●コーヒーが廻り世界史が廻る

コーヒーには茶や酒とは多少異なった点がある。
「俺に今一杯のコーヒーが飲めたら世界はどうなっても構はぬ」と
独り静かにコーヒーを飲み下すことができるためには、
中南米やアフリカといった遠いどこかの世界が
コーヒーを生産するようになっており
(自然にそうなったのではない)、
さらにそのコーヒー豆を無事にわれわれのもとに送り届ける
一切の産業構造(輸出業者、仲買人、船舶会社、
倉庫会社、輸入業者、焙煎業者、小売り店、喫茶店等々)が
トラックの一台、人間の一人一人に至るまで、
まっとうに機能していることを前提にしている。
コーヒーを飲むという行為は、
茶や酒を飲むのとはかなり程度の異なった極めて「不自然」な、
人工的・文明的な行為である。
それはヨーロッパ列強の植民地支配という長大な過去と
円滑な世界交易の存在を前提にして初めて可能な行為であり、
コーヒーを飲みたいという安穏な願いが
時代の生産関係や政治事情に抵触することがあるのは、
世界史のいくつかの事例に見てきた通りである。(p.221-2)


●コーヒーは廻り、世界史は廻る

コーヒーを「ニグロの汗」と呼ぶ、おぞましい語彙が残っている。

人手のかかるコーヒー栽培を支える労働力は黒人であった。
アフリカ西海岸に集められた黒人奴隷はキリスト教牧師の祝福を受けた後、
西インド諸島のプランテーションへ運ばれ、
奴隷を降ろした船は、今度は砂糖、タバコ、ラム酒、
インディゴ、そしてコーヒーをヨーロッパに運ぶのである。
〔……〕黒人の3分の1が輸送中に死亡したという。
生き残った黒人奴隷がどれほど幸福な生活を送ることになるかは
改めていうまでもない。
アフリカからアメリカへは推定1500万人の黒人が
奴隷として運ばれたにもかかわらず、
18世紀の末、アメリカに現存する黒人奴隷は
300万人しかいなかったといわれる。
西インド諸島の大地は「ニグロの汗」を胎に受け、
ヨーロッパ人の「神々の食事」を熟させたのである。(p.116)