平安京の範囲が確定 南辺が初出土、都を囲う四辺確認

 平安京の外壁「羅城」と都の南辺に当たる九条大路の痕跡が京都市南区の元洛陽工業高の発掘調査で初めて出土したと、市埋蔵文化財研究所が12日発表した。羅城は都の玄関口「羅城門」周辺のみとされてきたが、通説よりも長く築かれた可能性が出てきた。九条大路の出土で都の四辺に当たる全ての街路が確認され、794年に遷都した平安京の計画範囲が考古的に確定された。

 平安京は唐の長安にならった計画都市で、宮城(大内裏)と東西・南北の大路小路によって碁盤目状にした街区が築造された。しかし中国のように高い壁で囲わず、九条大路に面した羅城門近くにのみ外壁が設けられたとされる。

 羅城跡は9〜10世紀ごろの基底部に当たる土壇(南北幅約3メートル、高さ約0・15メートル)が見つかった。砂礫(されき)と土を交互に盛って人為的に固めてあったが、柱列が見当たらず築地塀が立っていた可能性が高い。

 出土地点は羅城門跡から西に約630メートルの辺り。羅城は最長で調査地東側にあった国家鎮護の官寺・西寺までと想定されていたが、さらに西側にも築かれていた可能性を示す。

 一方、九条大路は南から順に9〜10世紀にあった南側溝、路面、北側溝が見つかった。9世紀ごろの北側溝から南側溝の幅は約30メートルとなり、平安京の道や溝の幅を記した平安中期の法令集「延喜式」の規定通りだったという。

 調査地は平安京右京九条二坊四町に当たり、昨年12月から校舎新築のため、約5450平方メートルを調べている。現地説明会を14日午前10時〜11時半に開く。現地事務所******

平安京で初めて出土した羅城の土壇跡。九条大路の側溝や路面も初めて見つかった(12日、京都市南区・元洛陽工業高)
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2019年09月12日 19時09分