【石川】白山比め神社の前身「白山宮」の変遷 たどる遺構、古宮遺跡で発見 出土品2万点
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発掘調査を進める古宮遺跡=白山市で(県埋蔵文化財センター提供)
http://www.chunichi.co.jp/article/ishikawa/20181020/images/PK2018101902100319_size0.jpg
県教委は十九日、発掘調査中の白山市古宮遺跡で平安時代後期から室町時代後半までとみられる四つの遺構が見つかったと発表した。遺跡は同市の白山比め(しらやまひめ)神社の前身となる「白山宮」の一画とみられる。祭事用の皿などが多数見つかっており、白山宮の変遷の歴史などが明らかになる可能性がある。
神社の文献によると、神社は奈良時代の七一六年に安久濤(あくど)の森(現在の古宮公園)に鎮座。一四八〇年の火災で本宮本殿が焼失し、現在地に移ったとされる。
発掘調査は県の自転車専用道「手取キャニオンロード」の整備のため、古宮公園に隣接する北陸鉄道石川線の廃線部分約千二百五十平方メートルで行われている。
調査では、平安後期、鎌倉−室町期、室町後期の計四つの遺構が見つかった。建物の礎石や祭事で使われる素焼きの皿「カワラケ」、加賀焼、珠洲焼のすり鉢など二万点が出土した。
県教委によると自然災害や火災が起きるたびに、再建を繰り返していたことから同一カ所で年代の違う遺構が見つかったと考える。
県教委は二十七日午前十一時と、午後二時から現地説明会を開き、出土品の一部も公開する。事前申し込み不要。(蓮野亜耶)
中日新聞 2018年10月20日
http://www.chunichi.co.jp/article/ishikawa/20181020/CK2018102002000044.html 折角あるんだからもっと使って欲しい>手取キャニオンロード かの白山様ですか。どのような信仰の歴史なんでしょうね。
大変興味深い。 多分、
ワールドメイトの証だな。
どんな神事やったんだろう。 白山比盗_社(しらやまひめじんじゃ)
石川県では有名な神社のひとつだが、外から来た人は
全く読めない「はくさん ひ……どうやって読むんだよ」 霊感とか全くない拙者でも
背筋がピーンとなるくあいの霊圧感じるわ、ココ >>6
神社はそんなの多いよ
大山祇神社とか倭文神社も地元民でないとなかなか読めない 何だかんだ遠いので、白山さんではなく尾山神社に行ってしまう 明治初期までは白山が山岳信仰のメッカで仏教施設が沢山あった >>4
少なくとも全国に4000〜5000社あるよ 出土品が写ってないやないけ ヴォケ
遺構写してdonaiyanenn >>9
関東方面だけ
白山に隣接する石川県、福井県、岐阜県ではありふれた神社 >>16
揉めてない
神社本庁管轄の下、順調に宮司着任と退任やってる >>18
静岡や東北もや
まれに西にも被差別部落に白山神社がある 白山比
シラヤマヒメ
シラヤマ・ヒメではなくて
シラ・山姫と呼んでしまう(シラという山姫) >>21
三河は世継ぎが居ない時、弾左衛門は
三河から招いて弾左衛門になってるから
ある意味正当な場所だな >>21
被差別同和地区数
01位 福岡県 606地区 13位 徳島県 95地区 25位 宮崎県 36地区 36位 三河県 03地区
02位 広島県 472地区 14位 山口県 92地区 26位 茨城県 32地区
03位 愛媛県 457地区 15位 島根県 86地区 27位 静岡県 21地区
04位 兵庫県 341地区 16位 奈良県 82地区 28位 新潟県 18地区
05位 岡山県 295地区 17位 大分県 81地区 29位 佐賀県 17地区
06位 埼玉県 274地区 18位 栃木県 77地区 30位 岐阜県 15地区
07位 長野県 254地区 19位 高知県 72地区 31位 千葉県 14地区
08位 三重県 203地区 20位 滋賀県 64地区 32位 神奈川 11地区
09位 群馬県 164地区 21位 熊本県 50地区 33位 福井県 07地区
10位 京都府 142地区 22位 大阪府 48地区 34位 尾張パゴヤ共和国(笑) 06地区
11位 鳥取県 107地区 23位 香川県 46地区 34位 山梨県 06地区
12位 和歌山 104地区 24位 鹿児島 43地区 36位 長崎県 03地区 B系の所謂「モンブラン」の隠語で言われるあっちの神社とは別物なのね。 >>26
北陸から東北は、ほぼ皆無なんだな
福井県のは越前じゃなく若狭だな
若狭は関西圏だから 石川県の白山もしらない池沼どもがデタラメ書きまくってるな >>31, >>33
なにをゆっとるんだキミたちは。 白山信仰ってそこそこ有名だろ
やっぱり昔からある神社は古代から信仰されてたんだな
一度行きたい >>29
加賀藩領では「藤内(とうない)」というのがエタの代わりにいた
当然同和指定を受けてないので数に含まれてない 白山信仰が面白いのは漁民が信仰してたりとかだな
白山が目印って簡単な理由以外にも面白い背景が有って
特異な信仰だよな、もちろんエタ関連も有るし シラ、白は、古代史の重要なキーワードだろう
しら、おしらさま、白日、天白、太白、らぬひ、 石徹白イトシロ、白山
おしらさま伝承は伊勢以東、東海を中心に東北まで分布
白澤、人面の牛、牛妻
白も牛と繋がってくる
新羅もシラ
白根、島根、鳥取→新羅、神奈川、埼玉みたいな勢力の移動があったのかな?
