10/30(月) 9:00配信 産経新聞
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171030-00000500-san-sctch
 日本の四方を取り囲む海は、豊富な漁獲資源や天然資源の探査をはじめ、地震や津波の研究を進める上でも重要な領域だ。
しかし、水中での通信は音波に限られ、一度に送れるデータの量は非常に限られてきた。海洋研究開発機構や島津製作所などが
開発を進める「水中光無線通信」は、高出力の半導体レーザーを用いた“水中無線LAN”を実現。海洋試験にも成功し、
実用化は目の前に迫っている。

 7月に静岡県沖の駿河湾で実施された試験では、海洋機構の深海無人探査機「かいこう」を利用。
かいこうの機体を上下に分離し、水深約700メートルの「ランチャー部」と同約820メートルの「ビークル部」との間で通信を試みた。

 その結果、約120メートルの距離で毎秒20メガビット(20Mbps)の通信に成功。これは音波の約1000倍で、
動画も送れる伝送速度だ。さらに受信側のコンピューターを送信側が遠隔操作する「リモートデスクトップ接続」にも成功したが、
これは通信の安定性が高いことを意味する。もちろん、通信の暗号化も可能だ。

 水流が安定した水槽ではなく、潮の流れや海水の濁りといったさまざまな環境に置かれた実際の海で試験に成功した点も大きい。

 今後は機器の改良を加えた上で、来年3月にも再び駿河湾での試験を行う。
開発を主導する海洋機構海洋工学センターの澤隆雄主任技術研究員は、「既に実用段階に達しており、
来年度以降は機器のさらなる小型化や軽量化を図っていきたい。目標は500ミリリットルのペットボトルほどの大きさです」と意気込む。

 現在、海洋機構が海底に設置している地震計などの観測機器からデータを回収するためには、
観測機器ごと海上に引き揚げる必要があり、数が多いこともあって大変な手間やコストがかかる。
これに対して水中での光無線通信が実現すれば、無人機を付近に向かわせてデータをやり取りするだけですむ。

 リモートデスクトップ接続を用いれば、遠隔操作で観測機器のプログラムをアップデートできるほか、
複数の無人機が海底の資源探査を行う際には親機が複数の子機を統率することも視野に入る。
子機が集めた情報を親機に集約し、探査範囲を指示し直すこともできるという。

 さまざまな可能性を持つ水中光無線通信だが、海外に目を転じれば既に市販されている例もある。ただ、
それらが用いているのは発光ダイオード(LED)であり、海洋機構などが用いている半導体レーザーダイオードとは異なる。

 この点に関し、澤氏は「LEDは通信速度が上がらず、10Mbps程度が限界だ。これに対して半導体レーザーは
光の“質”が高く、より大容量で遠くまで届く」と優位性を指摘する。

 高出力の半導体レーザー技術は島津製作所の得意分野で、協力しながら機器の小型化や軽量化を進めたほか、
水圧に耐える容器の中で熱がこもらないように工夫も加えた。最終的な開発目標は、200メートルの距離で20Mbpsの通信を実現することだ。

 もう一つ、今回の研究開発で特筆すべきは、防衛省が設けた「安全保障技術研究推進制度」を活用して6800万円もの
研究費を受け取っている点だ。この制度は基礎研究が対象で、研究成果はすべて公開されることが前提だが、
当然ながら日本を取り巻く厳しい安全保障環境を背景として、将来の装備品への成果の活用も視野に入っている。

 水中光無線通信は、水中の機器どうしだけでなく、水中と水上もしくは空中とのやり取りも可能だ。つまり、
海の中で警戒を続ける潜水艦と、海上の艦艇もしくは飛行中の航空機などとの間での交信内容が大幅に充実することになる。

 防衛省関係者は今回の成果について、「潜水艦の作戦行動や警戒監視などの質が飛躍的に向上するだろう。
他国の開発動向も含めて注目していきたい」と重要性を指摘する。(科学部 小野晋史)