【解説】 本能寺の変、承久の乱…日本史上の重要な出来事で使う「戦・陣・変・乱・役」の違いとは? [朝一から閉店までφ★]
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歴史・文化 雲川ゆず@2022/11/14
長い日本の歴史のなかでは、さまざまな出来事や事件が起きています。「関ヶ原の戦い」「大阪夏の陣」「桜田門外の変」「承久の乱」「後三年の役」など、大きな出来事を表すときにも、ひとつの言葉ではなく「戦・陣・変・乱・役」といったさまざまな用語が使われます。
しかし、それらの詳しい違いや定義を知っている方はあまり多くないのではないでしょうか。
今回の記事では、「戦・陣・変・乱・役」のそれぞれの用語が示す意味をご紹介します。
(※なお、それぞれの定義については諸説あります。学者の見方や考え方によっては必ずしも以下と一致しない場合もあります。あらかじめご了承ください。)
「戦」は局地的な戦闘を表す
「合戦」や「戦争」などと同じような意味を持つ「戦(いくさ・たたかい)」。戦争は連続する戦いを示すことが多い一方、「戦」は局地的な戦闘を表すという特徴があります(石橋山の戦い・川中島の戦い・関ヶ原の戦いなど)。
「変」「乱」「役」などの特徴に属さない争いを広く「戦」と表現することがあります。
「陣」は局地的な戦闘や城攻めを表す
大阪夏の陣
https://mag.japaaan.com/wp-content/uploads/2022/11/466af6cbb75030f1440b19c8f082dc3f.jpg
局地的な戦闘を意味するという点では「戦」と似ている「陣」。もともと「陣」は「陣を張る」「軍隊の配置」ということから転じてそのような名前になったと言われています。
日本史上では、大阪冬の陣や大阪夏の陣などがあります。
https://mag.japaaan.com/archives/188036
2ページ目 「変」「乱」「役」の意味
https://mag.japaaan.com/archives/188036/2 安倍ちゃんの事件、近代までの日本史学呼称で言うなら
「大和西大寺駅前の変」ってなるのかね
「大和西大寺の変」ってすると何かキャッチーな感じになるけど
いろんな意味で正しいニュアンスにはならないし >>98
天皇家を朝鮮人が乗っ取った。これ大嘘です >>97
化学プラントや配管ではエアパージとかパージバルブとかよく使う >>102
つか、🇭🇺ハンガリーだよ?
金属製鎧だもん >>45
野蛮人て
一応、桓武天皇の男子直系なんだぞ~ 「本能寺の変」は間違いだよね、反乱だから本能寺の乱が正しい >>107
渡来人が🇭🇺ハンガリー系で
史実通りだと🇨🇳中国の歴史は大ウソになっちゃうけどw 事象を示す:戦争 戦 役 陣
事象と原因を示す:乱
事象と影響を示す:変
こんな感じかね?
定義付けの理論が違うんだから、命名の選択肢は複数出てくるし、どの選択肢も定義の理論に沿っている限り論理的には正しいわな。
でも命名は一つに絞った方が便利だからという理由で最終決定してるだけなのに、その理由を定義だけで説明しようとするから、記事の読後に「じゃあ、あの場合は?」みたいな混乱を呼ぶんやね。 80年前の日中戦時の呼称が「支那事変」か「日中戦争」かっていうのだけど
俺的には「支那」って呼称がウヨサヨイデオロギー的にどうこうとか
「支那」って文意が中国への配慮の有無でどうこうとかいう以前に
日本にとって8年〜十数年続いたあんなガチ鉄板の国力総動員(太平洋戦争前で)な
対外大規模戦争状態を「事変」扱いしているのが気に入らないんよなあ 観応の擾乱ってのもあるんだよな
なぜ観応の乱ではないのだろう 特に意識をしたことは無かったが、
なんとなく理解はしていたという人が殆どでは? 515や226や宮城事件はどれにカテゴライズされるんだ 五一五事件
二二六事件
これは乱でも変でもないんだ
近代になってからだから? >>51
引退直前の谷垣
あんたが(死刑の)対象なんだから 地球連邦の目線だと、ウクライナとロシアの戦争は「プーチンの乱」とも呼べるんやろね。
ロシアが勝ったら「プーチンの変」に名称変更するんかね? >>119
アレ、どっちにも体制側天皇が存在したという
(しかもお互いスナック感覚で乗り代わったり同じもの担いだりとかw)
超カオス状態だったからねえ
まさに「グッチャグチャ大騒ぎ」ってな語意の「擾乱」って言葉が相応しいし
そう呼ぶしかない勢い >>128
ネオコンの乱だろ。プーチンは侵略に対抗してるだけ 後鳥羽上皇かよのコピペでも乱か変かで議論されていた >>119
俺も気になってぐぐった。
小川某の論文から定着していったのでは?
