【歴史】比叡山を焼き討ちした織田信長 神仏をも恐れぬ「虐殺者」か「演出家」か?〈dot.〉 ★2 [首都圏の虎★]
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略
●比叡山の焼き討ちが意味するもの
260年余り続いた江戸時代の太平は、徳川家康が宗教家たちとうまく付き合い利用したことに成功の一部があると言われている。そういう面からいえば、織田信長は最も宗教家たちと対立した為政者と言えるだろう。
信長の宗教弾圧の象徴とされているのが、元亀2(1571年)の比叡山焼き討ちである。比叡山とはのちの浄土宗の開祖・法然、浄土真宗の開祖・親鸞、日蓮宗の開祖・日蓮、曹洞宗の開祖・道元、臨済宗の開祖・栄西などが修行をした場所であることから、日本仏教の母山とも言われ、最澄が開いた延暦寺という天台宗の総本山のことを意味する。延暦寺ではこの事件のことを「元亀の法難」と呼び、歴史の悲劇のひとつとして語り継いでいる。現代に生きる私たちは、「神聖な神社仏閣に対してなんたることを!」と考えがちだが、時代背景からはさまざまな意見が出されていることをご存じだろうか。
●戦国時代までの大寺は大名と同等の勢力
織田信長は、戦国時代をまさに終わらせようとしていた人物である。多くの敵を力でねじ伏せ、ある時は謀略を用い、内部からの崩壊を仕掛けたりもした。この時代、大寺は大名に匹敵するほどの力を持っていた。加えて、宗派同士の争いを京の町中で起こし、あまつさえ対立する宗派の信者たちの家屋に火をかけたりしていたのだ。このため、寺の勢力維持のために僧侶たちは武装し、仏罰を恐れて満足に抵抗できない市井の民たちに対してやりたい放題のありさまであった。一方、こんな僧侶たちの暴挙とこれを許す富豪たちを、京入りした信長は嫌い、むちゃな要求を重ねた。京で富を謳歌していた豪商や僧たちは信長を見くびり、あろうことか寺は信長に対立する戦国大名に肩入れするのである。
●石山本願寺との10年戦争
比叡山焼き討ちの前年、以後10年も信長と対立する石山本願寺が信長軍に戦争を仕掛けた。元亀元(1570年)9月12日(旧暦)のことである。石山本願寺は10年の争いの中で衰退し、豊臣秀吉の時代に寺領を明け渡す。やがて宗派内で強硬派と穏健派が対立、徳川家康の時代に東本願寺と西本願寺という目に見える形で分裂をした。本願寺は、武将たちに危険な宗教とみなされたのだろう、徳川家康は三河領内で本願寺の信仰を禁じ(20年後に解禁)、薩摩の島津藩に至っては明治時代を迎えるまで禁教であった。
●2人の天下人の怒りを買った比叡山
さて、翌年の9月12日(旧暦)に信長は延暦寺の焼き討ちを命ずる。この時の信長軍が対峙していたのは、挙兵した三好三人衆と石山本願寺、そして信長を裏切った浅井・朝倉連合軍で、敗走した浅井軍をかくまったのが延暦寺だったのである。信長の和睦の提案を延暦寺は拒否、一晩のうちに比叡山は3万の兵に囲まれたという。信長軍が陣を置いたのが比叡山の麓にある園城寺(おんじょうじ/別名・三井寺)、ここは延暦寺のありように不満を持った最澄の弟子たちが袂を分かって、延暦寺の創建から100年もしないうちに起こしたお寺である。園城寺の創建以来、延暦寺との間で数十回に及ぶ焼き討ちなどを含めた争いが続いていた因縁の関係を信長は利用したのだ。皮肉なことに延暦寺は天下人により焼き討ちされ、園城寺は守られるのだが、次代の豊臣秀吉の怒りを買った園城寺は、ほとんどの伽藍と寺宝を破棄され、逆に延暦寺へ金堂(本尊の安置殿。本堂を意味する)の移転を強要された(現在の延暦寺・西塔[さいとう]の釈迦堂)。延暦寺と園城寺は、2人の天下人にしばらくは立ち直れないほどの打撃を与えられたのである。
略
全文はソース元で
https://news.yahoo.co.jp/articles/e606385157f5108615c087ef81c56fd01bec479b?page=1
https://amd.c.yimg.jp/amd/20200911-00000032-sasahi-000-1-view.jpg
★1 2020/09/12(土) 10:58:40.20
前スレ
http://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1599875920/ 天台宗にしろ浄土真宗にしろ色々と生臭が過ぎるからな 「1年待つ」→でムシされたので、やむなく焼き討ち
意外に紳士的な対応だったのだと思う。 神仏を恐れてないのは、酒色に塗れてたクソ坊主では? 皆殺しなんて不可能なんだから
許してやれば良かったね 信長が政教分離に舵を切ったおかげで今の日本がある
マジ感謝 勘違いしてるバカが多いけど
仏教集団を虐殺したからアウトなんじゃなくて
人間集団を虐殺するメンタルがサイコパスなんだっていう問題だからコレ
寺を特別扱いしろとか何とか以前の問題
信長はキチガイ。
創作物で、さんざん盛ってるだけ。 信長のかぶと見たらわかるだろ
子孫繁栄を神に願ってる
祖先も神主だし神様大好き
信長公記の比叡山焼き討ちのところは
秀吉か太田牛一が脚色したんだろ 比叡山焼き討ちなんて信長前にもあったのに、どうしてこれはスルーされてるの? 坊主と僧兵は全く別物
現代の坊主の感覚で語るからおかしくなる 信長に対して、好印象を抱いてるバカの100パーセントが
実像を理解しようとせずに
マンガアニメドラマなどで見た架空の信長像を信用しているだけ
豆知識な 宣教師は日本人はキリスト教に改宗させて明を責めさせるために仏教を破壊する信長を応援したけど
