【社会】♪赤い靴 履いてた 女の子♪ は実在の少女。この女の子の像が横浜、そして静岡にも存在する理由 [朝一から閉店までφ★]
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ライフスタイル たけまる@2022/05/29
なぜそこに?横浜だけではない「赤い靴の女の子」の像
「赤い靴はいてた女の子」といえば、神奈川県横浜市のイメージをお持ちの方が多いでしょう。
実際、有名な「赤い靴はいてた女の子」の歌詞には
「横浜の波止場から 船に乗って…」
と歌われています。
横浜の山下公園には「赤い靴はいてた女の子」の銅像があり観光名所の1つとされていますし、近年ではJR横浜駅の構内にも小さな「赤い靴の女の子」が置かれ、人々の新たな待ち合わせスポットとなっています。
このように横浜名物の印象が強い「赤い靴の女の子」ですが、実は静岡県静岡市清水区の日本平にも「赤い靴の女の子」にまつわる像が存在することをご存知でしょうか?
https://mag.japaaan.com/wp-content/uploads/2022/05/Effect_20220528_010118.jpg
なぜ「赤い靴の女の子」が複数の地域に存在するのでしょうか?
「赤い靴の女の子」は静岡県出身
日本平にある「赤い靴の女の子」は、「赤い靴母子像」として静岡市の観光名所となっています。
横浜の「赤い靴の女の子」との違いは、女の子が母親と手を取り合い、親子の絆を感じさせる姿の像であること。
親子の像の下には、童謡でもよく知られる
「赤い靴 はいてた 女の子
異人さんに つれられて 行っちゃった」
の歌詞が刻まれています。
銅像に添えられた碑文を読むと、日本平にこの銅像が置かれている理由が判明しました。
https://mag.japaaan.com/wp-content/uploads/2022/05/Effect_20220528_010201-1280x825.jpg
「女の子」のモデルになったのは、明治37年7月15日に誕生した「岩崎きみ」という実在の少女とされています。きみと母かよの悲しいエピソードは、この碑文を見ただけでも本当に心が痛むくらいです。
彼女の生まれた場所が静岡県の旧不二見村(現在の静岡市清水区)だったため、後に人々が
「この幸薄い母と子をふるさとの地、不二見村を見おろすこの日本平山頂の、再び相いあわせようと考えました(碑文より)」
と、この母子像を建てるに至ったというのです。
https://mag.japaaan.com/archives/177755
2ページ目 「赤い靴といえば横浜」になった理由
https://mag.japaaan.com/archives/177755/2 実在だったのは知ってたけど清水にもあるのは知らなかった >>3
俺は「いい爺さん」だと思ってたなあ
良い爺さんならいいじゃんと
思ってたなw >>3
イージス艦に連れられて行っちゃった~♪ (´・з・`) イージーさんと思ってた
外国の人だけは当たってたのか 横浜のが有名になったから後付で静岡に作っただけじゃねーかwww いまでは青い目になっちゃって
目の色って外国生活で変わるんだ 宣教師夫婦のところに養子に出されたが
結核にかかってたので置いていかれて
結局日本の療養所で亡くなったんじゃなかったっけ 高い靴はいてた女の子
いい兄ちゃんに触れられてイッちゃった 良い爺さんに挿入れられてイッちゃった
という下品な替え歌が昭和キッズの間で歌われていた記憶しかない曲 >>1
赤い靴を履いたらダンスが止まらなくなって木こりに足を切り落としてもらった童話でしょ 写真の文面を読んだ。
なんで異人さん夫妻はこの母子から子を、わずか2歳の子をひきとることになったの?
なんで不治の病に侵された9歳のこの子を、ひとり孤児院に置いたまま帰国したの?なんで帰国時に実母に連絡しなかったの?