郡上市、白山中居神社の五段神楽の謂れも興味深い
五段神楽は、古代史上最大の王権をめぐる闘いに勝利した天武天皇の即位を称えて、
天下太平国家安全を五行相生の原理に基づいて宮廷の五節舞いと同様に天武期に越の宗廟(石徹白)と岩見、出雲等で舞われる様になった。 >>38
戦前の全国部落調査で富山はトップ10に入る程の多さだからな
01位 愛媛県 494地区 14位 栃木県 92地区 26位 鹿児島 47地区 36位 福井県 05地区
02位 福岡県 493地区 15位 鳥取県 81地区 27位 東京府 46地区 37位 山形県 04地区
03位 広島県 406地区 16位 島根県 79地区 28位 神奈川 33地区 38位 青森県 01地区
04位 兵庫県 339地区 17位 大分県 76地区 28位 石川県 31地区
05位 埼玉県 300地区 18位 奈良県 71地区 30位 長崎県 29地区
06位 岡山県 297地区 19位 高知県 70地区 31位 新潟県 23地区
07位 長野県 288地区 20位 滋賀県 65地区 31位 岐阜県 23地区
08位 群馬県 235地区 21位 香川県 63地区 31位 宮崎県 23地区
09位 富山県 220地区 22位 大阪府 60地区 32位 千葉県 22地区
10位 三重県 216地区 23位 熊本県 57地区 32位 佐賀県 22地区
11位 京都府 154地区 24位 徳島県 56地区 33位 山梨県 20地区
12位 山口県 117地区 25位 静岡県 55地区 34位 愛知県 19地区
13位 和歌山 105地区 26位 茨城県 47地区 35位 福島県 06地区
内務省社会局「全国部落統計表」(内務省社会局『部落改善の概況』所収、大正11年刊。大正10年調査)より 他人の国に自分のルーツを求めるしかないミジメな生き物が沸いてる(笑) >>41
おお、航海の目印だとは知っていたが、他にも理由があるのか。
さておき、山の神を海民が信仰するのは、伊予の大山祇神社も同じだよね。 中部地方だとよく見かけるごくありふれた神社なんだけど
ネットが普及してからの風評被害がヒドイ >>43
戦前調査の初めて見た
富山が何でこんなに多いのか分からない >>42
前田速夫「白の民俗学へ」では、シロ・シラの語幹の「sir」を
自然界の精霊的なマジカルな存在だとしているね。
けっきょくちゃんとは理解できなかった。
白山のシロは、白山姫と菊理姫との習合のように、むしろ告白や自白のような、
語る意味での「白す(もうす)」に傾斜している気がする。 >>45
仏教が入る辺りも面白い
>>46
中部は境界線の線引きが難しいな飛び地に有る白山がアレだったりするし
この辺りの背景を今調べないと永遠に判らなくなるんだよな
表立って研究することがなかなかできないし… >>46
wiki見たらわかるけど本家以外は全国的に密接に絡んでるようだよ
東北だからピンと来ないけど勉強になったよ 白山妙理大権現を祭る越前の平泉寺が、「法師大名」と呼ばれるほど僧兵を抱えて権勢を誇ったらしい
平家物語にも延暦寺の配下として出て来るが、
戦国時代に一向一揆に敗れて今は神社になってる >>54
東尋坊の名前の由来にの坊さんがいた寺だね
東尋坊あたりも勢力範囲だったんだから権力の大きさがわかるな 平泉寺行ってきたけど宝物庫にあった昔の屏風見たら
寺の周囲にたくさん僧房が描かれてて今でこそひっそりしてるけど
昔は辺り一帯が巨大な宗教都市だったんだなってのがわかった 日本の宗教の起源は、仏教伝来なんだけど
仏教伝来以前に神道が無かったんで
シャーマン祈祷から、役行者に繋がる山岳修験道が生まれた。
既に神ですが、伊弉諾、伊弉冉も、記紀成立での後付けです。
日本神道は、神仏習合が起源です。
明治政府って、ホントに馬鹿。 >>58