信長は自分を神としてあがめをと言い始めた 大阪名物のチンピラのような僧兵どもを知らないバカが書いて立てられたクルクルパースレ すくなくとも
比叡山はノブナガさまの要求通り中立になってれば
焼き討ちなんかされてない おいコラァ
われ!メンチきっとんかい
金出せや
女よこせや
わかるか?テメーらチョン壺カルトの先輩だよwwwwwww
ぶっ殺されたがなwwwwwwww 当時の比叡山の坊主は今でいう反グレ系で庶民にオラオラしてたから信長が成敗したってだけなんだろ
むしろDQN排除して何が悪いの? 今の日本でカルト自民党本部を焼き討ちしたら英雄扱いだろ
信長もそんな感じだったのだろう 憎しみの連鎖をたつために
一族郎党すべて殺す
ノブナガさまは
なにごとも合理的な思考をしている
殺すときもちゃんと計算している まず信長が追い詰めた浅井朝倉を比叡山がかくまって手を出せなくて
勝てないとみた信長は降伏して天皇の仲裁で
浅井朝倉に対面して信長が土下座して許してもらったよな
そのあと信長は庇護下に入るように
比叡山に命令したけど返事をしなかった
信長は返事を1年近く待ったあと比叡山焼き討ちをする 信長「焼くぞ?」
比叡山「焼けば?」
信長「焼いたった」
双方合意の上の出来事でございます 比叡山のお坊さん自身が言ってたぞ。比叡山も悪かったって。
普通に考えれば、出家したはずの坊主が女囲って子ども作って武装してんだもん。問題だらけだろうが。 >>35
> 憎しみの連鎖をたつために
> 一族郎党すべて殺す
国内じゃなく半島でやってほしかったなそれ…なんで信長は朝鮮征伐してくれなかったんだ… 比叡山は都の鬼門にある
その比叡山を平然と焼き払うことができるのは
ノブナガさましかいない いろいろな宗派、如来、菩薩があったからな
だから比叡山オカシクねカルトだって批判できる
まあそれでも信長をもってしてやっと焼き討ちできる >>1
仏教はこの先もこれ以上の力はもたない
すべて信長公のおかげである 宗教に力持たせたらアカン
信長でさえできたことなのに >寺の勢力維持のために僧侶たちは武装し、仏罰を恐れて満足に抵抗できない市井の民たちに対してやりたい放題のありさま
なるほど、今の人種差別を口実にやりたい放題してるリベラル左翼と同じだったわけか 聖域無き構造改革って言うだけの人たちとは違うね 焼いちゃうんだからw 坊主を名乗っても、武器持って逆らってきたら、信長でなくてもそりゃ潰しますわ。
それって坊主ちゃいますもんn 足利義政も延暦寺焼き討ちにした論者でるけど
焼き討ちの規模が違うだろ ノブナガさま
「こっちの味方にならんでいいから、少なくとも中立になれよ
いうこときかんかったらしらんで」
延暦寺
「じゃあそうするわ」
↓
延暦寺しらんぷりして、いままでどおり匿う
↓
ノブナガさまキレる
↓
ノブナガさま「焼き払え!!!」
なにもおかしいことは
おきてない 信長による天下統一は見てみたかったな
せめて構想くらいは残してほしかった 比叡山焼き討ちに反対する進言をしたのが佐久間信盛と武井夕庵で
茶人の武井夕庵は影響ないけど
佐久間信盛はここでかなりがんばらないと信長から誤解される
光秀や秀吉は逃がしてから建物だけ焼いたけど
八王子山の追い詰めてみなごろしは
佐久間信盛が加わってたんじゃないかと考えてる
やるしかなかった 一度本願寺側の立場で信長との抗争を描いた大河が必要だな
信長側の視点からばかりだとどうしても美化されたり正当化されたりしがちだからな
史実にのっとった大河が見てみたい 石山本願寺は和睦でおわってる
石山本願寺潰して、大坂城たてたのはヒデヨシ >>56
それこそ信長が世の中を救う聖人に見える
坊主が宗教の嘘で無力な人々から何もかも奪っていく時代なんだから 信長の敵に肩入れしてるから晒し上げされた
おとなしくしていればよかったものを >>2
死ぬぞ。
日本神話にだって例えばカグツチ生んで万戸に火傷して死んだイザナミとかいる
(カグツチも怒ったイザナギによって殺される)。
その後イザナギが黄泉の国にイザナミ迎えに行った話は有名だな。 オウム真理教顔負けのカルト教団の本拠地を叩き潰しただけやろ
豊臣秀吉や江戸幕府がキリスト教徒を虐殺&弾圧したのも同じ理由 信長はそこらの寺や神社に寄進してるし、
平手政秀のために政秀寺建立したりしてるし信仰が無いわけじゃないだろう
神も仏もないなら恩人のために寺建てたりしない
信長が切れたのは坊主らしくない生臭どもにだろう
この時代の大名としての例にもれず坊主の先導する一向一揆には悩まされたし 恭順しないなら殺す
ノブナガさまは殺す必要があるときに殺す
不必要な殺生はしない 比叡山は日本仏教の母 ガタガタ言ってるのはオウム真言宗だろ。 政治にシャシャリ出てくるナンミョー学会も、焼き討ちしないと、危ういと思うもんな。宗教の害悪に今昔無し。 >>13
同じ理屈で中韓の歴史上の英雄たちも批判しような 東大寺焼いちゃった久秀のほうが派手だよね
まあ東大寺含めた南都の寺が筒井方に加担しとるから仕方ないが 恐怖による支配じゃ天下統一できても信長死ねば終わりだな >>1
政治に干渉してくる生臭坊主を始末して宗教と政治を分けた偉人 当時は信長包囲網で周り敵ばかりで
信長が比叡山焼き討ちをして京都に近い勢力を排除しておかないと
信長勢力は消えてたと思うよ
浅井朝倉とも戦うたびに比叡山に逃げられたら勝てない
このあとも9年くらい信長ヤバイからね
織田家が生き残るか滅びるかの選択で
信長は神仏よりも織田家をとった 比叡山は宗教を傘に仏教も忘れてやりたい放題やってたんだろ?
