キエフ大公国(キエフたいこうこく、古東スラヴ語:Роусь(ルーシ)、英:Kievan Rus')[1][2]は、9世紀後半から13世紀半ばまで、東ヨーロッパおよび北ヨーロッパの東スラヴ人、バルト人、フィンランド人が、ヴァリャーグの王子リューリクによって創設されたリューリク朝の治世下で複数の公国が緩やかに連合していた国である[3][4][5]。 ベラルーシ、ロシア、ウクライナの現代国家はいずれもキエフ大公国を文化的祖先とし[6]、ベラルーシとロシアはそれに由来する名称である。