>>667
西部は右の反米自立論を主張していた。

ところが、習近平が武力攻撃を本格化させるにつれ、
反米では自立不可能になった。

西部は、中国の度量を信じては、習近平の日本征服恫喝に打ちのめされた。
彼は習近平を諦め、反米も諦めなければならなくなった。
彼は代わりに死を選んだ。