そりゃ、演出として焼き討ちは妥当だわな。 ・
比叡山焼き討ちの実行部隊は明智光秀
信長は、自分が神だと言い始め、キリスト教と相容れなくなった
光秀の子供は細川ガラシャ
以上より、比叡山僧侶の皆殺しを企てたのは、キリスト教宣教師
信長は僧侶の皆殺しを指示していない 実行部隊の明智光秀が行ったと見る
・ >>65
寺や神社に寄進するのは信長の懐柔策であって
信仰ではない
信仰があるなら、焼き討ちなんかしない
今の世界に生きる自分は何の信仰もないが
今とは全然違う世界に彼らは住んでいる。
一旦病気やけがをしたら、自力ではどうにもならない世界
運で生死が分かれる世界だ。神仏がいると幼少時から教えられ
神仏に祈るしか自力で出来るとはない世界。
それでいてこれが出来る。
幼少時の奇行とそのほかの逸話を合わせると、サイコパスだと思う 叡山焼き討ちなんか足利将軍も細川もやってるやん
伽藍焼失の規模をもってしても信長のそれは前者二人に比べるべうもないわずかなもの
その事実を知らずに信長の焼き討ちだけを取り上げてああだこうだ言いつらうのは自分の知識の未熟さを晒してるだけだわよ >>1 ドラマや書籍(歴史家)の深読みし過ぎ w
単純に考えたら? 信長がそう行動するに相応の情報を耳に
していたからで、スレタイに「神仏」とあるけど現代の感覚
でストレートに受け止めない方がいいぞ
この当時の宗教、現代の宗教とは別物だし戦中だか戦前かは
忘れたが「宗教弾圧」ってのがあったんだぜ、いつの時代も
権力者は服従・敵か味方か二者択一、特に権力者自身が裏切
った経験をしてれば尚更のこと疑心暗鬼になる
宗教(思想)で人々を惹きつけられるんだぜ? しかも、さま
ざまネットワーク(信者や修行僧ほか)がある戦国時代の権力者
たちが利用したいと思うだろうに
人を屈服させてきた人間にとっては厄介な存在、その上で
歴史に詳しい人がこのスレで語ってるであろう策略や陰謀、
確執等があったんじゃなかろうかと >>66
敵対しなきゃ気にしないよ
恭順する奴は信長はむしろ警戒心なく信じちゃうタイプ キリストとか仏陀のような思想は素晴らしいと思うけど
武将とかを尊敬してる奴って自分が庶民で切り捨てられる側だったらという
想像力は無いんだろうな 細川政元の比叡山焼き討ちはなんで何も言われないの?あいつこそ一番の悪人だよ。将軍追放するし。 比叡山延暦寺なんて生臭の坊主の集まりだろ
暴力で支配して女連れ込んで関所作って金せしめてたんじゃないのかよ >>89
座主は天皇の弟だから
無頼の集まりとは少し違う この焼討ちは宗教面から考えるのではなく、
経済的な問題として当時の比叡山を考えると、
信長の意図が理解できる。 残酷なことしちまったな
こんなことしてるから天罰があったのだ 京都市と大津市の境目が変になってるのは
検地で禁裏御料を山城国、園城寺領を近江国と分けたから 信長以降完全に僧兵はいなくなり
武力としての集団から落後した
その後は農兵なども現れ戦に欠かせぬ力を持つも
武家の勢力がピークを迎えるにつれて微妙に勢力を弱め
戦法の変化などもあり関ヶ原を最後に戦闘集団としての必要性をなくしていく
そこに垣間見れるのは農業の進歩と貯蔵技術の進歩である
闘う理由がなくなり拡張主義から
秀吉の広めた趣味と政治的戦略が勢いを持ち
関ヶ原という必然を目指すのである 信長の是非については盛んに議論されるが、延暦寺側を擁護・理解する意見が全く出ないのがこの議論の特徴 奈良の僧兵潰したのは三好の松永久秀だったな
比叡山は織田の明智光秀が潰し
残ったのは一向一揆の本願寺ぐらいか。あれは僧兵とは言い難いしな 現代なら大学病院焼き討ちって感じかな。
人を救うフリして実はカネに汚く権威主義。 >>79
ハロウィンパーティで多くの地元住民を味方につけてるしな >>1
坊主がクソだったって話はガン無視して論じるんか? 戦国大名なんて、所詮ヤクザだよ。
人身売買も組織的に行っている。 家康の仕掛けた関ヶ原は戦をもって戦を止めるという
時代の楔でそれから先は武家は衣食住の文化になっていくのであった 織田信長は素晴らしい。
創価学会も統一教会も破壊すべきだな。 >>88
教科書に載ってないからみんな知らないのさ
でも細川政元も最期は暗殺されてしまうどころが織田信長に似てるね >>95
延暦寺のほうが焼いてるからな
擁護しようがない
「宗教屋の犯罪は、火で焼いて清める」ってのがお約束なんだよ
ノブナガさまは
伊勢の一向一揆で
これを遥かに上回る殺戮をしてる
一揆を煽ってるのは本願寺だからな
当然敵対関係になる
ホモ信玄の場合は、本願寺に大量寄進、姻戚関係をつくることで
一揆を防止してた ( ・ω・)( ・ω・)( ・ω・)
女をはべらせ贅沢三昧
くそ生臭坊主を皆殺し
織田のおかげで
仏教屋のやりたい放題を潰せた 坊主と戦ったのであって神仏と戦ったわけではないからね 一向一揆平定だって「”戦い”ではなく”殺し”に走ったから実質信長の負け」なんてぬかすアホもいるくらいだし
まあ信長もあの戦いではだいぶ追い詰められた、門徒どもよりも周囲の武将が一揆に便乗して信長包囲網を形成したから 別に織田信長に限らず
あの当時の戦国武将なんて
みんな極悪人ばっかりだろ 通貨の登場とホームレスの物乞いはセットだから
物乞いをして莫大な富を築いたホームレス達は権力者と繋がった
それだけ
いい加減ブチギレた >>1
現在は、たくさんの消火栓を用意して信長対策をしてるみたいだね。>比叡山 天台宗は、そもそもは京都の皇室を守るための宗教。 天台宗の宗紋は16紋菊、皇室の紋章と同じ。 下級の5chおじさんたちだって
もはや神仏など恐れないところにまで
来てるような気がする とにかく光秀はアホ
こんな世紀の大天才を殺したわけだから
光秀のせいで日本のグーロバル化が300年遅れた 朝倉氏は室町幕府とのつながりが強くて足利義昭を保護してたんだから比叡山にしたら田舎から頭のおかしい奴が来て朝倉氏に難癖付けて戦争起こしたと思っただろうな 比叡山焼き討ち
足利義教「それが?」
松永久秀「何か?」
三好家の皆さん「日常やぞ」 ユニセフは莫大な資金を手にする
当然権力者と繋がる
それだけ
いい加減織田はキレた
ほんとそれだけ 天台宗の菊紋と皇室の菊紋は無関係
もともと皇室の紋は日月紋 信長の直系を滅ぼしたのは家康
まあ信長亡き後に秀吉に懐柔されて豊臣方に従った子息がバカだったんだけど >>98
現代なら京都アニメーションだな
多くの信者を抱えていた
オタクから金を巻き上げていた 日吉神社は神社のくせに拝観料を取る銭ゲバ
焼き討ちされて当然 >>130
アニメはアニメを作っているけど寺は何も作っていない 無法な事ばかりやってから、延暦寺の権威は下がっており
足利義教は有力な坊さんを集め斬首してしまう、それに抗議し根本中堂で焼身自殺
焼き討ちではないが、義教の影響によって大規模な焼失
さらに細川政元が足利将軍と争いで、延暦寺が足利に付いたので
遠慮なく攻撃、主要な施設は焼けてしまう
世間の目も延暦寺の無法に呆れてたので冷たかった
そして信長
また武家の争いに介入した延暦寺、信長にしては遠慮し話し合いをしたが無視
そして包囲、延暦寺は金貸しをしてたので、金で和睦しようとしたが信長は無視
攻撃は早朝から始まった、家来が夜だと逃げる輩がいるので、日が明けてからにしましょうと提案したから
信長だけでなく家来達も全員殺す気満々
信長の延暦寺焼き討ちが、他の両名と比べ有名なのは再建を許さなかったから
延暦寺再興を運動した僧侶達は秀吉家康に頼むも無視され、家光の代になりようやく再興
信長の焼き討ち後、世間からの非難は少なく、関係深いはずの朝廷は抗議せず
武田信玄など信長と対立してた人は、政略的な面で抗議しただろう
後の世で信長の焼き討ちを悪辣な行為と、発信し語り継いだのは仏教界
南都焼き討ちの平家を悪く言い続けたのも仏教界 でも実際には信長は無人の寺を焼いただけで、史実にあるような大虐殺はしていないんだぞ。
ソースは『信長のシェフ』 源頼朝は平家と戦った興福寺に感謝して興福寺を山と主語にした
そもそも寺社は武士なんて物が現われる前から朝廷に領地を与えられて領国経営してた 秀吉は屑人間
家康は腹黒の極みだが平和な国を作った イエヤスは息子殺したのを
ノブナガさまのせいにみせかける極悪人だからな 坊主殺したら百代祟る
て、煽った方が悪い
現世でも悟らない生臭ばっかりだから
坊主 =聖人は後ずけ 日本人に一神教が根付かないのは
日蓮大聖人が円機順縁の国って言われてるから 信長の叡山焼き討ち?
そりゃまあ「ムカついたから」でしょwww
10年くらい前にはやったインターネットミームでいえば
(あれ? 女子高生の流行語だっけ?)
「ムカ着火ファイアー」ってわけだw ガチギレって意味だネwww
まあ皆がそろって神仏を敬う平時ならともかく
神も仏もない乱世に、大名ならざる坊主がトップでも
そういう武装集団が向かってくりゃ、そりゃその喧嘩は買うんだろうね。
ってかそれ以前に寺門と戦うことについては抵抗ないでしょ
尾張時代から一向宗とシザンケツガと殲滅戦争やってるわけでさwww
そりゃ今更、仏罰は恐れないだろうしw
当たり前のように後に第六天魔王を自称するよなwww >>135
「山と主語」じゃなく大和守護か、最初難解な解釈だなと思ってしまった
室町時代も興福寺は大和の守護をしてたな
戦国時代になると興福寺の勢力が弱まり
興福寺の武装集団から筒井氏が独立し、さらに松永久秀が侵略し筒井氏と対立
大和南部から伊賀紀伊にかけては山ばかりで
南朝のように、ここに拠点置くと、京の支配者は中々攻めきれない
織田政権もこの辺りは手付かずで、伊賀攻めは最初失敗、大軍を擁し2度目で制圧
秀吉とも対立し、小牧長久手後に大軍で攻め落とした
この難しい土地を弟秀長が何とか支配する >>114
中世だと武士に限らず、公家も僧侶も農民もみんな武闘派だな 殺しあいで地位を得る時代だからな
現代の人間の感覚では理解できない >>127
馬鹿は書き込むな(笑 どこに使われてるのかな? 園城寺とかいう、その比叡山に通算14回も焼き討ちされた寺 現代でも軍人は、敵味方の兵隊、民衆を簡単に死なせる >>110
延暦寺より当時は本願寺の方が強かったからな
延暦寺や南都などは僧兵を養い、寺に武士がいる状態だが
本願寺は門徒が集まり戦った、正式な軍人でないのが多かったが
劣勢であっても逃げず、自爆テロするのも多かった
伊勢一向一揆で信長の兄や何人か重臣らが戦死したが、その多くは劣勢となり自爆テロによる犠牲
羽柴軍からは弟秀長が参陣したが、秀長も狙われ窮地になりそうになった どうしてこんな大量殺戮した人が日本史の英雄に
なっているのか不思議。妹の、お市への扱いも酷い。
明智光秀こそ英雄だった 日本では古来から仏教は宗教ではない
政治集団であり、経済集団だ >>114
うん。ああいう性格だからあそこまで行った
逆に言うとああいう性格だからあそこどまり(臣下に頃される) 神仏をもって、別に神仏って何の事は無い物だし
敬意を払うべきは生きた人間、生きた生物、に対してだけで宜しい。 僧兵なんてそんなに強くないからな
「この神輿が目に入らぬか!」で従わせてただけで、そんなのお構いなしな相手にはやられ放題
何百年もそのコケオドシに騙されて僧兵どもがやりたい放題していたわけだが どちらか一方でなければならない理由はない
両方だろ >>150
世の中そういうもんだ
そのときどきの勝者が英雄だ
東郷平八郎は英雄だ 応仁の乱から100年経って戦国大名は安定志向に傾いていたのに、
信長の登場でルールが変わってしまった と呉座先生が言ってたわ 天文法華の乱
一向宗が京都に攻めてくる噂を信じた京都の日蓮宗徒が攻められる前に一向宗の本山だった山科本願寺を焼き討ち
本願寺は本山を山科から大坂石山に移す
勢いに乗って日蓮宗徒は延暦寺の坊主を宗教問答で論破
ブチ切れた延暦寺が六角氏の協力を得て京都に進軍
京都の日蓮宗の寺を悉く焼き払う 天台宗はマサチューセッツ工科大学並みだったからな
軍部は神道で無学だから何回も焼かれた >>158
でも不思議なんだよな
決して統一を成し遂げたわけでも、
天下人として栄華を誇ったわけでもない
部下に恨まれて殺されるというかっこ悪い最期なのに
これほどの人気とは >>160
今じゃ比叡山に日蓮の寺があるんだよな。 >>160
俺もそれについて書こうと思ったけど
延暦寺の悪行知らない人は結構多いよな >>159
腐敗した政治に対する暴力革命よ
暴力革命以外の方法はなかった 延暦寺の僧兵は、日吉神社の神輿を使い強訴
興福寺の僧兵は、春日神社の神木を使い強訴
朝廷は恐れ要求を聞き入れた
寺と神社の関係がよく分からんな >>162
日本一面白い人だから当然
一方の殺した明智とか言うのは、とってもつまんない奴 >>162
王手まではいった
そこで散ったのがかえって伝説になったのではないか
秀吉の晩年のぐだぐだと比較して >>14
信長の兜みつかったのか!?
歴史的発見だなwww 織田信長公があの後も生きておいでなら、日本に原爆なんか落ちてない うつけものったら本当にうつけものなんですよ嘘は書き残さない >>117
荘園や座の支配権持ってその暴力装置として山法師やら神人やら雇ってたんやから、濃尾オンリー時代の信長勢力と同等程度に強力な軍閥たり得たやろな。
一向一揆みたいに国人層まで取り込んだり潰したり強大なヤツは、戦国三傑も撫で斬ったり懐柔したりと苦労してる。 叡山同様に皇室権威を笠に着るトコもある故な。
昭和天皇が今上の結婚に反対していた説も、小和田のおっさん(大使級は勅任)とSGIの関係を懸念したとかいうのが根拠やろ?
まあ「天皇制反対」とか公言した人物が、足利義満宜しく「贈太上天皇位」とかブラックジョークやけどな。 滋賀すげぇえええええ 完全に大阪超えキタぁあーーーー
【現代的新しい価値・文化の創造】
1.ゆるキャラ(ひこにゃん)
2.イナズマロックフェス (西日本最大)
3.オペラ
4.ビワイチ(自転車 琵琶湖一周)、ウォータースポーツ、グランピング
5.ラッピング(路面)電車
【著名な観光地】
1.比叡山延暦寺、三井寺、石山寺、坂本・日吉大社、近江神宮、おごと温泉、びわ湖バレイ
2.彦根城、安土城
3.長浜黒壁、竹生島、多賀大社、メタセコイヤ並木、湖東三山・鶏足寺・永源寺(紅葉名所)
4.八幡堀、近江商人屋敷、水郷、ヴォーリズ建築(旧豊郷小 他多数)
5.信楽焼、琵琶湖博物館、佐川美術館、MIHOミュージアム、甲賀流忍者
【美味名物・食文化】
1.近江牛、鴨料理
2.鮎、ビワマス、ホンモロコ佃煮、ふな寿司
3.焼き鯖そうめん、近江ちゃんぽん、比叡そば、伊吹そば、来来亭
4.近江米、近江野菜、朝宮茶、近江の地酒
5.叶匠壽庵(和菓子)、クラブハリエ(バームクーヘン)
大阪 → たこ焼き(笑)串カツ(笑)ハルカス(笑)偽大阪城(笑)道頓堀(笑)橋下劇場(笑)
. >>170
信長路線なら日本が西洋かぶれになって、早いうちに植民地にされたんじゃないかと思うよ
結果的には徳川の鎖国が一応、国の形を残したんじゃないかな 実在しない神仏の祟りとかで信者を洗脳して戦乱起こす邪教カルトこそ神仏を恐れてないだろ >>178
アンボイナ事件に絡んできそうではある
イギリスとオランダの対立に
信長の治世じゃなく秀信の世だろうけど 当時の坊主は酒は飲むわ女は抱くわで世俗にまみれてた >>166
強訴の相手が「尊貴な神の子孫」と言うタテマエで権威示してるから効くんじゃね? それでいて退位後仏門に入るから余計か。
桓武以来を一つの王朝と考えりゃ、始祖が国家鎮護の礎とか認定した叡山が偉そうにするし、摂関家由来する大和興福寺と春日大社がオラつけば、藤原一門に響く構造と考えりゃまあ大体当たりやろ? 時として皇室や藤原一門を護った暴力装置でもあるしな。 宗教が政治に絡むとろくなことないといち早く悟った賢者が信長。 >>13
キチガイサイコパスじゃないと人の上にたてないからな
大虐殺者で今で言うポルポトや麻原彰晃
創作物で盛るのはマスコミの得意技
ちなみに織田はキリスト教に傾倒しててロスチャイルドが支配する今のマスコミには都合がいい >>184
当時だけの話ではないのがミソだと思うの >>166
神仏習合だから、神は仏の化身なんですよ 比叡山の僧兵には白河天皇も困ってたって平家物語に書いてあった >>180
平清盛などは尊重して書き残されているから滅茶苦茶な時代だろうな
今のイメージも盛りすぎで、バカだと書かれているなら鳩ポッポや空き缶みたいなものだろう 信長が事実上のクリスチャンだから仏教が嫌いだったのが大きい 東京(江戸っ子限定) 徳川様 将軍様 権現様 秀吉嫌い 信長は普通
神奈川 鎌倉ガー 北条ガー まあ徳川派 秀吉嫌い
静岡 家康大好き 信長好きじゃない(義元とか知らない)
愛知
三重 信長嫌い 徳川がまあまあ好き
岐阜 信長大好き
滋賀 信長好き 秀吉もまあ好き 徳川も好き ←わけがわからない
京都 秀吉大好き 信長大嫌い 家康超嫌い
奈良 秀吉というか秀長好き 信長嫌い
和歌山 徳川好き 信長嫌い
大阪 太閤はんは神 信長は太閤はんの上司 家康、徳川は死ぬほど嫌い >>1
当時の比叡山は腐敗の温床
まさに生臭坊主の本拠地
坊主のふりした山賊
つまり、比叡山は滅ぼされて当然の存在だった
信長じゃなくても、いずれ誰かがやってた >>184
禅師とか呼ばれた御皇胤な一休さんも、飲酒妻帯普通にやっとるがな。
世俗に交じる事自体は否定せんが、自前の暴力装置を用いて武家秩序を乱す類は容認しねえ!って事やろ? 政教分離の核心やんけ。
法治なローマ帝国がキリスト教国教化で急速に弱体化して行く過程なんて当時の日本人は知識としては知らんやろうが、切支丹の浸透含めて中世の論理は体感で学んでる話やからな。
楽市楽座をイデヲロギーとして考えれば面白い。 >>192
比叡山は今でも神仏習合、千日回峰行者は修行の間、玉体杉から京都と御所の平安を祈り、日吉大社に詣でる。 暴力で政治に介入する厄介な存在だったからな
平等に天下布武しただけだろ 織田信長の正体は牛頭天皇スサノオ系の神社は焼かずに残しているということ、天照大神系の神社は焼き払ったということだな 当時、ていうか、それより遥か以前より宗教勢力による
政治介入は当たり前で、信長の時代とか、戦国大名と変わらない
当然、屈服させる対象なわけで >>178
いやそのうちイエズス会がブチ切れさせてただろ
カネになるから受け入れてただけでデメリット出れば切るよ
実際、秀吉も切ってるし このころ世界は植民地支配やってたし信長も中国支配ねらってた
いずれ海外勢に攻められたら日本詰むから >>198
つか、明治維新で明治政府が徳川は圧政=悪
維新はそれを救った。ということにして
それの関連で豊臣秀吉=善 にしたからな
これが戦前まで続いた。
秀吉は水飲み百姓の父なし子の被虐待児でありながら
努力と人柄で天下人になった、お前らも頑張れば出来るということにした。
実際出自と努力はその通りだが晩年の残虐さは語られなかった 首謀者は比叡山の領地が欲しかった明智光秀ですよ。信長様は消極的だった >>56
石山合戦中の顕如発給の文書をいくつか調べたことがあるけど戦国大名と何ら変わらんよ
他国の大名に援軍や後詰めの要請したり、兵糧搬入の手配の指示、鉄砲や銃弾等の火器の手配、大坂湾の船の警備、門徒による国境警備の手配等、
自身の知名度の高さや権威を利用して大国の大名並みかそれ以上に上手く立ち回ってる U ・ω・) 自らをマスコミと称しつつ反日朝鮮人の総本山になっているNHKも焼き討ちされるべきでは? >>9
まあ、金満でない宗教は今も昔もいないと思うが
日本の場合それを内部から改革しようという気配も見えないから 秀吉のほうがマシだろ
キリスト教禁止したのは大正解 まあ、武将イメージの出どころは史実ではなく司馬遼太郎と大河ドラマだし >>7
それ。僧侶を虐殺したって聞いて今の袈裟着たお坊さんをイメージするんだろうけど、実際は闘う気満々で完全武装してる僧侶だからね >>209
晩年の残虐さって朝鮮出兵のことかよ
サヨクの秀吉嫌いはすさまじいな >>146
即位の儀式で使われてただろ
金の丸、銀の丸の入った旗見なかったのかよ 羽柴なんて2Fみたいなキモいオッサンだろ
信長はキリシタン故か愛せれキャラだったのか知らんが、誰かが持っている つうか、信長の死後に秀吉が短期間で天下統一できたのは
信長が死んだおかげで、敵を作り過ぎる強硬路線を止められたってのがあるからな
信長が生きていたらもっと時間がかかっただろうし
一代で統一できなかった可能性も十分ある >>218
秀次妻妾皆殺しとか、バテレンの耳切り落としとかだよ
何でもかんでも朝鮮に結びつけんなネトウヨ 第六天魔王「魔界の炎を舐めるなよ」
坊主「ひえー」 >>88
奴は30歳まで童貞を貫いた魔法使いだから許されるのさ しかも現在にも残る葬式仏教の悪行
葬儀で数百万と延々と無駄手間と金のかかり儀式
完全に根絶やしにすとけばよかった >>210
最後まで延暦寺の焼き討ちを反対してた光秀がそんなわけなかろう
仏をも焼き払う信長に対し 一殺多生の考えから行動を起こしたにすぎない
しかも謀反そのものを秀吉に煽られ利用された説もある よくある手法の一つでしかない
モンゴル帝国が多用していた 真面目な話、無神論で血生臭い戦国時代を生き抜けるとは思えない
成仏があるからこそ命をかけて切った張ったができるのだろと。
切腹もそうだ。普通の精神じゃあんなことは到底できない
宗教的観念があればこそ、極楽浄土があればこそできることではないだろうか? >>219
ん? 十六葉八重表菊は、天皇および皇室を表す紋章である。俗に菊の御紋とも呼ばれる。親王などの皇族は、
この紋の使用が明治2年(1869年)の太政官布告をもって制限され、1926年(大正15年)の皇室儀制令(大正
15年皇室令第7号)13条により「十四葉一重裏菊」が皇族の紋章とされた。 (-_-;)y-~
比叡山燃やした人って、後にも先にも織田信長しかいないとこがおもしろいよなぁ。
信長が燃やしてくれたから、
秀吉も家康も燃やす必要がなくなり、キリスト教の方に取り掛かれたとも言えそうやし。 秀吉や家康が旧教国のスペインを信用しなくてよかった 武器だけでなく、領地も資金も持ってて
デカい宗教団体は下手な大名よりよっぽど力あったから。 信長は神道派
キリスト教は仏教と潰しあわせる為に入れた >>232
キリスト教がやって来たことや今もやっていることを見れば納得がいく
他にやろうと思うやつもいなかったのになぜかだ
自警団を悪者に仕立て上げて、だから一方的に殺していい、まさにキリスト教の所作 >>7
当時の寺は武装して寺領も維持してたし、イケイケで戦国時代してたしなあ。
