新型コロナワクチン接種の呼び掛けに抵抗する幅広い動きは、1998年に医学誌に掲載された1本の論文にさかのぼる。
この論文は今は撤回されているが、自閉症を小児期の予防接種と関連付ける内容だった。

これをきっかけに副反応の報告が倍増したことが新たな研究で分かり、
同論文がいかに大きな影響をもたらしたかが明らかになった。

この論文と執筆者アンドルー・ウェイクフィールド氏の知名度の高まりは、予防接種に対する疑念の始まりと長年関連付けられてきた。

権威のある英医学誌ランセットに掲載されてから、小児期のワクチン接種を避ける動きが着実に強まった。

誤りを挙げる研究が相次いだにもかかわらず、ワクチンは自閉症や水銀中毒などの疾患と関連があると、事実に反する指摘が行われてきた。

もっともウェイクフィールド氏の論文発表前にもワクチンに懐疑的な見方はあった。
米科学誌プロス・ワンに19日掲載された新たな論文の著者らは、ウェイクフィールド氏の論文が実際にどの程度の影響力があったのかを調べた結果、
それがかなり大きかったことを突き止めた。

自閉症の患者が増加していた時期にあって、ウェイクフィールド氏の論文は不安を抱える親に原因の説明を与えるものになった。
現在のようにソーシャルメディアが普及する前だったにもかかわらず論文は広まった。

論文発表後に世論がいかに変化したかを見極めるため、新たな研究の著者は政府が運営するワクチン有害事象登録システム
(VAERS)に着目した。VAERSは副反応を誰でも報告できる公開されたデータベース。

入力内容は検証や事実確認が行われないが、当局は傾向を探り、正当な理由があれば調査することも可能だ。

ウェイクフィールド氏の論文では標準的なMMRワクチン(麻しん・おたふくかぜ・風しん)と自閉症の関連性が誤って示唆された。
オクラホマ州立大学の政治学者マット・モッタ氏らはVAERSを調査。それによると、論文掲載直後にMMRワクチンの副反応の報告件数は月約70件増えた。
掲載前は年2000件未満であることが多かったが、2004年までには4000件超と、2倍以上に膨らんだ。

「MMRワクチンはウェイクフィールド氏の論文掲載前と後で変わらない」とした上で、
「自閉症の原因になる可能性にメディアが注目する状況になったことが唯一の変化だ」とモッタ氏は指摘した。

新型コロナワクチン忌避がパンデミック(世界的大流行)対応の障害となる中、
今回の研究結果でウェイクフィールド氏の論文自体の影響力だけでなく、科学者やメディアが現在果たす役割の大きさも浮き彫りになったとモッタ氏は分析する。

ランセットは論文を掲載しただけでなく、掲載直後から疑念が寄せられ、数年間でそうした指摘が大きく増えたにもかかわらず、
10年まで完全撤回しなかったことで批判を浴びた。

抗マラリア薬ヒドロキシクロロキンなどの治療効果に対する初期段階の期待からマスク着用効果を巡る幅広い混乱に至るまで、
今回のパンデミックで科学者とメディアはともに、公衆衛生について一貫性があり理解可能なメッセージを発信する課題に直面してきた。

「これで言えることは、過去の文献で誰も言及したことがない想定外の研究が公表された時に、
それを状況に当てはめることが極めて重要だということだ」とモッタ氏はコメントした。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2021-08-20/QY3MOSDWRGG401