当時の世相が分からないから、書かれていない背景が見えない 吉川晃司「うぃーずぃんふぁんりぃーとぅーうぇわうぇーれーうぃーしゃーらー♪」 できすぎてるんじゃないかと思い、wikiを見た。
ttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/赤い靴
記者は手を抜きすぎ。わかっててこの記事書いてるなら信じるに値しない 異人さんに買われてついていく赤い靴の女の子なんて
もうアレしかないだろ
当時の日本は貧しかったんだよ >>33
赤い靴履いてた女の子の母親はシングルマザーで子供を養育できなくなって手放した
単に親切な外国人が善意から養女にしたのかそれとも母が金目で子供を売ったのかは不明
そして養父母が帰国する段になって養女が結核を患っていたため連れて行くことができず孤児院に預けた
養女はそのまま孤児院で亡くなった グンマーでは「どーじんさんにさらわれて、いっちゃったー」と唄う
マメな https://nikkei-azabu10.com/red.html
異人さんに連れられて行ってはないみたいだな
赤い靴 履いてた 女の子
異人さんに 養子に出されてその後異人さんが帰国するとき結核を患ったので麻布十番の孤児院に入れられてそこで3年後に 死んじゃった 養子にしたけど病気になったから遺棄するって、どんな扱い?ペット?
極貧飢餓の環境なら最悪分からんでもないけど、わざわざ外国まで来ている宣教師夫妻ならそこまで経済的に追い詰められてもないよね?人種差別?? 金持ちの外人の養女になって幸せに暮しましたとさで終わっとけよ
胸糞情報は要らんぞ >>25
いや、子供が二束三文で売っぱらわれる話。 >>46
感染病患者を船に乗せられるわけないだろうが >>52
昭和キッズの語彙だとイクではなくて気をやるとか昇りつめるとかだしな 赤い靴♪白い靴♪み~ど~り~くつ~♪き~ろいく~つ♪あ~おいく~つ~♪買~っちゃ~った~♪ >>45
あ、これも違うのか
Wikipedia見ると随分ややこしい話になってんだな >>40 >>46
結核患者は今でも入国できないぞ、それは日本でもアメリカでも同じだ 確か麻布十番にも像があったと思うよ。麻布十番の養護施設で育って、船に乗ってアメリカに行ったんだろう 大さん橋ホール行った時、山下公園の赤い靴履いてた女の子像の隣で昼飯喰ったな・・・ >>46
本当だよな。アメリカに連れて帰らない
というのが理解できないな 永さんは時々話してた、野口雨情の詩て
こういう暗い詩が多い
アメリカの宣教師に連れられて渡っていった 情報ありがとう。
>3年後に死亡
ということはこの子が置いていかれたのは6歳の時か
当時の人間に対する扱いってこんなもんなんか??でもわざわざ歌になったっていうことは、当時からみてもひどい話だったんかいな 貧しい親が娘を人身売買するのは、ごく当たり前だったのに、娘を買ったのが白人だとなんでこんなに感傷的な話として残されるのか不思議だよ 言葉も通じない外国に連れていかれるのに少女を売る母親、まだ女工さんのほうが救いがある。 >>50
日本でも普通にある話だな。
結核はほとんどないけど。
孤児院は養護施設となって、ある。 ブラジル棄民船の話も唄にして
みんなで歌うべき、満州棄民も同じ
カナダ、アメリカ、ハワイにも棄民した
特に貧農の次男以降は、全員ブラジルに行くしかなかった 赤い靴はいてた女の子が異人さんの国に行ってないで国内にいたのは知ってたけど
結核で亡くなってたのか 実際はオナホ扱いしていたので、アメリカに連れていけなかっただけ。
もしも連れて帰ったら、日本で不道徳なセックスに耽っていたことがバレかねないからな
さんざん使い倒して、捨てていった マザーテレサも人身売買やってた疑惑あり
売られた子は幸せになった例もあるが性道具にされた子もいる 結核で置いてかれたらしいけど演技でお母さんのもとに帰れたとかだったらいいなあ じゃあ氷河期も歌にしよう。
日本国内で堂々と棄民された、人口ボリュームゾーンの人々の歌だ
君たちのおかげで日本の人口は爆発せずに済みました。氷河期さんありがとうって 赤い靴履いてた女の子
異人さんに連れられて行っちゃった
娘に歌ってやると泣き出した「怖い」って >>1
>きみが幼くして亡くなった地である麻布十番
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