新幹線300キロ体感 トンネル内で座らせ研修
毎日新聞2018年8月24日 14時00分(最終更新 8月24日 14時00分)
https://mainichi.jp/articles/20180824/k00/00e/040/305000c

 JR西日本が新幹線のトンネル内に、通常業務では線路内に立ち入らない車両検査の社員を座らせ、最高時速300キロを間近で体感させる研修をしていることが、同社や関係者への取材で判明した。同社はボルト締め付けの確認などの重要性を学んでもらう目的だと説明するが、労働組合や専門家には効果を疑問視する声がある。【根本毅】

社員「怖かった」
 JR西によると、トンネル内には上りと下りの線路の間に幅約1メートル、深さ約1メートルの中央通路がある。研修は通路に数人がうずくまり、頭上の間近を通過する新幹線2〜3本の風圧を体感する。
 2015年に福岡県のトンネル内であった部品落下事故を受けて、車両検査を担う博多総合車両所と同広島支所が16年2月に始めた。今年7月末現在、小倉−博多間と広島−新岩国間で計24回実施し、車両検査の担当者約190人が体感した。
 50代のベテラン男性社員によると、研修は「300キロ/h近接体感研修」と呼ばれる。怖いと聞いていたため、上司に「行きたくない」と申し出たが、「順番なので」と認められなかった。当日は2班に分かれて順にトンネルに入り、ヘルメットと防護眼鏡を着けて通路内に座り、新幹線が近づくと頭を下げた。
 男性社員は上下3本をやり過ごしたが「風圧がものすごく、ドンと押さえつけられるようで怖かった。研修に何の意味があるのか」と言う。グループごとに議論し、感想を書いて研修は終了。別の日に研修を受けた同僚も「怖い」と話していたという。
 研修のきっかけとなった事故は、15年8月8日に発生。国の運輸安全委員会の報告書によると、新幹線2両目下部のアルミ合金製の板(幅71センチ、高さ62・5センチ)が落下して側壁や車体側面に当たり、衝撃で3両目の乗客が負傷した。ボルトの締め付けが不十分だった可能性が高く、検査時の確認不徹底も一因とされた。
 男性社員は「ボルトが緩かったらどうなるか、トンネル内で速度を体感せずとも理解できる。社員を危険にさらすのは問題だ」と訴え、別の社員も「見せしめのようだ」と憤る。
 JR西日本労働組合(JR西労、組合員約700人)は昨年5月以降、中止を申し入れているが、会社は応じていない。同様の研修はJR東海が15年度まで約5年間、一部社員を対象に実施していた。
 JR西は「中央通路での待機は、線路内に通常業務で立ち入る機会のある社員は経験している。車両関係の社員にも経験する機会を与え、作業の重要性を学んでもらうことが目的。安全には十分配慮している」と説明する。
方法として問題
 中村隆宏・関西大教授(ヒューマンエラー論)の話 労災防止のため疑似的に危険を体感させる安全教育は一般にあるが、トンネル内はリスクがゼロでなく、研修方法として問題がある。インパクトがある経験で人間は変わるという前提かもしれないが、そんなに簡単にヒューマンエラーはなくならない。トンネル内で体感することと、検査の重要性を実感することは、ステップが離れすぎている。間を埋める教育がないと意味がない。