神道は教義とか法典という概念がないので宗教ではなく信仰ってのが本質
でも実際に仏教が伝来して宗教って物に初めて触れるまでは民衆も神道を意識してなかったってのが通説だな 愛知県より東の各都県の部落には、必ずといってよいほど白山神社が祀られている
愛知県は、西日本と東日本のちょうど中間地帯だが、部落内に白山神社があるのは、かつての三河国に限られ、尾張国には存在しない 関東地方は穢多部落の氏神は例は浅草新谷町を
始として多くは白山神社を祀れり。此点は頗る
興味ある事実にして他の特殊部落にも此神を崇
祀する例少なからず。讃州木田郡下高岡村の白
山相人は極めて卑賤なる陰陽師にして白山に仕
ふ。生計の為に箕を作る。奥州地方の「モリコ
」又は「イタコ」と名づくる一種の巫女は口寄
を為すに白山明神の名を唱えて祀る。又甲州に
昔白神筋と称する特殊部落ありしが如き、何れ
も偶合には非ざるべし。 廃線になったからって乗鞍チャレンジャー用の心臓破りトレーニングコースにするのか >手取キャニオンロード
白山スーパー林道のDHAだなあ 前田速夫
「通説は、白山神社が被差別部落に多く祀られているのは、子供が重病のとき、白山神に
祈って全快したのを喜んだ東国のエタ頭浅草の弾左衛門が邸内に加賀白山権現を勧請し
たのにならったからだとするけれど、実はこの白山権現は千葉胤直が嘉吉元年(1441)
に勧請したもので(「今戸神社略記」)、これまで見てきたように、被差別部落と白山
神の結びつきは、それよりずっと以前から始まっている。(中略)明和六年(1769)に
弾左衛門は配下の部落に白山神社を勧請するよう命じたが、それ以前から白山神社を祀
る部落があることを証言していて貴重である」 川元祥一
「白山神社、あるいは白山信仰と被差別部落との関係は、関東地方においては特別深いも
のがある。関東地方においては、被差別部落に必ず白山神社がまつられている。必ずと
私は書いたが、これはほとんど正確な表現といえるだろう」 柴田道子
「白山神社は部落の氏神といわれ、東日本のどこの部落にもある。はくさんさまともしら
やまさまとも、あるいは権現さまとも呼ばれている。おどろくのは、どんな辺地の小さ
な部落にも白山神社があることだ。白山神社がきめこまかにすみずみの部落までひろまっ
ていたことがわかる」
「東、北信地方の白山神社は部落に一つずつあり」
「中信地方に行くと、各マキごとにあった。南安曇郡豊科町真々部では、十数戸という小
さな部落に四つの白山さまが祭られていた」
「部落の信仰として東日本の端々までゆきひろまった」 本田豊
「愛知県より東の各都県の部落には、必ずといってよいほど白山神社が祀られている。野
本武一は生前、1960年代に未組織部落をオルグしたとき、部落の所在がわからない場合、
まず白山神社をさがして歩くところから始めた、と語っていた」
「部落と白山神社の関係についての北限は、太平洋側は仙台、日本海側は米沢までの地域
とみてよいと思う」
「関西の部落には白山神社は全くないのです。しかし、例外として堺の方の部落にたった
1ヵ所だけあるということです」 >>59
古神道まで遡ると仏教伝来よりもかなり古くから神道の原型はあったけど
仏教伝来後神仏習合していたのを後に変えてしまったのは如何なものかと >>64, >>65, >>66, >>67
結局のところ、彼らは「何故?」に対する答えは持ち合わせていないんだよな。 東北で信仰されてたおしらさまが白山だな
西日本じゃ百太夫とか白太夫になるのか >>68
仏教伝来から1400年かけて熟成したものを完全に壊したのはさすがクーデター政府だな
明治初頭に19万あった神社も減らしに減らして今や8万社 >>62
数年前に廃線になって残念だなぁ
と思ってたが、廃線になったお陰で線路の下発掘出来たのは万事塞翁が馬
因みに古宮公園には昔から今も、三角形状のガラスケースに発掘された土器が屋外展示されてる 浅草弾左衛門の娘が眼病にかかって、
