【北海道放送】積丹町の沖で、カニかご漁船が大砲を引き揚げる 「呉海軍工廠」「明治三十九年」の刻印 [みの★]
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北海道積丹町の沖で、11日、漁船が海中から大砲とみられるものを引き揚げました。
11日午前6時半ごろ、積丹町の神威岬の北西30キロの沖合で、カニかご漁船が海の中から大砲とみられるものを引き揚げました。
大砲とみられるものは、カニかごを結ぶロープに引っかかっていたということで、漁船は12日、北海道南部の江差港に入港し、陸揚げした後、江差海上保安署に通報しました。
…続きはソースで。
https://news.yahoo.co.jp/articles/b42756cde2910b4da385dfa76b4fca25b2e354ed
2021年11月12日 22時34分 「呉」という字は上に乗っかってる四角が右側に滑り落ちそうでハラハラする 戦艦大和の建造がもっと早くてオアフ島を艦砲射撃できるだけの性能あれば太平洋戦争も勝てたかもしれないのにね 日露戦争の翌年か
作ったけど使われずに廃棄されたのか >>43
3インチで40口径って全然計算が合わないというか単位がわからんかったけど、これ砲身の長さがが口径の30倍っていう意味なんか >>108
口径比を口径ていう場合もあるからな
(´・ω・`) 戊辰戦争で沈んだ榎本武揚率いる幕府軍艦・開陽丸も沈んでるはず 115年前でこの状態か
砲身に穴も開いてないし刻印綺麗過ぎw
海に沈むと速攻でフジツボびっしりかと思ってた ゴールデンカムイで杉本が岬の上から甲板の魚雷を撃ち抜いて爆沈させた艦だな
あ、あれまだ原稿起こしてなかったか? テヘペロッ >>18
進駐軍から隠すために海に放棄したんやろ。 >>34
三菱パワーとか日本製鉄の分譲予定地になった部分もあるやろ。 >>118
小樽も札幌も本格的な空襲は受けていないんだよな
函館や室蘭や釧路など、太平洋側が叩かれた
とは言え、小樽などでも小規模ながら防空陣地や
対空砲火なども置かれていたようだ
戦後どさくさで、始末に困った大砲を海洋不法投棄したんじゃないの
進駐軍は札幌に入って、英語の道路標識が立てられたりしている 船長以下、銃刀法違反と凶器準備集合罪になったりして どこかの歴史館とかに寄贈かな
マニアが高値で買ってくれそうだけども 三寸砲といえば75o砲か
戦車に積んだり、野砲、速射砲として広く使われていた
大口径とは言えないよに見えるが
連合軍将兵を震え上がらせた独軍の88o砲というのもあるし
この辺が使い易かったのだろう
155oとか203oといった大口径砲は総重量も重くなって
取り回しが大変なんだろうし >>1
北海道放送…
寸スンと吋インチは違う単位だぞ(。・ω・。) きのこから大砲まで、ちょっと棒っぽいものの話になると毎度毎度チンコネタで盛り上がるんだよな
女にはこんなのないもんな、男に生まれて良かったわww >>120
戦争末期の北海道大空襲の時には札幌も小樽も米空母機動部隊の艦載機による空襲は受けている。ただし既に制空権が失われた空域であり、手持ち無沙汰になった艦載機が戦略上無意味な空襲を行った感じで農村部が被害を受けている。 陸軍では155o砲とか203o砲と言えば、怪物的な大口径砲という位置づけだが
海軍となると155o砲搭載が軽巡、203o砲塔債が重巡という色分け
戦艦ともなると36サンチ、40サンチ、ついには46サンチと、陸兵には化け物級が載る
なお、155o砲を積んで軽巡でございますと言っていた最上型(最上、三隈、鈴谷、熊野)
