大学で学ぶ若者を、増やしてはいけない街がある。小説の中の話ではない。地方創生の名の下、東京23区内の大学は、法律に基づいて定員増を認められていない。規制実施から5年、学びや移動の自由を縛るなどと、大学や東京都などが撤廃を求めているが、地方からは継続を望む声も。入試シーズンの今、考えたい。東京一極集中の解消を狙ったこの規制は、是か非か。(中沢佳子)
◆私大連、東京都は反発「効果薄い」
 「学ぶ自由の侵害。地方の若年層の流出も規制後、止まっていない。大義も効果も薄い愚策だ」。日本私立大学連盟(私大連)の担当者が息巻く。
 「愚策」とは2018年、当時の安倍晋三政権が力を入れた地方創生の一環で成立させた法律で、23区で大学の定員増を原則10年認めないとした規制だ。地方から東京へ若者が流れるのを食い止める効果を見込んでいる。私大連は当初から「地方創生は大学の規制ではなく、雇用の創出と地方大学への財政支援こそ必要」と反発。昨年10月も、規制の撤廃や政策効果の検証などを政府に求めた。
 私大連の分析では、20年度の東京圏への流入者のうち、進学年齢の15~19歳が21.0%に対し、就職年齢の20~24歳は75.8%を占める。流入の主要因は就職で、進学時に上京を阻んでも流出を止める効果は薄いことになる。
 担当者は「5年前とは社会状況が違う。大学にはデジタル人材の育成や文理横断教育の強化が求められている。それに応えるには、定員の見直しや学部学科の新設などの改編が必要。でも、規制のために大胆な改革ができない」と訴える。私大連には多くの地方大が加盟しているが「学問の自由や移動の自由に反する規制だ。どこの大学であれ、問題視する」。各大学からも「時代の要請に応える学部・学科再編ができない」「切磋琢磨せっさたくまの機会が奪われ、若者の潜在的な可能性を損なう」「地方産業界に新社会人の受け皿がないという根本的課題の解決を」と批判が続出している。
◆受験生への影響も
 受験者への影響もある。私大連によると、文部科学省が近年、定員超過の大学への補助金削減を厳格にしており、大学は合格者数を絞りがちだ。都心の大学は定員抑制と相まって難易度が上がり、受験者が出願先のランクを下げる傾向が目立つという。「故郷を出て多様な人々と接し、また故郷に戻る『流動』を生むことこそ大事。地方創生を掲げるなら、地方を魅力的にする策を打つべきだ」
 東京都も反対活動を展開。都ホームページでデータを示して「都内の学生の増加は首都圏からの進学者の増加だ」「東京の大学の定員を増やせないと、首都圏の受験戦争が激化する」などと指摘している。昨年11月も政府に「場所だけを理由に制限を課し、学生の選択や大学経営の自由を縛っている」と訴えた。特別区長会や東京都公立高等学校長協会、東京商工会議所も規制に異を唱えている。
◆「地方のためにやってる」感のPR?
 「大学間の健全な競争を妨げる。保護され続ければ、個々の大学の改革やマネジメントの工夫を抑え込み、むしろ衰退に向かう。18歳人口の減少で大学の運営は厳しい。でも、社会人の学び直し需要を取り込むなど、できる余地はある」。昭和女子大の八代尚宏特命教授(経済政策)は、23区規制の保護主義的側面を危ぶみ、都市部での大学の新増設を抑制し、今は廃止された「工場等制限法」の再現だとみる。近年、都内の学生は首都圏出身者が多いとされることからも、政策効果は疑問という。「現状は『地方のために何かしている』という政権側のジェスチャーに見える。政策効果の検証は欠かせず、規制の立証責任が果たせなければ見直すべきだ」
 物議を醸している規制はもともと、東京一極集中に歯止めをかけたい全国知事会の要望を、安倍政権がのんだものだ。同会は今も政府への要望に「23区内の大学収容定員の着実な抑制」を盛り込んでいる。全国市長会と全国町村会も「撤廃はもとより、緩和につながる見直しは断固反対」と一歩も引かない構えだ。
 「問題の根底には、日本が他国と比べて大都市に大学が過度に偏り、若い世代が集中しているといういびつな状況がある」と、長野県立大の田村秀教授(行政学)。確かに、文科省の調査をもとにした内閣府の分析では、2021年の全国の学部生のうち東京都は25.8%、23区は18.3%を占める。大阪や愛知、神奈川、京都といった都市部4府県でも10%に満たず、偏りぶりは突出している。この傾向はここ数年変わっていない。
 とはいえ、規制の効果はおぼつかない。内閣府によると、18年以後、東京、埼玉、千葉、神奈川の「東京圏」を除く43道府県から、23区の大学へ進んだ学生は2万6000人前後で推移し、大きな変化はない。一方、東京圏からの入学は増えている。(以下ソースで)

東京新聞 2023年1月23日 06時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/226800