人に病を、社会に混乱をもたらす厄介者・ウイルス。しかし、その性質を変えることで、がん治療に使える可能性が見えてきた。悪性の脳腫瘍では新薬も登場。ウイルスの力でがんを撃退させる逆転発想の治療法に迫る。

悪性脳腫瘍に効果
 2022年8月、米医学誌ネイチャー・メディシンに掲載された論文は大きな注目を集めた。

 脳内にできる悪性の腫瘍「膠芽腫(こうがしゅ)」が再発した患者を対象にした治験(臨床試験)で、ウイルスを使った薬を投与したところ、19人中16人が1年後も生存したのだ。従来の治療では、再発患者の8割が1年以内に死亡することが知られていた。逆に8割以上が生存する結果に関係者は驚いた。

 しかも、うち3人は5年以上生存した。3人の腫瘍は小さくなり、再発もしていないという。研究を手がけた東京大などのチームは「膠芽腫が治る可能性が見えてきた」と強調する。

 チームが使った薬には「単純ヘルペス1型」というウイルスが使われた。このウイルスは多くの人の体内にあり、疲れやストレスなどで体の抵抗力が落ちると口の周りに発疹、いわゆる「口唇ヘルペス」を引き起こす。人類にとって古くから身近な存在で、80個以上ある遺伝子の機能は全て解明済みだ。

 チームの藤堂具紀(ともき)・東大医科学研究所教授(脳腫瘍外科学)はこう考えた。もし、このウイルスをがん細胞だけで増殖させることができれば、がんを破壊できるのではないか――。

巧妙なメカニズム
…(以下有料版で、残り1342文字)

毎日新聞 2023/6/1 07:00
https://mainichi.jp/articles/20230530/k00/00m/040/047000c