は、後でこっそり203o砲に乗せ換えていたのだが、米軍はこの事を知らずにいて
ミッドウェー海戦で最上と三隈が衝突して、トラックに向けて避退中の両艦を空中撮影して
はじめて交換に気付いたという。日本海軍での分類区分けは戦没後除籍されるまで引き続き
軽巡洋艦として扱われていた 意外と腐食が進んで無くて状態が良さげだな
ビキニ環礁の戦艦長門とかも引き揚げて修復出来そうな気がするんだが・・・ >>120
どさくさで始末に困ったと言っては気の毒なような。
敵に接収されるよりは、その前に沈めてしまえってことでは? >>89
厚木基地は今のゴルフ場の下あたりに零戦や雷電が埋まっていると言われているね
(進駐軍がブルドーザーで日本機を処分している映像や写真が残っている)
何年か前に厚木基地の敷地内の防空壕跡だかを工事したら月光の主翼のパーツが当時の塗装のまま発見されたし
小学校の工事で校庭を掘ったら旧陸軍の歩兵銃や重機が出土したって例もある >>14
38式歩兵銃が終戦まで現役の小銃だったから、海防用の大砲だったと想像、終戦までね >>141
「トラックナンバー2628、主砲、うちーかたはじめー」 >>139
校庭から大量に小銃や軍刀が出てくるのは、後で掘り返す事を考えて埋めた説があるんね
遺跡から揃えた銅剣が出てくるのと一緒で >>46
兵器なので個人所有はできません、とか言い出すかもしれん 日露戦争の勢いでアメリカへ攻め入ってれば
こんな惨めな思いをしなかったんだよな ペリーの時と日露戦争で勝った後で攻め込むが
アメリカにわからせて潰す大チャンスだった >>101
アメリカの植民地を焼野原にしたところで何の影響もない。
むしろすぐアメリカが本気だして日本人の虐殺始めて、より早く
アメリカが勝利したかもね。 >>70
原爆が登場する前に海に沈んだ鉄屑って放射線測定機器には欠かせないらしいな >>136
普通に海中投棄しろというGHQの命令だろシランケド
米軍はぼろい日本軍の大砲なんかこわくて使わないだろ。 >>151
アメリカなんて第一次大戦前はどーってことない国だったしね。
戦争するたびに国土は広くなり、強大な国になっていったわさ。 >>156
ちなみに大恐慌後の米陸軍もクソ雑魚だったぞ
戦車数は帝国陸軍以下だったし
まぁ大戦突入してからのブーストが凄まじいんだが よく上がったな。何キロあるんだろうか?ウインチ凄いね。 こういうのって元の場所に戻さないといけないんじゃないの >>156
>>157
早い段階でアメリカ潰しをしておくべきだったよな
向こうは逆に日露以降そっこーでオレンジ何ちゃらで対日の仮想敵国してたんだし
日本は対露で完全に油断して日本を滅ぼす最大の敵を育ててしまった >>160
当時のアメリカは対英戦争を想定したレッド計画も存在していたのだから、
対日オレンジ計画が立てられたくらいで、戦争が不可避だったわけではない。
当時の情勢では、アメリカ本土に攻め込める戦力を持っていたのは、
日本とイギリスくらいしかないんだし、準備されるのは仕方ない。 おまえらのアメリカ下す案を聞きたい
日露後に無傷な連合艦隊が太平洋に進出して無人の野を行く進出は出来る
第二次大戦の前倒しで、あの時期に島伝いでアメリカ西海岸から上陸作戦をやれたろ くっそー第二次大戦後に入ったら無理ゲーだが
日露時なら普通に日本が派遣を握れるシチュエーションもあっただろうが >>164
日露戦争も日本の抗戦能力の限界が近づいていて、
渋々賠償金も北樺太も放棄して講和に踏み切ったのに、
アメリカに対抗する余裕などあるはずもなく… >>166
歴史弱い人なのよ?
