岸田文雄政権の発足で、格差是正を重視した「新しい資本主義」が動き出す。「分配なくして次の成長なし」との考えの下、過去の構造改革路線が生んだ所得格差の是正と中間層への手厚い分配による「令和版所得倍増計画」を掲げる。特徴的な3つのキーワードで新政権の方向性を探る。

成長と分配

目指す経済の姿は「成長と分配の好循環」だ。政府が財政支出を拡大し弱者の所得底上げを図ることで、富裕層との格差を縮小し、国内総生産(GDP)の5割超を占める個人消費を活性化する。景気回復は税収増につながり、新たな分配の原資も生まれる流れだ。

市場原理を重視する新自由主義の「トリクルダウン」理論では、構造改革で富める者(大企業や富裕層)がさらに豊かになれば、富のしずく≠ェ中小企業や低中所得層にも滴り落ち、社会全体が豊かになると考えた。だが、こうした理念に基づく経済政策は格差を拡大し、その修正が世界的課題になっている。

岸田政権が年内にまとめる「数十兆円規模」の経済対策では、新型コロナウイルス禍で困窮した世帯への給付金に加え、子育て世帯への住居費や教育費の支援なども盛り込む。中間層の将来不安を軽減できれば、消費の喚起のみならず日本の課題である少子化の是正にもつながる期待がある。

公的価格

岸田政権が中間層復活の目玉政策に挙げるのが、介護や保育など社会生活維持に不可欠なエッセンシャルワーカーの報酬引き上げ。

厚生労働省がまとめた令和2年の賃金構造基本統計調査によると、介護職員や民間保育士の平均給与(残業代込み)は月額約25万円で、全産業平均より8万円程度低い。こうした賃金は国が定める介護や保育サービスなどの価格基準が算定ベースになっており、社会的重要性に見合わない報酬水準の低さが現場の人手不足の一因にもなっている。

首相は「公的価格の在り方を抜本的に見直す」方針で、「公的価格評価検討委員会(仮)」を設置して報酬の引き上げを検討する。

1億円の壁

格差是正では、「金持ち優遇」と批判されることが多い金融所得課税の見直しも重要な論点だ。首相は、所得総額がおおむね1億円を超えると所得税の負担率が下がる「1億円の壁」を打破すると宣言している。

給与などに課せられる所得税は収入が多いほど税率が高くなる累進課税で、自治体に納める個人住民税を含む最高税率は55%(課税所得4千万円超)。ただ、株式譲渡益など金融所得への課税は所得税と住民税を合わせて一律20%で、所得に占める金融所得の割合が高い富裕層ほど税率が低くなる傾向がある。その境界線が1億円というわけだ。

見直しの具体策は、衆院解散・総選挙後に本格化する令和4年度税制改正の議論で検討するが、投資家心理が冷え込むと慎重論も根強い。中国の資産バブル崩壊懸念など景気の先行き不透明感は強まっており、株価下落が継続すれば先送りを迫られかねない。日本経済を成長軌道に戻し国富を拡大させる戦略なしに分配だけを先行させた場合、単なる「富裕層たたき」に終わる懸念も残されている。(田辺裕晶)

https://www.sankei.com/article/20211005-L6VBFVCUGFIRBC52QE5ZUT77VI/