ユーラシアグループの創設者で国際政治学者のイアン・ブレマーは、プーチンによるウクライナ侵攻は最悪の戦略的決断であると指摘する。
しかし、後に引き下がれないプーチンによって戦局は今後ますます泥沼化すると、英誌「エコノミスト」に寄稿した。


ロシアがウクライナに仕掛けた戦争がどう終結するかはまだわからない。間違いないのは、プーチンによる大規模侵攻という戦略的決断は、
ここ数十年の大国の指導者によるものとしては最悪のものだということだ。

プーチンとロシアの状況が、戦争開始以前よりはるかに悪化せずに済む道筋は考えられない。

プーチンは、徴兵された者も含む何千人もの若い自国の兵士の命を犠牲にした。そして、ロシア人とウクライナ人が「一つの民族」であるとプーチンは主張する一方、
侵略によってウクライナは以前より強い国家意識を持ち、ロシアを強く敵視するようになった。また、ロシア軍の非力さ、そしてその近代化に費やした数十億ドルが無駄だったと世界に示された。

さらに、プーチンによって、NATOが過去数十年には見られなかった統一感と目的を持った。フィンランドやスウェーデンのような非加盟国もNATOに加盟する理由ができた。
ドイツを含む加盟国は国防費を増加させ、ロシアとの国境近くに部隊を派遣する国も出ている。

プーチンは、高価値なものもロシアからは輸入を止めるべきだとヨーロッパを説得したようなものだ。彼こそが、世代を超えて損害を与える、ロシアに対する制裁と輸出規制をもたらした。

欧米諸国からしてみれば、プーチンの行動はもう後戻りできないもので、彼はルビコン川を渡った。
もっとも悲惨なのは、「特別軍事作戦」にかかる真の人的、経済的、物質的コストについて、彼はロシア国民に準備させられなかったことだ。

ロシア製ワクチンやプーチンの長テーブルに関する冗談はさておき、プーチンの誤算の第一要因は、間違いなく彼の周囲からの孤立にある。
彼は、反対意見に耳を傾けることすらしなくなったようだ。

どうして2週間で首都キーウ(キエフ)を占領できる、あるいは侵攻が始まればウクライナ人がすぐに降伏すると考えられたのだろうか。

ウクライナの侵攻に際し、干渉すれば「見たこともないような結果」が待っているとプーチンは述べ、ヨーロッパに対するエネルギー供給遮断の可能性を示唆した。

プーチンは西側諸国の対応が、8年前のロシアによるクリミア占領時と同じようなものになると予想していたようだ。
プーチンは、アメリカがこれほど早く、自国の外貨準備金の大部分を使えなくしてしまうとは予想していなかった。

プーチンはロシア国内の異論を認めず、重要な警告にも耳を貸さない。そして自分たちの安全と繁栄は、プーチンと彼の言う真実への忠誠にかかっていると、周囲に信じ込ませているのだ。

小さいが大事な例を挙げよう。
プーチンは戦争初期に「徴集された兵士は、今も今後も戦闘には参加しない」と言った。しかし、この主張は嘘だったとすぐに証明された。この事実に関しては、3つの原因が考えられる。

1つ目は、プーチンがロシア国民に対して、隠し通せないようなことについて嘘をついたということ。2つ目は、ロシアの将軍たちがプーチンに対して嘘をついたということだ。
3つ目が正直もっともありそうな説明だが、ロシア軍のあらゆる階層で間違った情報が蔓延し、上級将校が指揮系統下で何が起こっているかを把握できていないということだ。

しかし、いずれにせよ、これらすべてにおいて国内外でのプーチンの信頼は損われ、今後何年にもわたってロシア軍の力を損なうことになる。
ロシアがキーウ攻略に失敗した「第1段階」の取り組みが、軍の上下階層での情報の流れを大きく改善する理由はない。インセンティブ構造は非常にゆがんだままだ。

もしロシア軍が、現場で起きていることや軍事目標達成に必要な資源に関して正確な情報を出さず、そしてプーチンや将校たちが実現不可能な考えを持ち続ければ、
ドンバス地方の制圧を目指す第2段階が、第1段階よりもスムーズに進むということは考えられない。

ドンバスのウクライナ兵は8年間の戦闘で鍛え上げられている。ウクライナ人の戦闘能力と強い意志、そして彼らに武器と訓練を提供する西側諸国の意欲を過小評価したことで、プーチンはすでに大きな損害を受けた。
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