https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190705-00010002-wired-sctch
 われわれが学習した情報は、いったい体のどこに記憶されるのだろうか。
言うまでもなく「脳」はそのひとつである。しかし、「学習」と「記憶」に関するメカニズムの再考を余儀なくされたいくつかの研究結果から、
多くの研究者たちが盛んにそのメカニズムを追究してきた。

もともと光から逃げる性質のあるプラナリアは、著しい再生能力を持つ扁形動物である。
光のなかにある餌を安全だと10日間かけて学習したプラナリアは、そのあと頭部を切断され、尻尾から新たな頭部を再生させた。
驚くことに再生した頭部は、光のなかでの餌の見つけ方をどういうわけだか“覚えて”いた。
これは何らかの記憶が脳の中枢神経にとどまらないことを示した研究だった。

また、RNAの移植によって生物の記憶を移し替えることができるという研究もあった。
電子ショックによって防衛的収縮を学習したアメフラシのRNAを、訓練を受けなかった7匹のアメフラシに移植したところ、それらは体を触られた際に
まるで訓練を受けたかのような振る舞いをしたのだ。
これは少なくとも、記憶の一部はRNAに保存されていることを示した画期的な実験だったと言える。
これらの例は、訓練で得た一部の「情報」や「経験」が脳にとどまらないことを示しており、その媒体としてエピジェネティクス
(DNAの配列変化によらない遺伝子発現を制御・伝達するシステム)やRNAによる関与が疑われていた。

■生物学の常識を覆す「学習」の遺伝
そのメカニズムが今回、「カエノラブディティス・エレガンス(C. elegans)」という線虫を使った2つの論文で説明されている。
線虫の神経系は学習後、小分子RNAの一種であるsiRNAやpiRNAを介して、情報を生殖細胞に伝達することが明らかになったのだ。
しかも驚くことに、子孫の生存に有益だと思われるこれらの“記憶”は、3〜4世代も子孫に継承し得ることが2つの研究により判明している。

線虫のゲノムには、ヒトゲノムとほぼ同数の遺伝子──つまりタンパク質の合成に必要な遺伝情報がある。
これまでの研究により、ヒトや線虫を含む動物は、複数の遺伝子の発現を時々刻々と変化させることで、活動レヴェル、温度変化、飢饉など、
あらゆる変動的な環境条件に順応することがわかっている。さらにこれらの遺伝的装飾が生殖細胞に及ぶと、それらは世代を超えた
エピジェネティックな遺伝として子孫へと受け継がれることがわかっている。
プリンストン大学分子生物学部およびルイス・シグラー研究所のチームは、線虫が学習した危険回避行動は、生殖細胞を介して親から子へと
受け継がれることを、6月6日付けの学術誌『Cell』で報告している。

線虫は自然環境で、さまざまな種類の細菌を餌にする。そのなかでも緑膿菌は、場合によって生死を分ける危険な病原体だ。
「線虫は最初は病原体である緑膿菌に引き寄せられますが、感染するとそれを回避することを学びます。そうしなくては数日内に死んでしまうからです」
と、コリーン・マーフィ教授は説明する。

緑膿菌の摂取によって病気になった個体は、多くの場合は死ぬ前に卵を産み落とす。
驚くことに実験では、母線虫が死の間際に学習した危険回避行動を、それらの子孫は本能的に“知って”いた。
子孫は緑膿菌に自然に引き寄せられる習性を無効にしてでも、この細菌を危険とみなして回避したのだ。
しかも、これまで一度も緑膿菌に接触したことがなくでもである。
注目すべきは、親が緑膿菌に独特の「におい」にさらされただけでは十分な遺伝的要因にはなり得なく、線虫は死に至る病原体の感染なくして
危険回避行動を子孫に継承できなかったことだ。このような行動形質の世代間遺伝は、いかにして引き起こされたのだろうか?

研究者らは、親と子の両方における回避行動が、いくつかの神経関連遺伝子の発現と関連していたことを発見した。
これは、感覚刺激を伝達する感覚ニューロン経路、つまり脳神経系が遺伝的回避行動において重要であることを示唆しているという。
これをさらに突き詰めるため、緑膿菌に曝露した母線虫とその子孫において発現した遺伝子を、無害な大腸菌に曝露した線虫のものと比較すると、
感覚ニューロン(ASIニューロン)における「daf-7」の発現が遺伝的回避行動と強く関連していたことがわかった。
興味深いのは、遺伝子操作によって「daf-7」を無効化すると、親の回避行動に違いは見られなかったものの、その子どもに回避行動が受け継がれなかったことだ。

※続きはソースで