次の土俵は介護職 元力士が施設運営 力持ちで「ちゃんこ」も得意…順調に事業拡張

 墨田区内で元力士4人が地域の高齢者を対象にしたデイサービス施設を運営している。お相撲さんといえば「気は優しくて力持ち」。さらに料理上手とくれば介護の仕事はうってつけだ。元力士たちも「大相撲の世界で培った経験を発揮できる」といい、事業は昨年末に二つ目の施設を開くまで成長した。
 事業を始めたのは元関取の上河啓介さん(44)。「若天狼(わかてんろう)」のしこ名で十両まで昇進し、二〇一一年の五月場所で引退した。中学卒業後に角界に入り、三十三歳で一般社会に出た。「そのときは何をしたらいいのか戸惑った。まずは勉強し、高校卒業程度認定試験に合格した」という。
 介護事業を始めるきっかけは小学校時代の友人が福祉の仕事をしているのを見たときだった。「これなら経験が生かせるはず」と一二年七月に会社「シリウス」を設立。翌年二月、墨田区太平二に地域密着型の通所介護施設「デイサービス花咲」を開いた。ちなみに会社名になった、おおいぬ座の一等星「シリウス」の中国名は「天狼」だ。
 最初に上河さんが声をかけたのが阿嘉(あか)宗彦さん(48)だった。間垣部屋(親方は元横綱二代目若乃花)時代の兄弟子だった元幕内力士「若ノ城(わかのじょう)」だ。引退後は年寄西岩を務めたが、当時は角界を去って野球イベント会社で働いていた。
 阿嘉さんは「『やりましょう』と介護の仕事にとびこんだが、分からないことばかり。施設の場所探しでは苦労した」と振り返る。「力士は力仕事はもちろん、部屋で『ちゃんこ番』をするから料理も得意。引退後、介護の仕事は向いている」と利用者の昼食用にタイのカルパッチョやエビのてんぷらを作っていた。
 デイサービス花咲は現在、元幕下力士「駿馬(しゅんば)」の中板秀二さん(40)が管理者を務め、上河さんと阿嘉さんがサポートしている。中板さんは一九年五月に引退後、シリウスに入社した。間垣部屋で上河さん、阿嘉さんの弟弟子で、間垣部屋の閉鎖後に移籍した伊勢ケ浜部屋では照ノ富士の付け人を長く務めていた。
 「脳内出血で倒れた師匠(間垣親方)をマッサージしたり、けがで番付を下げた照ノ富士の話し相手や世話もしてきた」と中板さん。利用者の入浴ではかいがいしく介助している。
 週四日利用しているという区内の伊藤満寿(みつとし)さん(70)は「しっかり介添えしてくれて、気配りもできる人たちだから助かる。何より食事がいい。ちゃんこ鍋はおいしい」と話す。中板さんは「トマトちゃんこ鍋の評判がいい。喜ばれるのは励みになる」とほほ笑む。
 昨年十二月には同区業平四に二号店「デイサービス花咲なりひら」をオープンさせた。こちらは元幕内力士「若兎馬(わかとば)」の山田裕三(ひろみ)さん(44)が管理者だ。
 上河さんたちは一般社団法人「力士セカンドキャリア推進協会」も設立し、引退する力士の就職相談を行っている。上河さんは八百長問題のとき、八百長にかかわった力士の携帯電話メールに名前があったという理由で日本相撲協会から勧告を受け、引退した。志半ばで角界を去る力士の気持ちは誰よりも分かっている。大相撲で関取に昇進できるのは一部の力士だけ。親方や職員として協会に残れるのはその中でも一握り。四人は介護サービスという新たな土俵で第二の人生を切り開いている。
 文・桜井章夫/写真・平野皓士朗

東京新聞 2022年3月18日 07時05分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/166301