白山神社にお参りしたら治ったとかで、
白山神社いっぱい建てたって
説あったよな? >>71
中山太郎が「日本巫女考」で考察したところでは、オシラサマの
起源の説の一つとして「加賀の白山神社に仕えた巫女がこの神体を
呪術に用いたのが東北に伝わってオシラ神になった」という説を挙げているが、
これは一方通行だし、そもそもオシラサマの起源としては、
柳田国男「大白神考」の「オシラは元来は蚕の異名、又は忌詞であった」の方が
説得力があると思う。 >>60
>尾張国には存在しない
これは間違い
境界線上にあるだけ>尾張
今でも尾張名古屋の中心に… >>77
キクリの別名が白山姫で外法箱の中には白山姫の名前があったわけで
そして白山姫は天照大神の伯母にあたりそれが養蚕に繋がってるらしい >>74
戦後の変動も含めてワザとやってるとしか思えないのが何とも
それにしても8万社とは減りすぎ >>80
菊理姫については>>49に書いたように、日本書紀の「菊理媛神亦有白事」
が元ネタだと思う。 >>82
キクリはその一行しか出てこないからね
そもそも白はもうすでもあり、百にもなり、髑髏でもある
白は不吉な色であり出産を白不浄として忌むこととしていた
髑髏と出産で死と再生が白山信仰の根元ということになる >>26
読みにくい
改行がむちゃくちゃ
もっとまじめにやれ >>84
出産が白不浄(死穢は黒不浄、生理は赤不浄)というのも
よくわからん理屈だよな。なんか形式的で、近世あたりの知識人が
考えついた理論っぽい気もする。
「白の民俗学へ」で、俺が唯一なるほどと思ったのは、「いむ」の両義性だな。
清浄を保つ行為である「斎む」が、次第に慎む・避けるの意が強くなって、
「忌む」では禁忌(タブー)と同義までなったという話。これが「シロ・シラ」と
繋がるためにはピースが足りないけど、いい線ついている気はする。 戦前ぐらい前まで白山ヒメ神社前の道を葬列が通ると山が荒れると言われて、
葬列は神社前を通らず敢えて遠回りしてたらしい
白山神社でも不浄は忌んでた証し >>91
仏事が神社を避けるのは、白山比め神社に限らず
一般的なことじゃなかろうか。たとえば家で葬式をあげるときは、
神棚の前に半紙をペラっと貼るとか。
もちろんこれは明治の神仏分離後の理屈であって、
以前はどうだったのか知らんけど。 >>89
出産はとても危険で死を伴い黒不浄に通ずるし、また赤不浄にも通ずるってことなんだろうね
キクリは書紀に一行だけ登場し、死んだイザナミに追いかけられているイザナギに一言白してその場を収めることになる
これはどういうことかというと
死んだイザナミを鎮めるために古代の日本にはなかったシラギの呪法である葬式、白事をイザナギに伝えた高句麗の姫ということなのかも知れないという話だ おしらさまだな、ある集団での守り神になってる、渡来系の人達だったか 八幡、白山は新羅系
半島のあっちのひとたちと根っこは同じ信仰 >>95
けっきょくのところ、「シラヤマ」と「シラギ」の駄洒落で始まった話なのかしらん。 白山神社は岐阜県に多いんだっけ?
美濃国は新羅系移民を多く受け入れた土地だから、ひょっとしたら新羅系移民と白山信仰は関係があるのかもね。 神社じたいは平安時代よりもっと古くからあるみたいだけど
被差別部落てそんな古くから成立してたっけ?
なんか江戸時代以降のイメージあるけど
蘇我氏と関係あるのかね
単に神道や仏教みたく朝廷や幕府と癒着してなかったから
落武者が逃げ込みやすいとかなんかあったんかね
修行や呪いとかも敗残兵と相性良さそうだし
僧兵はともかく山伏の中には忍者いそう なんで弾圧もされずに生き残ったのか理由がありそうだ 黄泉比良坂がある場所ですぐにわかる
出雲信仰、八幡信仰、白山信仰は新羅系 これに出てくる古代朝鮮半島南部のワイ族って倭人じゃね?
