http://www.tokyo-np.co.jp/article/metropolitan/list/201801/CK2018011702000174.html
 蔵書の並ぶ自宅を地域に開放する「家庭文庫」の草分けとされる、東京・荻窪の「かつら文庫」が今春、60周年を迎える。2008年に亡くなった児童文学者の石井桃子さんが、子どもたちに読書の喜びを広めようと開いた場所だ。今も温かな触れ合いが続いている。 (小林由比)

 土曜日の午後。小さな姉妹が職員から絵本を読み聞かせてもらっていた。デザイナーの堀内誠一さん作「ちのはなし」。血液の役割を分かりやすく説明しながら命の大切さを訴える、四十年近いロングセラーだ。

 文庫は、戦後に海外の優れた児童文学を翻訳し、創作作品も多数出版した石井さんが一九五八年三月、自宅の一室を使って始めた。全国に広がる家庭文庫に影響を与えた。

 現在は公益財団法人「東京子ども図書館」(東京都中野区)が運営を引き継ぎ、毎週土曜日に開館している。蔵書は約三千冊。公共図書館の児童書コーナーと比べるとこぢんまりしているが「子どもが迷いなく本を手に取れるちょうど良い量です」と、職員の鈴木晴子さん(33)は言う。古い、新しいにかかわらず子どもたちの反応を見ながら選び抜いた本を置く方針は、石井さんの時代から変わらない。

 エッセイストの阿川佐和子さんは子ども時代、文庫に通った一人。石井さんが高い声で子どもたちに語りかけていた姿が印象深い。「本好きだったわけじゃないので、庭に出て花を見ていたりしていたら『佐和子ちゃん面白い本があるから戻ってらっしゃい』と声をかけられて…」

 心に残る本とも出会った。「絵が多くて、オシャレな本を探していて見つけたのが『ドリトル先生航海記』や『ちいさいおうち』。とても魅力的でした」

 かつら文庫のドキュメンタリー映画を撮った映像作家・森英男さん(58)=東京都調布市=は「石井さんは、文庫で子どもたちの反応から見えてきたことを創作や翻訳に生かしていた」と話す。子どもたちが本当に楽しいと思うものは何かを知るための「実践の場所」だった、と考えている。そして石井さんが残した言葉から、文庫が子どもの成長に果たしてきた役割を強調する。

 子どもたちよ 子ども時代をしっかりとたのしんでください おとなになってから 老人になってから あなたを支えてくれるのは 子ども時代の『あなた』です

 開館日以外、大人向けの見学会も行っている。利用や森さんの映画などについての問い合わせは、東京子ども図書館

<石井桃子(いしい・ももこ)> 1907〜2008年。ミルンの「クマのプーさん」やポターの「ピーターラビット」シリーズなど数多くの児童文学の名訳により、54年に菊池寛賞を受賞。「ノンちゃん雲に乗る」(47年)「三月ひなのつき」(63年)などの創作も読み継がれている。

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