<共和党主導で盛り上がる反ワクチン運動。その影響でコロナ以外の予防接種も敬遠され、根絶されたはずの感染症の流行が再発しかねない>

それは感染症対策のプロが見たら頭を抱えそうな、反ワクチン派の活動家が見たら狂喜乱舞しそうな光景だった。
場所は米イリノイ州北部のブラッドリー。人口2万に満たない村で、住民の9割以上は白人だ。

そんな村で、新型コロナウイルスのワクチン接種「義務化」に反対する集会が開かれた。80人も集まればいいと主催者側は踏んでいたが、
実際に詰め掛けたのは300人以上。しかも大半は、いかなるワクチンの、いかなる権力による接種強制も認めないと息巻いていた。

ある右派の地方議員は叫んだ。「どんな神、どんな薬、どんな生き方であれ、自分の選んだものを信ずる権利。
その権利のために、私は戦う!」

似たような集会は全米各地で開かれている。新型コロナに限らず、どんな感染症であれ、ワクチン接種の義務付けは個人の自由の侵害に当たる――
そう信じる人々の運動が草の根レベルで広がっている証拠だ。

コロナ以前の時代とは明らかに違う。従来の反ワクチン派は、もっぱら医学的な懸念を根拠にしていた。
なかには独特な宗教的信条を掲げる人や、いわゆる「薬害」を批判する左派の活動家もいた。

しかし今はワクチン義務化に反対する運動が政治化し、特に右派勢力で大きなうねりとなりつつある。
それは新型コロナとの戦いを損なうだけでなく、おたふく風邪や百日咳、さらには天然痘などの感染症の復活と大流行を招きかねないと医療関係者は危惧している。

ジョー・バイデン米大統領は政府機関や民間企業で働く約1億人のアメリカ人に新型コロナ用ワクチンの接種を義務付けると発表したが、
強制接種に反対する右派の動きはそれ以前から表面化していた。

この夏には南部テネシー州の保健当局が、小児用混合ワクチンやインフルエンザのワクチンを含む「定期的な予防接種に関する積極的な働き掛け」の中止を指示している。
背景には共和党の牛耳る州議会からの圧力があったと伝えられる。

またオクラホマ州立大学やテキサスA&M大学などの研究者の報告によると、アメリカ人の約22%は現時点でワクチン拒否の姿勢を支持し、
社会的アイデンティティーとして「反ワクチン派」を名乗っている。

ワクチンやその義務化に反対する運動は勢いを増し、その根拠は医学上の懸念から個人の自由に固執する政治思想に移行している。つまり、明らかに党派的な主張だ。

カイザー家族財団の調査で、ワクチンの接種は「個人の選択」の問題か「他人の健康を守るために必要な社会的な責任の一部」かを尋ねたところ、
共和党支持者の70%以上が個人の選択だと答えたという(民主党支持者ではわずか27%)。

また、インターネット上に流布される言説の調査分析を専門とするレニー・ディレスタがツイッターの投稿を分析したところ、
コロナ以前にはワクチンの毒性などへの懸念を訴えていたワクチン懐疑論者も、最近は個人の自由や「選ぶ権利」を持ち出す傾向が目立つという。

「従来は立場も主張もさまざまだった人たちが、今はワクチン反対の主張で足並みをそろえ、団結し始めている」と言うのはシアトル小児病院の小児科医ダグラス・オペル。
「新型コロナ用ワクチンの開発・認可プロセスの問題が政治化され、ワクチンに対する信頼と予防接種プログラムの持続可能性に悪影響を与えかねない。憂慮すべきことだ」

つい最近まで、ワクチンの接種義務が問題になる場面は自分の子供を保育所や学校に入れるときだけだった。
それはほとんど症例はないが(万が一にも)流行したら困る感染症を防ぐための措置であり、比較的議論の余地のないことだった。

児童のワクチン接種は全ての州で義務化されている。ただし6州では医療上の理由で、その他の州では宗教的または「個人的な」信念を理由とする免除が認められている。

コロナ以前の予防接種反対派には、薬害批判のリベラルな懐疑派も含まれていた。しかしその主張の多くは、既に医学的に誤りと証明されている。
また2000年に根絶宣言が出された麻疹(はしか)の流行がその後にあったが、予防接種のおかげで患者は何十人、何百人という単位で済んだ。

それでも疫学者たちは今、ワクチン接種の義務化に反対する保守派の論調に懸念を強めている。

政治と公衆衛生の関係に詳しいコロンビア大学の歴史学者デビッド・ロズナーに言わせると、彼らは副反応などの医学的な問題には目を向けず、
もっぱら「何であれ強制はいけない」という政治的な主張を押し立てている。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/10/post-97359_1.php