https://ameblo.jp/taishi6764/entry-11861997099.html
矮小なような穢れてるような微妙な賤称に聞こえるし半島南下してどっか行っちゃったって。
古代倭人の親戚なんか百済の残党含めいかにも華僑や新羅高麗野奴は見下してそうだし
日本の秦氏と混血したかもって 三河最強伝説
■源義家軍
総大将:源義家
本体:三河武士(郎党1 兵藤正経 三河国住人、郎党2 伴助兼 三河伴氏 三河国住人)
■源頼朝軍
総大将:源範頼(三河守)
本体:三河武士
■足利尊氏軍
総大将:足利尊氏(三河守護(但し当時は喪中))
本体:三河武士
■徳川家康軍
総大将:徳川家康(三河守)
本体:三河武士
■トヨタグループ
総大将:トヨタ自動車
本体:三河武士 流れ者や敗残兵の一統を集めて治療を施したり修行させたり呪いの祈祷をさせたり全国組織して諜報工作活動に従事させてそう
そしてそこに豪族上がりの貴族や武士が関与しまくってそう
へたすると天皇家の一部とかも巻き込んでそう
大化の改新とかやりだすさらに前から政界工作に関わってそう >>6
三馬(みんま)
四十万(しじま)
土清水(つっちょーず)
藤平田(とへいだ)
金石街道(ちゃんかい) 山伏ってネーミングがまず潜伏中の山武士っぽいし
ただワイ族はツングースの一種らしいから
その場合、大和朝鮮に駆逐される前に出雲とかを支配してた漁民とかに近いほうかもだけど。
ヤハタのオロチ系な。
オロチって極東ロシアのツングースの言葉で「土地の人」って意味らしい
現地人的な。 >>97
岐阜の山中行くと蛇とか女性が関係した新羅系の信仰が多いな。真白とか金とか関連ありそうな地名神社もあるしね。
北陸、岐阜、滋賀北部は新羅系だな。
山陰北陸は多婆那国の影響があんのかもね >>106
その手の単語の類似で言えば、オシラサマの起源を
アイヌの守り神の意であるシラッキカムイに求める説もあるそうな。
ついでに、布目順郎「養蚕の起源と古代絹」では、「オシラサマのシラは
朝鮮語で絹を意味するsir、満州語で絹を意味するsirge、蒙古語のsirkek
などとの関連も考えられる」らしい。 古代の極東ツングースは魚の皮で作った服とか着て刺青してたらしいから
見た目に蛇っぽかったのでは
あと川の神を蛇に喩えることが多いのは川がうねうねしてるからと思う
秦氏の支配してた中部地方辺りは蛇神信仰してたけど
あと北陸とか石川県の辺りはアイヌ語に似た地名が多いらしい 加賀一の宮駅まであった頃は元旦は初詣電車が終夜運行してて便利だったな
でも三が日以外はスカスカじゃ廃線も仕方なかったかぁ >>109
岩手の遠野でも、鮭の皮で着物(レインコート)を造っていたらしい。
何で読んだかは忘れたけど、ウィルタやニヴフから伝わったと書いてあった気がする。
あと、蛇の信仰に興味があるなら、吉野裕子「蛇」(講談社学術文庫)がお薦め。
読んだ後は、何を見ても「はいはい、ヘビね」てな気分になってるw ツングースにも色んな部族がいてアイヌと抗争したりしてたみたいだけどね
キツネとアダナされてたツングースがアイヌ的に一番嫌いだったっぽい
時代が下っても元と通じて日本領土への侵略を手引きしたりしてるし >>67
>しかし、例外として堺の方の部落にたった1ヵ所だけあるということです
堺の部落って1ヵ所だけしかないけど白山神社なんかないけどな
ていうか堺には白山神社自体がない
この本田豊(高卒、都立大非常勤講師)とかいうエセ学者の言うことは嘘が多くて全く信用できない キツネもよく祀られてはいるよね神社に。
キツネにつままれる
とかいって人を騙すイメージを与えられているのはきっとキツネと呼ばれる目の細いツングースのとばっちり
動物のほうのキツネは罪もないのに可哀想
蛇神は神の使いなんだか渦巻く呪詛の念の象徴なのか川の氾濫を畏れて祀ったのか知らんけど
大阪の白山信仰系ゆうと南河内郡太子町の妙見寺では
蘇我馬子に由縁があって仏教化されてるけど 被差別民の大元は出雲臣とかだから古代からともいえるけど
江戸時代からというイメージなのは、その時代に神社や寺が戸籍管理の役所となり、士農工商の身分の固定化をさせたからだと思う
古代の差別というものはヒトとモノであり、ヒトは俗に言う殿上人という貴族を指しそれ以外はモノ扱い
オニやクモ、天狗や河童というモノノケ
神事を取り仕切っていたのが物部、また物部が従えた兵はモノノフとかツハモノ
各地の信仰については江戸時代にかなり変化せざるをえなかった
五人組とかそのへんのせいでね
そして明治の廃仏毀釈でそれすらめちゃくちゃになった
キツネがヒトを騙すというのはキツネは娼婦を指すモノノケであったから
安倍晴明の母親もまたはそういう女性であり、だからこそ式神、使鬼神という被差別民を使役する陰陽師になった
鬼神とはモノそのものだから 白は死と再生に関係しているらしい
祭神とされる菊理媛は新羅に滅ぼされた高句麗姫ではないかという説はある
半島との関係をいうならスサノオもそうだろう
被差別部落に末社があることがあり
関係もいわれる 北陸辺りにあった特にでかい山を信仰してるやつらがいて
その山の名前が白い山だったから
朝鮮の北にあった白い頭の山というでかい山を信仰していた朝鮮人が
日本に来て背乗りして混ざったんじゃないの?
