『しかるに、前に言ったように多数の意見だからその方が常に少数の意見よりも正しいということは、
決して言いえない。中世の時代には、すべての人々は、太陽や星が人間の住む世界を中心にして
まわっているのだと信じていた。近世の初めになって、コペルニクスやガリレオが現れて、天動説の
誤りを正した。その当時には、天動説は絶対の多数意見であった。地動説を正しいと信じたのは、ほんの少数の人々に過ぎなかった。
それと同じように、政治上の判断の場合にも、少数の人々の進んだ意見の方が、おおぜいが信じて疑わないことよりも正しい場合が少なくない。それなのに、なんでも多数の力で押しとおし、
正しい少数の意見には耳をかさないというふうになれば、それはまさに「多数党の横暴」である。民主主義は、この弊害を、なんとかして防いでいかなければならない。

多数決という方法は、用い方によっては、多数党の横暴という弊を招くばかりではなく、民主主義そのものの根底を破壊するような結果に陥ることがある。
なぜならば、多数の力さえ獲得すればどんなことでもできる
ということになると、多数の勢いに乗じて一つの政治方針だけを絶対に正しいものにまで
まつりあげ、一切の反対や批判を封じ去って、一挙に独裁政治体制を作り上げてしまうことができるからである。』
(文部省著「民主主義」 P114 民主政治の落し穴)