「交通弱者」として保護されてきた歩行者が、交通事故の加害者として警察に摘発されるケースが相次いでいる。ルールを無視した歩行者の行為が引き起こす重大事故が多発しているからだ。警察は悪質な歩行者に警告書を交付する取り組みを始めるなど対策を強化している。(森安徹)

より重い罰則で
 「早く帰りたくて信号が赤のまま横断してしまった」

 歩行者として事故の刑事責任を問われ、昨年9月に重過失傷害容疑で書類送検された50歳代の看護師の男は高知県警に対し、こう話したという。

 事故は昨年7月15日夜に高知市内の国道で発生。男は買い物帰りに子どもを抱っこして赤信号の横断歩道を渡り、バイクと接触した。バイクは転倒し、運転していた30歳代の男性が左手の骨を折る重傷を負った。男にけがはなかった。

 県警は赤信号での横断や、けがの程度から過失が重大として摘発に踏み切った。被害弁済などを踏まえて不起訴(起訴猶予)になったが、捜査員は「歩行者も加害者になりうると警鐘を鳴らせた」と語る。

 近年摘発が相次いでおり、2018〜19年に静岡、北九州両市で信号無視をした歩行者とバイクが衝突する事故が発生。静岡の事故では運転者は死亡、北九州では大けがを負い、歩行者は重過失致死や重過失傷害の容疑でそれぞれ書類送検された。その後、いずれも不起訴となっている。

 道路交通法では歩行者の信号無視や斜め横断などに対し、2万円以下の罰金か科料の罰則を規定している。これまで警察は主に同法に基づき摘発してきたが、相手を死傷させるなどしたケースについては、より罰則が重い重過失致死罪などを積極的に適用している。

死者の6割
 警察が追及姿勢を強めるのは歩行者の行為が事故の原因となる割合が増えているからだ。

 
 警察庁によると、死亡事故で歩行者が、最も過失割合の高い「第1当事者」となったケースは20年に154件で、過去5年間で最多。死亡事故の総数が減少傾向にある中、歩行者が主原因となる事故は横ばい状態だ。

 事故での死者は30年以上、「乗車中」が最多だったが、08年以降は「歩行中」が最も多い。20年に事故で死亡した歩行者1002人のうち、約6割に横断違反や信号無視など何らかの法令違反があり、自らの違反行為が死亡事故の原因となった可能性がある。

 こうした状況から警察庁は18年以降、歩行者に交通ルールを守らせる取り組みを徹底するよう都道府県警に繰り返し通達を出している。兵庫県警は昨年6月から、悪質な歩行者に指導警告書を交付する取り組みを始めた。同12月末までに、違反行為をしたとして3733人に警告を出した。県警は記録を1年間保管し、違反を繰り返した場合、交通切符(赤切符)を交付し、道交法上の罰則の適用も検討する。

 宮崎県警も同9月に歩行者に警告書を交付する取り組みを開始。岐阜県警も同様の制度を導入している。

 交通事故に詳しい実践女子大の松浦常夫教授(交通心理学)は「厳罰化などでドライバー向けの施策は強化されて車の事故は減ったが、歩行者の対策は後回しになってきた。『車が加害者、歩行者は被害者』との意識が根強くあることが悪質行為につながっており、歩行者への教育の機会を拡充するべきだ」と指摘する。

歩きスマホ・イヤホンランナー…日常の行動潜む危険
 信号無視など明白な違反行為だけでなく、歩きながらスマートフォンを操作する「歩きスマホ」などの行動にも危険が潜んでいる。

 東京消防庁によると、徒歩や自転車でスマホを使用して事故に遭い、搬送された人は2020年までの5年間で196人。うち8割以上は歩行者で、他者との接触や落下事故が起きている。

 大阪府池田市は昨年7月、罰則はないが、公共の場でのスマホを操作しながらの歩行などを禁じた「ながらスマホ防止条例」を施行。同様の条例は全国の複数の自治体で定められている。

 イヤホンを着けたランナーが自動車や人と接触するなどの事故も起きている。事故の損害賠償に詳しい鈴木啓太弁護士(福岡県弁護士会)は「イヤホン装着中や歩きスマホの事故では過失割合が高くなる可能性があり、注意が必要だ」としている。

1/25 読売新聞
https://news.yahoo.co.jp/articles/05c71db0fb6301d006e914f0b604fdf366b6dd58