神道の神と仏教が神が権現として同じになったみたいに >>113
歴史学とか民俗学とかは、
理科系の学問と違って
単純に調べればわかる学問だから、嘘は少ないけどね。 >>100
> 出雲信仰、八幡信仰、白山信仰は新羅系
論拠は? 去年、泰澄大師が白山開山してから1300年だったそうだが、
白山ヒメ神社の創建は崇神朝の頃となってるので、2000年の歴史がある
伝承なんで事実かどうかは知らない >>97
>>107
美濃国に新羅人がいたのは遠江国の新羅人が反乱を起こす前の話らしいから、関係ないと思うよ。 美濃国一の宮の南宮大社は、製鉄の神カナヤマヒコが主祭神 >>98
そりゃ国分寺に付随してたから古くからあるぞ。 こいつら、白山という山があることすら知らないんじゃないかw 万葉仮名からしらやまと呼ぶのが正しいらしいけど
被差別部落は何故かはくさんと呼ぶことが多い >>130
音読みするのは仏教の影響で全ての神社は元々訓読みだよ
そもそも神社も じんじゃ じゃなくて かみやしろ かむやしろ です >>130
伊藤博文 ヒロブミ ハクブン
ツチヤ ブンメイ 人物名も漢文調で読んだりするよね
日本酒の読み方も混乱する 日本海側の信仰の山
大山(ダイセン)
白山(ハクサン)
立山(たてやま) ←訓読み
月山(ガッサン) >>133
東海地方の富士山も音読み
仏教と習合した霊山は音読み多いのかも ついでに豆知識いうと全国の神社の名前を〜神社に統一したのもクーデター明治政府
江戸末期まではほとんどの神社は違う名前で呼ばれてた >>134, >>131
たしかに仏教は音読みが好きだよね。
何となく、ガッサンとかダイセンとか中国風の読みが
カッコイイと思う感覚があったんだろうな。 出雲信仰:出雲国風土記の国引き神話
八幡信仰:スサノオそのまんま
白山信仰:黄泉比良坂のキクリヒメ
新羅三郎、八幡太郎なんか
もろ新羅系 役所やら横文字使いたがるのと一緒
からものが最先端やし変えたろ!ってなもん 石川県民 ハク→サン→
他県民 ハク↑サン↓
何故か、アクセント違う >>137
> 新羅三郎、八幡太郎なんか
> もろ新羅系
八幡太郎(源義家)・賀茂次郎(源義綱)・新羅三郎(源義光)、
この三兄弟の外祖父・平直方は、平忠常の乱の討伐の際に上総国を荒した悪名高い人物らしいね。 新羅の神云々は結構だが、そもそも自力で来ていないではないか
新羅本紀
14年 倭人が兵船百余隻で海辺に侵入。
57年 4代王「脱解尼師今(一云吐解)立。時年六十二。姓昔。妃阿孝夫人。脱解本多婆那國所生。
其國在倭國東北一千里」脱解は多婆那国で生まれ、その国は倭国東北一千里にあり。(注:中国の1里は約400mであるので、一千里は400kmとなる。)
59年 夏の五月に倭国と友好関係を結んで修交し、使者を派遣し合った。
73年 倭人が木出島を侵して来たので、王は角干羽鳥を派遣して、これを防がせたが、勝てずして羽鳥が戦死した。
121年 夏四月に倭人が東の辺境を攻めた。
123年 春三月に倭国と講和した。
158年 倭人が交際のために訪れた。
173年 倭の女王卑弥呼が使わした使者が訪れた。(「二十年夏五月。倭女王卑彌乎。遣使来聘」)
193年 倭人が大飢饉となり千余人にも及ぶ避難民到来。
208年 夏4月、倭人が国境を侵す。奈解王は将軍昔利音に反撃させた。
232年 夏四月に倭人が金城を包囲。
233年 五月 倭兵が東辺を攻めた。
249年 夏四月に倭人が舒弗邯、昔于老を殺した。
287年 夏四月に倭人が一礼部を襲う。1千人を捕虜にして立ち去った。
289年 夏五月に、倭兵が攻めてくるということを聞いて、戦船を修理し、鎧と武器を修理した。
292年 夏六月に倭兵が沙道城を攻め落とす。
294年 夏 倭兵が長峯城を攻めて来た。
295年 春 王が臣下に向かって「倭人が、しばしばわが城邑を侵して来るので、百姓が安じて生活することができない。私は百済と共に謀って、一時海を渡って行って、その国(倭)を討ちたいが、皆の意見はいかがか?」ときいた。
これに対して、舒弗邯、弘権が「われわれは海戦に不慣れでございます。冒険的な遠征をすれば、不測の危険があることを恐れます。いわんや百済は偽りが多く、常にわが国を呑み込もうと野心をもっておりますから、かれらと共に謀ることは困難だと思います」と答えた。
王はこれを聞いて「それもそうだ」といった。
