「JASRAC、音楽教室に"潜入"2年 主婦を名乗り」というニュースがありました。

音楽教室での演奏から著作権料を徴収しようとしている日本音楽著作権協会(JASRAC)が、職員を約2年間にわたって「生徒」として教室に通わせ、潜入調査していたことが分かった。9日には、両者の間で続く訴訟にこの職員が証人として出廷する予定だ。

ということです。

少なくとも心情的には「潜入調査」には反感を覚える人が多いのは当然とも言え、匿名掲示板等で多くの批判の声が聞かれます。一般に、JASRAC調査員が客を装って現地調査をすることは珍しくはなく、裁判においてJASRAC管理曲は利用していないとの相手の主張への反証として、客として入店したJASRAC調査員による調査結果が使用されることはよくあります。掲示板で「囮捜査なので違法では」などと書いている人がいますが、囮捜査は刑事の話なので今回とは関係ありません。

そもそも、民事の世界で調査員が客となって身分を隠して調査すること自体がよくある話で、民間の信用調査会社社員が客として入店して企業の経営実態を調べたりとか、レストランやホテルの格付け会社の調査員が一般客を装って入店したりすること(覆面調査)は社会的に許容されています。もちろん、調査対象先に社員として入社して営業秘密を盗んだりすれば犯罪になってしまいますが。その意味では(音楽教室の組織内に潜入したわけではなく)誰でも生徒になれる状況で調査員が正規の手続で生徒になったことに対して(「覆面調査」ならまだしも)「潜入」と見出しを付ける朝日新聞はどうなんだろうかと思います(まあ自分もそれに乗っからせてもらいましたが)。

客を装って調査する行為が違法とは言えないまでも、JASRACの調査員(調査の職務を担う職員)であることを隠して、教室に入会したのは(JASRAC職員だとわかっていれば入会を許可しなかったので)建造物不法侵入等に相当し得る行為なので証拠能力がないのではという議論はあるかもしれません。これについては、JASRAC対ダンス教室の判例などで触れられていますが、(覆面調査員が)普通に顧客として契約し、普通にレッスンを受けて、現実に見聞した事実を報告したものであれば証拠能力ありとされています。入会時に「私はJASRACの調査員ではありません」と宣誓書でも書かせていれば別かもしれませんが、覆面調査なので証拠能力がないとの主張は一般には無理筋かと思います。

さて、上記記事によれば、調査を行なったJASRAC職員は、

JASRACが著作権を管理する「美女と野獣」を講師が演奏した際は、ヤマハが用意した伴奏音源とともに弾いたため、「とても豪華に聞こえ、まるで演奏会の会場にいるような雰囲気を体感しました」

と陳述しているそうです。

音楽教室側として主張できる争点のひとつに「音楽教室での演奏は技術の教授であって聴かせるための"演奏"ではない」というのがあると思いますが(だいぶ昔に書いた関連過去記事)、それに対する反証(演奏会での演奏と同等)ということだと思います。ただ、JASRAC職員の主観的意見なので、どれくらいの証拠能力があるか(裁判官の心証に影響を与える)は微妙かと思います。裁判の場では録音も公開されたりするのかもしれませんが。

https://news.yahoo.co.jp/byline/kuriharakiyoshi/20190708-00133309/