子ども食堂だけでは限界がある――。大阪で10年にわたり活動してきた子ども食堂が、新たな挑戦を始める。子どもらが食事をするだけでなく、地域の人たちとつながりを持てる居場所にしようという計画だ。そこには、食堂に来ていたあるシングルマザーにまつわる体験があったという。

「週2回ではつながりきれぬ」
 計画を進めているのは、大阪市西成区の市営住宅の一室で「にしなり☆こども食堂」を運営するNPO法人「西成チャイルド・ケア・センター」の川辺康子代表理事(56)。2012年4月に始まった食堂は、関西では草分けだ。現在も週2回の夕方、30〜40人の子どもたちに無料で食事を振る舞う。「荒れていた子も、ここに通い続けると落ち着く」と手応えを語る川辺さんだが、もどかしさもあった。「ここの扉を出て家に帰ると、家の現実は何も変わっていない」

 日雇い労働者の町として知られる西成区は、母子家庭の割合も高い。20年国勢調査のデータによると、子育て世帯に占める母子家庭の割合は全国で5・38%であるのに対し、西成区は8・21%。川辺さんの食堂に来る子の多くも母子家庭だ。なかには母親が仕事に追われるなど心身が追い詰められ、人との関係性が希薄な環境で育つ子もいるという。布団も引かずに一人で毛布にくるまって眠ったり、疲れ切った母親に話しかけても「うるさい」と煙たがられたり……。親も孤立していると川辺さんは感じてきた。「週2回3時間ずつの食堂の時間だけでは限界があり、気になる子とつながりきれない。子どもの奥にいるしんどい親も含め、家庭まるごとつながりたい」との思いを募らせてきた。

シングルマザーから衝撃の言葉
 つながりをつくる際に、大事にしたいことがある。「支援する」「支援される」を超えた間柄になることだ。そう思うようになったのは、心に深く刻まれた体験があるからだ。

 食堂を始める前の10年ごろ、子育て支援活動をしていた川辺さんは1人の女性と出会った。当時18歳で、産んだばかりの娘を育てるシングルマザー。虐待を受けて育ったという女性は「どうでもいい」と気力に欠け、生活が荒れていた。家はゴミだらけで足の踏み場もない。川辺さんは掃除やゴミ出し、食器洗いなど週1回くらいのペースで家を訪れるようになる。食堂ができてからは、誘いに応じて女性も娘と一緒に来てくれた。ところが2年ぐらい経過したある日、食堂に来なくなった。心配して電話するとこう言われた。

 「ずっと独りぼっちやと思っていたけど、もう大丈夫。食堂で会う子らが地域で私や子どもに声を掛けてくれるようになってん。もう一人やないんやって思えるようになった」

 通算4〜5年支援をしていた川辺さんは、女性が「孤独だった」と聞いて驚いた。「彼女の気持ちを変えたのは行政でも私でもなく、ここの子どもたちだった。『わー、○○ちゃんのお母さん、どこ行くん?』って普通に話しかける。当たり前のつながりが大事なんや」と痛感した。

地域の実家のような場所に
 そうしたなかで21年末ごろ、現在の活動場所から歩いて3分ほどの高齢者向け集会所を使ってもいいと、自治会から持ち掛けられた。今の場所は14畳ほどの部屋に子どもたちがひしめき合う。願ってもない申し出だった。

 そして、地域の人々が集える場にできないかと考えた。川辺さんは食堂の日以外は、区内で日本語教室や識字教室を開いている。生徒は字が読めず、計算ができないまま大人になった中高年や、外国にルーツがある人たち。食堂に来る子らは近隣の人からは「うるさい」と叱られてしまうが、教室に連れて行くと生徒から「見ていると元気が出る」とかわいがってもらえる。集会所を改修すれば、食堂と教室などさまざまな活動をすべてつないだ居場所にできるのではないか――。子育て交流サロンも開けるかもしれないと夢が広がる。

 集会所は築35年を超えるため、補修が必要だ。給湯室も小さく、大人数の食事が作れるように改修しないといけない。費用は5000万円かかり、寄付集めに走り回るが、そのうち1200万円をクラウドファンディング(https://readyfor.jp/projects/tsunagarinoie)で調達するつもりだ。2月に始めており、期間は4月18日午後11時まで。9月のオープンを目指し、10月にはオンライン報告会も予定している。

 集会所では、地域の人たちが互いに見守り、声を掛け合える関係性をつくりたいと思っている。「『ただいま』『おかえり』と言い合えて、一人じゃないと思える。そんな地域の実家のような心の土台をつくりたい」と川辺さんは心を込めて語る。【野口由紀】

毎日新聞 2022/3/26 07:30
https://mainichi.jp/articles/20220325/k00/00m/040/216000c