300年 春正月に、倭国と使者を派遣し合った。 武家の神さま八幡大菩薩と新羅は関係ないからどうでもいいよ >>136
賀茂真淵だったかの文章で、真淵の母ちゃんが「最近はなんでも漢風に読むわね。例えば二上山を『にじょうさん』とか。でも私は『ふたかみやま』て読んだ方が趣あって良いと思うけど」て言っていた話があった。
江戸時代は一般人には、音読みカコイイな雰囲気あったんだろうね。 >>142
平直方は悪名ないだろ。鎌倉と関東武士団を清和源氏に譲った源氏の恩人。 正月7日も過ぎて参拝しようと行ったが車が大渋滞で引き返したことがある
引き返そうと思っても大渋滞で足がつった思い出 >>147
7日辺りだと、仕事始めの企業参拝があってまだ込んでる >>145
おお、面白いエピソードをありがとう。お母さんの気持ちわかるわ。
内容を>>138に替えたら、現代でも同じ会話やってるねw 三子持亀甲瓜花
亀甲が三重になっているが
三子持が気になる
卑弥呼、男王、台与
関係無いかw 崇神の代に創建されたと言われている
崇神の前は卑弥呼、男王、台与 >>6
(´・ω・`)、普通に青森にもあるが…。
>>8
大山祇命も…。
読めないのはどの地方でも、神社に関りがあまりない方だろうと…。 白山信仰など昔の信仰や伝承は興味深い
江戸明治時代に失われたものも多いが、復元が望まれる 俺の住んでる街にも白山ひめ神社ならある知らないというのは怖いな 白山のプロモーションビデオがあるんだね。
平成29年白山開山1300年 プロモーションビデオ
https://www.youtube.com/watch?v=hFopIpYV5kM >>49
面白かったなあ、それ。亡くなられたんだよね。 メロエッタの書き込みが酷いな
差別利権が無くなると困るんだろうな >>141
白さん、みたいに親しみを込めて呼んでるとか? 廃仏毀釈もおかしな活動だったよな、外来仏教を破壊しろ、日本は神国だって
その神様だってほとんど大陸由来だろうに(天皇家だって天孫民族という名の渡来系という噂) 明治になされたのは、旧身分体制の解体と新しい身分体制、支配層の構築
廃仏棄釈とか伊勢神宮の神紋を菊にするとかは、その一貫だろう >>143
多婆那国というのは山口の土井が浜あたりなんですい
倭國の東北千里、志賀島あたりから舟で一日の距離
一日航海千里の規定を適用
魏志倭人伝の水行も一日航海千里の規定を適用 神別に
地祇、天神、天孫と分けられます
天神の祖は徐福である! >>137
つまり、出雲信仰も八幡信仰も白山信仰も八幡太郎も新羅三郎も、新羅とは関係ないってことね。 >>145です。自己レスで訂正させて。
今回引用した「二上山云々」の逸話は、賀茂真淵ではなく、本居宣長の『菅笠日記』という紀行文に載っていたものでした。お母ちゃんも出て来ません。すまぬ。お詫びにちょっと長いけど引用。
「(宣長が吉野・奈良への旅先で地元民と話している)
…すべて山も何も、後の世には、唐めきたる名をのみ言ひならひて、いにしへのは失せゆきつつ、人も知らずなりぬるこそくちをしけれ。
…またその北にやや隔たりて、二上山、峰二つ並びて見ゆ。
これも今は、にじゃうがだけと、例の文字の声(漢字表記の読み方)に言ひなせるこそ、憎けれ。」
お母ちゃんとの逸話は別の作品でした。
こっちも大和言葉がどうの、って話だったのでごっちゃになってしまいました。こちらは探してるんだけどみつからなった。
申し訳ない。 平安時代の八幡大菩薩信仰の流行になんで新羅が関わってんの? 日本を追放されて新羅に降臨したが、良くない土地だとか言って日本に戻ってきたスサノオが関係しているからだろ
新羅の神とは日本に戻ってきたスサノオの事だ >>170
日本列島は人類発祥の地ではないから、縄文人も弥生人も渡来人だよ。 >>105
>四十万(しじま)
湯涌(ゆわく)
和倉(わくら)
押水(おしみず)
鶴来(つるぎ)
民子(みんち)
緒花(ほびろん) >>9
>>18
>>20
現在の各地にある白山神社は成り立ちが複数あって、
元々から有った【@石川県の白山を奉る神社(総本社は白山比盗_社)】と、
渡来人(朝鮮系)が建てた【A朝鮮半島の白頭山を奉る神社】が有ったんだけど、
近代になってから全部ひっくるめて@に組み込まれちゃったらしい。 >>43
ググったらこんなサイト出てきた。
部落集落、というよりは部落家系?の人が所々に住んでた(大規模な集落は無かった)って感じなのかな?
