http://www.afpbb.com/articles/-/3155438?cx_module=latest_top

2017年12月31日 7:00 発信地:ワルシャワ/ポーランド
【12月31日 AFP】世界中で今なお愛されている19世紀のピアニストで多作な作曲家、ポーランド系フランス人のフレデリック・ショパン(Frederic Chopin)の早世の理由が、自身の心臓によって明らかになるかもしれない。

 ショパンは39歳でこの世を去ったが、その原因をめぐっては長きにわたり結核と思われてきた。しかし2008年、ポーランドの医療専門家らが、いつも病弱だったショパンは実際には嚢胞(のうほう)性線維症にかかっていた可能性を指摘した。

 そしてこのほど、コニャックと思われる液体が入った瓶の中で168年前から保存されているショパンの心臓をより詳細に調べるため、同じくポーランドの研究者らが最新技術を用いてより正確な診断を行った。

 研究チームを率いたポーランドの分子・臨床遺伝学の権威、ミハウ・ビット(Michal Witt)教授は、AFPの取材に死因はやはり結核だった可能性が高いことを明らかにした。

 密閉された瓶を開けることができないため、研究チームは2014年に撮影された高解像度画像を診断に使用。ビット教授は「私たちが目にした病変は、長い間信じられていた最初の診断、すなわち結核によく当てはまる」としながら、ショパンの心膜に結核に起因する合併症の典型的な病変をはっきりと見ることができると述べた。

 ただその一方で、DNA検査をしなければ嚢胞性線維症の可能性を完全に排除することはできないことも認めている。

 ポーランドの文化省は2008年、嚢胞性線維症の兆候を示すCFTR遺伝子を調べるためにショパンの心臓のDNA検査を申し出た研究者らの要請を却下した。検査によって心臓に取り返しのつかない損傷が与えられるのを恐れたためだ。

 ビット教授は、ショパンが嚢胞性線維症にかかっていた可能性についてはまだ議論の余地があるとしながらも、「確実に証明することはできないが、ショパンが患っていたのは嚢胞性線維症ではなく結核だった可能性の方がはるかに高い」と語っている。

■体重40キロだったショパン

 残されている記録によると、成人期のショパンは身長1メートル70センチあったが体重はわずか40キロだった。こうした慢性的な体重不足は嚢胞性線維症の典型的症状だとされる。

 厳密に言えば、この心臓が本当にショパンのものであるという確証はない。だがビット教授は「少なくとも私たちが知る限りでは、これがショパンのものでないと考える理由はない」と話す。

 この心臓が最後に調べられたのは、第2次世界大戦(World War II)後の1945年だ。ビット教授が「明るい褐色」と呼ぶ液体に浸された心臓は、瓶の外からでもよく見え、保存状態も良い。同教授によると、フランス革命以降、同国ではコニャックが保存液として使用されていたため、この液体もコニャックである可能性が極めて高いという。

 ショパンの心臓が保存されているのは、ポーランド首都ワルシャワの壮大で華美なバロック様式の聖十字架教会(Church of the Holy Cross)だ。1849年、パリに亡命していたショパンが亡くなった後、姉のルドビカ(Ludwika)はその遺志に基づき、同年心臓を故郷ワルシャワに持ち帰った。心臓以外は、仏パリのペール・ラシェーズ(Pere Lachaise)墓地に埋葬された。

 この研究結果は、米医学誌「アメリカン・ジャーナル・オブ・メディシン(American Journal of Medicine)」2月号(印刷版)に、液体に浸された心臓の写真とともに掲載される予定となっている。(c)AFP/Mary SIBIERSKI