との説がプレジデントオンラインにあった。 承久の乱は「主上御謀叛」ってパターンだな
「主上」ってのは天皇または上皇に使われるけど
当時の体制側に対して天皇や上皇が武力的に歯向かえば
上皇はおろか天皇に対しても「謀叛(謀反)」って言葉が使われた
(鎌倉の北条執権体制に対して決起した後醍醐天皇みたいに) >>7
名前を出さないでくれ
親にめちゃくちゃ怒られてトラウマなんだ >>135
あんなもんは乱でも変でもないただの勘違い仇討ちやろ >>129,136
どもども
なんかあれだけ独特な命名だよね
結構ドラマチックなので逃げ上手の若君で取り上げられるのが楽しみ 戦った、陣取った、変なことした、乱れた、役(つと)めた
ぐらいでいのでは 近所に本当にSSID「応仁のLAN」にしてるヤツがいて笑ったわ >>137
上皇の反乱ではなく上皇への反乱という意味にして欲しい >>1
ソースの禁門の変が金門になってる
ゴールデンゲートブリッジかよw 昔パチスロで吉宗が流行ってた頃、どのパチ屋でも吉宗の乱ってイベントやってたけど、吉宗は乱をする方じゃなくて乱を起こされる立場だよ
ってずっと思ってた ほら、ごらん へんなえきで じんじんさ
あとは貴様たちに頼んだ >>151
イベント名が享保の改革とかなら良かったな >>110
織田信長はまだ政治的権力になってないんじゃないの? 超承久の乱〜で知られるコピペ原文を見にいったら
>DQN女「マジ受けるんだけど、超承久の変〜」
で、乱じゃなく変なんだな
あれほどの知識のある文章書く人が間違えるはずないので
あれ書いた人にとっては承久の乱じゃなく承久の変な訳だ
乱と変の違いがわからんかったので1みたら分かりやすく書いてあった >>160
「志賀の陣」はメインが延暦寺包囲戦だったから? ウヨ史観なら承久の「変」、サヨ史観なら承久の「乱」
乱と変の基準はとても曖昧なモノである >>168
そういえば
(朝鮮を)ほろぼしたーほろぼしたー
ぼしたーぼしたーと叫んで、馬を酔わせて
一緒に練り歩く
熊本の「ぼした祭り」が中止になって残念 >>139
勘違いじゃない安倍が反社カルトのケツモチやってたのは事実 中学の時に社会の教科書に辛亥革命(1911-1912年)って書いたあったけど
その前にセポイの反乱を習っていて成功すれば革命、失敗すれば乱だったら
辛亥革命(1912)となるべきじゃないかと教師に質問したが
納得する答えは得られなかったから誰か答えてくれない? >>172
軍事衝突してるけど、これは戦争じゃないですよ、ってのが事変
今ロシアがやってる特別軍事作戦と同じ意味だ >>160
志賀の陣は城攻め、つまり延暦寺という拠点を攻囲したもの
賤ヶ岳は互いが睨み合って野陣して戦ったものってところかね
まあそう大きな違いはないだろうな 見事に失敗した藤原仲麻呂の乱は乱としか呼んでないよな。 後で勝った方に対して戦いを挑んだほうが反乱起こしてるように見えるから乱なんでないの
後の権力者とか押さえとけばいいような >>172
引っ掛けた女や持ち帰った女のマンコが臭い時に
いやー、あの後事変が起きた
というような使い方をする 変は暗殺事件のイメージが強いな
例
本能寺の変=織田信長暗殺
桜田門外の変=井伊直弼暗殺 >>122
となると最後に乱がおきたのは神風連の乱あたりなのかな >>175
拠点方位の戦いは数多くあるけど、陣を使ってるのが大坂と志賀だけな気がする
小田原攻め、鳥取城の戦い、石山合戦 他には
乙巳の変=蘇我入鹿暗殺
紀尾井坂の変=大久保利通暗殺 >>182
なるほど言われてみればそうだな
月山富田城の戦いとか三木城の戦い、備中高松城の戦い、伏見城の戦いとかもだな
そうなると明確な違いなんてないんだろうな >>186
最後のアベチョンが殺られたやつは後世そう言われるかもしれんな >>182
どっちも京に近いな
公家が日記にでも記したか >>175
関ヶ原も岐阜城や大垣城で決着してたら陣がついたかもな >>188
それが例外で解釈に困ってる
長州派が誰かを暗殺してたような気もするが どうせその当時言い回しがカッコよかったからとか粋だからとかそんだけの使い分けだから本気にするだけ無駄 第二次世界大戦で焼け野原にならなかった京都にとっての戦後とは応仁の乱以降のことをいう。
これ豆な。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています