【元寇】モンゴル軍が用いた「てつはう」に殺傷能力はあったのか★2
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■たった一つの武器の誕生が、日本の歴史を大きく変えた!
※省略
今回は、蒙古襲来の折、モンゴル軍が鎌倉武士を苦しめた「てつはう」をご紹介します。
■「てつはう」に殺傷能力はあったのか
「てつはう」を、漢字で書けば「鉄炮」となる。だが、モンゴル軍が使ったのは火縄銃などの弾丸を発射する火器ではない。現在でいうところの、手榴弾に近い武器だ。
文永の役の戦いの様子を写した『蒙古襲来絵詞』という絵巻物には、肥後(現在の熊本県)の御家人・竹崎季長が単騎でモンゴル軍に突撃するそばで、「てつはう」がさく裂している光景が描かれている。
また、鎌倉時代後期から末期にかけて成立したとされる、八幡神の霊験を説いた寺社縁起『八幡愚童訓』にも、「てつはう」についての短い記述がある。
ただ、「てつはう」に関する記録は、このふたつ以外にほとんど残されていない。
形状としては、鉄製または陶器製の丸い容器に火薬をつめ、導火線に火をつけて使用したと考えられていた。
しかし、中国にも実物がひとつも残っていなかったため、実際に殺傷力があったのか、それとも爆発する音と煙や光で周囲の敵を脅すだけの武器だったのかは長らく謎とされてきた。
ところが21世紀になって、長崎県の鷹島海底遺跡から元の軍船が見つかり、「てつはう」の実物が3つ発見された。
この「てつはう」は陶器製であり、鉄サビの痕跡もあった。
容器の中に鉄片を入れ、爆発する際に鉄片が飛び散るしかけになっていたためと考えられる。
もしそうだとすれば、それなりの殺傷力はあったと推測される。
■長弓 vs. てつはう
実物の「てつはう」が見つかっても、まだこの武器に関する謎は残されている。その謎のなかでも最大のものは、どのようにして投擲(投げること)をしたのかということだ。
鷹島海底から引き上げられた「てつはう」は4キログラムほどの重量であった。これを手で投げる場合、どんなに腕力に自信がある者でも20メートルほどしか飛ばすことができない。この程度の射程では、鎌倉武士たちが主力武器とする長弓に対抗できるはずもない。そもそも、日本の兵にまったく近づくことができないからだ。
攻城兵器としてモンゴル軍が使った投石機などで発射した可能性もある。
だが、巨大な投石器を船で輸送するのはかなり困難であるし、蒙古襲来でモンゴル軍が投石器を使用した記録も残されていない。このように、「てつはう」の実態については、まだわかっていないことのほうが多いのだ。
10/11(金) 12:18配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191011-00010000-php_r-pol
https://amd.c.yimg.jp/amd/20191011-00010000-php_r-000-3-view.jpg
前スレ
http://asahi.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1570788082/
1が建った時刻:2019/10/11(金) 19:01:22.09 絵だとこの時代に指向性のグレネード弾があった様に見える。
転生したら元寇のモンゴル軍だった。 >>1
ただの鉄砲だぞ
てつはうって書いてるだけで 昔気になって調べたら結局音で脅かすのがメインだったってな話だったな 虚無僧
数年前平日のフードコートで、混んでいたので老夫婦と相席で
ちょっと会話しながら食べた。
「孫も誘ったんだけど、自分は虚無僧だからそういう場所には行けないって
言われたのよ。戒律とか、厳しいのねぇ。普段修行とかしてないのに」
お孫さん多分コミュ障って言ってたんだな。数年越しで気づいた。 日本は相撲人口が少ないからであって野球とかに進んでいる優秀な人がいけばモンゴル人には勝てるよ。 スカイリムで早々に弓術と隠密マスターしたらめっちゃヌルゲーになって後悔した てつはう(陶器)
いや、おかしいだろ
「てつ」ってつけた以上は鉄が関係あったはずだ 普通に考えて投石機を使ったやろうなぁ。4キロならそれほど大きなものは必要ないから
船に積むのも簡単だし。 竹崎季長
フビライ・ハン
てつはう
大学受験に出てくるのはこの辺だな
それと奉公したのにご恩がもらえなくて武家の不満が高まって倒幕に至ったことも覚えとけ もののけ姫で長弓が当たって腕が飛んでいく描写があるが本当に案内力あったんか? この時代に飛行機で自由に空を飛んだ民族がいたんだよな
本当ならその優秀な民族が世界を制してる筈なんだが、何故かずっと植民地のままなんだとさ
世界七不思議だよな >>19
ちゃんと読んだ?
普段からそんな適当でぼんやりしてるんじゃ、仕事もうまくいってないんじゃないか?しっかりしてくれよ。 鎌倉武士が戦闘キチだったならその後大陸に攻め入って元を滅亡させてるわなw >>1
多少威力あっても全然当たらないから意味なし、って証拠がその絵だと思うが >>19
よく読め
>容器の中に鉄片を入れ、爆発する際に鉄片が飛び散るしかけになっていたためと考えられる。 しし脅しで、馬とか歩兵でも足止めさせる効果だけじゃね 頃は文永11年。バンバン。
秋風すさぶ10月半ば。バンバン。 >>1
https://i.imgur.com/n9YSBYx.jpg
Wikipediaによると
直径16-20cm、重量は4-10kgだから
砲丸投げをちょい大きくしたもんか いずれにせよ、その時代に爆弾という兵器を既に運用していた事に
敬意を表する。 四百余州をこぞる
十万余騎の敵
国難ここに見る
弘安四年夏の頃
なんぞ怖れん
われに鎌倉男児あり
正義武断の名
一喝して世に示す この20年で、2chは知能が低くなったし、俺は知能が高くなったし、
めっきり話のレベルが合わないわwwww
「てつはう」は、破壊兵器じゃないwwwwwwwwwww
そんな事も分からんのか?
モンゴル軍だけじゃない。
当時の大陸は、騎馬戦が主力。
馬はもともと繊細な動物
大きな爆発音でビビらせたら、何時間も制御不能になるのが基本
実際、花火とかで暴走した事例もたくさんある
てつはう、で、敵軍の馬を制御不能にしたら勝利確定
それが大陸の戦い
日本は司令クラスだけが馬のってるから意味ねぇんだわ
人間に大きな音聞かせても意味ない >>27
動員された高麗兵が平和志向だったので日本が本土防衛できたとパヨク教師から習ったけどな。 昔、彼女にバックから入れたら「はう」って声を出された。後にも先にも一度だけだったけど
ちょっと嬉しい思い出 投石機は攻城戦用の大型の物ばかりではない
船に乗るサイズもある
前提がアホすぎる 「平塚らいてう」と同じで字音仮名遣い
戦前までは「てつはう」と書いて「てっぽう」と讀んでゐた >>43
船をわざと粗雑に作って荒らしで鎮めさせた
高麗人のおかげで日本は蒙古を撃退できた
とかほざいてたな 実はモンゴル軍は日本武士のあまりの強さにおののいて逃げたってのが事実。
モンゴル兵も獰猛さで知られるが、命知らずの日本武士が馬ごとぶった斬る
切れ味鋭い大刀を振り回し単騎で突っ込んでくるような獰猛さに恐れをなした。
モンゴルの記録には
日本武士と一対一なら武士の勝ち
二体一で互角。
三対一でようやく勝てるとある。 韓国(高麗)が共犯(というか実質的な主犯)だから
メディアにはどうしても加害を小さく見せたい、ってバイアスが強く働くんよね
靖国神社爆破事件も「爆発音事件」ってなってるし モンゴルの指揮官と高麗兵は皆殺しにしたらしいな。中国の兵は食料を持たして帰してあげた 昔の教科書に載ってた絵の全体像を初めて見た時は「はぁ」ってなったわ 火薬による爆発という未知の化学変化に遭遇したのだから、その恐怖は
相当なものと思う。
南宋時代に伝来して知っていたかも知らんが。 馬は驚くだろな
単騎で名乗り上げて突っ込む鎌倉武士もパニック これほど声に出して読みたい日本語はなかった
みんな口にしただろ「てつはう」と 元寇が一騎打ちをせず、当時の武士の戦いかたでは卑怯な戦法を使うと分かったら
それ以上に武士達も卑怯な戦法で倍返しをしたとか >>47
馬の耳はデリケートだから耳栓なんか受け付けないよ。 実際に検証してみると、元が来たのは台風シーズンじゃないから暴風雨で壊滅したとは考えにくい。
やはり普通に敗走したのを、後から坊主や神主が祈祷の手柄にするために話盛ったというのが真相みたいだな。 >>63
どうだろ、武士が戦に使ってた木曽馬や駄場がアラブ馬みたいにデリケートだろうか モンゴル高麗軍も略奪、強姦しまくったんだろ
韓国謝罪と賠償を永遠にしろ
テメーらの理屈なら >>26
直射だとフライパン程度なら射抜ける
長さ90cmの棒の先についた長さ7cm幅1cmぐらいの鉄製鏃が飛んでくる
細いので腕の切断は疑わしいが、前腕の橈骨を打ち砕くぐらいは楽勝だろう まんが日本史とかだと、朝起きたら台風で船が全滅してた!ラッキー、みたいな表現だったけど
陸側だってそれなりにえらいことになってそうだけど 織田信長と毛利の水軍が戦うときも毛利の水軍が「てつはう」みたいなの使ってたじゃん >>40
大陸のモンゴル帝国領域で
てつはう があちこちから出土してるんかな >>61
元寇当時だと、日本武士団は一騎打ち戦法なんかしてない
一族単位での集団特攻たこ殴り込み >>21
上手いやつならいいけど練度の低い奴だと自軍に向けて飛ばしそうじゃん
危ないよ >>66
いや〜、馬は300度の視界とレーダーのような耳で敵の襲撃に警戒して生きてる動物だよ。
アラブだろうが日本馬だろうが、耳を塞がれるのは嫌がると思うよ。 ハンマー投げ投げの要領で60m〜80mか
船の上であんな動作無理だろうけど 殺傷能力がないものを戦争で使う理由なんてないのに何を言ってるんだが 長篠の戦では銃よりも弓の方が殺傷力、連射能力で上だった >>20
大河の時宗だったかで船から撃ち込む描写あった様な。
ヨーロッパの石の錘やスプリング使うやつじゃなく数人でタイミング合わせて引っ張るタイプ。 実際モンゴル人って強いの?
相撲だといあけど総合とかはわからん ・ナチス
ホロコースト600万人
・糞ジャップ
中国で最小でも民間人3000万人を極めて残酷に虐殺。
間接的な殺害も含めると1億人に達する可能性も。
要するに民族浄化。
その他、レイプの被害者も同等なレベルに及ぶ。
もちろん中国以外でも同レベルの狼藉を働く。
あげくの果てに敗戦後『中国はなぜ反日なのか』という
なめきった本を出版したりする。
ジャップがナチより遥かに糞なのはいうまでもない
jk 威力より騎馬隊の突撃防止がメインだろ
これの一撃で戦況変わるし大陸育ちの軍なら先ず突撃を警戒するからな
でも最初だけで賢い武士は長弓のメリットを生かした長距離射撃で一方的に足軽は山からの奇襲ってとこだろうな >>85
ユーラシア大陸では無双してた、日本とベトナムでは敗退 >>25
遠征地で、慣れない船の上で夜営してた上、嵐で壊滅しただけだから、戦術的にどのような威力があったかの推察は難しいと思う。 六波羅探題の主力軍が到着する前に
あっさり負けた。二度目は15万の大軍だったのに特に見せ場もなく敗退。
蒙古の侵攻はベトナムの方がおもしろい
時間を計って浅瀬に杭を打って船団の動きを
止めたり知略を尽くして撃退してる。 何十年前かのモンゴル遊牧民へのテレビ取材の時の映像では
ゲルとかいう移動式家の中でインタビューしてたら
「日本人見たの初めて、とても怖い」
ってコメントしてたけど
いったい彼らの中でどんな言い伝えがされてるんだよ、て思たな >>92
アルミニウムがあったら驚く
鉄片ぐらい爆竹爆弾にも入ってる ハンマー投げみたいなスリング投擲してたんじゃないかな >どのように投擲(投げること)をしたのか
わざわざ注を加えるなら
「投擲」って言わんでもええやろ >>91
ベトナムはアメリカも撃退したし相当強いな スリングとかそれこそスイカ網みたいなので振り回せば到達距離伸ばせんのかね 巨大な投石器?
4キロの榴弾を投擲するだけならそんなものはいらない。
大型の槍を発射する装置だって当時あったしな、
もっと小型の装置で充分飛ばせる。
ハンマー投げだって行けるだろう、
投石器は城門や胸壁を破壊するために数十キロの割と大きい石を投擲するから大型化した、
そもそも投石器自体は分解して馬車に載せて運搬できるものだってことを知らない人が書いたんじゃないかな? >>9
だが陶器の中に鉄を仕込んだ、ガチ手榴弾だった
歴史は変わった ベトナムはハノイの焦土作戦や、浅瀬に杭を打って艦隊全滅させたんだっけな。 日本の戦国時代の水軍が使っていたような武器?
ドラマか映画で見た知識なので、本当にあったのかどうか確かじゃないけどw
水軍が綱のついた爆弾を振り回して、相手の船に投げ込むような武器のことだけど この手の話題になると日本を過小評価デマ流すチョンが大量に沸く モンゴルの文献に日本の馬は犬以下だというような記録が残ってるそうな。 鎌倉武士にボッコボコにされたのが恥ずかしくて台風のせいにしてたんだよな
日本側も金を払いたくないから神風がやったって言ってたしw
誰も得しない モンゴル軍というかを事実上、朝鮮軍だろ。成りすましの。悪事をするときはいつも外人のふりをする >>85
モンゴルは結構あちこちの闘いで負けてたよ >>86
糞ジャップって毛沢東のことだったんだな
文化大革命サイコーw >>48
今、そんな説が有るんだな。ちょっと調べてみよっと。 >>9
俺は城や砦を守る為に使うと思ってた
下からよじ登ってくる日本兵に上から落とす >>107
「島の規則」と呼ばれる法則があって、島に隔離されると大きい動物は小さくなり、小さい動物は大きくなる。
日本島に隔離された馬が小さくなるのは法則通りなんだよ。 >>107
犬って言葉ネガティブに使うのが好きだよなー チョンは。可愛いのに 蒙古軍は平原を馬の機動力をベースにした
威力よりも速射性の高い合成弓で敵を圧倒する戦い方で
世界的国を築き上げたので
船で上陸して、広い平原のない山の多い日本という地理が
蒙古軍のそれまで使っていた戦法があまり適していなかった
だから蒙古は日本を征服できなかったんだろう ISみたいに、捕まえた子供に持たせて、敵陣で爆発させたんだろうな。 >>65
文永の役は12月だから、台風でなくても玄界灘は荒れる季節なんだが
当時の八幡宮の御利益をアピールする文書でも、嵐が来たのは元が引き上げた翌日
嵐のお陰で勝てたというのは後世の間違い
弘安の役は春の襲来から夏まで上陸させずに疲弊させたところに台風が来た 4キロじゃ自爆の可能性の方が高いような
朝鮮人にくくりつけて人間ミサイルにしたんじゃね >>73
焙烙火矢とか焙烙玉とか言われる奴だね
ただ元寇の頃は日本にはまだなく、火薬量産できるようになる戦国時代まで200年は待たないと
焙烙火矢とは、料理器具である焙烙、ないしはそれに似た陶器に火薬を入れ、導火線に火を点けて敵方に投げ込む手榴弾のような兵器である。
手で直接もしくは縄を付けて遠心力を使った投擲が行われ、敵兵の殺傷を主目的とした。付随して周辺の木造部分へ引火することもある。
現代でいう焼夷弾に似た兵器であるが、爆発力や容器の破片での殺傷が主目的で、炎での攻撃は威力が低かったと思われる。
村上水軍、毛利水軍、乃美水軍(浦水軍)、児玉水軍などの瀬戸内水軍が主に使用していた。
火矢と名前がついているが、丸い爆弾の状のものが多く、そのため焙烙玉とも呼ばれた。
これらの兵器に対抗する為に織田信長が九鬼嘉隆に命じて鉄甲船を開発させたとされている。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/焙烙火矢 >>30 >>32
攻め込む計画もあったけど、さすがに渡海して異国に攻め込む不利を考慮して中止になった
鎌倉武士は頭サイヤ人だけど馬鹿じゃないから、渡海の不利を理解できないわけじゃなかったんだろう
>>122
渡海の不利もそうだけど、その点についても元寇の直前に来日した使者は気づいて
ちゃんとクビライに伝えて元寇を止めるように進言してるんだよね
1 :名無しさん@おーぷん:18/10/06(土)22:05:20 ID:Y4y主 ×
一年ほど日本に居た第五回&第六回使節の趙良弼さんの報告より
・獰猛で殺を嗜む
・親孝行を知らない
・上下の礼も知らない
・土地は山水が多くて耕作に利がない
・日本人を得ても役に立たない
・日本の土地を得ても富まない
・舟で海を渡るのも風は不定期で、損害を測ることもできない。
・日本征服なんて有用な民力で底なしの巨大の谷を埋めるようなもの
・結論、(元寇)反対
ここまで言われてなんで攻めてきたんや… 鎌倉武士は文武両道だぞ ただの野蛮人ではない。禅を嗜むし。ただの野蛮人は対馬で老人女子供を虐殺したヘタレチョン ハンマー投げの要領でなら、20M以上逝くんじゃね?w >>48
朝鮮人が自分で船に乗って侵略しに来たのに、
自分のための船を粗雑に作るはずがないだろうっていう。 >>48
それ元々は南宋人についての説だったような
文永の役の後に南宋は元に攻め滅ぼされて
南宋人は元寇に参加させられたり船作らされたりしたから >>119
江戸末期に外人が日本に旅行に来てても馬の大きさに触れてなかったな
前から止めるのか後ろから止めるのかでやたら興奮してたわw みんな蒙古襲来絵詞の竹崎季長の場面で
日本の騎馬武者が元の歩兵に苦しめられたと思い込んでいるが、
モンゴルは蹄鉄の発明とモンゴリアンショットで、騎馬兵が強かったんだ
海を越えて馬を運ぶのが難しいから、日本侵攻では得意の騎馬戦を出来なかったんだ
そんな元軍が、馬をびびらせるのを目的に鉄炮を使うだろうか? >>129下
「お前らサボりたいからフカシこいてるだろ」と思われたんじゃね? >>16
商業利用だとオリジナルは利用料発生したりするんじゃない? 竹崎季長がてつはうを見たときの目は原爆が光ったそれを見たときの目と同じ ノリで残した記録なんだろう、神風とか新兵器とか琴線に触れる層向けで >>140
何百年も昔の絵でもそういうのあるの?
現在の所有者への利用料とか?
>>138
趙良弼は文官で戦争に参加するわけじゃないだろうからどうだろう >>136
騎兵の恐ろしさを誰よりも知っているからこそ、自分達が使えない局面では騎兵封じの策を用意するんじゃないか? >>43
高麗人は全員首を刎ねられたはずなんだけど、やはりウリは南宋人ニダと嘘をついて住み着いた奴がいたんだろうな。
そんな奴らが北条高時に接近して犬追物をひろめ、負けた犬はそのあとスタッフで美味しくいただきますなんてやってたから鎌倉幕府滅亡したのかも。 >>129
朝鮮人が、なぜかノリノリ。口説きまくった。 >>143
渡海の困難さを舐めていたのかねえ。
渡海した時点でモンゴル式戦法が通用しないからなあ。 >>142
恩賞が出ないとの噂で、自分の奮闘ぶりのアピールで絵を書かせて、幕府に直談判に乗り込んだって聞いたな。恩賞は貰えたかは知らんが。 竹崎の野郎が手柄認めてもらおうと絵師に大袈裟に描かせたからな 鎌倉の古戦場跡から出土した馬の骨だと
馬高は130〜145センチだった
犬並みに小さい訳ないだろ
敵の謗りを真に受ける癖は直したほうがいいな 南宋は親日国家で鎌倉五山の南宋人が執権北条氏の側近してたからな。元寇で唯一味方してくれた国。 >>43
高麗史に忠烈王がフビライに日本だけが服属してないから日本討伐をするなら助成すると進言したとあるのに
なんか滅茶苦茶だな >>155
南宋は日本の元寇よりずっと前からモンゴルと戦っているので、
日本に味方したというか日本も南宋もどっちも共通の敵と戦ってた感じ
ただ日本に居住する南宋人が元の使者の妨害したような話もはあった
単に元への反感かもしれないが >>26
あれは祟り神の力が加わった描写あっただろ >>154
木曽馬サイズだな。サラブレッドの馬高160クラスに比べれば小さいな。甲冑着て台を使わずに乗れるのは130クラスが限界かも。 こんな何キロもあるものが飛んで来たらそれだけで殺傷能力あるだろ >>157
金とともにモンゴルと対抗してればよかったのにな >>41
昔から日本は雷も多いし火山も活発でデカい音には慣れてる
せこい爆発音くらいで馬や人がそんなにビビるかよ >>166
それどころかモンゴルと金との戦争では南宋はモンゴルに協力して金滅ぼすのに助力してる
まあ北宋滅ぼされた上に皇帝親子も妃や皇女や女官や民が連行されて
妃や皇女は公営の娼館で客さらされたり金人に嫁がされたりだから
金への恨みが深かったんだろうね
けど結果から言えばそれが次は南宋滅亡に繋がったと 火縄銃の音で驚いてたんじゃなかったか
昔の人なんて経験できるの身近な事しかできないし晴れてるところに雷鳴轟いたらびびるだろう >>143
現在の所有者は国(宮内庁?)ではなかつたか。 >>41
てつはうの中には火薬だけじゃなく鉄くずを入れて殺傷能力を高める工夫がしてある
ということは破壊兵器でもあったんじゃ? >>129
これって日本を侮辱しすぎじやねぇ?
まぁ、当たってるから反論できんが
国土のほとんどが当時は山や沼地だからな >>122
そのものずばりやな。
でもインドネシアだったか、船の遠征軍で
征服された地域もあるよ 陸戦で元を破ったベトナムが最強、という説に落ち着く >>167
雷が鳴っているときは、動物は動揺するよ。
ワンコとか、ぶるぶる震えてやんの >>172
まあ戦争反対だからクビライが日本への興味失うように
わざと日本なんて征服するほどの魅力のない土地だと偽った可能性も >>138
ヒント、東方見聞録
実際日本には金がとれてた。 >>50
モンゴル兵は強かったかもしれないが、攻めてきたのは高麗人とかでしょ。
モンゴル人に朝鮮半島を占領され日本を攻めるように船に乗せられた。
まあ、士気も上がらないでしょ。 手で投げずに、ハンマー投げの要領で投げれば遠くまで飛ぶよ >>91
対米戦争もそうだが、気合いと根性(そういう意味ではハイパフォーマンス)の日本人と知略を尽くすベトナム人、という民族性の違いが見えて面白いね >>129
上下の礼だとか、親孝行だとか、
儒教の価値観で説得しようとしているところが笑える。
それだけ元も中国化されていたってことでもあるのだろうが。 朝鮮侵攻のときは、この音だけの鹿威しに兵がパニックになって崩壊したのを、日本でも同じ様にできると思ったのでは? >>162
パブリックドメインになった美術品を
ただ撮影しただけじゃ著作権は発生しないって判例がある ベトナムと日本で戦争するとベトナムが勝つよ、そして恐怖で日本人は米軍以上にトラウマを植えられるだろう >>168
金国はテムジン(ジンギスカン)の父親の敵カタキ
金国には怨みがあったから 武田信玄の小山田信茂だっけ
石つぶての投石部隊が有名だよな。 【韓国】高麗・モンゴル連合軍(元寇)は台風で壊滅せず、破竹の勢いで日本本土占領を開始した … 新刊小説『日本征討軍』出版 [08/01]
https://news24.5ch.net/test/read.cgi/news4plus/1217755163/
高麗・モンゴル連合軍の日本征伐について知りたいと思っている人は少なくない。
高麗がモンゴルと共に「麗蒙連合軍」を編成した理由は何なのか、連合軍はまともに
戦うことも出来ずに台風で全滅したのか等々、戦争の全貌がベールに隠されて
いるからだ。歴史書から麗蒙連合軍の実態を知るのは難しい。
著者は、麗蒙連合軍の日本征伐がいわゆる「神風」という表現によって深刻に歪曲
されているという点に衝撃を受ける。大多数の人々はいまだに、麗蒙連合軍がいわゆる
「神風」と呼ばれる台風のために日本本土にたどり着けぬまま全滅したと理解している
。しかし麗蒙連合軍は対馬、壱岐、博多湾一帯、九州南部をあっという間に攻略して、
破竹の勢いで本土占領に乗り出した。著者は日本での現地踏査を通じて、九州全域は
もちろん本州の内陸奥深くまで麗蒙連合軍の跡があちこちに残っていることを確認した。
麗蒙連合軍の遠征に関するもう一つの歪曲は、元国の圧力に負けた受動的参戦だった
という指摘だ。著者は、日本征伐が元国の高麗服属計画を鎮めるための秘策であり、
むしろ高麗が元のクビライを説得して推進した戦争だった、と強調する。動員された
兵士の数ではモンゴルの方が多かったが、日本征伐はあくまでも高麗軍が主導した。
スポーツソウル/Yahoo!Koreaニュース(韓国語)(2008/08/01 11:41)
http://www.sportsseoul.com/news2/life/culture/
2008/0801/20080801101050900000000_5819195479.html >>147
この報告をした人は朝鮮人だよ。
奴隷として異国で獰猛な人達と戦って死ぬとか嫌だったんだな。 >>178
>日本を攻めるように船に乗せられた。
こんな受け身の状態ではなく、
自分たちで自発的に攻めてきたんだよ。
朝鮮の忠烈王が日本侵攻を進言した記録が残っている。
元に媚びるために日本侵略のカードを使いまくったわけ。 >>173
元軍は旧南宋の泉州など海に面した海上貿易の港でもある地域を手に入れて
海船の建造力と海軍を手に入れている
弘安の役の時にも旧南宋地域の揚州・湖南・□州・泉州が
日本まで渡海する船の建造を命じられている >>177
日本から輸出できるものがあまり無かったので・・・
金を輸出してただけ。 >>180
防塁や、堀を作って備えているから、馬鹿ではない。 中国の下で使役させられたり、モンゴルの都合で日本侵略の尖兵にされたり、日本帝国の都合で皇軍兵士にされたり、これが並居る大国に挟まれた朝鮮半島の定めである >>182
趙良弼さんはもとは金国、女真族の出身で、金がモンゴルに滅ぼされたのでモンゴルに仕えた
金は北宋を滅ぼしたのちは漢化が進み、中国の古典も金国で学ばれるようになってた
>>192
日本刀がすでに宋への輸出品になってたらしい >>182
鎌倉時代の土地の相続は江戸時代の長子相続ではない、また室町時代の分等相続(土地を子供の数で分ける、田んぼが少なくなって生産性が下がる"たわけ!=愚か者"の語源の説)
鎌倉時代は子供が争って相続者を決めてた
自然と親兄弟で仲が悪くなる
令和時代の日本と鎌倉時代の日本を比べてもね 台風は必ずしも偶然ではない
台風シーズンだったから、防衛ラインを守り続ければ、やがて台風が来るのは
日本人なら誰でも思うことだ
実際、台風はすぐ来たわけではなく、日本は2ヶ月、防衛ラインを守った
元軍は基地を作れず海上で疲弊した >>195
攻めてきた侵略者たちを、いつの間にか自分色に染めてしまう昔の中国ってすごいと思うんだよ。 鎌倉時代に宋代の発明の火薬を用いた鉄砲は日本に輸入されたはずだが、当時の日本では特に発展もせず扱いも難しい玩具として誰も興味を示さず廃れてしまったようだ >>189
高麗人だったのは第二回使節の潘阜と、第四回(と十二回)使節の金有成
>>147の第五回&第六回使節の趙良弼は金国の女真族出身で、奴隷ではなく秘書監
秘書監は秘書省という宮中の図書の管理をする省のトップ、高位の文官
宮中図書室長的な役職のけっこう偉い人 >>198
人口数が圧倒的に違うから
単にそれだけだよ >>203
イングランドは世界中を侵略して回ったけど、
現地色に染まるようなことはなかったみたい。
こういうのはソフトパワーの強さってやつだと思う。 騎馬運用の世界的プロであるモンゴル軍が日本の単機の騎馬武士に苦戦したと言うのも妙な話である、生まれたときから馬が友達の騎兵のプロ中のプロだぜ そんなの射殺して終わりだろう 元寇の時の総司令官がモンゴルの軍人目録だかに載ってないと宮脇先生が言ってた。
つまりモンゴル人じゃないと。 上陸地点が悪かった
太宰府の目と鼻の先だし、対馬からの警報で迎撃態勢を整えられた
かといってどこに上陸したら上手くいくかと言われてもわからんけど
まぁ、上陸作戦なんて二十世紀になっても困難ばかりだからな >>175
雷の音と比べたら爆発音なんて小さい
弱い犬でも
救急車やパトカーサイレンなら吠えまくるのと同じ その後の戦争史でこのてつはうは手榴弾になるまで消えるあたり20mの距離で歩兵が投げる武器で長弓にボコられたのが正解だと思うぞ
実際記録を見ると白兵戦で武士が勝ってるし
石火矢みたいな中国の実験的兵器でこんなのがある俺らすげーだろって持ってきただけだろう >>202
アンカーミス
>>129の第五回&第六回使節の趙良弼は、だった…
>>207
鎌倉幕府は元からの使者を九州に留めて先に行かせなかったので、使者が偵察したのは九州のみ
趙良弼も九州から先へは行けてない
元からしてもそれ以外のどこに上陸したら上手くいくかわからんし調べようもなかったんだろうね 俺の股間のてつはうもカバー外したら暴れん坊なんだぜ? (4)爆炸性火器(鉄火砲、霹靂砲、震天雷)の出現と発展
資料によると鉄火砲は鉄で鋳造された厚さ2寸程の容器に火薬が入れられ、中に火縄(導火線)が仕込まれた。
放つ時は、火縄に点火してから投擲する。爆発した時、鉄の破片を撒き散らすため、現代の爆裂弾と機構的には変わらない。
宋で発明された霹靂砲は、金の手に渡り改良され、その上、投石機を使用して敵の城塞に投げ込むことまで考えられた。
この鉄火砲という爆裂弾は、その後、霹靂砲、震天雷といわれるようになった。
震天雷の威力はすさまじいもので「続資治通鑑巻百六十六」によると理宗紹定五年の記述には「震天雷は鉄の容器に火薬を詰め、
点火すると爆発し、その雷のような音は百里に渡って聞こえる。半畝近くが焼き尽くされ、鉄甲も通す」というものが見られる。
モンゴル軍も攻城兵器として、震天雷を使用した。中略
http://koukisya.web.fc2.com/kayaku2.htm >>205
日本の騎兵は単騎じゃないし
鎌倉時代の武士に比べたらモンゴル兵は練度で劣っていた可能性が高い
武士頭おかしい 震天雷は投石機の併用と共に、金、宋、元で広く使用された。
(一般に前期には鉄火砲、霹靂砲、後期に震天雷と呼ばれたらしい)
金において、投石機が使用されたことは述べたが、投石機を最もよく使用したのはモンゴルであった。
「元史巻二百三」によると1268年、交通の要所であり、最大の要塞である襄陽をモンゴルが攻撃した際に、攻城兵器としてイスラム伝来の投石機、回回砲が使用された。
この回回砲はマンジャニークともいい、非常に優れたもので、150斤の石弾を飛ばすことが可能であった。
「機が発する音は天地を振るわせ、撃つところ燃え上がらぬ所はなかった。宋安撫、呂文換は降伏した」という記録の中から、
石弾のみならず、金から捕獲した震天雷、あるいはそれを模して製作されたものが使用したことが伺える。
鉄火砲、霹靂砲、震天雷といったこれらの爆裂弾は、南方を支配地域とした宋により開発され、シナ化した金によって改良された。
これらの火器は、圧倒的騎馬兵力を有するモンゴルに対し、城塞戦での優位を支える貴重な兵器となったが、
一度、モンゴル軍の手に渡ると今度はイスラムの投石機と併用され、南宋の頼みとしていた城塞を打ち砕き、元の成立に一役買ったのである。
http://koukisya.web.fc2.com/kayaku2.htm 4キロのは特殊なやつで1kg以下の通常版もあったと考えるのが普通では モンゴル力士に土俵の白兵戦で勝てない日本が勝っていたかどうかは疑問だが 戦後の武勇伝は敵も味方も互いにおおいに勇ましく飾るからな 武士が音でビックリして慌ててる間に、モンゴル兵は馬で蹴り飛ばしてバラバラにしたんだろ
当時の日本には火薬とかなかったからな
そりゃビックリするだろ 最終的に、
あれは武器でなかったのに日本人は
て結論にしたいのか? モンゴル騎馬戦術とか圧倒的に馬が居ないとな
舟だとそこまで数が運べないし、運用出来る大陸みたいな平地も無いしねえ 侵攻側が海岸に橋頭堡築けず海に戻って過ごしてる時点でお察しだろう。
あの巻絵とか幕府軍は元軍にボコボコにやられて滅亡寸前だったところをたまたま襲った台風で救われたって話は
戦後の反日教師や歴史家が創作した捏造。 >>217
黒色火薬はそんなに破壊力はないから、容器や内容物が小さいと効果もほとんどないのでは 回回砲を持ち込んでたはず
組み立てる前に鎌倉武士にやられたのだろう 投石器って木製だと始皇帝の時代からあるらしいじゃん
組み立て式になってりゃ船に積むなんて余裕
それよりモンゴルが強かったのは馬を多用したおかげだが
馬が海を渡ると今の技術ですら体調不良になる
そりゃ日本相手には弱体化するよ てつはうって手投げ式のクラスター爆弾だろ?
十分殺傷能力あるな。
それを朝鮮のエベンキが投げてきたんだろ、
千年恨むとか、その言葉そのまま奴らに返すわ。 馬は爆音に弱いので、騎兵突撃を防ぐ効果はあったのでは。 >>217
4kgあっても競技のハンマー投げ風に、紐でも付けくるくる回ると
50m以上もあるんじゃないかな?へたくそが見方陣地へもw 所詮蛮族よ。日本みたいに統制のとれた戦略戦術的な戦い方ではなかったのだろ。 弩とかも紀元前からあるし、意外に武装は近代的なんよな 半年前ぐらいに唐突にやってたアンゴルモアとかいうアニメは一体なんだったのだろう、中途半端な所でくのいちが輪姦されて終わったが。 >>205
夜間に小舟で夜襲掛けて糞尿投げ込んだりしてたの知らんの?
それで伝染病が蔓延し元軍の士気も低くなった 投げようとしたところに膝に矢が当たってしまい落として自爆した人もいたんだろなぁ。 >>16
元もちゃんと弓とてつはうを使い分けてるっぽいじゃねえか 音で聞くと「てつはう」は「鉄砲」の転じたものかなと思ったが
どうみても「手榴弾」のようだな
1Kg〜4Kgとなると腕力で飛ばすのはかなり困難な感じ
まぁ、今の歩兵の手榴弾でも500gとかあるんだろうけど 絵巻では1人で投げたことになっているが布に包むなどすれば2人で投げられる
日本側の絵巻は想像で描かれたであろうから実態は不明なんだよな >>237
宋船は遠洋航海能力がありその船側は日本の小船よりもはるかに高い、そこに糞便をどうやって投げ入れたのかわからねえぞ、ヒシャク?おてて? 下手すると戻ってくるし飛沫で糞武士が完成だが チンギス・ハーンって稀代の女好きで子孫とんでもない数いるらしいな。戦の度に女共浚っていったと聞く。 包んで投げ込まれたもんはそのまま拾って海に捨てて終わりだ 全身に糞を塗った日本武士が来たら皆相手をするのはぜっちゃい嫌で泣いて逃げるだろうな 重量が4kg の物は、火薬が湿らない様にまとめて保管していた物で、使う時には小分け
して別の容器に詰めて使ったんではないか。昔は祭りで使った花火の火薬を削り取って
瓶に詰めて、大爆発させようとして失敗して、大怪我した子供の記事とか普通に新聞に
載っていた。火薬は密封すると威力が増大する。また鉄片を混ぜると殺傷力が飛躍的に
高まる。馬に乗っていたなら、馬は怯えてしまう。w 馬を脅かして
棒立ちにさせるだけでも
ガンダムでいう
ザックのクラッカー ユーラシア大陸を覇権したモンゴルってなんで衰退したの? >>229
騎兵突撃なんてやるか?鎌倉武士の攻撃パターンは、距離をとっての騎射だろ。
まあ、流鏑馬みたいに接近して近距離から確実にヒットさせるってのはあったかもしれんが あの時代の武士集団は、機敏で体はごついし、気は荒く、力はあるしで
今の日本人の体形を凌駕していたから、万能的な体力も保持していた
武具のあつかいも万能で本物の戦闘集団でやくざだが、歌も詠み、学もあった
それらを保持させるための心得が武士道であり葉隠れだ
日本の本格的な武士の歴史を現わせられる人がいたら
歴史認識が変わること間違いなし
江戸時代に書かれた武士の姿など児戯の世界
桶狭間ですら馬を担いで崖を下った武士が書かれている
七人の侍で野武士集団が描かれていたが
あれは江戸武士の姿で表現されたものだからあの程度だ
武士集団を恐れた貴族階級が弱体化させた歴史もある >>232
この時代は日本の方が蛮族的戦い方だよ
ただし本当にバーサーカーだからめちゃくちゃ強かったみたい >>250
単純に跡目争いの激化で各勢力分裂して内乱になってたところを明に攻められて滅亡。 フビライはそれでも日本征服を
諦めてないんだよなあ
国力に任せて更に数度やられたら
恩賞の出せない鎌倉は内部崩壊したかもね >>205
元軍は騎兵オンリーではないし、日本も単騎だけで戦ってたわけじゃない
そして元軍とはいっても、モンゴル人だけじゃなく高麗や南宋など多国籍軍で構成されている
蒙古襲来絵詞でも日本の武器が固まって戦っている場面も、元軍の歩兵も描かれてる
記事の写しイラストの場面は、季長は従者が引き留めようとしてるのに
「弓箭の道、先を以て賞とす、ただ駆けよ!」と突っ込んでいった所
その後肥前国御家人の白石通泰ら百余騎によって救われてる
季長も従者つれてるし他の武士の集団も季長を助けている てつはうで撹乱してからでんもくという武器で殴るという戦術が一般的だったみたいだね 当時の日本人は火薬なんて知らなかったから驚いて馬から転がり落ちたらしいね 手りゅう弾だったら、海上からじゃなく
上陸して使用の計画だったと思う
それが妥当だろう、未使用でのこったのも
そういう事だろうし、弓はモンゴルもあったし >>231
投げるには、それくらいしかなさそうだが、くるくる回している時は全く無防備なんで、簡単にやられそう。 >>16
その本物も
弓を撃ってる3人は後世書き加えられたものと判明してる
その左の方には逃げる元兵が書かれてるけど
何故か必ずカットされてる >>251
弓は盾があると防がれてしまうので盾を携帯し密集隊形で前進する中国歩兵にはあまり効果がなかったのではないか
盾を持つ軽歩兵は騎兵突撃を受けると成す術もなく崩壊するので、てつはうを後ろから投げて補ったのでは >>256
フビライが三回目の元寇を途中で中止した原因のひとつは、ベトナムとの戦争
またその前には昂吉児という臣下から、民の疲弊を理由に中止の進言もされている
いくら元が国力あるといっても何度も日本に、
弘安の役で14万でも落とせなかったからそれ以上の規模で攻め込んでたら、
さらに民は疲弊するわベトナム他が攻め込むわで
内部崩壊するのは元の方なんじゃないかな
南宋も征服しで元への反発もあっただろうし 最近元寇が注目されてきて楽しい
調べたら歴史の授業めっちゃ適当な事書いてたんだなって
なんで教科書に坊主のオカルト語りが歴史として載ってんだよとw 初めて戦う相手は、あれにビビって戦意喪失ってことが多かったんだろうが、日本武士には通用しなかった。
九州各地から兵力が集結すると、元軍は押し返されて再上陸できなくなった。
台風が来なければ撤退しただけだろう。
しかも、日本側は防塁を築いて着上陸阻止という戦術を編み出し、二度目の襲来は水際で完全撃退してる。
てつはうなんか使ってる暇も無くなった。 >>205
馬は船に乗せるのは相当大変
元寇でも乗ってたのは将官レベルだけ
ほぼ高麗と中国の歩兵が戦力 日本人は臆病だから殺傷能力よりパニックにさせる効果があったのだろう とにかくモンゴル軍と互角以上で闘えた戦闘集団が
あの時代の日本に存在していたのだ
それが日本の武士の根源だ
遠くの小舟の上の扇子すらやすやすと弓で射落とせたのだから
ライフル並みの使い手だ
魔弾の射手 絵で見て分るように、敵の突撃正面に打ち込んで若干の手榴弾的効果と爆音閃光で混乱させて突破力を削ぐような使われ方だったんだろうなと >>242
君は何を言っているんだね
一斗樽につめて背負っていくに決まってるだろ
忍者隊が闇夜に紛れて接近するすると船体をよじ登り
樽を船内に蹴り落とす
やられたほうはたまらんよな ほとんどが白兵戦の状態だから殺傷能力があればなおさら使えなかっただろう
仲間も巻き添えにしてしまう 船に多数の騎兵を乗せるのは考えにくいのでモンゴル側にはほとんど歩兵しかいなかったはず
日本側が防塁と守備兵力を置くと上陸は困難になってしまった >>273
当時の負けたモンゴル軍もそう考えたんだろうな
まさかてつはうにも人間の盾にもなんの恐れもなく凸ってくるとか考えもしなかったんだろう
結果はご覧の有様だよ 一方日本は敵の船に乗り込んで、糞を敵に投げつけていた。 >>280
まさに今来てるが超絶台風に助けられたよね 露払いみたいなもんだろうけど
陶器の破片に当たれば大怪我しそうなイメージ >>235
原作漫画は現在続編の博多編が連載中だからまだまだ途中
アニメが続くかどうかは知らないけど
>>280
まあ最初4万程度で攻めてきたことと言い、日本舐めてる感はあるね
使者が九州以外を偵察できなかったこともあって
日本の正確な国力や軍事力を把握できずに
実際より小さく弱い国だと誤解したのかもしれないけど >>275
日本は国内で戦いまくってたから鎌倉時代から世界的な軍事大国だった 南宋にとって、最大の貿易相手国は日本だったろうからね。
経済規模から考えて、想像できるわ。
モンゴルは、なんとしても日本に進軍したかったんじゃないかな。 >>1
池田大作先生の神通力でモンゴル軍を追い払ったんだろ
素敵やん、池田大作先生 >>254
武士が名乗ってる間にてつはうで先制攻撃されて凹られたとか消防のころ聞いたけど
いまいちよくわからん 神風があったという話だが日本の海、特に日本海は常に荒れていて人力による航海はそれだけで危険だった
日本側の数倍の兵力で攻めているが補給が尽きてしまうので短期間しか戦闘できない上に、地理に不慣れでは船の転覆や座礁のリスクが高かっただろうよ
さらに言うとこうした戦いは防御側が圧倒的に有利。攻撃側は最低でも3倍の兵力が必要になるといわれる
結果として元寇は壊滅になってしまった >>283
台風でやられたのは陸上に拠点を築けなかったからだぞ
あとそこまで強い台風じゃなかった
この台風の日本側の被害ほとんど記録されてないし >>16
この絵じゃ日本軍の陣地から弾が飛んできてるじゃん
馬に乗った武士は囲まれてるのかな >>263
その3人だけ妙に浮いてると思っていたけどやっぱそういう事だったんだ。
服や靴の色が他の兵士と違うんだよな。 馬と弓で世界征服して行ったが日本にも和弓と馬があったからな >>290
それは元寇後に広まった坊主というか神社の語り
俺たちが神通力で倒したぜー的な奴 >>293
現代人の眼から見れば
あの放物線が日本側から投げ込まれたことを表す漫画的な表現と受け取ってしまうけど
あれは火薬が爆発して日本側に向かって火と煙が飛散している様子を描いたものなんじゃないだろうか? >>242
随分前に読んだ内容だから性格に思い出せないが
ウサギとかの皮を剥いで作った革の袋だったと思う 鎌倉武士はいわゆる重装歩兵で軽歩兵にはそもそも有利で防御にも優れている
元寇は平民を徴発したものだが鎌倉武士は職業軍人で専門的な訓練を受けていた
鎌倉武士による騎馬による突撃は失敗したが斬り合いでは有利だったのではないか
40000人ともいわれる元寇に対して1000人程度とも言われる無勢な鎌倉武士が応戦したが元寇は突破に失敗してる >>197
台風自体は日本に毎年来るけど、
玄界灘って地域を限れば来ない年の方が多いのでは?
そんなの当てにするかねえ
まだ冬まで粘る方が確実では モンゴルの最大の攻撃力を誇る騎兵突撃を海上輸送で馬を連れてこれなかったから、
海の地の利で封殺できている…
海のおかげで勝ったのは言うまでもない
陸続きなら一溜まりもない それを無視してあえて考察と閲覧数を稼ぐ悪質な商売サイトがあり、
それを鵜呑みにする声のデカイ馬鹿が跋扈する… アホかね、紐つけてハンマー投げみたいにすりゃー3倍くらい飛ぶだろ >>305
日本の馬はポニーみたいなものだからモンゴル騎馬隊に蹴散らされてたよね 元寇の船が粗悪品で、日本海が荒れただけで沈没したり流されてしまったのではないか
三国時代には船を鎖で繋ぐ知恵があったが海戦に不慣れなモンゴルには無かった可能性大 もともとは南宋がモンゴルしばくための武器で
その後モンゴルがパクって使い始めたそうだけど
日本に残ってる陶製って粗製品なのかもな >>305
西欧の騎士のような騎兵が槍をもっての騎兵突撃戦法ではなくて
アメリカインディアンのような騎兵がすばやく敵の周囲を旋回しながら
弓矢で敵を殲滅する戦法が蒙古の戦法だと思う >>307
蒙古馬も日本の在来種と同じくらいに小さな馬だよ あれだけ世界を席巻したモンゴル帝国
地続きだったら大苦戦しただろうな 相手は馬を駆らない呂布みたいな状態のモンゴルだから
これで撃退できなきゃ、むしろまずいだろう >>312
騎馬隊が編成できる程の数も揃えられなかった筈。
騎馬隊が脅威となっていたら絵巻にも書かれている >>307
モンゴル騎兵が強いのは
一人当たり5から10頭の馬を引き連れて
疲れたらどんどん乗り換える機動力
馬がいない元寇は陸に上がった河童みたいなもの 破片効果とかはあんまりないと思うよ
おそらく雑な作りの黒色火薬とケースじゃ殺せるのは半径一メートルぐらいだと思う 庶民を焼き討ちしたり妊婦の腹裂いたり外道で野蛮な武士に政治組織を与えた頼朝は素晴らしい >>316
という強みはモンゴル君も分かってたはずなのに
なんでわざわざ来ちゃったんだろうね
モンゴル側の議論とか見てみたいわ >>318
赤熱した鉄片が体に降りかかるだけでも相当なストッピングパワーだろ
ただ日本の騎兵の単騎突撃とは相性が悪そうだがな >>320
チョンがいらんこと吹き込んでそれを真にうけたんだろww どの道当時日本みたいな入り組んでいて山が多い国を攻め入るのは不可能だっただろ。ゲリラ戦になればなるほど地の利ある。自然の要塞みたいなもの。 >>320
海の向こうにヤバい国がある、という情報があれば攻められる前に先手打ちたくなるんだろ >>321
こんなもんないよw
赤熱もしないし
まぁ黒色火薬でまぁまぁ実用性があると言える様になったのは南北戦争のロケット辺りからだぞ? 地図だけ見て、「こんな小国なら東部方面軍の一部隊だけで簡単に攻め落とせるわ」とでも思ってたんじゃなイカ? ギヨーム二世は二ヶ月も出港が遅れたわりに、ヘイスティングズの戦いに勝利してイングランド征服してるんだよな
スタンフォードブリッジの戦いでボロクソに負けたハーラル三世が良い感じで囮になった
元軍も博多上陸を陽動にして、どこか手薄な浜を狙っていけば橋頭堡築けたかもな >>323
海上や山岳地での補給線の構築とかは三流以下
平平原では革新的なテクノロージーを持ってたが
もう来る前から負けるのは決まってた訳で
台風がこようがこまいが関係ない >>267
まあ実際、高麗で船作ろうとしたら
樹木がなかった、とか記録あるしね
それでもフビライは再々侵攻を諦めてないのが
恐ろしい
日本占領してもあまりリターン無いと思うのだがね 実際のモンゴル軍の強さの何パーセントくらいだったんだろうね
もしや10%もいかないくらいか? てつはうは退却の時に鎌倉騎兵に向けて投げていたらしい
第一次元寇は40000人を動員して13500人を失う惨敗を喫していて、日本側の損失は軍人500人程度、虐殺されたり奴隷にされた民間人が数千人だったらしい
元寇撤退の理由は矢が尽きたから、海からでは援軍到着が望めなかったからとされている
また殺した鎌倉武士や倒した馬を食べたというから食料不足にも苦しんでいたらしい 騎馬民族だから分解して馬で輸送できる構造だったんじゃないのか
馬で運べて船で運べないって事は無いだろ
有効な武器ならどんな事しても利用できる環境を作るはず 元寇の鎌倉武士団打線(最新の研究)
1(中) 壱岐対馬は最初から見殺して相手の戦法を見極めてた
2(二) 既に出兵5か月前に出兵の時期を想定し鎌倉武士団を大宰府に展開してた
3(一) 相手が人質を楯にして攻めてきても関係なく矢を射かけまくってた
4(三) 2度目は30キロの防塁を沿岸に、20キロの空堀を博多の南に、10キロの水堀を大宰府に築いていた
5(遊) 博多が略奪されてるのは目に見えてるので、敵が来る三日前に博多を略奪しつくしてた(鎌倉武士団が)
6(右) 2度目の時はモンゴルに倣って人質を楯にして攻撃してた
7(左) てつはうにあんまり動じずそのまんま徒歩で戦ってた
8(捕) 2度目の時は夜襲しまくって眠らせなかっただけじゃなく相手の船に牛馬の腐乱死体を積極的に投げ入れてた
9(投) 元軍が壊滅した後、取り残された元軍の内、宋人は助命したが高麗人、モンゴル人は負傷者も女性も含めて皆殺しにしてた >>325
天草四郎の乱とか籠城戦で城壁を登ってくる幕府軍に熱湯かける程度だぞ
それの何杯も効果があるだろ
もちろん当たれば、の話だが しかし竹崎季長も大金がかかっただろうによくこの絵を遺してくれた
絵師にどうやって戦場のありさまを説明したんだろうね
蒙古兵の武器や服装は現物が残ってたんだろうな 不思議なのは鎌倉が火薬に興味を
持たなかったこと
元寇の捕虜の中にはてつはうや
火薬の技術者がいただろうにね
やはりてつはうは鎌倉にとっては
驚異と思われなかったに違いない
欧州戦線では大活躍だったのになあ。。。 元軍「てつはうで馬の動きを止める!これで奴らは戦力ガタ落ちだ!
鎌倉ヤクザ「ああ!?馬がうごかない!よっしゃ!馬降りて馬と同じ速度で走って襲い掛かればだいじょうぶ!(鎌倉物理)
元軍「もうやだこの戦闘民族
だいたいこんなだった まぁ鎌倉武士以上に馬(和種)はてつほうに驚いて暴走したんじゃないの? ・主力ではなく二軍三軍だった
・渡航の上陸作戦は今でも難しい
・守る側が圧倒的に有利
弓矢とか鎧とか馬の質は二の次 >>332
実際に、そうでしょ。
当時の日本の輸入品は、大部分が宋銭。
巨額の貿易黒字で、宋銭があふれていたからね。 >>324
直前にも絶対無理やって〜メリットないし〜
って言われて諦めてるのに急に翻意するところとか
心理描写の創作しがいあるな 文永の役は小手調べ
殆どが戦意の低い高麗兵で数も大したことない
次の弘安の役が本番
こっちはモンゴル主力5万と南宋の軍隊10万で襲撃してきた
でもこれを六波羅探題の主力6万が来る前に鬼のような鎌倉武士のガチ戦法で追い払ってる
物凄い過小評価されてるのが不思議なくらい この時代より後、火薬の原料として硫黄が日本から中国への輸出品になったのは歴史の皮肉だな >>341
モンゴルやチョンは処刑したが
宋の捕虜とかは助命している >>337
だって日本には硝石がなかったからどうしようもない。
製造法を得るのはかなり後 清王朝も、朝鮮を従属させた時、日本との交易を条件にしたくらいでしょ。
日本との貿易は、大陸にとってウマ味があったんだろうね。 >>337
使ってるのはシナ人だよ
イランの攻城戦の時の投石器の操作はシナ人がしてたとはっきり書いてる 「てつはう」の方を投げるんじゃなくて自分の方が移動するんじゃないの。
弓を射かけながら馬で突っ込んで行って、引き返す時に導火線に火を点けて短い距離だけど一応投げて、後退するみたいな >>345
ベトナムは、長い間フランスの植民地だったでしょ。
アメリカは、フランスから引き継いだだけ。 >>328
テクノロージーって言い方かっこいいね♪
(`・ω・)bグッ! >>310
そう
日本じゃその機動する場所がないんだよね… >>185
> ベトナムと日本で戦争するとベトナムが勝つよ、そして恐怖で日本人は米軍以上にトラウマを植えられるだろう
闇雲に奇襲や突撃を繰り返す日本兵を巧妙なトラップで各個撃破していくベトナム兵、という構図が目に見えるようだな >>329
蒙古は日本と国交を結ぼう、仲良くしようと使者を使わしているのに
日本は完全無視
その無礼な態度の大蒙古帝国が日本などという小国に舐められた
威信を傷つけられた、許せない、滅ぼしてやる、という強い意志をもってしまった
もともと蒙古は、日本と仲良くしたかったのは
蒙古に抵抗しつづけて戦状態の南宋側にいる日本を切り崩して
南宋との戦を有利に進めたいという戦略だったのに過ぎないのに
日本の頑なな態度のせいで蒙古は計算外の兵力を失うことになった、そんな流れ 鎌倉幕府は何かしらんけど戦う気満々なんだよね
100歩譲って文永の役の時はまぁアレだけど、弘安の役の時は南宋が滅んでるの知ってるのに
最初から好戦的でビビる
国書とか返事する気もねーよと言う(宣戦布告同然) 隠岐や対馬から住民攫って献上してたんだろ
女も性奴としてフビライのとこまで届けられて気に入られた
そうなるとオルド中毒の皇帝は日本本土の美人も全て手に入れたくなる >>354
意味不明
馬と徒歩の差なんて数十メートルもあれば十分出るだろ >>348
あるよ
今とは逆でこっちがシナみたいなポジションだったが >>185
ベトナムがわざわざ日本に攻めてくる設定なら余裕で撃退できる >>346
日本の主な輸入品は、宋銭と言われていた時代でしょ?
貿易黒字でもうかった日本の商人も、たくさんいただろうね。 >>359
軽騎兵が弓を持ってくるくる回ろうにもすぐに斜面やら林やらにぶつかっちゃうって事じゃね >>356
元は最初から脅迫モードで来てる
最初から降伏するか、高麗みたいに征服されるかって言う2択
最初の国書からもう「降伏しなきゃ武力行使する」と書いてるからな 〃∩
⊂⌒( ・ω・) 勉強なるなー♪
`ヽ_っ⌒/⌒c
⌒ ⌒ >>350
殺傷力が低い爆弾、しかも重くて投げれない奴をどう使う?
ってなるとこれが正解だろう
実際には沿岸戦メインで騎兵戦がほとんど無く、せっかく持ってきたから歩兵戦で無理やり使ってみたけどやっぱイマイチでしたって所では >>359
ヨーロッパやモンゴルみたいなどこまでも平らな大平原なんてないよ
部隊での機動とかはまず無理
必ず足を止めるか殴り合いに発展するから
移動できなきゃ単なる軽歩兵だから >>350
まぁ地雷とかすでにあったからね
あの絵とかも武士が馬でつこっんで来てるから防御の時の絵かもしれない そもそも馬に乗っていないモンゴル軍なんてまったく怖くないわw >>1
蒙古人は騎馬民族だから馬を混乱させる兵器とかあってもおかしくは無い?
それじゃ自分等が困るだけか
機動力で切り込んで投擲→離脱とか? >>356
仲良くしたい奴が
用兵夫孰所好
なんて書くのかよ >>359
100m走だと実は大差ない。小柄な人間の方がトップスピードに入るのが早いから
で、そのぐらいのスピードなら槍で足をしばかれる >>368
だから、馬の機動力が効果を発揮する「閾値」としてはそこまでの大平原は必要ないって言ってんの
最低限を言えば、一騎なら数十メートル、部隊でも差し渡し数百メートル程度の平地があれば機能する
そのくらいの土地なら日本にだっていくらでもある >>355
あれ戦争中占領してたんだが…
一部がしょぼい抵抗をした程度だぞ? 蒙古撃退は神風じゃなくて
鎌倉武士によるガチ戦だったとか
胸熱。 >>356
あんたパヨクNHKの洗脳受けてるのかね?
元は友好的だったのに日本が拒絶したから戦争になったみたいな事をNHKでやっていた
元からの親書は明らかに国力を背景に上から目線で朝貢を求めた物だったんだよね
鎌倉幕府は元に朝貢をすべきだった、というのが糞NHKやあんたの意見という事になるね 中国には現物がない
文献も相手国である日本にわずかに残るだけ
効果的な兵器なら大陸でもそれなりに広まってたはずだし
その被害を直接受ける事になる日本でも、その効果のほどが記録されるはず
日本への侵攻で実戦投入したけど、効果が芳しくなく以降使われなかった失敗兵器だろう
なんか珍しいもんが飛んできてたから少しだけ記録に残った >>374
槍を持ってる時点で一気にスピードが落ちるが >>375
>そのくらいの土地なら日本にだっていくらでもある
だから何でそこで都合よく会戦が始まるのかと…
馬どころ船で寝てる所に殴りこんで来るのに >>129 >>172
それ、日本に向かいたくなかった官僚の作文とみるべき
同様に、負けて帰った後の報告書で台風被害を原因に挙げてるのも敗戦の責任逃れの作文 世界最強韓国兵の装備
1 土方ヘルメットレベルの強度をもつ兵士のヘルメット
2 弾が通過する防弾チョッキ
3 すぐ燃えるサバゲー用デジタル迷彩柄の戦闘服
4 命中率6%の新型小銃K‐11 ←New
5 投げる前に爆発する手りゅう弾
5 てつはうは大きな音が出るだけのおもちゃ >>99
ホーチミンでベトナムの女の人に「ベトナムはフランス、日本、アメリカ、中国を追い出した強い国だからね」と話したら、ものすごいニコニコしてた。 >>378
そんなこと言ってないw
言ってないことを勝手な妄想でつくろうな!
だって元寇に日本は勝ったんだから
無視して結果オーライだっただろw 陶製の場合、投げて落下したら割れてしまい火薬もこぼれてしまう
投石機で投げ、空中で爆発するようにすれば陶製でも有効かもしれない
しかし、投石機を使用したなら大がかりであり、そうした記述が残っていてもいいようなものだがな >>372
もともとは対モンゴルの中国製だっぺ
集団に投石器で投げ込んだり
城壁の下のワラワラしてるところに落としたりしてたらしい
機動戦の最中に使ったって描写は知らない
で自分がやられてすげーうざかったので
南宋の技術者ぱくって作らせてたそうです >>375
そうだな
戦闘として馬は日本の土地でも十分役立つし
ユーラシアではそのスピードでもっと役立つ >>263
とっくに既知の事だと思っていたが、>>1を見ると雑誌記者でさえ知らない奴がいるんだな
驚いた 大砲の事だよな
火縄銃はまだその頃の技術では作れてないはず 取るに足らん雑魚だと思ってた相手に撃退された挙句に
逃げかえることもできずに海の藻屑
ざまあみろです >>359
競走馬みたいなのを考えちゃいかんよ
鎧を着た兵士という重い荷を背負ってドッスン、ドッスンって感じで走りだすから
初めの10メートルぐらいは歩きとそう変わらん >>31
日本武士の乗った馬が流血しとるやん
どう見てもてつほうはモンゴル軍に向かって飛んでいってるようにしか見えないからなんで流血してるのか謎だが >>347
無いなら輸入すればいいんじゃね?
しかも戦国時代になれば内製になる
わけだから鎌倉が技術的に追求しなかったとしか
思えないが
>>349
南宋は火薬技術者いたでしょ >>381
仮にモンゴル騎兵が平地にいる間手出しできないということになるのであれば十分なメリットになるが? >>386
元は日本に仲良くしようと言ったって?
NHKまんまだね
あんたは日教組かNHKにどっかで洗脳されたんだよ
朝貢を求めてそうでなければ攻撃するっつてんのに 元軍は重装備の弓騎兵とあたったことがない
あたったら全部が負けてる
同類ユニットと対峙すると負ける そんなにすごい兵器だったのなら主力武器になってるはずだもんね >>369
まあそれでもすごいよ
南ベトナムは消滅したし韓国なんてアメリカの支援あっても日本攻めようとして北に滅ぼされかけたし
韓国は当時から何かがズレすぎている国だと思う >>396
その血は後から書き加えられたもの
この絵を語る上では大前提です モンゴル人ガタイいいから、至近距離になったら当時の日本人ではボコりまくられそうだ、
よく勝てたな >>43
動員?
2度の元寇は高麗王の邪悪な侵略的野心の下、モンゴルの支援で実行された
元寇と言う記述がおかしく、本来は高麗寇と書くべきなんだよ >>400
だから多分、敵騎兵の追撃を振り切る為の防御兵器だと思うんだよね、てつはうって >>398
あれ一人や二人じゃないんだからそんな都合よく部隊の移動なんて出来ないよ 元寇の帰結は様々な要素から成ると思う
元側の杜撰な読み違えなり高麗の弱さ,日本の強さ,台風,南宋からの情報
ただJCOMテレビで歴史番組やってた泉秀樹?こいつ左翼なのかな
鎌倉武士の優秀さには一切触れてなかった
北条氏の対応を非難してたぐらいだった >>406
当時は日本人も結構凶暴だったらしいからね
道行く人を弓矢の的にしたりとかそんな人ら >>394
まあ、相手の日本の武者も重い鎧着て
動きが鈍かっただろうけどね
でも以前に見た馬とか犬とか人間とかの競争した結果だと
馬の得意な距離、人の得意な距離があって
馬って超単距離はそれほど得意じゃないんだよね
馬の種類にもよるけど
例えば400m走だとサラブレッドよりも速い種類のクォーターホースという馬がいる
馬の種類によっても得意な距離が違っていて
馬がどんな距離でも人よりも速いとは言い切れない
ま、速いことは速いけれど
数十メートルの超単距離なら人と大差ないんだよね モンゴルと言えば一時期は世界一の領土を持った覇権国
だったんだが、基本的に彼等の生活スタイルが余計な物は
持たない遊牧民だったので、歴史的な史料が殆ど無い
だから元寇の時の日本の絵巻は貴重なんだって >>359
モンゴル軍の騎馬の運用は数十kmから数百km単位だよ。
広い平野を一撃離脱したり、裏に回り込んで包囲したりする。
でも日本じゃ無理だよねってこと。 >>397
当然ながらどこでも輸出規制してた。
そりゃ武器の材料になる重要なものをみすみす渡すわけがない。
で糞尿から硝石を採取する方法を試みるわけだか
日本は家畜も欧米みたいにやってなかったし人糞は肥料に使ってたからな。
どうしても時間がかかった。 >>190
上は媚びるためにヤル気あるかもしれないが
ごますり上司の部下はやる気ないでしょ。
攻められる方は死守しなかったら男は殺される女はおかされる、
やる気が違うよ。 >>356
モンゴルの使者の持ってきた文章の内容は残っているから調べてみるといい。
軍事的な脅しだから。
国交を結ぼう、仲良くしようなんて内容じゃない。 学生運動の過激派で火炎瓶投げたような感じだろ
当たれば殺傷能力はある >>417
それにしては、対馬でノリノリで略奪しまくった記録が残っているけど? 陶器でそんなでかいと投げたら
落ちた時に割れちゃうだろ
転がしたんじゃね? 日本の馬て
ドンキホーテの
パンチョパンサーが乗ってたロバみたいなのか? >>354
当時の日本に平らなところなんてほんとに少ないからな山か谷ばかり
橋もかかってないから河があったらそれを渡るだけでも大仕事 >>415
だからそれはユーラシアでの城郭都市を攻め滅ぼす運用で
日本の土地で馬が全く無意味という事にはならない >>417
しかも
蒙古兵と高麗兵との割合は知らんけど
蒙古兵はともかく、モンゴルに支配されて
日本まで戦いに出された高麗兵なんて士気なんて最低レベルだっただろうしな
なんのために戦わなきゃいけないの?って思いながら戦ったって、強いわけがないw >>410
イスラム圏にも進出していたからそっちの進んだ技術も取り込んでいた。
回回砲がそう。 >>424
城郭じゃなくて、平原での決戦でやってることだよ。 >>421
絵を見るに地雷として使った説も割りと有りそう 日本史上唯一の本土防衛戦争とその成功はもっと注目されて良い。 あとは末端兵士が高麗人ばかりで真の強さではないと言うのはあまり意味ないよ
元のやり方は現地での忠実な部下を育てて膨張支配していくことだから 4キロの玉20メートルしかとばせないのか?
投げ方下手すぎやろ >>424
ゲームでも同じ様な軍事ユニットが居たら上陸作戦しかける方が不利じゃん
相殺でパァでしょ >>425
南宋兵はそうだったろうね。
でも朝鮮兵は嬉々として略奪しまくった記録が残っているし、
日本の勝利後に南宋兵は許されてるけど、朝鮮兵は処断されてる。
どうみても主力としてノリノリで略奪しまくってる結果なんだよなぁ >>427
だからそれでも日本の地で全く馬が無意味なんて事はない >>416
やはり東南アジアとの交易がないと
硝石の輸入は難しかったかな
硫黄とバーターすれば良かったのにね >>424
まぁ馬自体は有用だけど
平原でやってたような大規模な部隊運用は出来ないよ >>432
だからといって馬無しで行ったらもっと不利になる
元としてはもっと馬を連れて行きたかった 祖国を攻め滅ぼされたあげくに滅ぼした相手からお前友好国に攻め込んでこいやって言われてもやる気でねーよ >>425
高句麗兵はやる気や練度はともかくひどいことはしたんだろうけどね
むくりこくりって蒙古兵と一緒にされてるし
南宋の捕虜は除名されたけど高句麗のは蒙古と一緒に殺されたぽいし >>393
神風が追討軍の役割を果たした
馬鹿は、日本軍が敵が撤退をしたときに追撃をかける戦力をもっていたと妄想している… >>436
だから俺は大陸みたいな馬の運用できるとは書いてない 元がハンニバルのように象を使っていたら
日本はヤバすぎた 陸軍としては海軍の提案に反対である
陸軍は下記の作戦目標を提案する
・ハワイ
・ロサンゼルス
・ウラジオストク >>405
これ最近のネットでよく見かける論調だけど違うよ
高麗は全然やる気はない
むしろ超嫌がってる
元に征服されて苛烈な略奪と搾取を受けて酷い飢饉になってて戦争どころじゃない
日本に使節にされた時も「日本いけませんでした!」と嘘ついてフビライに激おこされてる
文永の役で元軍が脆かったのは殆どやる気なしの高麗軍だったから
元寇に関しては高麗は完全に被害者で可哀そうなくらい きっちり防御陣地築けば長弓兵でもヘリコプター落とせるし… モンゴルの基本戦術は羊を放つ事だからな
中国からヨーロッパ 中東、、全て城塞国家だったから…城塞内で寝起きして朝になったら周りにある畑を耕す暮らしなんだよ
羊を放って畑の作物を食わしてしまえば街は飢餓でオシマイ
街から兵士が出てきたら羊を逃がす 少人数なら騎射で倒す
城塞都市の欠点は徒歩圏内の畑で養えるしか人が居ない それを機動力のある騎兵隊で各個撃破して行けば モンゴルの手先になるか大都市に逃げ込むしか無い
ダダでさへ自力で住民を養えない大都市が難民で人口が急増したら飢餓しかない、、、モンゴルが中国 世界の大半を占領出来た理由だよ
占領ら地場に合った農耕生活になるから 新たな遊牧民に攻められて終わった
日本がモンゴル軍を押し返したのは羊を投入させなかった、そもそも城塞都市国家では無かったがな
騎兵の集団機動を保証する平原が無かった その前に馬がへばってた そういえばこれ読み方がわからん
tetsuhauなのかtetsuhouなのか 象さん多分船に乗れないから平気だよ
そもそも象兵ってあんまり強くないみたいだけどね
モンゴル軍も西に行く途中で象相手に戦って勝ってるんだろうし
なんかすぐ混乱して暴走するから味方の被害の方がでかいとか >>444
それにしては、対馬壱岐でやりたい放題やってるし、
日本人捕虜を奴隷として数千人連れ去ったりと、めちゃくちゃだけどな。
上も下もやる気満々だろっていう。 >>441
なら持って来てもあんまり効果は期待できないよ
そんだけ
そんな急に最適の戦術を実行するとか無理だから 鉄砲よりロケット花火を大きくした火箭の方が効果が高かったと思う
自分で飛んで行くのでカタパルトいらないし >>192
日本の金の埋蔵量は世界最大だぞ
有史以来、人類が手にした金の量の3倍近い埋蔵量が確認されている
掘り出すにはコストが合わないから張り出して無いが >>453
最適の戦術できるとは書いてない
持ってこなかったら馬が更に少なかったらもっと苦しかったねとしてる >>452
それは戦争の中の事だから別に
むしろその件に関しては鎌倉武士のガチ戦法が余りに容赦ない方が酷いw
鎌倉武士「対馬?壱岐?んなとこ守ってもしかたねーよ!どうせ何にもねーから好きにさせろ!」(見殺し
鎌倉武士「博多?略奪されたら補給されて困るから先に略奪するぜ!」(鬼
まぁそりゃ合理的と言えば合理的だけど本当に当たり前のようにやるなよw >>129
趙良弼さん…中国人やろ
モンゴル人ならチンギス・ハーンとかな名前なはず 日本が隅から隅まで山岳でできてると思ってる奴がいるな >>1
やーやー我こそはー の御家人がまだ一定数いたんだからそこあの絵巻だろよ
単騎で陣まで近付くやつには届くし最低でも馬には効果的だろよ >>457
無理無理な朝鮮擁護はもうやめよう。
どう見ても異常な略奪を率先してやってるから。
やる気がないなんて見方はどう考えても無理。 >>277
何処のパラレルワールドから来たのか知らんが
樽を背負った忍者は存在しないので…
それに糞尿を与えたら高麗兵に食事を与える事になって不利になるから、そんな事はしなかった というか鎌倉武士は恩賞に命かけてるからな
「自分が死んでも恩賞が一族に貰えるならそれでいい」
って発想なんで本当に戦死上等の突撃をして奮闘するから怖い
数が少なくても死んでも良いと思って暴れるもんだから鬼のように強いという
先駆けの功とかも自分の活躍を知らせて恩賞を貰う為の命がけのパフォーマンスだからな
敵の大軍がコインザクザクのボーナスステージに見えてるっぽいのが怖いw >>359
街道整備は江戸幕府の命令で各藩がやった事業
それまでの輸送は徒歩か船
騎馬では川挟んだ程度の近隣への侵攻以外優位性が無い >>307
日本の馬はポニーみたいなものってポニー(体高147cm以下)って意味であって、
ポニー(シェトランドポニー)って意味じゃないよ
新田義貞軍の馬の遺骨は体高109〜140cm、平均129.5cmもあった
その点ではモンゴルの馬もポニーに該当する
しかも元軍の方は馬がいたとしても船に乗せて日本海を渡って連れてきてるから
大陸の戦のようにはいかない 象といえば
最初に来日した象には、官位を与えているんだよねw
その理由は天皇が象を見たかったので
官位もない者を天皇に謁見させるわけにはいかない、ということで
象に官位wwww >>457
親分の強盗計画に嫌だけど無理やり付き合わされたチンピラが
現場に行ってみたら強盗どころかノリノリで人殺しまでしたとして
そいつが自分は無理やり連れて来られた被害者だと主張したら共感するの? >>457
鎌倉武士の目的は「日本」の防衛
個人の恩賞とかなんだか言われてるけど国家が滅んだら元も子も
その為に軍人としてかなり優秀だった
結局元を戦争で撃退できてる3国のうちのひとつ >>467
親分の強盗計画ではない。
忠烈王が進言して侵攻が始まってる。 >>392
ハンマー投げの女子の世界記録が80mくらい
重さは同じ4キロ
男子は7〜8キロで86mくらいだっけな 捕虜になった高麗軍兵士は全員斬首された
泣きわめき命乞いをする高麗軍兵士の声が博多にまで届いたといわれるが
その見苦しさがかえって鎌倉武士たちの怒りを増幅させてしまった
ちなみに元南宋水軍兵士だった捕虜たちは助命された
これが当時の鎌倉武士の結論 >>468
近代的な民族主義、愛国主義ってのは
近代以前には存在してなかったって説があるけど
日本だけは、そういう意識があったのかね?
島国だから、そういう意識は自然に身についた可能性もあるとは思うけど >>465
同じポニーにしても日本の場合は無駄に重い鎧を着込んだから馬に負担がかかったんだよね
そもそも一対一ならモンゴル軍に勝てない
朝青龍や白鵬を見たらわかるよ 蒙古の戦い方って搦め手からの奇襲から包囲殲滅ばっか
勝手が違う海上戦がたんに弱かっただけでしょ >>467
当時の戦争はみんなそんな感じだから
別に驚くような話じゃない
鎌倉武士の対応を書いたのも敵も味方もそんな感じで容赦ないって事
実はそれにその対馬、壱岐の被害ってちゃんとした資料だとよく分からないんだよね
坊さんの書いたかなり偏った物語で凄惨な内容が書いてあるくらい
まぁそれでも大きな被害出てるだろうけどね 日本は海に囲まれてるから内戦はまだしもよその国からの侵攻となるとやりづらい国だったと思うよ
制空権とって爆撃して地上戦がある訳じゃないし補給絶たれると終わりだしね 昔はヨーロッパまで支配した?モンゴルだけど現在のモンゴル国の軍事力
ときたら・・・ >>451
あんなもん意味無いよ
まだ矢とか兵糧とか積んだ方がましかと >>457
焦土戦術は防御側の基本。近現代ならソ連がドイツに、フィンランドがソ連に、ベトナムが中国にやって大きな効果をあげてる
ただし、やり方に失敗すると日本相手に焦土戦術やったが兵隊がくそ雑魚過ぎて何の意味もないどころか
頭も悪く堤防の爆破を間違えて「自軍勢力圏」を黄河の水で水浸しにして
日本軍総( ゚д゚)ポカーン状態になった黄河決壊事件起こした中国みたいになる
焦土戦術やった揚げ句に44年後半青息吐息の日本軍に、南北縦断フルマラソンかまされるとか、もうねw >>190
朝鮮戦争で休戦交渉中に「戦争を続けろ」デモをヤッた朝鮮人らしいわ >>293
馬に乗った武士は絵を描かせた竹崎季長
この後に味方の多数の救援が追い付いて季長を救い元の歩兵が逃走する所に続く
>>458
趙良弼さんは金国、女真族の人なので中国ってか南宋人ではない
当時のモンゴルは先に金国を滅ぼして中国北部を支配地域にしていて軍人も文官も多国籍
金は北宋を滅ぼして中国北部を支配してた
趙良弼さんの先祖は中国北部に移住して漢人風の姓に改名した >>478
まぁ40キロ程度のドーバー海峡でも攻めるとなると
途方も無い障害だからな 文永の役の時は鎌倉は全然用意してなくて簡単に上陸させたけど、弘安の役の時は数十キロの石垣を築いて全く寄せ付けなかったからな
二回目は完全対応して何もさせなかった完勝と言っていい >>477
朝鮮に都合の悪い蛮行に対しては
>当時の戦争はみんなそんな感じだから
>別に驚くような話じゃない
そのわりに朝鮮の立場は
>高麗は完全に被害者で可哀そうなくらい
自分で矛盾してると思わないの?
当時の戦争はみんなそんな感じだから別に可哀想な話じゃない
とは言わないの? >>452
督戦部隊ってのがいる
後方から戦いぶりを監視して逃亡兵が出ないよう殺したりするのが任務
元軍に後ろから殺されるなら前に進むしか無い >>308
モンゴルは大陸国家なのでそもそも軍船という物は持って無い
支那は伝統的に水軍(海軍では無い)を運用しているので軍船を持ってはいるが、海を渡って戦争をする為の物では無い
高麗は自分達が出来もしない事を「原材料が足りない」などと他者の責任に転嫁して言い訳してるだけ(現代と変わらない) >>470
決断するのはあくまでフビライ
属国になるなら攻め込むぞとの脅しに北条時宗がやるならやってみろと
使節の首を刎ねて勝負を挑んだ
こんなことされては元の皇帝は戦をせざるを得ない 台風なくて正々堂々と一対一の戦争したら日本は完敗してた モンゴル軍なら鎌倉幕府は負けていたかも
しれんが、やる気のない高麗軍だったから
勝てた >>482
基本じゃねーよ、どっちかって言うと最後の手段だ >>479
お前がへんな絡みをしてくるから指摘してるだけ >>490
763名無しさん@1周年2019/10/11(金) 22:36:32.75ID:C+98xgLC0
>>385 >>416
日本が使者の首はねたのは文永の役の後の2回だけで(7回目と8回目の使者)
元寇が起きるまでは日本が使者の首刎ねたことなんかないよ
それをいうなら文永の役の後の日本は侵略&対馬壱岐虐殺許せねぇってなったんじゃ?
(元寇前の使節が日本偵察してたから情報漏れを防ぐためや徹底抗戦で国内をまとめるためなど諸説あるが)
何故か戦争にもなってないのにいきなり使者切ってたとか
それが元を怒らせて元寇の原因になったみたいな話をネット上で散見されるけど、
元の史書の記録にも元寇の前に使者が切られたなんて書いてないんだからデマだよ >>473
国家意識があったと認識されつつある
左翼系の人たちはいつも鎌倉武士の良い面を無視するけれど >>343
無理矢理動員されたのでは無く「高麗王の邪悪な侵略的野心」から始まった戦争だぞ
高麗軍の士気が低い訳が無い ちなみにモンゴル軍は打ち取った相手の首を兵舎の前に吊るす風習でもあったのか
野営地のテント脇に吊るしてあったらしい。米軍は二次大戦中に同じようなことやった一人のバカのせいで
物凄い臭いの元となり衛生面からもダメすぎたので即座に破棄させられてる
ただここから連中人の首を頭蓋骨にする効率的な方法考えるから始末に負えないんだが…
で、元軍では問題になったという話がないあたり、元から連中かなり臭かったのかな? >>492
弘安の役はモンゴル人5万と南宋軍10万だよ
で、南宋は遅れて来たんで、実際はほぼモンゴル軍と戦って完勝してる >>485
ヴィンランド・サガのヴァイキングたちはフィンランドからアイスランド、ロンドンまで航海してるけどな 高麗王の忠烈王は、モンゴルに搾取された分以上に征服した日本で搾取すれば高麗は繁栄すると考え
日本侵攻に極めて積極的だった
そして日本遠征は大失敗に終わった >>379
良く>>1を読むんだ
現物が見つかってるぞ 蒙古軍は陸上で武士に迎撃されて海上に逃げて攻めあぐねている所に台風が来たというのが最近の研究なので、てつはうに凄い破壊力があったとは思えない >>503
>使節の首を刎ねて勝負を挑んだ
>こんなことされては元の皇帝は戦をせざるを得ない
つまりこれは完全な嘘ということですね。
なぜ嘘ばかりつくのか理解ができない。 >>444
日本に使節にされて「日本いけませんでした!」(実際高麗で引き返して日本に行ってない)して
フビライに激おこされたのは第一回(と第三回)使節の黒的と殷弘
黒的は兵部侍郎、殷弘は礼部侍郎どちらも元の官僚
使節のうち高麗人なのは第二回使節の潘阜と第四回使節の金有成で、
どちらもちゃんと日本に来て手紙も日本に届けてる >>499
まともな反論もできずに喚くだけか?
戦いに出てるだけ高麗の方がまだマシ そもそも教科書の教え方とかおかしいよな
元軍「よーし!鎌倉武士なんて超弱い!散々に蹴散らしてやったから今日は船に戻って休んで明日止めだ!」
鎌倉武士「明日攻めてくる・・・こわいよぉお」(ガクガクブルブル
翌朝
鎌倉武士「あれ?台風で元軍が全滅してる!やったーたすかったー!」
アホかw
上陸作戦であっとして船に戻るアホがどこにいるんだか
こんなバカ話乗せてるとか笑い殺す気かと >>444
何でそういう嘘を流布するんだ?
元寇と現代で呼ばれている戦争は、高麗王の邪悪な侵略的野心から始まっている(この事がちゃんと記録に残っている)
高麗の人類史上最悪と言える侵略的野心を無かった事にしてはならないだろ >>492
>やる気のない高麗軍だったから
>勝てた
末端のはしらんけど王族とかはそそのかしていた連中だよ >>507
最新どころか何十年何百年も前から変わってないと思うが >>508
まずはちょっと攻める姿勢を見せて属国になるのを迫った
相手が素直に降参すればそれで済ますのは元の手法 >>511
何で発狂してるの?
日本見たいな障害物の多い地形で中央アジアやヨーロッパみたいな大部隊の弓騎兵の運用とか出来ると思ってたの?w >>289
????「久しぶりだね。700年ぶりだねぇ」 というかてつはうがどうのとか最初の文永の役の話
この戦いは高麗兵が殆どで鎌倉武士団が無茶苦茶な真正面突撃で蹴散らしてる
弘安の役でも使ったろうけどもう効果ない >>512
教科書にはそんなこと書いてあるの?
鎌倉武士の戦力が思いのほか大きくて 橋頭堡(きょうとうほ:上陸拠点)を作れずに船に撤退したのに >>520
発狂して支離滅裂になってるのオマエだろ
誰もユーラシアみたいな馬の運用が日本でできるなんて書いてない >>506
布や皮で挟んで(包んで)ハンマー投げの要領で遠くに飛ばしたのかもしれんぞ 勝敗がついたあとに台風がとどめを刺した というのが真相に近いな >>505
陶器の外装入れて4kgだから非常に中途半端。当時の火薬にそんな威力ないし
あったらそれこそ手榴弾化して防塁の向こう側に投げ込んで二回目ももっと戦える
基本相手の騎兵突撃の時に先頭集団に投げ込んで馬の足を止める、擱座させる等して封じ込めるもの
鎌倉の武士は徒歩の方が基本なんで投げつけても多少は怪我人出ただろうが
特撮の爆発の向こうからヒーローが走ってきてライダーキック決めるみたいになる >>1
> 容器の中に鉄片を入れ、爆発する際に鉄片が飛び散るしかけになっていた
むかし、過激派がつくってた自家製爆弾みたいなもんやな >>526
だから後の足利尊氏を支援して
室町幕府を開くために力をを貸したのが
九州の武家たち >>490
そんなことしてないよ
使節で首を刎ねられたのは第七回使節の礼部侍郎の杜世忠らと、
それを知らずにまた送ってしまった第八回使節の周福、欒忠だけど、
杜世忠が日本に遣わされたのは1275年、1274年の一度目の元寇、文永の役の直後
その前の第一回〜第六回使節は殺されずに帰国または日本や本土に来ずに引き返してる
要するに使節の首を刎ねて勝負を挑んだから元が戦を起こしたのではなく、
元が戦を起こしたその後に使節の首が刎ねられた
順番が逆 沖にいる船から大砲で打ち出したり浜辺の陣地からランチャーから発射して幕府軍の頭上に降らせるクラスター爆弾的なものだったのかもしれない 元史日本伝や高麗の記録によれば高麗軍のが士気は高かったんだけどね
元軍司令官の笵文虎より高麗軍司令官の金方慶のが主戦論を唱えてた
つまり元寇とは元を利用した高麗の侵略戦争だった >>526
幕府がなんにもしてない所で戦時体制を即座に整えて迎撃してるからな
自分の領地が侵されるのは絶対許さないマンだからな >>402
勝ち 負け
唐 vs 日本 + 百済 (白村江の戦い)
イスラム帝国 vs 唐 + 高句麗人の総大将 (タラス河畔の戦い)
日本 vs 元 + 高麗 (元寇)
明 vs 日本 + 朝鮮 (文禄の役)
日本 vs 明 + 朝鮮 (慶長の役)
清 vs 明 + 朝鮮 (明滅亡)
日本 vs 清 + 朝鮮 (日清戦争)
日本 vs 露 + 朝鮮 (日露戦争)
ソ連 vs 日本 + 朝鮮 (シベリア出兵)
アメリカ vs 日本 + 朝鮮 (大東亜戦争)
ベトナム vs アメリカ + 韓国 (ベトナム戦争)
番外編(引き分け)
アメリカ + 韓国 vs 中国 + 北朝鮮 (朝鮮戦争)
イラク + 北朝鮮 vs 多国籍軍 + 韓国 (イラク戦争中、北朝鮮がイラクの戦果を誇大報告。フセイン一族崩壊&イラク治安回復せず) >>520
いや小部隊でも十分戦闘力を発揮するんだが >>525
必死に自分の間抜けさをごまかさなくていいからww >>466
天皇が猫を宮中で飼うために
雲上人の位を与えて乳母までつけた国だぜ、今更だよw 小学校の先生が鎌倉時代の日本人はアホなので鉄砲をこういう物だと勘違いして絵に残したと教えてくれた。 >>534
あの当時そこまで高性能な前装砲とか無いでしょ
なんかショボイのはあったらしいが
それに陶器じゃサボットを入れも砲身の中で割れるよ >>540
ちゃんと反論する気ないなら書くなよ情けない奴だな
こっちは他の人も読んでること気にして議論になればと思ってる >>533
元が壱岐や対馬で無茶苦茶やったの知ってキレただけだしな
まあ、モンゴルとかノモンハンでも、ソ連相手に不拡大で防戦してる日本を負けてると勘違いし
漁夫の利で参戦して逆に迂回逆侵攻で国境警備隊ボコボコにされて領土奪われたアホだし ドルジみたいなのが三体
トリプルストリームアタックしてきたんだよな >>529
レスありがとう
てつはうの4キロが重いとは思えないよね
ハンマー投げのハンマーが7.6キロ有り、それを80メートル以上の距離まで投げてる訳なので
てつはうも50 メートル以上の飛距離で投げられたと考えるへきでは?
20メートルと50メートルでは使い勝手が全然違うかと >>533
それは「戦」の本番をどこに置くかにより変わる
フビライからしたら最初の威力行為で折れてくれたらとの期待 秀吉による朝鮮出兵と同じで
南宋の兵力を削ぐ目的もあったのかもな。 >>531
使える奴が文永の役で多数戦死したため、弘安の役ではあまり使われなかった理由に繋がるのでは? >>546
自分の最近のレス見てみ?
そんな内容のことばかり打ってて虚しくならんのか
ちゃんと元寇のことについて論じろよ
意見の違いなんてあって当然だけど
なにか気に入らないことあって泣き喚くとは幼稚園児レベルだよ 日本に上陸するも思ったように略奪できず武器や兵糧がなくなってきたため撤退したんだろ >>548
お前はペットボトル二本をまとめてそんだけ投げられるんだなw >>548
50mの正確な銃擊や爆風と破片効果のある砲撃じゃなく
50mで正確性を欠き、爆風と破片効果を大して期待できない花火を
ハンマー投げの要領でスリング、しかも自身が回転して投げるとかしてりゃ、そら負けるわw 小学校の先生が
元寇で日本が負けていたら
今頃、お前らの顔は目の細い、平べったい顔になっていたんぞ
って脅された思い出
なんで現代になってまで元の脅威をそんな人種差別表現で小学生をビビらせるんだろうなあw
学校の先生ってやつはw >>555
まぁそんなもん 居ても殺されるは時間の問題だった訳で
補給線がつなげない
船で来ないとならんからな >>501
ヴィンランド・サガのヴァイキングたちは本編でもレイフが語ってるようにアメリカ大陸まで到達してる
今とは気候が違ったらしいけど
>>500
旧南宋軍10万ってのはあってるけど、
残りは蒙古人・漢人(中国北部、旧金国人=女真族含む)・高麗人の混合部隊 >>557
キミが何をどう俺に対して突っ込めてるのか
日本語で書いてご覧 初回の文永の役で高麗軍は全滅に近いんで二回目の弘安の役は高麗軍はかなり少ない
初回で高麗を使ったのはフビライの嫌がらせの可能性が高い
征服したばかりの国を侵略に利用して弱体化させようとした意図も見える
高麗本土では大飢饉や反元の反乱が続発して他国征服の野心なんてあるわけない >>558
50メートルの距離が有れば、相手が馬に乗っていても使えるだろが
ピンポイントで当てて撲殺する兵器じゃないからな? やっぱり海があったから良かったな。陸続きだったら征服されていた。 >>263
実際にモンゴルと日本では刀も鎧も強度が違いすぎてモンゴルの剣では日本の鎧を切ることは出来ず日本刀はモンゴルの鎧ごと真っ二つに切り裂いたらしいから武士が騎馬で突っ込んでくると大パニックになったらしい
まあ呂布が突っ込んでくるみたいなもんだったろうな >>563
忠烈王の進言により侵略が始まったのだから、
高麗軍が主力になるのは当たり前でしょう? >>563
何度でも書いてやるが高麗王の邪悪な侵略的野心が現代元寇と呼ばれる戦争の原因だぞ 船の接近戦で使うもの?を陸上戦に試した
城壁の上から下に群がる敵兵向けて飛ばす 現物が陶器製ってのからすると割れるから遠くに投げるような使い方はしてないだろ
今で言う防御型手榴弾、突撃してくる脳筋相手に放り込むような使い方のが現実的 >>568
ではなくやはり主体はフビライだとの認識も多い >>563
無理矢理な朝鮮擁護はいいから
>>487に答えてくれる? >>570
その使い方だと味方の被害を省みずブッパするの?
ゲームみたいに味方には当たり判定が無いって事は有り得ないんだぞw >>564
爆風も破片効果も期待できない。外装陶器でそれ込み4kg。火薬は黎明期
今の手榴弾や砲弾みたいな威力でないぞ
ちなみに威力が弱い火薬はそれだけ鉄片の威力も弱い
一ヶ所集中の銃弾ですら、拳銃は飾りで近接戦は銃剣の日本軍将校のお飾り国産拳銃は
2.26事件で至近距離から三発ぶち込んでも相手が死ななかった
更に弱い上に爆発の威力が拡散するてつはうで、どこに破片効果期待すれば良いのか? >>562
お前極力自分からは動かないのな?ww
ひたすら鸚鵡返しするだけでww >>571
認識では無く重要なのは記録だな
言い方を変えると韓国人ファンタジー脳症者の認識は無視しろって話 >>573
もっとも、どれぐらいの被害半径があるかっていう話だよね
今の防御型手榴弾は50mくらい破片飛んて、自分は安全なトーチカや塹壕から放り込むのが基本だが 相撲でわかるよな
ガチ肉弾戦でモンゴル軍に勝てるわけがない
台風の僥倖や自分都市を焼き払うとかの鬼畜作戦をしただけ
勝ったというより相手をドン引きで引かせただけ >>574
馬の足(人の足)を怪我させるのが目的だろ?
相手の機動力を奪い、こちらの機動力を更に生かした戦いをするのが目的かと
まあ、鎌倉武士相手にその戦法が有効とは思えないがw >>573
自分達も騎兵だから爆音で馬をビビらせる、特に騎兵突撃で相手蹂躙して歩兵で止め指す欧州相手だと有効だったろ
長弓部隊による曲射面制圧、長弓での直射、近接戦へ移行する鎌倉武士が異質なだけで >>575
何言ってんのか全く不明
俺は大陸での元の馬運用を日本でもできるなんて全く書いてないのだが
オマエがナニカ勘違いしてがんがん喚いてくるから
そんな事言うてないがな、とチンピラをなだめてる残念気分 >>577
昔の雑な黒色火薬だから破片の被害半径なんて3メートルも無いよ >>577
当時の火薬の威力がどんなものかって話にも繋がるね
半径10メートル程度なら鉄片が相手を傷付ける程度でも当時なら有効な兵器な扱いな気もするけどね >>582
そもそもおまえは後から乗っかってるだけじゃね?w これって木津川口海戦で村上水軍が使ってたやつと似たようなもんだろ
殺傷力はあるだろそりゃ >>498
>モンゴル軍は打ち取った相手の首を兵舎の前に吊るす
モンゴルだと昼間暑くて夜冷涼の乾燥した平原だからまあ干し肉程度の臭いで「収まる」
(それだって今の日本人にはきついが)
WW2でアメリカが同じことをやったら、WW2でアメリカの殆どの戦場って湿潤地だな
タンパク質が腐敗して酷い事になってしまう >>580
なるほどね
理解できます
ありがとうございます 1体1で向かい合ったときの素手、もしくは刀での戦闘法を紹介してる所ないの?
今の総合格闘技みたいに先ずは組みついて倒すこと考えると思うけどなぁ。 >>583
爆破半径3メートル位なのか
そうなると、やはり殺傷目的よりも音が主目的なんだろうね >>586
主観の感想で断罪するのではなく事実でやってくれんかな
仮にでも史実について喋りたい気が少しでもあるなら
俺は大陸での元の馬運用を日本でも同様にできるとは記してない
これ、YES か NO で答えてみ? こういうのはアメリカ軍がベトナム軍に敗北したって極論と同じ
根絶やしにするほど戦力を注ぎ込む利点ないから単なる撤退でしょうって話
実質は日本負けで蟻が踏み潰されるの見逃してもらえたということ >>588
生首コレクションは鎌倉武士も一緒だろってか、首級取らないと恩賞もらえんしw >>590
柔道で30秒で一本とか
元々はそれぐらい押さえつければ刺殺するのが可能だとかが源流だよ >>587
火薬の威力が丸で違う。当時の世界各国の海戦は相手の船に砲撃して
船を痛めつけて乗員を一定殺傷し、有利な方が乗り込んで相手の船を白兵で制圧する
大海原を船備え付けの大砲で撃ち合ってから接近するか
最初から近いからアジア各国で使われ始めてた携行型のグレネードランチャーを
狭い水道での戦いで応用的に使ったかの違い程度 ショットガンぽい感じか
でもある程度の距離を取らないと自分もダメージを受けるわけだしな >>596
鎧通し的な刺殺武器を携帯してんだよな、確か >>592
おまえこれだけなの?wef776ZgQ0 >>595
武士は相手の大将、幹部クラスだけで晒す場合も自分達の住居、野営智から離す >>594
高麗が負け、支援した元が大損したって話だぞ? 欧州:ヴァイキング
アジア:モンゴル
殺戮と略奪で歴史を変えた、二大民族 二人用くらいの土鍋に(蓋は違う形でw)黒色火薬正味2s位と予想、かさ比重の小さい物かと?
当時の人は圧縮する方法に気付いていたかね?紙や紐を巻いたり、にわかで補強したりと、今なら
小改良も思いつくが、そんなの無く内側からの衝撃には弱い陶器の物性から、余り殺傷能力は
期待できないが、横に並びくるくる舞って面制圧はロマンあふれるがwそんな投げ方の記録は無いか…? >>604
欧州でもモンゴルなんじゃね?
ハンガリーとか現代の国名にまでモンゴルが影響してんぞ >>596
刺殺ってか真っ向掴んで上げて首をメキシカンマフィアみたいに生きたままギコギコする
組討って言われるのがその技術体型 >>601
おまえがこれ以外にも
何か感情的なもので絡んできてるというのが推測できたわ
勘違いでしたわスイマセンも言えずに逃げるわけね 590
徒手空拳はどんな状況なのかな
紀元前古代から弓矢だったはずなのになんで拳法が発達したんだろう >>608
だから上のインディアンとか間抜けはお前じゃないの?w >>594
弘安の役では撤退時将軍たちは多数の兵士を置き去りにして逃げ返り
残された兵士は日本軍との戦闘後に二、三万もが捕虜になり
そのうち南宋人以外は処刑されている
単なる撤退にしては足並み揃ってないし人的損害の規模も大すぎるのでは >>501
9世紀ごろの小国家時代なら沿岸の町を略奪するとか小国を占領できたと思う
それ以後の統一国家を攻撃して占領するとしたら
防衛側も軍備を固めてるし、兵員や食糧を海越えでピストン輸送し続けるのは難しくなる >>602
鎌倉武士舐めすぎw
生首絶やすな、でググっとけ
あと戦国時代でもコロコロ首が転がってる城の中で婦女子が化粧施したって話とかあるだろ
今の人間と生首に対する感覚が違う >>606
欧州は、ヴァイキングだよ。
モンゴルは、その少しあと。
デーン人とか、ヨーロッパを荒らしまくってるでしょ。 ひのきのぼうやこんぼうにも殺傷能力があるから当たって炸裂したらヤバいだろ >>599
大体名のある奴は
お互い名乗りをあげて弓で勝負してそれで決着が付かんとその後は組打ちが流れだからな モンゴルというか主力だった朝鮮の主兵装は長弓
長弓というてもそんな飛距離なくて日本の和弓にも及ばない
そのため密集隊形で並んで撃つってのが必須になった
つまり、騎馬による突撃ってのが一番困るんだよ
それを遅らせるために爆発で馬の脚を止める必要がある
そのための武器なわけ >>610
NO
「インディアン」とかは書いてない
はいオマエも答えてみ?
人には迫っておいて自分は答えない卑怯高麗人か >>614
遡るならフン族も入れなきゃね
あ、フン族って後にモンゴル帝国作るんだっけw >>619
フン族は西匈奴の生き残り
西匈奴は東匈奴の裏切りと漢の策略で滅んだ >>616
やあやあ我こそは〜
の時代はそうだよな 投げたら落ちたところで割れて中身が飛び散りそう
導火線つけて転がしたり置いて逃げ去るだけでも使い道はありそう ロングシップがあればと思ったけど、日本の河川じゃあんまり奥まで行けそうにないな
やっぱ沖泊して舟艇で上陸するしかないな >>620
フン族の発祥はアフリカ〜中東なのでは? >>619
NHK総合のヴィンランド・サガは、マジで面白いべ。
ヴァイキングの史実を脚色したアニメを、やっている。
歴史好きには、たまらないと思うわ。 >>271
第一回5000頭連れて行った記録はあるよ >>626
そつなんだ、機会があったら見てみるよ
ありがとう >>618
ならお前は居らなくね?w
ばかなの?
能無しの癖に存在感だけは出したいのか?ww >>609
イラクで英軍活動中、21世紀の今も銃剣突撃を二十回程やってる
何とかして殴って勝てれば相手から武器奪えるわけだし
ただ英軍の近くに川があったので首絞めて水に浸けたったは違う気がするがw
最悪でも戦う方法があるってのは士気にも繋がるからな
近藤勇がこれでどっかの剣の師範に自分平和ボケしてるわって思わせたんだよね
稽古中に木刀落とされた近藤。師範が息吐いた瞬間、近藤は徒手空拳で柔術の構え
師範は一本ではないから確かにそうだと、自分が温くなったと落ち込んだとか
近藤が負けず嫌いなだけじゃね?は言わない約束 >>625
アフリカでは無い
中央アジアの遊牧民なのは間違いない
ただ、その出処はその子孫って人たちを遺伝子的に調べても不明 >>617
騎兵には槍突き立てりゃいいが、絵詞の蒙古兵見ると、槍がショボいのなw >>205
連中が活躍してたのは中央アジアやヨーロッパとかの平坦な地形でだよ
そんな急にどうこうとかはならんよ >>632
中央アジアで暴れ出す前に中東〜アフリカで各国滅ぼして回ってるだろ? >>567
>>568
忠烈王は立場的に元の完全庇護のもとにいて即位もそのお陰
だから誰よりも媚を売らないといけない立場
ちょうどその直前に三別抄の乱が起こってて立場はさらに不安定になってる
フビライの機嫌を損なわないように積極姿勢を出す必要がある
文永の役の時はそのために協力を余儀なくされてる
ただ本当にしつこいくらいに「国が荒れ果てて大変です」と嫌味のように報告してる
そしてその後の弘安の役に協力はするけど、遠征そのものを嫌がるなどの態度を見るとその本心が見えてる
実際に弘安の役では高麗兵は少数になってる
この弘安の役に際して王は「7つの要望」を出している
これは簡単言うと「皇帝直属としてその部下に良いように使われないように、自分達は前線に出ない、百姓のダメージを減らす」という物
王はこの戦いを通じて高麗を言いなりの状態から脱して、国土を守ろうという意図を持ってたのが分かる
この時もひたすら報告書に国の惨状をしつこく書いてる
戦争の内容も「敗戦した」としか書いてなくて金方慶の活躍などの高麗兵の活躍だけたくさん書いてる
日本遠征なんてどうでも良くて、高麗と言う国を元の圧力からいかに守るか苦心してるのが見えてくる なんでか日本人って相手の戦略的撤退まで勝った勝った言うよね
元寇もそうだけど日露戦争も、ロシア側は負けたという認識ないよ
自分ロシア人と話をしたことあるからこれは本当
お互い問題抱えた上での合意停戦で
ロシアが本気を出せば叩き潰せたと言ってたしそれ事実だろ >>628
日本の主な輸入品が、『宋銭』だった時代。
巨額の貿易黒字で、利益をあげた日本の商人は多かったんでは?
モンゴルは、絶対に日本を手にいれたかっただろうね。 >>617
まぁ防御兵器説も一利有る
あの絵だけじゃ正直よくわからない >>505
お前がレスと原文をよく読め
「中国には」だぞ
それとも知らぬ間に長崎県が中国の一部になってたのか >>613
戦国時代は戦功を誇るのに首に化粧した訳でw
後、お前の言ってるのは通りすがりの乞食とか旅の僧侶は殺しても文句でねえから
通りかかったら殺して実戦経験を無くさないようにって話だぞw
それはそれでどうかだから、御成敗式目ができたんだが >>637
将軍が何万もの兵士を見捨てて、その見捨てられた兵士が敗北して二、三万も捕虜になってるのに戦略的撤退? >>636
どうであれ自分の足でたつ勇気も無いのに
卑屈な野郎なのは事実 音でビビらせるってのは大事だってドリフターズで信長が言ってた >>636
媚を売る為なら日本を侵略しても良いって発想が邪悪だと言ってるんだけど? ファンタジー小説や漫画に出てくる魔王様やその忠臣達と同じ最低最悪の発想だよね
守ろうなんて崇高な発想は一切無く、どんな手を使ってでも奪い蹂躙し他者を虐げたいと言う現代韓国人の発想と変わらない最低の存在だ
活躍を記録するのは後世に文句を言われない為の予防線でしかなく保身をしてるだけ >>640
何故支那に現物を求めるんだ?
頭湧いてんの? >>637
>日露戦争も、ロシア側は負けたという認識ないよ
あるよw
これとレニングラードで人間を食ってのはひたすら触れんし ほんとは日本は弱くて台風やらいろんなファクターで相手が撤退してくれたってのが正しい認識 >>637
彼に元が本気出せば叩き潰せた、としても、それには
弘安の役の14万でも負けてるんだからそれ以上の規模での再遠征が必要になる
けど元寇の後、国内の民の疲弊を理由に再遠征中止を臣下が諫言しているので、
再遠征したら可能だったとしてもただでさえ疲弊している元の民はさらに疲弊する
そしてベトナムとの戦争になったりもしているので戦う相手は日本だけじゃなく
日本とベトナムの両方を敵に回して戦うことになり、日本に全力傾けられるような状態にはない
南宋も弘安の役の前に征服されたばかりで元の支配力が揺らいだらどうなってたかわからない >>637
奉天会戦で乃木の名前聞いただけで逃走したロシア軍司令官とかもうねw
そこまででボコられ過ぎてて戦略も糞もないし、黄海艦隊、ウラジオストク艦隊、バルチック艦隊全部ワンサイドゲームで沈められて終了
日本が余裕だったとは言わんがロシアも既に継戦能力はほぼない >>645
ちょうせん人は何時の時代もご注進屋とか手先とかで
自分で立つ能力とかは無いよ
所有者がシナだったりアメリカだったり日本だったり変わるだけで >>651
お前らネトウヨの10〜1000倍程度の能力しかない無能だよな、朝鮮人って。 >>644
音でビビらせるのはホントに大事
仙台藩兵なんか遠くの大砲の音を聞いただけで組織が瓦解し、五里も遁走してるし
仙台の「ドンゴリ」の語源 >>637
日本人に限らず、戦争ってそういうもんじゃねえの?
明治以来、日本が負けたのは太平洋戦争だけだが、それだって原爆が無かったら・・
果たして、当時の日本は敗戦を認めただろか。
日露戦争も、ロシアが負けを認めなかったとしても、そうかもな。
戦争に限らず、試合だって、なんだって圧倒的な敗北じゃない限り、負けを認めるのってなさそうな。 戦国時代に、村上・毛利などの瀬戸内水軍が焙烙火矢(焙烙玉)と呼ばれる
火薬を使った投擲兵器を使っているが、これが登場するのは、1543年に
ポルトガル人が鉄砲とともに火薬を伝えてからのようだ。
蒙古軍が使った「てつはう」が本当に有効な武器だったら、日本に取り入れられた
はずなのにそうなっていないということは、弓矢に比べて有効距離が短くて
あまり実効性がなかったんだろうな。 >>636
どうしても>>487には答えたくないんだな
自分が矛盾した異常な朝鮮擁護をしてるって自覚はあるんだね >>651
判ってて非難してます
奴らは所有者が変わると自分達は被害者で仕方無くやったと延々と言い訳だけして、一切反省せずに同じことを繰り返してるからな >>652
何を言ったところで朝鮮に自分で歩く権利は無い
決めるのは周りの列強でそれは今も昔も変わらない >>652
対馬征伐で17000で宗氏2000に一方的に殴られて負けたチョンコの1/10ってことは
日本人の1/9のチョンコの1/10がネトウヨと 旅順?奉天?
ロシアの領土内でもない戦いの勝ち負けでロシアが日本に対して全面降伏しただと?
あんまり世界観とかけ離れたネトウヨ戦史感で語ると痛いぞ
日露戦争は世界的に見て引き分けだ
ロシア側からしたらクーデター起こすバカいなければ日本列島は領土だったって認識 >>660
人類初の飛行機「飛車」は爆撃機だったんですねw 日本人も鎌倉人までは親知らずがちゃんと生えて歯並びがよくて、縄文遺伝子が強かったのが伺える
徐々に朝鮮遺伝子が濃くなり今の不細工で卑劣な日本人が大多数に取って変えられたと考えられる >>661
宗氏2000って実稼働600じゃなかったっけ? 陶器だとしたあら、投げたら割れるし・・
ボーリングのボールみたいに、転がした? 高麗史を見るとほんっとうに元の理不尽に苦労してるのが分かる
元宗も日本への脅迫の使節を何度も妨害したりしてるのを見ると明らかに遠征を嫌がってる
ただ彼はモンゴルの協力で権臣や私的武力集団(日本で言うなら武士団)を倒してるからな
断るに断れない状態
で、次の忠烈王になると状況が変わる
「止むに止まれずそうなった」という形になると元宗の時みたいに、
命令を一方的にされて全面協力して自分だけが被害受ける羽目になる
なので最初から主体となってプランに参加して主導権を握りつつ、
矢面に立たずに終わらせようと言う意図が鮮明になる
このお陰で元に反逆の罪を疑われていた金方慶という家臣を守れたし、
高麗の立場も強くなり、無駄な遠征で被害を受けずに済んだ
むしろ忠烈王はこの難しい局面を高麗有利に進めたかなりのやり手だと思える >>662
戦争やりすぎで戦費がなく、三個艦隊全部ワンサイドゲームで沈んでるから、ロシアも継戦は無理
だからクーデター起こされたんだよ。日本にすら勝てない無能な皇帝と軍は要らないと
それでも一時大戦終結ギリギリまではもったので、どっちかで戦わなければ良かったな
あ、やっぱ無能じゃんw ID:ok51bFWg0は認知バイアスが悪化して入院寸前なのかな? ロケット弾黎明期のシロモノというより焙烙火矢や小銃擲弾の系譜なんだろ。 日露戦争は単に一方的に攻勢にさらされて国土を蹂躙されるのを僥倖で講和できたって話
本気でロシアが日本にはかないません、もう許して下さいってしたと思うならバカすぎる
その証拠にロシアには寸土すら攻め入ることはできなかった >>671
君の住む世界線ではロシア兵は海の上を歩けるんだよな、確か >>185
ベトコンのことなら残留日本兵がゲリラ戦を指導したんだけど。 >291
「神風思想」については
鎌倉幕府・・・寺社勢力(「神風」言った西大寺など)・貴族出身らが意外と強い
vs
西国武士・・・東西で源平・承久など対立し、要注意だと幕府からの監視対象
幕府は、元朝相手に強気
→ しかし実際に元軍を撃退したのは、西国武士(幕府軍が議論で遅れる間、現地勢で圧勝)
→ 幕府としては、西国武士(幕府軍抜き)の手柄としたくない
→ 幕府は、「神風思想」(寺社・貴族の創作)に協力、前は対立してた西国武士に恩賞渋る
→ 武士の不満
→ 世は乱れ、幕府崩壊へ
例えば、文永では元軍の奇襲の受止め役となり、大被害受けた松浦党への恩賞もお粗末だったが
松浦党・・・もとは承久の乱で敗者支持して没落した蒲池氏で、海に活路求めた武士団
要は、幕府軍が手柄立てられず、対立した西国武士の功績よりも、貴族・寺社勢力の機嫌とり
これが「神風思想」だとする話もある 元寇の状況を考えると高麗の巧みな生き残り戦術が分かる
文永の役
・ほとんどが高麗軍
・装備物資殆ども自腹
・鎌倉武士にボコボコにされて壊滅
弘安の役
・協力はしたものの高麗軍はごく少数
・主体に忠烈王と金方慶が加わり命令する立場に
・主体はモンゴルで戦いの被害はほとんど受けずにすんだ
・「やる気を見せた」と言う事で元に反逆を疑われていた金方慶は功績を得て許される
内容が全然違うのは高麗が自国を守るために必死に活動した結果
日本だけじゃなくて、高麗も国を守る戦いをしてたんだなと 欧州で最初に「銃」が使われたのは
1419年のフス戦争から >>671
最後に日本が制圧した樺太ってロシア領だったろw 威力的にはゴミなんだろうけど当時では十分効果あったんじゃね >>665
だっけ?より酷い結果になった気がするがw >>672
だからさ
ベトナム戦争で自国領土を一歩も踏み入らせることないのにアメリカは許して下さいしたのかよ
日露戦争でのロシアも同じだぞ
日本は逆にここらで終わりにしようって相手の主導で許してもらった感じ >>675
高麗の邪悪で最低な人類史上類を見ない程の侵略的野心を隠すために現代韓国のファンタジー作家が考えた屁理屈まんまじゃん
文永の役では自身が提案した侵略の為に兵力を出さざるを得ずだったが
弘安の役では侵略の主体となり他国の兵を使役して再登場
何処の悪の組織の幹部様だよw 二次大戦後、ソ連は執拗に戦艦三笠を沈めるように通達したが
日本どころか米海軍の司令官ニミッツが、ハア?お前ら太平洋で何かしたっけ?と突っぱねた
東郷元帥のファンだった事もあって荒れ果ててた三笠を修復もしてくれてる
ロシアは日露で負けたと思ってないんですってw 釘を入れて爆発させて殺傷するテロは、数年前もアメリカであったよな。
実際の殺傷力は小さくても、敵を恐れさせて、進軍を止める効果はあったろな。 >>679
600で合ってるんじゃないかな?
対馬武士600でググると山程出てくるしw モンゴルの目的は果たせず日本の目的は果たされたのだから日本の勝ちで良いのさ >>680
だから、どうやってロシア兵は日本を侵略するんだ?
お前の住む世界線ではロシア兵は海の上を歩けるのかもしれんが、我々の世界では海の上を歩ける人間は存在しないんだよ >>671
>その証拠にロシアには寸土すら攻め入ることはできなかった
それを言うんなら、ロシアも日本領土には一歩たりとも足を踏み入れることはできなかった。
犠牲者の数や損害の大きさから言っても日本の勝利は間違いない。
ただ、日本は財力から言って、あれ以上戦争の継続が困難だった。
しかし、ロシアも国内事情から見て戦争の継続は困難だった。
そうでなかったらロシア人の性格から言っても、樺太の半分であっても
領土を割譲することなどなかっただろう。 >>583
そんな弱いわけない
陶器でできてるのは油をいれて火炎ビンみたいな効果も狙ってるからだろう
火薬の爆発力が弱くても燃えた油が四散して人や馬にかかったら相当脅威だぞ 化膿して敗血症になったり破傷風とかで死んじゃう時代だから殺傷能力はあったんじゃね まえのスレッドで、中国の航海術、造船がどうとかつべがあったけど
それでは、相手の船に火つける目的で燃えたタマを放り込んでたとかあったな
そんなので火薬か、村上水軍も使ったのか
しかし、中国共産党の中国人の航海術
アメリカ人のクジラとか捕まえるだけのためでも、太平洋にブイとか番号振って
それを整理しなかったのはほんと駄目駄目な点だな、記録も残ってない
難破船の漂流を航海とか言ってる >>683
馬ビビらして隊列崩せたら役割は果たせたと言ってよさそう 記されざる歴史の闇の石投げ大会があったとしか思えない >>680
ロシア「奉天で負け、終わり。満鉄も要らない。降参」
アメリカ「だってさ?どうするの日本?」
日本「俺は許そう。だがこいつ(陸軍)がお前を許すかな?」
樺太制圧後
日本「止めようか?」(空になった財布隠しつつ)
ロシア「樺太は本土じゃない…本土じゃない…」
アメリカ「中国の半島も日本な」
イギリス「NDK、NDK」 実際は閃光弾みたいな使い方で音と爆煙で敵を恐慌状態にする兵器だと思う >>690
そんなお前のなろう妄想兵器は存在しない >>692
南宋は日本含めた海上交易が盛んで、その港を元は手に入れている
そういう意味では弘安の役の時点では元は優れた旧南宋の航海や造船の技術を手に入れてはいる 全て手作りの時代、消耗品の兵器は贅沢な発想だな。石ぶつや矢なら勝った後回収して再利用できるのに バカかよ
どうやって日本からサンクトペテルブルクまで攻め入るんだよ
だから日本がロシアを降伏させるのは不可能
逆にシベリア鉄道でバンバン増員できるロシアは
長引けば長引くほど圧倒できる >>185
>ベトナムと日本で戦争するとベトナムが勝つよ、そして恐怖で日本人は米軍以上にトラウマを植えられるだろう
アホかよ。
太平洋戦争直前、日本軍は石油を求めて、ベトナムに侵攻して、占領。
それに反発した欧米が太平洋戦争に持ち込んだんじゃん。 奉天ですら補給がキツかったのに何千キロも西のロシア首都のサンクトペテルブルクまで
攻め入るとかぜってーありえない
むしろ日本こそシベリア鉄道でどんどん増員されて圧倒される恐怖で講和したんだよ 投石機で開戦時に飛ばして馬を動揺させて崩れたところを弓で第二段攻撃な感じか
連続で飛ばせないだろうのと何度か対戦すればそういうものだと分かるから怖さ自体は無くなるだろうけど馬への影響がな >>698
じゃなんでわざわざ割れやすい陶器製なんだよ
これ割れて火が燃え広がりやすいように陶器で作られてるんじゃないの >>704
あれ?
朝鮮戦争で速攻首都が陥落した大韓民国って即時降伏してたっけ? >>48
・精密に造る能力がなかった。
・元兵しか乗らないと思い込んで手を抜いて造った。 >>693
戦国時代も、襲い来る武田騎馬隊に対抗した織田の鉄砲隊。
射程距離が数十メートルゆえ、これは撃って仕留めるんじゃなくて、大量の鉄砲の連射による音が馬を恐れさせ、落馬を誘った。
そういう説もあるもんな。 >>712
鉄で球形の外郭作って溶接して使い捨てに出来る程量産の冶金技術がないから
なら爆発した時にちょっとでも嫌がらせの怪我に繋がる陶器が次点 >>688
いや、侵略もクソも日露戦争は基本朝鮮半島を巡る争いだろ
南下してきたロシアと大陸でぶつかった >>553
結構こういうことあるわ
あとからこんな聞き間違いだったんだなと気づく 日露戦争は実質負けで講和でアメリカを引き込みうまく引き分けに持ち込んだだけ
元寇も負けだな
直接戦闘ではてつはうとかやられた描写ばかり残ってるし
台風とか気象の僥倖で運よく撤退してもらえたにすぎない >>712
陶器いうても花瓶みたいなんやなくて
暑くて密度高い球体だから
そんな割れやすいと言うほどでもなさそうではある
オリジナルは鉄製で
音と破片で攻撃する武器だったよーです >>718
朝鮮犯島を戦場にして徹底的に戦った方が良かったよな 陶器ってのが意味わからんよなあ。
花火の玉みたいに、火薬と鉄片を紙で丸めて火を付けりゃ、投げても遠くまで飛ばせるだろうし。
なんの意味があったんだろな。 ID:ok51bFWg0の認知バイアスが更に悪化した模様www
そろそろパラレルワールドに帰る時間かな? >>720
いや>>1の絵自体が、部分を切り取ってるからわかりにくいけど、
突出した季長と従者は窮地に陥ったものの
すぐに多数の味方が駆け付けててつはう投げたり射撃してた元軍の兵士は逃げて行った、
って場面の前半だよ?
やられた描写ばかり残ってるも何も、書くの三回目だけど
弘安の役では兵士見捨てて撤退した将軍たちが見捨てた兵士は
日本軍にやられて二、三万人余りも捕虜にされてうち南宋人以外は処刑されてる
最終的に撤退したのは将軍たちであって兵士は日本軍との戦闘でやられてる いやしかし分かってないネトウヨ史観が多くて驚く
たとえば真珠湾でアメリカ艦隊をフルボッコした時点で
もしアメリカが講和に応じたら日本勝った日本勝ったというバカと同じ
日本なんていくら対外地で勝っても国力差で最後は叩きのめされるんだよ
第二次大戦でのアメリカに国土を蹂躙されたこと
もしロシアにクーデター起きなかったら日露で同じことなってたわ >>725
> 日本軍にやられて二、三万人余りも捕虜にされてうち南宋人以外は処刑されてる
日本側も侵略が誰の手によるものなのか理解してたって事だな
後世被害者コスプレして責任から逃げ回ってるミンジョクが居るみたいたが、まあ、そりゃ当時の連中は理解してるよなw そもそも船旅で疲れてるからな
地の利もあるし、日本側が優位なことは優位 >>727
元寇では最後叩きのめされてないよ?
そりゃ国力自体は元の方が上だろうけど、
渡海して攻め込む以上元の方が不利になるし
元はその国力をフルパワーで日本に傾けられるような状態にない
日本の敵国も敵になりうる国や勢力も日本だけじゃないんだから
しかもその国力すら、すでに元寇の後に疲弊を理由に
次の元寇中止の諫言がされるような状態 ID:ok51bFWg0が熱く語る戦争の勝ち負けってのが第二次朝鮮戦争で見られるんだろうね >>704
なに言ってんの。
日露戦争はロシア全土を占領しようって言う目的じゃないよ。
ロシアがシベリア鉄道を敷いて、南下して来た。
半島占領が目的だよ。
日本は半島をロシアに取られると非常にまずい。
釜山にロシアの軍事基地を作られたら、その後、ほぼお手上げ。
ゆえに、なんかを止めるため、シベリア鉄道を日本のモノにするのが目的だった。
それがその後の満州鉄道になって、それを手堅く守るため、満州建国につながったわけだ。 朝鮮人っていつも大国の侵略戦争についてって悪さばかりしてるよな
古代は蒙古、近代は日本、そしてアメリカのベトナム戦争
でかいことはしないが小狡いことばっかしてる >>731ミス
日本の敵国も敵になりうる国や勢力も日本だけじゃないんだから
→元の敵国も敵になりうる国や勢力も日本だけじゃないんだから
元は大国だけど、その分多数の国と国境を接し近隣に位置して、
大国になる過程で征服した南宋という火種も抱えてる
投獄されても元への臣従を徹底拒否して処刑された人までいるように、
南宋人は征服されたから負けたからと元に従順になるような人たちばかりじゃなく
南宋征服直後の元にとってまだ南宋はくすぶるる火種 本当に歩兵が投げてた、と仮定するならば、てつはうの威力と射程を考えた場合、どうしても決定打にならんのだから
想定された使用場面が無い中、仕方無く現場判断で歩兵が投げたりしてた、本来の使い方は別に有る
という可能性もありそう
下手すると武器ですら無くて川で魚捕る為の花火とかかもしれん >>729
湿気対策なら陶器の箱に入れて置けばよさそうな。 >>733
それが後ろからアメリカに邪魔されて半島の北半分まで赤化してしまったわけだけど
結果を見てももともと半島も当然それを守るための満州国も必要なかったな
日本を守るには巨大な陸軍が必要な大陸でより海で守る方が遥かに効率がいい >>732
日露もそうだし第二次大戦だってそもそもワシントン占領の完全降伏なんて絶対にムリ
だから対外地での局地戦の結果でマウント取ろうってのが見透かされてんだよ
マジ本気の総力戦で日本が勝ったためしないし、そんな国力はないってナメられてる
いうなればベトナムがワシントンまで攻め入って来るの不可能ってことだよ
日本も同じあんま調子に乗るな、日露も負けなのネトウヨ史観で都合よく言ってるだけ >>737
紙製の火薬兵器もあったんじゃないっすかね
少なくとも同時期の大陸では使ってるし
てつはうとは求める効果や運用が違うという話では 日本列島には本来、馬はいない。
古墳時代以降に大陸から輸入した。 >>733
日本はやりたくないから満州からロシア陸軍引き揚げてねつってるのに
約束した後、一陣引き揚げたから第二陣は約束の範囲外つって陸軍増強したけど
まとめてボコられた挙げ句に三個艦隊ワンサイドゲームで失い、樺太南半分失って、もうね
きょ、今日はこれぐらいにしといたるわかよとw しかしモンゴル軍は上手く上陸して橋頭保築いても日本侵略できる画がまったく見えんな
一体どういう戦略だったんだろ
日本の地形じゃ馬もあまり活用できんだろうし補給はどうするつもりだったのか >>739
第一次朝鮮戦争は先にソウルが陥落占領され、後に平壌が陥落占領されてるが?
次の朝鮮戦争では朝鮮犯島から朝鮮人・韓国人のDNAが未来に残らないような徹底的な決着を付けてくれ
必ずやれよ?
お前の勝ち負け感を人類が持ってたらとうの昔に人類は滅んで無くなってますわwww >>738
その通り。
マッカーサーは朝鮮戦争で改めてソ連の脅威を体験して、米議会で証言した。
「日本は悪くなかった。彼らは共産主義と戦ってたんだ」と。
日本の敗戦後、待ってましたと朝鮮を占領しようとして、アメリカはその後、今に至るまで苦労の種をしょい込んだもんな。 >>733
じゃ全面戦争でロシアに勝ったみたいに言うなよ
むしろアメリカ介入で講和で救われたの日本なんだし
本来日露の顛末なんてロシア全軍繰り出してきて皆殺しにされなくてよかったって話だぞ 戦国時代も焙烙玉とかあったけどあまり進化しなかったな。進化してれば鉄砲より使える兵器だったんじゃないか >>746
お前の勝ち負け感が異常なだけだと、何故理解しない?
ソントしてんの? >>743
九州は元寇の前に来た使者が偵察していたようだけど、
その使者も幕府が九州から先へは行かせないようにしてたから
その先の地の利もなかっただろうし、
地形の不利はその使者も諫言してるんだから
クビライも知っていたはずなんだけど、勝てると思ってたのかなあ >>746
ロシア全軍を満州に投入したら滅ぶのはロシアだが 当時のしょぼい船ででかい増援や補給を待ちつつ、村々を襲っては食料を略奪しつつ侵攻するだけの計画だったのかねぇ >>743
進軍コース見ると定石を取ってる
対馬→壱岐→博多湾→福岡
二回ともこれ
迂回すると逆に背後つかれる可能性があるからこれが一番だろう
1度目は上陸したけど武士団の猛攻で撃退
2度目は博多湾に備えた石垣で全く進めず
モンゴルは別に馬だけの戦士じゃないし
攻城戦や山岳戦も行ってる
日本の勝利はただの偶然じゃないよ >>749
戦犯忠烈王「トラストミー、ウリに全てお任せを腹案があるニダ」
だろうね >>746
おまえの歴史観が間違ってんだよ。
日本の日露戦争の勝利で、これは勝ったなんて意識はないぞ。
むしろ、その後の三国干渉で、賠償や領土が取れなかった。
不満爆発。
で、日比谷暴動が起きた。 >>475
重武装長弓騎兵を舐めたらあかんで。
むしろ一対一ならモンゴル自慢の騎兵に勝ってたんだよ。 そもそも海の向こうって例え豊かでもモンゴル的な価値観から言えば魅力無さそう
最終的にウチの家畜放牧する土地が欲しい、ってだけだろ。川ならともかく大型船で航海する必要ある所とか意味無さそう >>26
あれは祟り神の力でエネルギーフィールドみたいなののせいだから
よく見ると矢が刺さってるのも刀の柄で腕を射抜いた訳でないし
首も矢で飛ばしてるけどあれも不思議なエネルギーフィールドのせい 列強支配下でベトコンが誕生しなかったのはなぜだろう。
ロシア中国から流れて来た武器とイデオロギーがベトコン魂を目覚めさせた? >>734
コバンザメスタイルなんだろな
大昔から
それが朝鮮の生きる道
独立運営は難しい >>746
そんな国力が当時のロシアにない。それまでに繰り返して、ろくに権益確保できなかったアホ戦争のツケ払いで
だからクーデター起こされる寸前つーか反乱分子が結託し始めてた
つまり最初からここまでに対外戦争せずに日本相手に全力出せばだが
全力出した海軍がワンサイドゲームで三個艦隊葬られてるからね
どう頑張っても日本へ上陸はできない
逆に日本は奉天会戦後に、ロシアが泣き入れてるけど止めるか?とアメリカに聞かれたが
いや、もう一発殴っとくわと樺太へ上陸して戦闘してる
まあ、この後ちょっと復調したからって対外戦争の勝利が欲しくて一時大戦に首突っ込んで
「今回も何の戦果も得られませんでした!!」って国民に下座ったロマノフ王朝って、極限レベルでバカw >>748
なに言ってんのおまえ
単に日本が取るに足らない島国だから
モンゴルも派遣軍レベルしか出さなかっただけだろ?
大陸を西進して席巻した主力軍を全部日本にぶつけてたら日本粉微塵なるわ
ロシアも同じだわ、くだらん日本マンセーするな
圧倒的な国力差で蹂躙されるのがモンゴルだったかロシアだったか
虫ケラと割り切ることなく執拗に戦力投入してきたアメリカだったかの差でにしかすぎない まぁ一応、戦争目的(戦争の動機)からすれば、日本は朝鮮とシベリア鉄道、果てに満州を確保できて、ロシアは南下を諦めることになるから、日本の勝利ってことにはなると思うよ
ただギリギリの買収米審判による判定勝ちだったのはそうだろうがw 本気なら勝てたから今のノーカンね、で済むなら世界は平和 >>762
やっぱりソントじゃん
ソントじゃ無いと言いたいなら、間もなく始まる第二次朝鮮戦争で結果を出せよww 時宗はスーパースターだよ
元を撃退の為に生まれてきた様な人
元寇の後に夭折するしな
関羽みたいな巨大な銅像を建ててあげたい 一対一でモンゴル兵が武士に勝ってるとこ想像できんな
馬に乗って撹乱しつつ大量に矢を放つとかならまだしも、馬から降りたら武士に簡単に切り刻まれそう >>765
え? ムンは北を歓迎するたろ? 第2次は起こらんよ >>767
一対一の場合、勝敗は個人の力量と相性そして運によるとしか言えないかと モンゴルがロシアが本気を出してさえいればー日本なんてー日本なんてー
w >>768
ID:ok51bFWg0も同じ考えかもしれんが
そうはならないんじゃねーの?www 絵図における「てつはう」の文字は、後からの書き込み
大陸(南宋)への留学を経験した僧侶が、
火薬兵器に関するあやふやな知識を持ち帰り、
更に世代交代の中で誤った情報伝達が行われたと推定される
「鉄炮」は、火薬の爆発力を利用した投射兵器
有効射程が短い散弾銃のようなもの
拠点防御戦で、城壁をよじ登って来た敵兵を狙い撃ちする場合には効果があった
絵図に描かれている爆発物は「焙烙」であり、
着弾後に爆発させる、手榴弾に近い兵器
絵図に書き込んだ注釈が間違っているのだ 歴史の授業で議論したけど
慣れてない日本の馬が音にビビッてあかんわって結論になったで >>772
どんなに力説しても支那には現物が残って無いそうだよ? >>767
いや、一対一じゃなかったんだよ。
日本側の武士は当時の常識で、我こそはどこどこの誰誰と名乗りを上げ、一対一で戦おうとする。
所が、相手は日本語はわからんし、関係ねえぜとガンガン攻撃してくる。
勝手が違うなあ・・
と初めて戦う外国に、圧倒されたらしい。 >>770
それが事実だし
実際にモンゴルに攻め入った?ロシア領土を占領できた?
日本軍がアメリカ本土に一歩でも踏み入れた?
再度いうがこれが事実だよ >>777
そうなのか
俺に絡んで来た奴が支那には現物が残って無いと力説してたぞ? >>762
元軍ではその力が無い。派遣軍を送る戦費が捻出出来なくなった=継戦能力の限界
その後元は国力が弱って回復せずボコられて明に潰されたんだから
ロシアは日本も継戦の限界にきたが、その時に樺太南半分制圧されて割譲してる時点で負けてる
しかもそれまでの対外戦争で温存してた海軍は全力出してワンサイドゲームで終了。どうあっても上陸できる未来はない
逆に日本は樺太へ兵力送り込んでるので、海軍力の弱さというか、大金はたいて フ ラ ン ス の船なんか買うからだw
その後ちょっと復調したからで、これまでの敗戦(白人じゃないトルコ除外)続きでも皇帝でいられた奇跡の王朝ロマノフ家が
何とか箔つけようと一次大戦に参加して「今回も何の戦果も得られませんでした!!」やって、クーデターされただけ
お前理論だと虫けらにすら全力出しても追い払われて体力失い死んじゃったのが、元とロシア >>776
南樺太って条約で千島と交換したロシア領土だぞw
はずかちーいw >>762
騎馬兵は日本のような山地でのゲリラ戦じゃ
勝てないだろ。 上陸した方が勝ちゲームやる奴って戦争オンチに多いよな
戦車不要論者にも似てる >>778
どっから残ってないって話を仕入れてきたんやろね
当時の訳分からん変態火薬兵器と一緒に
展示とかで紹介されてたりするぞ 2度で兵員19万、軍船1000
の海上遠征軍とか世界史上でも空前絶後の規模なんだけどw
手を抜いてたとかいう奴はナニイッテンダww
上回るのはノルマンディーとかその辺だ >>783
ありがとうございます
今度切らべてみます >>782
戦車は無人機やドローンが発達したら戦艦みたいになるだろうけれどなw あのね世界の史観的には日清戦争ですら日本の勝ちと言う人は少ないんだよね
なぜなら日本軍が勝ったと喧伝してる相手は清の地方軍閥にすぎない
むしろそれで難癖をつけて外交的に日本が清に無理強いしたってのが正当な歴史観 >>785
戦犯忠烈王にでも成り切って言い訳してるだけなんだろうねw 一定の殺傷能力を期待した武器であったがチョウセンジンには使いこなせなかった 朝鮮人に短期間で船を建造させる能力がなかったのが敗因 日清戦争も中国全軍と戦ってたら日本は負けてたな
それは第二次大戦で証明されてる >>787
戦車も時代相応に進化するんじゃないかな ちなみに元は日本で一方的にボコられて終了したが
日本は後年ノモンハンでソ連相手に不拡大で防戦する片手間に
調子に乗って仕掛けてきたモンゴル軍をボコって逆侵攻して領土を奪い取ってる
日本を1mmも制圧できずに日本に制圧されたくそ雑魚モンゴリアンwwwww >>754
お前三国干渉と日露戦争の時系列知らないのか? >>792
水車作るのに1000年以上の時間を費やして未だに達成出来てない連中だからなあ てつはう
てふてふ
なんで昔はこうも発音と文字が乖離してるのだろう なんで攻め入らにゃいけないんだよw
撃退しただけで十分だろ
けど悔しいよなー悲しいよなー日本が一時的でも勝利したなんて絶対ぜーーーったい許せないよな!!!!! >>793
ロシア兵に続き支那兵も海の上を歩ける世界線に移動したのか >>776
そもそも日本の目的は防衛戦争であってモンゴル征服でもなんでもないんだから
モンゴル征服できなかったから勝ってないというのは前提からして間違ってるよ
そもそも征服しようともモンゴルへ攻め込もうともしてないんだから
一度は逆侵攻も検討したけどその段階で止めてる
その点では日本は防衛戦争という目的を果たしてる
ってか元の方こそ日本占領できてないよ?
>>762
だから元には『主力軍を全部日本にぶつける』ことはできない
渡海して帰還や連絡も困難でしても時間のかかる遠い日本に主力軍を全部ぶつけて、
その間に手薄になった本国とベトナムなどの近隣国とが戦争になったり
征服したばかりの旧南宋が反乱起こしたらどうすんの
そして二度目の元寇の後ですら
『民が疲弊してるから三度目の日本遠征とか止めてクレメンス』
って臣下に進言されるような状態で、主力軍を全部日本にぶつけて、
それを維持するだけの船や補給を維持してたらもっと国内が疲弊しまくる
『主力軍を全部日本にぶつける』ことができない、
仮にしたら本国が危うくなる状態で
『主力軍を全部日本にぶつけてたら』という前提は成り立たないよ >>800
撃退すら出来なかった輩の戯れ言だったりして >>775
あの名乗りは自分仕事してますよってアピールだときいたぞ >>350
なるほど!
彼らの振り返り射術にも通じる戦術だね!目からウロコだわ。 >>793
艦隊戦は知らんが陸上戦で全力出しても清軍弱すぎて観戦武官が呆れ返ってる
そもそも領土の維持が出来てないのだが?
ちなみに二次大戦の日本軍は英連邦と米軍と支那含め三正面やって
青息吐息の44年後半に中国縦断フルマラソンやってるのでw
言えば言うほど他国の無能さ情けなさが際立つだけだぞw 実際問題として日本が対外戦争で勝ったことは一度もない
これは日清や日露の顛末を説明した通りで事実だからな バトゥの遠征なんてほぼ全ての戦闘で2.5万程度で相手を殲滅してるのに
文永の役では3万、弘安の役では先遣隊5万の兵力がほぼすり潰されてるんだぞ…
元が如何に本気だったか、そして果たせなかった挫折も大きく
以降中国が攻めてくる事は無くなったくらいの衝撃が支那人の記憶に刻まれたんだよだったんだよ >>566
戦で刀なんてそんなに使うの?槍と弓じゃねーの? >>808
どんな世界線から迷い込んできたんだ?
史実をおまエラの精神的日本敗北で塗り替えようとしてんの? 事実事実言うわりにはモンゴルが主力だしてたら〜とか都合の良いたられば語り出すダブスタ 日本をほんのちょっとでも肯定すると何かが崩壊するのかもね
モンゴルの馬に乗りロシアの酒をかっ喰らいアメリカの国旗を羽織って小日本を侵略してみたい!!!!って気分かい? 恩賞を貰うために絵師に描いて貰った。
この絵の迫力で安達泰盛に認められて恩賞貰えたんだっけ。 >>808
残念だが日清も日露も勝ってるから日本は残念ながらチョン半島を管理することになった
桂タフト協定は権益とチョンコウモリ外交の被害者で勝った国だから、日本が管理しようだから >>808
勝ってもない相手に不平等条約押し付けられて賠償金と領土取られるって清はドM国家ですか 二回目の元寇が軍船4000隻 総員15万人
これでも元軍は本気ではないと言い張るおかしな人がいるな
元が大陸征服のような大軍団を繰り出せば日本はひとたまりもないとか
陸続きでも無いのにそんな大軍団をどうやって侵攻させるんだ >>802
負け惜しみか?
戦いの主導権あればこそ、いつ戦いを始めていつ戦いをやめるって出来るんだろ
日露の日本やベトナムは一方的に攻められて善戦はしたが
戦いをやめる主導なんか最初から最後までないよ
なにをいってんだアホ >>808
お前が日本勝利の論拠を崩せて居ない以上、喚いても意味無いよ
日清も日露も世界では日本勝利とされている
因みに俺はお前の今までのレス全てを脳内で完璧に論破出来ているが、可哀想だから出さないでおいてやるわ >>813
元寇の過剰なまでの過小評価は本当に謎
「最新兵器を持つ強大な外国人に何もできなかったクソ雑魚日本の島国の哀れなサムライが偶然来た台風で助かった」
としか教えない
で、具体的な詳細を教えても「手を抜いてた」「運が良かった」「相手が勝手に帰った」とか言い張る
意味わからんな >>813
戦犯忠烈王の意志を継いで他国に日本を侵略させたいニダ!って感じなんじゃね?
色々言うけど自分達は後ろから偉そうに言ってるだけだ血汗を流したく無いみたいなさwww 日露戦争はいわば、映画「ロッキー」だよ。
歴戦のチャンピオンが大国ロシアなら、ロッキーは最近まで日本刀しか武器の無かった日本。
誰がどう見ても、試合をしたらチャンピオンが勝つだろうと予想するほど、ロッキーはランキング外。
だが、試合をする事になった。
戦争をする事になった。
日本は困った。
ロシアと戦争するって、軍艦を買う戦費から無いじゃん・・
どうする?
借りよう。
と欧米を回って高橋是清が日本国債を売ろうとするが、誰も日本国債なんか買わない。
ロッキーに掛け金を積む奴が居ないのと同じ。
途方に暮れた時、引き受けようという金持ちが現れる。
その金持ちはユダヤ金融のロスチャイルドの関係者。
ロスチャイルドは、ロシアの王朝の財宝を狙ってたわけだ。
だから、同じユダヤ人のレーニンにも巨額の軍費を与え、同じユダヤ人のマルクスの思想を支援し、革命を起こさせる。
で、日露で日本が勝利したから、勢いづいた革命勢力は王朝を倒した。
これがロシア革命で、共産主義国家の成立。
なんで、ロスチャイルドが共産主義を支援したんだって疑問があるけど、単純に財宝が欲しかっただけ。
革命勢力の勝利で、大儲け。
日本の日露の勝利の背景に、ユダヤが居たのは歴史的事実。
近代戦争っていつも、そうだけどな。
第一次大戦のドイツの敗北の原因はユダヤだと。
だから、ドイツでは嫌われ、オーストリアのロスチャイルドは潰され、庶民まで虐殺だけど。
戦争ってのは、そういう事情が背景にあるのに、日本がロシアを占領するのが目的だとか言う、歴史音痴が湧いてるから笑う。 >>820
実際規模の割に良く分かってないからなw >>818
ID:ok51bFWg0の脳内での勝敗基準がまた変わってますよ? >>818
ロシア「はい負け。奉天会戦で終了。満鉄あげるから終わり」
アメリカ「と言ってるが、どうする?」
日本「俺は許そう。だがこいつ(陸軍)が許しかな?」
樺太制圧
ロシア「お願いします。もう止めてください」
日本「良いよ。南樺太俺のものな」
アメリカ「中国の半島も日本に渡せよ」
イギリス「NDK、NDK」 歴史に「もしも」とか「たら」は無い 脳内妄想汁を垂れ流す変な人 鎌倉時代は実に宗教思想的にみて、日本精神史に前後比類なき光景を現出した。
平安時代の四百年も決して無駄ではなかった。
いずれも鎌倉時代のための準備であった。
こんな根蔕があったので鎌倉時代の春が来た。
ここで美しき思想の草花が咲き出した。
そして七百年後の今日に至るまで、それが大体において我らの品性・思想・信仰・情調を養うものになってきた。
(『日本的霊性』鈴木大拙・石川県金沢市出身の仏教学者) >>810
鎌倉時代は弓がメインウエポンで、
刀(太刀。反りが大きく、馬上で扱える)がサブウエポン
平安時代に流行したメイン弓+サブ薙刀のスタイルからは変化し、
薙刀は衰退していた
槍が発展するのは、鎌倉時代より後の室町時代から
室町時代には太刀(馬上戦闘向け。軽量)が衰退し、
代わりに反りが小さくて重量があり、歩兵戦闘向けの打刀が発展した
槍と弓の組み合わせを提唱されていることから、時代を勘違いなさっていると思われる >>808
小学生がよく言う
「本当なら僕が勝ってたんだもん!」
て奴ねw 京都兵wwwww
『御堂関白記』
「斎王定まりて後、弓場始、其の儀常の如し。能射なる者、候せず。的を射る者無し。依りて的を打たしむと云々。射手の数少なく、三番奉仕す。猿楽の如しwwwww」
『山槐記』
「宿傍池鳥数万俄飛去、其羽音成雷、官兵皆疑軍兵之寄来夜中引退、上下競走wwwww」
『吉記』
「於子越宿館失火出来、扈従者中、坂東輩等放火云々、上下失魂之間、或棄甲冑、或不知乗馬逃帰了wwwww」
『吾妻鏡』
「所集于富士沼之水鳥等群立、其羽音偏成軍勢之粧、依之平氏等驚騒wwwww」
『愚管抄』
「宗盛ハ水練ヲスル者ニテ、ウキアガリウキアガリシテ、イカント思フ心ツキニケリ。サテイケドリニセラレヌwwwww」
『吉田定房奏状』
「戦士の勇、山東の民一にして千に当たる。あに皇畿近州の嬰児を以て、東関蛮夷の勇健に対せんやwwwww」 >>756
クビライ・ハーンは弘安の役の前に、元軍の将軍たちに
「朕は『人の国を取るのは,民と土地を得ようと欲するから』という漢人の言を聞いた。
もしも民を殺し尽くしてしまったなら、ただ土地を得ても何に用いるというのか。」
とか言ってたから、日本の土地だけではなく日本人のことも欲しかったらしい
元寇直前の元の使節の趙良弼さん>>129は「日本の人を得ても役に立たない」と言っていて
一度はクビライもその意見に従っているのに、
その後に日本人を得て何かに使いたいと心変わりする何かがあったのかな >>734
蒙古に日本攻めましょうぜってわざわざ言いに行ってるんだぜ。 >>827
そりゃ禅バカにとっちゃ鎌倉時代は神!だろうなw >>834
ID:ok51bFWg0の言いたかった事はそれかも知れないなw >>819
日清戦争って李鴻章のいわゆる軍閥の北洋軍との戦いだろ
分かりきってる常識をいちいち説明させるなよ次に説明求めたら情弱って切り捨てるぞ?
日露戦争も日本がロシアの外交官にじゃ戦争続けんのか?って脅されて
続けたら東京まで占領されるの分かってるから泣く泣く飲んだのがあの条約
バカ史観の相手めんどくせーわ >>832
へー、意外だね。(俺が不勉強なだけだけど)
なんかあまり占領地の統治には興味無さそうなイメージあったわ
何かしら日本が欲しいと思う理由が出来たのかもね >>817
三度目の侵攻が無かったのは船団が回復しなかったからだよな
しかも日本再侵略のために再建途中だった船団をベトナム侵攻に駆り出したら、そこでまた全滅したため船団再建は不可能になった >>837
なら何で清もロシアも皇帝名義で領土を日本に差し出してんの? 世界大戦でもそうだが
中国がいつも偉そうに謳ってるアジアの盟主の責任を果たしていれば元寇も日清日露もなかったんだよね
中国は民族的に戦争が弱い
その弱さに毎回日本は巻き込まれる べトナム戦争
尻に帆掛けて大慌てで遁走という戦争をやめる主導権を行使したアメリカ軍 >>841
え、逆に聞きたいが奉天(ごとき)を占領した圧倒的優位?なのに
なんで講和をするの
むしろどんどん攻め入るべきチャンスのはず
だからさっきから言ってるがシベリア鉄道で増員されたら蹴散らされるのは日本側だから
もういっぱいいっばいな日本は講和にすがりついたんだよ
実質負けだな モンゴルがーロシアがー日本なんてー日本なんてー
まさにてつはうのような論だな
虚仮威しの中身のないただ無意味な音を発するだけ
正面から攻め込まれたらナマス斬りにされ敗走 日清や日露戦争で日本が勝ったなんて思ってる史観は日本人だけって事実 国が傾くくらいの史上空前絶後の侵略作戦がこれまた史上まれに見るくらいの壊滅ぶりで撃退されても
「手を抜いてた」「元はノーダメージ」「日本は運がいいだけ」「日本の敗北」
面白い話だな 事実で日本が対外戦争で勝ったことない事実を突きつけられてネトウヨ悔しいだろうな 先に日本に侵略してきたのは中国・韓国だよなあ
謝罪と賠償を要求する。
てつはうの殺傷力?「前々前回の俺」の意見だと原子爆弾くらいの威力だった。 >>848
満州を巡って戦争しているからな
満州の多くを占領した以上、日本の戦争目的は達成され、ロシアの戦争目的は挫折した
今後戦争を続けるのは日本が苦しいがロシアも苦しい
高橋是清が追加三億円の戦費を新たに募集出来たし奉天会戦の翌月に4月となり新たに数個師団増員の徴兵適齢人口が増えたため、しばらく日本の継戦能力はあった
ロシアの早期勝利のためにはバルチック艦隊による日本海通商破壊が必要だったが、そのバルチック艦隊が消えて戦争継続を断念した あらー
日本ぁ戦争に無勝なの論破してくれる人が出て来ないねー
仕方ないね弱いんだから >>857
だから元寇は日本が勝ってる
貴方が勝利条件をモンゴル征服できなかったとか
フルパワーなら元が勝ってたとか
そもそも勝利条件じゃないものにしてるだけで 歴史に「もしも」とか「たら」とか持ち出したら何でもありになるんじゃないか 戦争はゲームで無いのだから、目的達成したら勝ち
モンゴルは日本を占領できず負け、日本は防衛成功して勝ち 本気出せば論破出来るんだから実際に論破しなくても実質勝ちなんだよなぁ… 大国の威を借るてつはうマン
空砲を武器に日本刀に戦いを挑むもあえなく刻まれ海の藻屑に
だけど彼はあきらめない
モンゴルのように何度だってやってくるさ! >>855
戦局が優位なのに講和に応じるって観点で考えろよ
第二次大戦で山本五十六が提唱した通りで
かないっこないから叩けるうちに早くに講和する
日露戦争がその成功例
相手を屈服したとか勝ったとかではなく
むしろこれ以上やったらこっちがボコボコにされる前に許してもらった てつはうで熱くなるなよ。
おつはいについて語ろう。 てつはうが今日も誰かを狙ってる
てつはうが今日も怪しく光ってる
てつはうが今日も無てつはうなフリで
てつはうが今日も静かに笑ってる
てつはうてつはうてつはう
てつはうてつはうてつはう >>859
しかもこの場合、「もしも」日本にフルパワー出してたとしても
手薄になった本国の戦力やそれ以外の対外戦争や反乱起きたらどうするのかとか
既に元寇の後も疲弊してるのにそれ以上疲弊するやんけとか
元にとって不利な仮定が続くから、日本にフルパワー出してたら勝ってた、
ってだけの単純な話にはできないんだよね >>848
頭湧いちゃってるぞ?
精神的勝利を応用した日本だけ精神的敗北ってのは無理があり過ぎるから止めとけ
むしろ敗者が怒りだすぞ? 第二次大戦で「もしも」ドイツが原爆をアメリカよりも早く完成させて「たら」
ドイツの勝利ですな >>858
西に向けた主力が日本に向いたら惨殺されてただろ
ただそれだけの話で日本がモンゴルに勝ったとかヘソが茶を沸かす話 >>870
その主力をどうやって日本に侵攻させるんだよ? 戦力的に西国武士だけで圧勝だし、戦略的に日本有利過ぎるが
>>743 1019年 刀伊の入冦・・・女真の略奪軍(?実は高麗?)約50隻(約3,000人)相手すら苦戦
平将門の乱の合戦・・・兵は多くても両軍合わせ数千名程度
ここらの平安中期レベルの動員力の頃なら
女真・契丹あたりが数万以上で日本攻める流れになってたら相当困った
>>775 全っ然違う
日本は当時も集団戦法が普通だし、まして西国武士は海賊相手に慣れてる
一騎打ち・・・「決闘の作法」であり、言葉違う異国の賊軍相手にそんな真似するか
アピールして一騎駆け・・・いくさ場の花ではないかね(前田慶次)
さらに後世のWW2でも、バグパイプ演奏して突撃するジャックチャーチルというのがいる いやモンゴルの主力やロシア全軍に勝つとかムリっす
あんまり調子こいてると世界から日本人はバカと言われかねない 日露戦争後、ロシアでは「日本兵は勇敢で、恐ろしい奴らだ」と言われ、
太平洋戦争では米兵は日本を「奴らは人間じゃない」と恐れた。
だから戦後、白人には「日本人は恐ろしい」って意識は浸透してて、小泉とブッシュが仲良かった時、
ブッシュは「ほーら、これだけ、あの日本と仲良くできる」と誇った。
日本人から見たら、???
なにを言ってんだろと思う場面だけど、日米大戦後のアメリカ人の潜在意識にある、日本人に対する恐怖だよ。
灰になるまで戦う国や民族を白人は理屈抜きで認める。
だから、植民地化もしなかった。
だが、白人は朝鮮人に対しては、戦争もせず、利益だけを得ようとする、勝ち誇るから、おまえらは第三者でしかない!
という意味で、三国人と卑下して呼んだ。
今でも、朝鮮人は卑怯だと思われてる。 >>870
だから主力を日本に向けたら、他がおろそかになる
しかも日本は遠く渡海で他で何かあって遠征軍に知らせて戻るのも直ぐにはいかない
元がフルパワーで遠征しても民衆は疲弊せず
ベトナムなど他の近隣諸国が攻め込んでくる心配もなく
征服したばかりの南宋人が反乱を起こす心配もないならともかく
実際はそうじゃなかったんだから元が日本へフルパワー出せた状況ではそもそもない つか日本は六波羅探題の6万騎がまだ合流してない状態で勝ってんだが いやだから本気で来られたアメリカにどうされたよ?
それが答えだ >>877
そういう意味では日本もフルパワーじゃないんだよね
しかも元と違って出すことが可能というか出す予定のパワーだった
なんでモンゴルが負けたかって言うと、
朝鮮が味方だったからだよ
モンゴル単体で来たんじゃなくて、下句麗軍との共同侵攻だった
だから負けた
>>878
アメリカと元の状況や軍事力が同じだったら答えになるけど
全く違うんだから答えにならないよ 以前支那事変の動員兵力を全部太平洋戦線に注ぎ込んでたら対米戦勝てたって話を聞いたが
それにそっくりだな >>880
このスレでも何度も出てるけど高麗軍は弘安の役じゃ殆どいないよ
弘安の役で戦ったのは殆どモンゴルと一部金の軍団
「モンゴル軍じゃないから勝てた」
も成立してない >>866
しかも元寇の時の日本は全力でなく九州の前衛だけだった
元が他の地域に上陸して首都京都に侵攻される危険に備えて本隊16万が瀬戸内海から京都にかけて待機していた
元が九州に全力で来たら、日本軍本隊も九州へ向けて移動する >>881
第二次大戦時のアメリカなんか取った版図からして元より弱いわ
日本はどっちにもボッコボコにされたけどな こいつモンゴル帝国の全兵力を日本に向けたら勝てたとか言いそう >>837
馬鹿だな
戦争とは戦争目的を達成したほうが勝利なんだよ
日露戦争の戦争目的は、ロシアにとっては満州の恒久的占領と領土化そして朝鮮を属国化することで、
日本にとってはそれを阻止すること
日本は戦争目的を達成しロシアは失敗した
よって日露戦争は日本の勝利
完全論破してゴメンね >>883
弘安の役で一番多いのは旧南宋軍
14万人中10万人
モンゴル人主力じゃないのは同じだけどね
>>885
アメリカと元の違いというより時代と戦争技術の違いだけど
爆弾だの空軍だの戦艦だのありまくりなんだから普通に元より強いよ >>888
南宋軍は遅れて戦闘に参加できてないからね
戦ったのはモンゴル軍だよ >>870
西に向けた主力はその時に何してたっけ?
第三次遠征が継戦能力の限界で行われなかった時点で
元は全力出しても日本に全く勝てなかったという証明にしかならない
アマチュアは戦術を語りプロは兵坦を語るってのは誰だったか >>890
南宋軍との合流後にも日本軍と戦闘してる
最終的にその戦闘で南宋人含め二、三万の捕虜が出た >>889
大量に遺棄されててビビるw
そういや風船爆弾ってお笑い兵器だと思わてるけど実はアメリカは謎の被害に結構なパニックになってるというw
鳥の水音にビビって大敗した平家の軍団を思い出す >>887
日本は首都東京まで占領される恐怖に怯えてたが
ロシアがサンクトペテルブルクを日本軍に占領されるとかありえない話
つまりそういうことだよ
第二次大戦でも東京が焼け野原でアメリカのニューヨーク市民は普通に生活してた >>848
シベリア鉄道で増員出来ないから樺太すら制圧されてるんだがw
モンゴルはまず1231年に朝鮮征伐を開始
腰抜け朝鮮は負けに負けて一度目で首都まで陥落
負けたくせに約束を破ったので、怒ったモンゴルが2回目の朝鮮征伐を開始
朝鮮は北半分を制圧される
1235年には3回目の朝鮮征伐が開始され、
ここでもまた朝鮮人は負けに負けて土下座開始、
人質を出すという約束をしたのだがこれを破ってモンゴルがまた激怒
1247年に4回目の朝鮮征伐、
朝鮮側は負けるだけ&土下座のいつものパターン
5回目、王子を人質に出すという条件で停戦
6回目、朝鮮は完全降伏して奴隷になる
みっともねー、恥の歴史だ
>>837
バルト海から回した艦隊まで討ち取られたロシアがどうやって日本に上陸するつもりだったの? >>890
南宋軍到着後も菊池松浦の連合水軍に襲われて、海上で防戦一方だっただろ 台風で溺死を免れた、それこそ池に落ちた犬状態の江南軍を棒で叩いただけ
双方、実力を発揮する場面はないまま終了
台風がなきゃ面白い展開だ 一度の遠征で終わらせず、何度も押し寄せるのが元の強み
この時代の技術じゃ、荒波を越えられない… 4キロくらいならハンマー投げ方式で縄つけて振り回せば飛ぶだろ 元々、モンゴルの騎馬民族が西はヨーロッパに至るまで支配地域を広げたけど、陸戦の強さ。
その勢いで朝鮮を支配下に置いて、おまえら、日本って国があるから行って、戦って来いと言われただけ。
なんで戦わなきゃいけないんだ?
と戦意もないし、小さな船に身動き取れないほど積み込まれ、台風が接近してる荒れた海を渡って、戦争どころじゃないだろうしな。
山賊が海賊になるようなもん。 >>894
二次大戦はな。日露はチョン半島で負けてもこの時点で本国まで来れないと踏んでる
その後が不利すぎる展開になるから、ここで叩き潰そうとしただけで
で、これまでの対外戦争でも温存してた海軍三個艦隊ワンサイドゲームで沈められて
千島樺太交換条約で領土としてた樺太を制圧されたのは何処だっけ?
日露はロシアの負けだよw >>896
それを現代の韓国人は認められないからな >>893
風船爆弾に備えて多数の防空隊をカナダ、アメリカの海岸に張り付けたので、前線に投入できる航空戦力がかなり減った >>900
投げられるけど不馴れな船の上で振り回して他の兵隊に
当たったら大惨事じゃね?
朝鮮人がいるほうが負ける
ただそれだけのこと
昨日今日だけじゃねえ、1000年も前からずーっと同じなんだよ
朝鮮人がいるほうが負けるのは
元軍はまず上陸しても橋頭堡を築けなかった時点で詰んでる。夜襲にビビり過ぎ
船に引きこもれば中でまともな生活出来ないんだからじり貧で終了
ロシアはウラジオストクも黄海にも艦隊を置いてたが
双方とも瞬殺…まあ、黄海艦隊は若干頑張ったが結局引きこもってただけで、出て来たらボコボコ
だからわざわざバルチック艦隊動員したが、これも即殺されて海軍は終了
満鉄があろうがシベリア鉄道があろうが、ロシアはここまでの敗戦続きで国力が乏しく
既に継戦限界にきてるので樺太の救援要請にも応えられず、現地軍ボコられて樺太奪われた モンゴル軍は騎馬軍団で圧倒的な強さだったが、船を使って攻めにいったのは
たいてい失敗した。 日本以外でも有名なのは、ベトナム大越国の陳朝。
3回攻めにいって3回とも追い返されて失敗。あとジャワ島までいって
シンガサリ朝と戦ったときも、ハッキリしない結果で、マジャパヒト王国が
できたら追い出された。
最強の陸上モンゴル軍が負けたのは、ウィグルをルーツにもって西へ西へとユーラシア大陸を流れ流れてやってきたトルコ人奴隷達が兵士だった、エジプトを中心に支配
していたイスラーム国家のマムルーク朝がエジプト侵入を食い止めた
アインジャールートの戦いだけ。 日本の歴史で江戸時代以前の外国の脅威は、元寇と大航海時代のスペインやポルトガル、幕末の黒船だろ。
所がその時代、全て武家政権なんだよな。
元寇は鎌倉幕府で、スペインやポルトガルが世界にキリスト教を布教し、奴隷化しようとした時代。
いずれも、排除。
黒船の時代も徳川が弱体化したとはいえ、薩摩や長州は列強と戦争するほど。
藤原氏のような貴族の支配する時代だったら、ヤバかった。 欧州の騎兵突撃戦術にてつはうと短弓の相性が良かっただけで
徒歩での戦闘が主体の国を相手にしたら、一方的にボコられてるのが元軍
チンチン孫が歯軋りしながら三回目送ろうとしたが、送れる物資も装備も使い果たしてて、そのまま枯死して明が出来たw
連年敗戦続きなのに皇帝でいられた奇跡の王朝ロマノフが
イキりムーブしたいが為に喧嘩売ってほぼ全戦全敗したのが日露
ここで二度と対外戦争しなきゃ王朝はまだ存続したろうが
一次大戦で今度こそ汚名挽回()しようとして、マジでそうなってしまい
今回も何の戦果も得られませんでした!!つって国民に下座った結果、とうとうアカに玉座から追放されて家族諸とも処刑w
アホかコイツらw モンゴルの強さの源泉はなんと言っても騎馬を駆使した機動力にある。
だから、馬を使えない日本での戦いと同様に湿地帯での戦いで馬が使えなかった
ベトナム侵攻ではボロ負けをしている。 日露後にチョンを教育してやろう意気込んでる日本以外の欧米先進国は
日清、日露のチョンの動きから、多分意味ねえし、土地のクソっぷりから旨味もないと思ってたか
ハーグ密使事件ではチョンをボールにした外交ドッジボールが行われたw
最後はロシアが場外の今の飼い主にボール投げ返すという珍プレイで終了w モンゴル軍が平原では強かったと言っても
相手の国は人口の少ないオアシス国家だったりノブゴロド公国とかいう田舎を襲撃したに過ぎないんだよな
人口密集地帯では10年掛かりで苦戦してる
恐らく西ヨーロッパに侵攻してたら返り討ちに遭ってたかもね 黒色火薬でもてつはう並のサイズになるとそこそこ威力あると思う
アメリカのデカい爆竹?は定期的に死者出してるらしいし >>914
日本って馬使えないの?
武田の騎馬隊が戦国最強って有名だけど >>917
てつはう全てが黒色火薬でできてるわけじゃない
中には鉄くずを容れて殺傷能力を高めてる >>918
戦国時代の日本は百姓を動員するために、稲作をしていない農閑期を中心に戦っている ま、爆竹でも見たことなかったらビックらこいて戦意喪失は起こすだろうしな。
クマよけと同じだよな。だが慣れたら逆に寄ってくるラジオの大音量みたいな。 江戸幕府でも
・幕府の戦争技術が衰えた時期
・さらに、松前藩(≒渡党というアイヌの一派)任せだった北方が非常に危なかった
・1804年 シトカ戦争 レザノフの露米会社が北米トリンギット族との戦争に勝つ
・1806-1807年 「露寇事件」
露米会社のレザノフが海軍に命じ日本の樺太・択捉・礼文・利尻を攻撃、幕府の警備兵に圧勝
・1807年 津軽藩士殉難事件 北方防備で斜里に配置した津軽藩兵100名のうち72名が極寒で大量死
レザノフは、露米会社の食糧難打開や経営改善に日本との交易が重要と考えたが
幕府に嫌がらせされ、通商も断られて海軍に命じ北方領土を攻撃
※ロシアは、この攻撃は国家意思でなく単なる海賊行為であり、処罰したと通告
しかし実際にほぼ処罰が無いどころか、ロシア皇帝は事前に攻撃計画を知らされていた
http://www.worldflags.jp/blog/2957/
> ただし、1807年と言えば、ヨーロッパではナポレオンの全盛期、
> ロシア兵は西に転じざるをえず、交戦はありませんでした。
ナポレオンが欧州で暴れてロシアを引き付けてくれなかったら、
ロシアによる北米植民地化の進展、北から幕府への開国圧力など、世界が大きく変わったろう >>917
無いからてつはうは特にその後続いてない
村上水軍は二百年以上後の世界で、銃砲が発達する中で
大海原で船備え付けの大砲で戦うか、狭い水道の接近戦で
携行式グレネードランチャー使ったかの違いでしかない。これは世界のトレンド
てつはうの効果が記されてるのは欧州。弓矢の援護で騎兵突撃敢行し
蹂躙した相手の軍勢を歩兵が叩き潰す基本戦術がてつはうで瓦解した為
当時の火薬じゃ広範囲に危害半径が広がらんから
特撮よろしく爆煙の向こうから鎌倉武士が突っ込んできて、鎌倉文化アタックしてくる 石ころより強い武器なら実用性はあるだろう
弓は全員が撃てるわけではない モンゴルに内応する勢力がいたかどうかも勝敗を大きく左右する。
天皇や神仏への敬意がない、あるいは敵意を抱いているような勢力が利用できただろう。
現代日本のキリスト教徒に相当するような外国工作を受けやすい人々は鎌倉時代にはいなかった。
あいちトリエンナーレの関係者や香山リカさんのようなキリスト教徒は鎌倉時代に生きていたら、モンゴル軍に寝返ったと思う。 >>918
「元の兵が」船で来たから馬を使えないって意味だろw >>926
直接痛打に繋がる分石の方が日本では効果的な可能性
今みたいにある程度の範囲に破片効果が得られるほど火薬は威力がない >>925
人間というよりも、馬を愕かせる武器だろうね >>926
ただの投石でなくスリングってレベルになると
弓より強かったけどベテランしか使えないという理由で
廃れたりしてるな >>927
和田合戦の和田一族みたいに真っ裸で縛り上げられて
ケツ蹴られながら公衆の面前歩かされて罪人として処罰されるw 当時のトップが北条時宗ってのは知ってるけど、英雄的な活躍をした将とかは居らんのかね。 >>421
導火線短くして着地前に破裂するように出来ないだろうか? しかしこの時代から日本は外交下手だよなw
侵略の意図を持ってる国の使者を無礼だからってぶっ殺してどうするんだよアホかw
誰だっけこのアホな決定したの
日本は、1回目のモンゴル侵攻では壱岐と対馬で負けてしまった
そりゃ備えが出来てない上に、小さい島で
対抗できた勢力が宗氏だけだからしょうがない
備えを怠らなかった2回目は初戦から勝ちだ
1回目よりも多くのモンゴル兵が押し寄せたのに
グレイシー柔術もそうだが、日本は一回負けてからが本番
一回負けた程度で、その後すべてシッポを巻いて降参するのは朝鮮人だ
>>937
使者を殺したのは、すでに元が侵略した文永の役の後の第七回と第八回使節で
最初からいきなりいきなりぶっ殺したりしてないし
文永の役で既に対馬などに被害出てるんだから単に無礼たせからってレベルじゃないよ
文永の役の前の使者が殺された記録は元の歴史書にもない
だからそのアホな決定したの誰だっけも何もそんな人存在しない >>456
輸送が船だから
馬一頭に対して人間が何人積めるかわからんけど
1対1だとしても馬1+歩兵1で騎兵1、歩兵だけなら2だからなあ
そういうのも少しは考えるんじゃない? >>937
それと元寇の前の使者>>129は日本を詳しく偵察していて
日本が倭も後に明の使者との会話でそのことに言及しているので把握している
むしろ侵略されるからこそ、偵察された情報持ち帰られて不利になるのを防ぐため
次の襲来を予想して防塁建造など準備していたのと同じように
弘安の役のための準備の一貫だった説もある >>890
到着したけど何の抵抗も出来ずに一方的に虐殺された。
10万人が屠られ彼らが橋頭堡とした鷹島は島なのに白骨山と呼ばれるようになった。 まぁ「てつほう」って未開な土人には有効な「猫だまし」みたいなもんやろw 鷹島の戦いも激戦だったらしいけどね
日本側の損害も少なくなかった 鷹島に防塁を築いて要塞化し、10万を超える精鋭を備え、440隻の船舶で海側を固め、
その上にてつはうみたいな火器を持ちながら、鎌倉武士に一方的に惨殺されたモンゴル軍。
大陸の連中はいったいモンゴルの何を恐れていたのか? >>937
ムカついたからぶっ殺す、ナメられたら殺るがデフォのDQN鎌倉武士相手にそんな事言ってもなw てつはうは元軍が引く時に使ったみたいだから、忍者が使うマキビシや煙幕玉みたいな役割だな >>918
武田の騎馬隊も想像している様な騎馬隊では無いってのが現在の説
木曽馬で検索すれば出てくるけど
日本の在来種はそんなに早く走れるような馬ではない >>949
鎌倉武士の気質が荒っぽいのはともかく、元の使者については
元が攻めてくるまではぶっ殺さずにスルーし続けてたから
そういうムカついたからぶっ殺す、ナメられたら殺る的な対応はしてない
しかも手紙の兵力ちらつかせた内容といい、
三回目の使者が対馬の島民を捕えて
元まで連行してったことといい(次の使者が送り返した)
結構ナメられてる感ある中でそんなだった モンゴル帝国はどこまで支配したと思ってるんだよ?
殺傷能力高いだろ >>910
15世紀のスペインだかポルトガルだかは、日本への武力侵攻は無理と国王へ書簡送っていたらしいな >>951
わかってねーなー
上げ馬神事ってナニか分かるだろ
兵器の品評会だよ >>951
一人の教授が言っただけの事だから
真実ではない >>952
元寇の後の100年ぐらいは、松浦党や壱岐対馬住人が倭寇となって、高麗の水軍5,000名を一夜で壊滅させたり、
首都を包囲したり、穀物の輸送船を略奪して回ったりで、元や高麗が滅ぶまで好き放題荒らし回った記録があるから、
鎌倉時代の日本人は突出した強さがあったんだろう。
中国の記録では、日本人は魔術で皮膚の下に石を仕込み剣で切れないほど硬かったとか、
長い日本刀を打ち下ろしながら飛び込んできて、中国の剣や盾で防ごうとしても一刀の元に両断されたと書かれてる。
まさに鬼みたいな存在だったらしい。 鎌倉武士が傷ついても死ぬまで戦い、かなり強かったのも撃退できた要因
朝鮮兵がびびった 棒に引っ掻けて飛ばすようにすれば飛距離が出る
釣竿みたいに >>960
陸続きの民族は、その時代時代の強い勢力の脅威にさらされるの慣れっこだったのだろうけど、日本はこれ初めての経験で負けたら何されるかわからん的な必死さでもあったのかね? 元寇は「モンゴル+旧南宋+高麗」と「九州武士」の戦い
日本総戦力の3/1以下の九州武士に勝てなかった雑魚がどうやって日本を占領できると思ったんだろ >>89
ボロボロで引きこもってたとこを台風でとどめを刺された構図 民明書房や万能壁画の話だと思ったら、マジやったんか >>964
菊池松浦の夜襲に耐えかねて、停泊地を移動しようと動きだしたところを台風にやられた >>966
南宋を制服した軍団などは大陸に残っていた
兵力的には少ないが、日本に攻めてきた蒙漢軍(モンゴル兵と女真兵)は元の中核の部隊 >>966
攻勢限界の15万で勝てなかったら次は国内の全ての兵士を動員して攻めるつもりだったのか?w >>936
打ち上げ花火みたいだな
タイミング難しいね >>969
どうやって海を渡るんだね?船の数にも船を操船出来る人員にも限界がある。
海底トンネルでも掘らなきゃ無理でしょ。 でも結局元と高麗軍は負けて退散したからてつはうがあろうが無かろうがどうという事はない
あの時代海を越えて侵攻するというのは如何に困難かという事だよ
しかも九州で優勢を誇っても今度はまた海峡を越えて東進せねばならないし
糧秣兵員の補給も海を越えないといけないからこれも直ぐ利用出来る訳ではないし
100%完全に使える訳でもない
で敵の武士団がゾロゾロゲリラ的に湧いて出てくるw
どの道詰むよ モンゴルの攻撃可能な全勢力は日本の地方軍に全滅させられた
これが元寇の結果 てつはうをはつはう
たいはうのはうだん
はうへいがはうがんなげ >>971
ようは海最強ってことだな
文明が発達して蒸気機関なんてもんが出てくるまでは >>975
海があったからモンゴルは逆侵攻されずに生き残ることができたんだよな
モンゴルは海に感謝すべき >>973
まぁそういう事だよな
仮に元側が九州で優勢を奪えたとしても今度はまた海越えて
東に行かないと行けないしそうなると補給が続くのかという話も出て来る
マジでクビライは東の蛮族恐れるに足らずだから行っちまえwとか考えてたんじゃないか >>909 戦闘で何度か勝つだけなら
例:イヴァイロ (豚飼い→第2次ブルガリア帝国皇帝)が
モンゴル帝国・東ローマ帝国、の両軍相手に勝ち続けたが、反乱で失脚
あと、元軍の渡海侵攻が成功した相手もいるが、かなり格下だな
1・アイヌ(侵略者)への、元軍の防衛出動
歴史に新登場したアイヌ(オホーツク系と交雑で13世紀登場)が、先住民を駆逐し拡大中
アイヌ(加害者)は、樺太・大陸のニヴフ(被害者)を渡海侵略
(ニヴフの鷹狩り職人拉致など、貴重な交易品である猛禽の羽根の流通掌握目的)
→ アイヌに害うけた地元民が元に訴え→ その訴え聞き、元軍がアイヌを何度も懲罰
→ 押されたアイヌは元に服従
→ 以降、アイヌは歴代中国王朝に朝貢 (山丹交易は、歴代中国への朝貢交易)
http://wpedia.mobile.goo.ne.jp/wiki/%83%82%83%93%83S%83%8B%82%CC%8A%92%91%BE%90N%8DU/5/
> 日本では鷲羽は、アイヌ交易の代表品として捉えられており[25]、
> アイヌは鷹羽・鷲羽流通の掌握を狙っていたと思われる[26]。
2・三別抄(高麗の政治家の抗争・粛清用の私兵団)
政治家の命令で、
「反モンゴル派」も暗殺→役目を終え解散命令で失業危機→保身で反乱
しかも、
日本にも救援求める一方、元には「忠誠誓うから領土くれ」と媚びる二枚舌
(んなもん信用できるか) >>976
海がなかったら鎌倉どころか白村江の時代に中国にやられて属国にさせられているんじゃないの?
朝鮮みたいに
まあイキりたい気持ちもわからんでもないけどw >>979
今度は時代と国まで変えてマウント取りたいのかよ情けない イギリス人は朝食べる3枚のトーストのうち1枚は海軍のおかげ、と考えているらしい >>977
そう考えると
アニメのアンゴルモア 元寇合戦記のようなことが本当にあったのか知らんけど
対馬であれほどの激戦をする必要は皆無だったんだな
対馬の人は元軍が上陸する前に対馬から避難して
博多で迎え撃つ軍勢に加わっていたほうが合理的だったんだな >>963
だな。
誰でも思う事。
いくらモンゴルが強大でも、海を越えて日本を制覇するのは無理だよ。 >>940
グレイシーも木村政彦に赤っ恥掻かされてから92年のUFCでブレイクまで
40年ぐらい臥薪嘗胆してるよな(後にUFCからは撤退したけど)
名声と一族の食い扶持は確保したと思う >>984
実際、元寇が実行される前でも来日した使者はこんなん無理ゲーやん反対とフビライに言ってる
当時の人から見てすら実行されなくても思うことだったんだよな >>982
まぁ伝来の土地を奪われてなるかという気概があったのかも
>>986
フビライは馬鹿だから敗走してもそれから何度も侵攻計画考えるんだよな
まぁモンゴルといってもシナを支配すれば結局シナと同化するから結局モンゴルでは無くなる
となるとシナ軍が弱いのはいつもの通り >>982
アンゴルモアは面白かったなぁ
二期やらんかな 日本人がモンゴルについてどう思ってますか? ЯПОНЧУУДЫН МОНГОЛЫГ ХАРАХ ?НЦ?Г !
https://youtu.be/rq1X547TWGo >>844
文官を重視して武官を軽視してた
戦争に弱い宋も
陸続きでも、モンゴルの攻撃を三十年以上は防げてるよ。 >>982
でも対馬を奪われてると日本本土にくるための橋頭堡にされちゃうからね 中国は古代から大量の人口を抱えられるチート的に豊かな国(大地)だからな
そんで昔から内部の争いがあり、外からも侵略され狙われる
蒙古だけじゃなくて、日本も狙った事があるから分かるだろう
食うに困ったら中国を侵略しろw >>982
第二次大戦では硫黄島取られてからは負けが込む一方になったんだよ
行動半径内の拠点となる補給可能な地点を取られるとそのあとは非常に不利になる モンゴルのエグザイル
You make me feel brand new - Zambalgarav (The stylistics cover)
https://youtu.be/2Eaah2EQWkg >>955
16世紀ね。当時日本における銃の保有数は全ヨーロッパの2倍と言われている。また成人のほぼ全員が武装しており、農民と武士の差がない。
銃を使った戦術がヨーロッパより上手い。 このスレッドは1000を超えました。
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