8/7(日) 10:00配信

毎日新聞

 あまり語られていない安倍晋三元首相の功績の一つに、首相官邸の供宴スタイルの確立がある。フランス料理にフランスワインという長年の定番を、和食、日本ワイン、日本酒の3点セットに変え、さまざまに工夫を凝らした。

 外国首脳に日本の食文化の素晴らしさを知ってもらい、農産物輸出を後押しし、食を話題に首脳同士の関係を深める……。食事会を外交に最大限に活用した首相だった。



 ◇官邸の食事会で幾つかの指示

 まず指摘しなければならないのは、第2次安倍政権(2012年12月~20年9月)の7年8カ月、外国首脳を食事でもてなした回数の多さだ。夕食会と昼食会はざっと数えて209回で、月平均2.2回。その前の野田佳彦政権(11年9月~12年12月)の月平均1.6回、菅直人政権(10年6月~11年9月)の1.3回と比べても多い。

 長期政権になるに伴い訪日する外国の首脳が増えたこともある。また新型コロナウイルス問題で最後の約半年、外国首脳の来日がなかったことを勘案すると、月平均の回数はもっと高くなる。

 第2次政権がスタートすると、安倍氏は「来日された外国首脳にはなるべくお食事を差し上げよう」と側近に指示した。「外国首脳を大切にすることが、国際場裏における日本の立場と発言力を高める」との考えからだ。それまで非公式訪問だったり、あまり重要でない賓客の場合は、外相などが代わりに食事会を持ったりしたが、すべて自分がもてなすと決めた。

 また首相官邸では長らくフランス料理にフランスワイン、乾杯用に日本酒、が定番だったが、安倍氏は「世界のトップに日本の農産物や食品の素晴らしさを知ってもらう機会になる」と、料理は和食、飲み物は日本のワインとお酒、とするよう指示した。

 和食はすでに世界的なブームで、事前の日本側の打診にほとんどの外国首脳が和食を希望した。翌13年には和食がユネスコの無形文化遺産に登録され、首相官邸での和食は大きなPR効果を発揮することになった。



 ◇どんぶりものも提供

 どのような内容なのか、例として安倍首相最後の夕食会となった20年2月10日の、エストニアのユリ・ラタス首相の歓迎宴を挙げよう。

 先付け 九条ネギとシントリ菜の煮浸し、アサツキとホッキ貝酢みそあえ、ごま豆腐

 おつくり マグロ タイ ブリ イカ ボタンエビ

 焼き物 和牛ヒレ肉網焼き ブロッコリー ゴボウ 厚揚げ パプリカ 和風たれ

 食事 エビかき揚げ天丼 留めわん 香の物

 果物 果物盛り合わせ

 アイ・バインズ 甲州 2017

 ドメーヌ ルバイヤート 2010

 清酒 夢心 純米大吟醸(福島県)

 肉料理は和牛の網焼きだけで、他は魚介類だ。魚介中心は官邸の食事の特徴である。「食事」の「エビかき揚げ天丼」も面白い。量は少なめで、洗練されたスタイルで出されているのだろうが、前月の1月に来日したポーランドのマテウシュ・モラウィエツキ首相の夕食会でも「野菜かき揚げ天丼」が出されている。どんぶりものが日本の食文化でもあることを示す狙いがあるようだ。

 白ワインの「アイ・バインズ 甲州」は、農業生産法人アイ・バインズが栽培した日本固有種の甲州種のブドウを使って、シャトー酒折ワイナリー(甲府市)が醸造した。赤の「ドメーヌ ルバイヤート」は丸藤葡萄酒工業(甲州市)のフラッグシップワイン。メルローなど3種類のブドウから造られ、和牛ヒレ肉との相性を考えた選択だ。

 首相官邸の事務所にはワインのプロを置いており、全国の産地のものがまんべんなく出されている。日本酒は東日本大震災の被災4県のものを中心に、それ以外の産地を時折出した。

 ◇果物と説明カード

 ◇清掃や介護の現場で働くフィリピン人も招待

 ◇食事前のスピーチの工夫と面白さ

 ◇付け足しでない食事会

https://news.yahoo.co.jp/articles/3c82562fbbef474249ed281dc676c1ccaee3b3f3