<ゼロコロナを撤回させた民衆の抗議「白紙革命」は、習近平政権の打倒にはつながらなかった。だが変化の兆しは既に芽吹いている>


終わりの見えない都市封鎖と強制隔離に怒り、言論の不自由を象徴する白紙を掲げて習近平(シー・チンピン)国家主席の「ゼロコロナ政策」に抗議した中国民衆の反乱は、既に終息に向かっている。

治安部隊が参加者を片っ端から捕まえる一方、習政権が悪名高い強制措置の解除・緩和に舵を切ったからだ。

昨年12月7日に発布された10項目の指針(新十条)は検査の義務付けと強制隔離を事実上撤回し、鉄パイプで建物の出入り口を封鎖するような措置を禁じた。
ジョージ・オーウェルの近未来小説『一九八四年』をも凌駕する厳格で無慈悲な統制に苦しんできた封鎖対象の約3億7000万人も、やっとこれで一息つける。

むろん、感染者や死亡者は激増している。集団免疫がなく、ワクチン接種率も低いのに、急に人の移動が増えたのだから当然だ。

それでも中国の人々が最低限の自由を取り戻せたことを、少なくとも今は、私たちも喜んでいい。
この「白紙の乱」が起きた経緯を振り返り、そこから何かを学ぶのは、事態が一段落してからでも遅くはない。

だが欧米の識者たちは性急に、これからは中国でも自由を求める声が高まるだろうとか、急な政策転換でメンツをつぶした習近平の支持基盤は揺らぐとかの予測を流し始めた。
共産党による一党支配の「終わりの始まり」だと示唆する人もいる。

まあ、ある程度まではそうかもしれない。欧米的な考え方からすれば、そう結論するのが当然なのだろう。
だが現代中国の歴史をひもとけば分かる。過去には今回以上に深刻な事態が何度もあったが、それで体制の長期的な安定が揺らぐことはほとんどなかった。

練乙錚(リアン・イーゼン)
経済学者。香港生まれ。米ミネソタ大学経済学博士。香港科学技術大学などで教え、1998年香港特別行政区政府の政策顧問に就任するが、民主化運動の支持を理由に解雇。
経済紙「信報」編集長を経て2010年から日本に住む。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2023/01/post-100559.php#:~:text=%E3%83%AF%E3%82%AF%E3%83%81%E3%83%B3