当時は日英同盟があんだよ
日本がアメリカ潰すとなったらイギリスも待ってましたで
アメリカを滅ぼすために日本に全面加勢するのわからん? >>93
よく調べたね。
ただ口径が 3インチは76ミリで
8センチと呼称してるのは、実は88ミリで、削りなおして改造できるようなもんじゃないけど。 >>7
思ったw
まぁカニカゴも大量に使うし案外細いし
こんくらいじゃビクともせんのかな ごめん 8センチが88ミリになるのは陸軍の高射砲で、海軍の8サンチ(?)は実質76ミリであってた
それであたりだと思います >>151
日露戦争の後は世界的にも「次は日米戦争だ!」って
雰囲気だったらしいなfrom秦郁彦「陰謀史観」 >>167
当時のイギリスの最大の仮想敵国はドイツなので、アメリカとの戦争には乗らないよ。
実際、1911年の第三次日英同盟で、アメリカは交戦相手から除外されたからな。 大本教が大正時代に今ならアメリカと戦えば勝てる、と言ってた >>169
日本海軍の8cm砲は76.2mmよ。三年式八糎(8cm)高角砲は四一式三吋砲の仰角を改造しただけで
元の名前は四一式三吋大仰角砲とそのまんま
後年のいわゆる長8cm砲(九八式八糎高角砲)も新規製造だけど76.2mm
一方で陸軍の八糎砲は88mm(九九式八糎高射砲) >>172
そうだよ
アメリカはグレートホワイトフリートを派遣して海軍力を誇示した
来日艦 前弩級戦艦16隻、補給艦2隻、病院船1隻、工作艦1隻、鋼製スクーナー1隻(通報艦・テンダーボートとして)
それに対して日本はできるだけ主力艦を出したものの、日露戦争の戦費と鹵獲艦改造中であり
対応艦 前弩級戦艦6隻(うち1隻はロシア鹵獲艦)、装甲巡洋艦6隻(うち2隻は巡洋戦艦)、防護巡洋艦4隻
と比較するまでもなかった >>144
進駐軍を闇討ちするために武器を埋めた、隠したって物騒な話も証言で出てきたりするからな >>172
その空気に乗じて派閥の利権確保、海軍の予算確保のために建艦競争を煽ったのが海軍の艦隊派だったりする >>50
陸奥鉄と同じく、微量放射線検出機器用に珍重されるかもね。 ところで俺の三年式十四糎砲をみてくれ
コイツをどう思う? 輸送船に申し訳程度についていた三吋砲の担当とか、命がいくらあっても足らない
危険な職業だったようだ。まぁ、応募して行くものではなくて、命令で配置につくんだが >>183
だいぶ長いこと使ってませんね
動くかなあ >>167
それはない
日英同盟は対露南下政策のために組まれた >>185
800トン級動力船にも3インチが付いてるとなれば、砲戦挑んでこなくなるでしょ。
魚雷撃ち尽くしたら帰ってくれるでしょ。
そうすると、宗谷か津軽海峡、あるいは西の機雷線で仕留めるチャンスが増える。 >>167
当時引きこもりのアメリカ潰すとか歴史勉強したことあんのw 積丹沖で撃沈された輸送船に積まれていたはずの大砲が、令和の御代に漁船によって
引き上げられる。ここから始まる謎の埋もれた金塊と、それを追う日露中、
三つ巴の諜報員の壮絶な死闘。推理小説、一本書けないかなあ。 ソ連のⅬ−19潜が終戦間際に商船だとなめて砲戦しかけて被弾したでしょ。あれだって外殻損傷した潜水艦で
潜水艦で助かるためには船底バルブを閉鎖して普通の船の方の浮上航走するだけ。
でも、修理するには大泊に戻るしかない。
宗谷海峡を通らないと大泊に行けない。昼間大泊を浮上して航行するか、潜航するか、夜を待って浮上航行するか、究極の選択をせまられて、潜航を選んだが、浮上できなかった。
こんなところで危険を冒すくらいならウラジオに向かうというのも選択肢だが遠い。戦闘から離脱したと言われかねない。
コルサコフにもどうろうとしたんだね。 田中 カ子(たなか かね、1903年〈明治36年〉1月2日[7][8] - )は、日本のスーパーセンテナリアン、ギネス世界記録保持者。
現在118歳の福岡県福岡市東区在住の長寿の女性。日本並びにアジアの歴代最高齢者。
この大砲製造より前に生まれた人が存命という。 >>194
潜水艦の浮上砲戦って失敗返り討ち多いのに何でやっちゃうのかなぁ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています