「罪を憎んで人を憎まず」
犯した罪は悪いから罰するべきだが、罪を犯すには事情もあったのだろうから、その人まで憎むのはよくないということ。


社会人のバイブルとも言われ、世界的ベストセラーでもあるデール・カーネギー著「人を動かす」の冒頭にも、「盗人にも五分の理を認める」という同様な意味の記述がされている章がある。

今もロシア・ウクライナが戦争をしているが、日本含む周囲が大国・強国の物差しを持ち出し、さも「これが世界のスタンダードだ」と言わんかの様な言い振りは、単なる傲慢かつ横暴な行為に聞こえなくもない。死刑の話もある種これと同じではないか?

たとえ自分が理解し難い事であろうと、相手の事を理解しようとしない限り、真の和解や良好な関係には至らない。お前らは世の中に対し、少しでもそうやって来たのか?
犯罪者というのは生まれながらにしてなるものではなく、「後天的につくられるもの」だ。事件が起こった時、ニュース等でもその犯人がさも「悪の権化」だったかの様な誤解を植え付けさせかねない報道をする。歪んだ自己責任論の極みの様でもあり、大変に烏滸がましい。自分達は聖人君子のつもりなんだろうか。

そういう世の中にならない様に努力もしないで、死刑賛成とか言っているなら、それはお前らも「自分勝手で傲慢な人間」だと言えなくもないだろう。