全国部落調査 https://xn--dkrxs6lh1g.com/files/zenkokuburaku.html >>161
アフリカ大陸の人以外はみんな渡来人…… >>98
徳川幕府起源説(水平社説)と、古代律令国家起源説(戦後の多数説)があるけど、主力はどっちでもないと思うんだよなあ。
おそらく、今の問題の直接の発生源は、奈良でも江戸でもなく室町から戦国時代。
この時代に、百姓が惣村を作って団結した際に、なんやかんや理由をつけて、
ムラから明示的に追放された集団ができたのが起源のように思う。
だから、戦国時代に農村が豊かで惣村自治の強いところほど、今でも問題が深刻。
律令制度は種を蒔いただけだし(途中で消えたものも多い)、徳川幕府は差別構造を追認しただけに見える。
この、惣村の末裔としての村社会は、今でも西日本の田舎の地域社会の鉄板の基盤になっているから、問題はちっとも解決しない。 >>177
現在の研究では中世起源説が最も有力だね。
天災や飢餓で土地を追われた農民が都に活路を求め都の河原(無税地)に住み着き定着した。
近代なら日雇い労働者が都会に職を求めて住み着いた地域がスラム化していくのと同じ構図。
また、没落した中世供御人が被差別民になったケースもあるらしい。
西日本では惣村以前より遡れる家系が本当の名家。
確実に鎌倉以降の荘官や地頭クラスだからね。 文化風習受け継いでる訳でもない名家とかモンドセレクション以下 >>117
えーどんぐらい昔から白頭山って呼んでんの?
昔は別の呼び名があったりしない?
国境挟むと呼び名が変わる山なかったっけ? >>167
ふむふむ、なるほど。
「唐めきたる(唐めく)」という単語は面白いな。
近代で言うところの「西洋かぶれ」みたいなニュアンスかw
>>117 とか>>173とか
>>49で書いた「白の民俗学へ」では、中朝国境の白頭山ではなくて、
江原道の太白山の信仰との関係を考察してるね。例によって
散漫な文体だから、要約する気も起きんがw >>182
そうなんだ ありがとう 知らなかったわ
大陸 陸続きの侵略ありきな土地だと
支配者変われば言語も変わるって勝手に思ってて
円錐形の高い山なら雪も積もるしよく見える 綺麗だし
んでそれぞれの言葉で 白 を使うかもなと
(ブルーマウンテン 青山 は木が吐く空気に光が当たると散乱して っぽく見える)
ああ だから>>184さんの >中朝国境 白頭山 江原道 太白山
由来の場所(見立る元)がそれぞれ違って どこかで合流する可能性があるって事が>>117さんか
皆さんどうもありがとう >>118
全く逆だろw
お前のようなバカでもとりあえずデタラメ言える分野だ 元々はシラヤマヒメ神社
シラは遠い新羅からの渡来難民の先祖神信仰の一種で各地への移動にともなって祠を部落の中心地に置き祀っただけの話 >>189
古い時代の新羅は仏教がさほど普及せず、土着の神様が祀られていたはず 女性遺棄、新たに男逮捕 石川県警
金沢市でガールズバーを経営する喜多あき乃さん(30)の遺体が石川県能登町の山林で見つかった事件で、
金沢西署捜査本部は23日、自称金沢市、飲食店従業員、
小杉義晴容疑者(22)を死体遺棄の疑いで逮捕した。遺棄容疑での逮捕者は3人目。
ttps://r.nikkei.com/article/DGXMZO36819490T21C18A0CC1000?s=0 なんか新羅との交戦に備えて新羅の坊主を日本にすまわせて日本人に朝鮮語を教えさせていたとか 金沢からは電車だと乗り継ぎだしバスもあるけど本数少ないから観光客があまり来ない(外人はもっと)。宿も民宿ぐらいだしね
こういう歴史があり神社もあるのにパラグライダーを売り出してるというのもよく分からん 修羅の県、久留米市には、そのものズバリの白山町と言う地区があるバイ。
隣保館もあるし、改良住宅もあるバイ。
地価も、安かばい。 >>192
188の話は「新羅からの渡来難民」という設定だぞ。普通に考えて新羅が滅亡した頃の話だろ。 >>188
そんなに祖国が恋しいなら、帰ればいいのにね。 >>200
八幡信仰も稲荷信仰も渡来民の信仰だから皆祖国が恋しいんだよ。 >>202
豊前国風土記に「昔、新羅国の神、自ら度り到来して、此の河原〔香春〕に住むり」って書いてあるじゃん。
由来不明の白山信仰よりよっぽどはっきりしてるよ。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています