と、
接種率が低い南部ルイジアナ州ニューオーリンズのオクスナー医療センターの産科医ジェーン・マーティンは言う。

「医療も絶望的な状況で、医療者は疲弊しきっている。これはもはや人災ではないか」

この病院には、昨年の春にパンデミックが始まった当時とその後のピーク時にもコロナに感染して症状が悪化した妊婦が何人か入院していたが、
最近ではそうしたケースはぐっと減っていた。

「それがここ1、2週間で急変した」と、マーティンは言う。
今や毎日のように「重症化した複数の妊婦が運び込まれ」、その大半がICUに入っている、という。

マーティンはこの2カ月間に新型コロナで入院した妊婦の少なくとも30%を治療してきたが、その大半がワクチンを接種していなかったという。

アメリカではマスク着用や密を避けるルールが廃止された時期にデルタ株が広がったことが感染の再燃につながったと、専門家は見ている。
加えて、妊娠可能年齢の女性も含め、65歳未満のワクチン接種が春以降にずれ込んだことも感染の再拡大を容易にしたようだ。

テネシー州の幼稚園の教師、セーラ・ブラウンは妊娠が分かった時点で、ワクチン接種は出産後まで待とうと考えた。
そのときにはまだ妊娠中の接種の安全性に関するデータがほとんどなかったし、36歳でいたって健康なブラウンは、
「感染しても、ちょっとひどい風邪くらいだろうと高を括っていた」のだ。

だが昨年6月、最初は「鼻風邪かな」と思った症状が急激に悪化。血中酸素濃度が低下し、呼吸困難に陥って、ナッシュビルの病院のICUに入院した。
幸いにも娘のスージーは今年4月2日に元気に産声を上げたが、ブラウンは、接種を受けなかったことを激しく後悔したと話す。

「自分の体に小さな命が宿っているのに、うまく息が吸えない。赤ちゃんも苦しんでいると思うとパニックになった」

ブラウンが治療を受けたバンダービルト大学医療センターには、今年7月初めには感染した妊婦は1人も入院していなかったが、今では週に4、5人が運び込まれる。
産科医のジェニファー・トンプソンによると、患者は例外なくワクチン未接種者だ。

これまでのピーク時には、コロナ感染でこの病院に入院した妊婦のうち、ICUでの治療が必要になる人は11%程度だったが、今では20%に上っている。

妊婦がコロナに感染し、重症化して臓器の機能が低下した場合、最後の手段として胎児を救うために陣痛促進剤を投与するか帝王切開を行うこともあると、
ミズーリ州セントルイスのワシントン大学医療センターの産科医、ジェニー・ケリーは言う。

この病院では過去1週間に出産のために入院した妊婦の約20%が新型コロナのPCR検査で陽性だった。
これは、昨年に州内で感染拡大がピークに達したときの2倍を上回る高確率だ。しかも、およそ3人に1人が重症化するという。

CDCのデータによると、アメリカでは妊娠中に新型コロナに感染した女性は累計約10万5000人で、
うち1万8000人近くが入院し、その約4人に1人がICUに入り、124人が亡くなっている。

妊娠に伴う体の変化が、妊婦の重症化率の高さと関係しているようだ。
妊娠中は心肺機能に負担がかかる上、胎児を守るために、異物を攻撃する母体の免疫機能も抑えられる。

自分と赤ちゃんを守るには、「1にも2にもワクチン接種。今はそれしかない」と、オクスナー医療センターのマーティンは妊婦に呼びかけている。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/08/icu-3_2.php