会場からあふれるほど集まった十数万人の支持者が、大音響の音楽に合わせて「当選」の合唱を繰り返す。ダンスあり、ロックバンドの演奏あり。お目当ての候補が登壇すると、嵐のような拍手が湧き起こる。

 13日に行われた台湾総統選の選挙集会をテレビやインターネットで見ていて、日本とは違う、その熱気に驚いた人もいるかもしれない。台湾の人たちはなぜ選挙に熱くなれるのか。台湾人と結婚し、在台歴18年を数える文筆家の栖来(すみき)ひかりさんの解説を聞いた。

政治が身近な台湾社会
 ――終盤の選挙集会はまるで野外フェスのよう。つえを突いたお年寄りや子どももいて、なんだか不思議な光景でした。

 ◆実は政党によっても違いがあります。今回、一番ユニークだったのは台湾民衆党。音楽の使い方がうまい。DJが最近台湾で再びはやっている1980年代ポップスなどの曲をかけ、ユーチューバーをずらりと壇上にたたせてみたり。家族連れも多く、フェス感がより強かったですね。

 ――台湾では政治が生活に身近な印象です。

 ◆家庭の中で政治を話題にすることはかなり日常的といえます。例えば選挙が近づくと、私の高齢の親族のLINE(ライン)には友達から「この政治家に投票して」といったメッセージがよく届きます。LINEやフェイスブックなどのSNS(ネット交流サービス)を使ったシェアが活発です。

店舗のテレビに映し出された台湾総統選の開票特番=台北市で13日、ロイター
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 ただ政治的立場が違う家族や友人、同僚らと論争することは多くはありません。「この人は民進党、あるいは国民党の支持者だな」などとある程度の察しはつくので、それを尊重してぶつからない。政治が身近だからこそ、衝突を避ける知恵や技術にたけているのだと思います。

 選挙集会が非常に盛り上がるのも、同じ方向を向いていることが明白な仲間に囲まれる安心感からかもしれません。(知人らの政治性向に気を使う)ピリピリした日常とのギャップがあるのです。

 ――中核的な支持者以外の多くの人もそうでしょうか。

 ◆私は13日の夜、自宅に友人家族を呼んで、台湾風の鶏や野菜の揚げ物とすしをつまみながら、テレビの選挙特番を見ました。もちろん政治的な志向が似ている友人とです。応援していた候補の当落に一喜一憂したり、次はこんな政策を訴えればいいんじゃないかと話したり。有権者による「反省会」ですね。周りでも似たように過ごした人は多かったと思います。

デジタル先進国でも選挙はアナログな理由
 ――台湾の選挙は開票風景もユニークです。開票所で係員が1枚ずつ投票先を読み上げ、それを「正」の字で大きな紙に書くというやり方を続けています。デジタル先進地の台湾で、電子投票を求める声は強くないのでしょうか。

 ◆台湾の人が一番心配しているのが投票結果が操作されることです。過去の国民党独裁時代の記憶があるし、中国が介入するのではとの疑いがどうしても生じてしまう。周囲の台湾人は皆、電子投票や期日前投票には消極的です。

 ――今回、民進党は総統選で勝ったものの、立法委員選挙(国会議員選挙)では厳しい結果でした。

 ◆有権者のギリギリのバランス感覚、すごみを感じました。大勝させると腐敗が止めにくい。ねじれを起こすことで、民進党を安心させない。常にいいパフォーマンスを見せないと有権者に切られるという緊張感が、台湾を前進させる動力として働いています。

 直接投票で総統を選ぶという有権者側のイベント感、そして「自分も台湾の未来を決める一人だ」との責任感が、台湾の民主主義への信頼を生んでいるのではないでしょうか。

栖来ひかりさん
 1976年、山口県生まれ。京都市立芸術大卒。2006年から台湾在住。近著に「日台万華鏡」(書肆侃侃房)、「台湾りずむ」(西日本出版社)。

毎日新聞 2024/1/24 05:00(最終更新 1/24 05:00) 1531文字
https://mainichi.jp/articles/20240123/k00/00m/030/080000c