日産のクーデター失敗で西川社長が明智光秀になる日 ゴーン再逮捕も特捜部敗北の危機
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「公判は大荒れだな」

 2010年に金融相として1億円以上の役員報酬の開示制度を導入した亀井静香・元衆院議員は、法務省の現役幹部に電話をかけてこう話した。カルロス・ゴーン日産前会長(64)が逮捕された当初、
特捜部はゴーン氏の特別背任や横領を視野に入れて捜査していると思われていた。しかし、今ではその兆候はみえない。

 東京地検は10日、ゴーン氏とグレゴリー・ケリー同社前代表取締役(62)を金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)の罪で起訴。同時に、法人としての日産も起訴した。また、特捜部は同日、
2015〜17年度の報酬計約40億円分も有価証券報告書に過少に記載したとして、同容疑で2人を再逮捕した。一方、特別背任や横領については捜査の進展はない。

 亀井氏が法務省の現役幹部に電話をかけたのは、再逮捕が発表される1週間前。すでにその頃から、特捜部が世界に向けて振り上げた拳が空振りに終わりかねない状況になっていた。亀井氏はこう語る。

「検察は、ゴーンさんに“闇”を感じていて、捜査でその全体像の解明を目指しているのではないか。しかし、大きな疑惑が明らかにできなかったら『幽霊の正体見たり枯れ尾花』。検察の失態となる」

 事件は新しい展開を見せている。

 米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は9日、「事情に詳しい関係者」の話として、ゴーン前会長が逮捕前、経営不振を理由に西川広人社長の更迭を計画していたと報じた。ゴーン氏は、米国市場の
不振や日本で相次ぐ品質検査不正問題で西川社長の手腕に疑問を感じていて、11月下旬の取締役会で解任の提案をするつもりだったという。

 たしかに、日産の18年度上期の中間決算は営業利益2103億円で、前年同期比25.4%減。今年度の営業利益見通し5400億円の達成は危うくなっていた。5年前の2013年11月には、2期連続の業績下方修正を理由に、
ゴーン氏は当時の最高執行責任者で日本人トップである志賀俊之氏を解任した。その歴史からすると、粛清人事が再び行われてもおかしくはなかった。

 ところが、11月19日にゴーン氏とケリー氏が東京地検特捜部に逮捕される。その3日後の同月22日に開かれた取締役会では、2人が欠けたことで、西川氏に近い役員の数が逆転して多数になった。もちろん西川氏の
解任が提案されることはなく、逆にゴーン氏が会長を、ケリー氏は代表取締役を解任された。

 元東京地検特捜部検事の郷原信郎氏は言う。

「WSJの報道が事実だとすると、事件の背景がまったく異なってくる。約4億円の報酬を得ている西川氏が、自らの地位を守ろうとした『個人的な動機』があった可能性が考えられるからです」

 特捜部にとってもWSJの報道は痛手だろう。司法取引で証拠を固め、羽田空港でゴーン氏を劇的に逮捕した。ところが、逮捕後に出てくる話題は、日産の最大の株主であるルノーと西川氏ら日産経営陣による
アライアンス(提携)をめぐるつばぜり合いばかり。ゴーン氏の“金”を巡る疑惑は後景に退いてしまった。そこにWSJの報道が出て、特捜部が日産のクーデターに利用されたかのような側面も明らかになってきた。

 ある特捜部OBは「特捜部は捜査に行き詰まっているのでは」と見ている。

「司法取引をしたんだから、逮捕前に証拠は十分にそろえたのかと思っていた。それが同じ金商法違反で再逮捕して、勾留延長なんて信じられない。これから新しい証拠が出てくるとも思えない。特捜部は、
崖っぷちに追い込まれたけど、あきらめたくないから再逮捕しただけではないか。いつもは検察寄りの特捜部OBからも捜査批判が上がっている」

 そもそも、過少に記載されたという役員報酬は、ゴーン前会長が退任した後に「コンサルタント契約」などを結ぶことによって、毎年10億円程度、支払われることになっていたものだ。そのための「覚書」も
交わしていて、西川氏も同意のサインをしていたとの報道もある。

 一方、ゴーン氏は取り調べで、退任後の報酬額は正式に決定したものではなく違法性はないと主張しているようだ。ちなみに金融庁は、役員報酬の虚偽記載での行政処分について「前例はない」と説明している。
前出の郷原氏は言う。