一向宗が支配してた地域もいくつかあった。
信長は一向宗には手を焼いていた。 世情が違い過ぎる
平均年齢も低いし
人がすぐ死ぬ社会
人の命が軽いのは当たり前の社会だから
麻痺と言うか、時代背景からしたら
ごく普通かちょっと延長した程度 信長が警告してたのに
浅井・朝倉の兵を比叡山に引き入れたなら
そんなにおかしくないだろ
だいたい数千の僧兵いる時点でな 我が国を宗教支配から解放した英雄だろ
欲望まみれの殺人集団どもを粛正してくれて良かったぜw 信長がもう少し長生きしてたら高野山も危なかったかもしれんな 神道の中の派閥争いだよ、天照大神を拝むかスサノオを拝むかでは全く意味が違ってくる、
日本の仏教はネストリウス派の景教徒、東方キリスト教が変化したものが日本式の仏教 >>58
比叡山延暦寺も浅井・朝倉をかくまった後朝廷の仲介で信長と和睦してる。
「浅井・朝倉が撤兵した後に決して寺に攻め込まない。」って一筆書いて朝廷にも
差し入れてる。
けど、焼き討ちしたんだよなあ。 宗教に属する人だから殺してはいけないみたいな言い分だわな
宗教だろうが軍事だろうが経済だろうが権力を持ちすぎれば危険視されるのは当たり前
焼き討ちされた叡山側がうまく立ち回れなかっただけの話だろ 信長の正義は結局上意何だろうなと最近思うわ
本人はそう思って行動してたんじゃねえのかなと >>245
なにを無茶苦茶なホラ吹きしてるんだ
いい加減にしろ >>232
そこが日本の面白いとこだよね
主君への忠誠とか自己犠牲が倫理観念になって宗教教義みたいになってる
武士道的思考は奉教者でも共感出来るとこが多いんじゃないかな (-_-;)y-~
土佐から雨雲が接近してる@北摂
オイル交換できんわ・・・ >>244
高野山は用済みのヤツを追放したりする利用価値があるのでセーフ >>234
天皇家の御紋として菊の花が正式に採用されたのは後鳥羽上皇の代になってから
後鳥羽上皇は菊の花が好きで天皇家の調度品などに菊の紋を使用するようになってそこから天皇家の紋として使用されるようになったんだよ
それ以前は天照大御神と月読尊を表す日月紋が天皇家の家紋だった
幕末に使用された「錦の御旗」で有名な紋ね
今でも即位や大嘗祭とかの天皇家にとっての重要な儀式では日月紋が使われてるよ
今上の即位礼でも日月紋の入った旗があったの見てないの? >>169 見つかってはないが伝承だと信長の兜はこんな形
http://ningyo-kanie.jp/wp-content/uploads/2017/03/img_kabuto_01_00.jpg
織田家の家紋の織田木瓜紋は子孫繁栄を願っていて
家紋の周りの御簾は神の御加護を現してる
信長は神仏を軽んじていたわけではない むしろ頼ってた
比叡山焼き討ちに関してはやるしか信長が生き延びる道がなかった >>246
お前はキリスト教か
そもそも僧侶はいつも軍事行動していては飯は食えない
そんなに力かあるなら一度でも合戦になったのか、なるわけがない
一方的な虐殺だ
自警団を僧兵と呼びたいなら僧司令官はいたのか、そんな事実はない >>235
叡山を一番派手に燃やした人と言えば細川政元さんだと思うが 比叡山焼き討ちをやったから寺社の利権が奪った
秀吉の統治がうまくいったとも言える
太閤検地は寺社や貴族ではなく
武士が米を徴収することになった象徴的出来事 >>254
昔はどーでもいい、、今使われてるのが菊の御紋。 往生際が悪いぞ。 殺らないと殺られる世界なんだから
神仏だろうと敵なら殺るしかないだろ >>257
東大寺燃やし選手権チャンピオンは松永さんかな
と思ったら平重衡が先にやっていたのか 比叡山が糞
逆に純粋な信仰心もってたら率先して焼き討ちするレベル 荘園制の壊滅はのちに武士が納める世には必要だっただろ
江戸時代が長く続く制度を作ったのは信長と秀吉なんだよな >>263
純水な信仰なら火を付けるとかチョンイルみたいな真似はしない
折伏すればいいだけ >>235
うちの爺ちゃんが昔のことだからあんま記憶ないけれど
1435年 足利義教
1499年 細川政元
信長の前に2回やってるわって言っていた >>244
石山本願寺が片付いたぐらいから対立が始まったな
全国を行脚する高野聖を捕らえ斬首
小規模だったが戦闘が少しあったみたいだが、本能寺で信長と高野山の対立は終わった 信長は単にリアリストなだけだ。
そんなにおかしい行動してないし。 御所の普宏院も細川の右京兆も叡山燃やしてるけど
信長の焼き討ちが政教分離の決定打
同じ第一世界の西欧との違いがここではっきり分かれた感じ 財務省も焼き討ちして欲しいわ
政治から切り離してくれ (-_-;)y-~
叡山甲子園何年振り三回目が、織田信長ってことか。
覚えておく。 秀吉の晩年も実際に残虐だったのかわからん
秀次が悪かったのかもしれない
徳川による秀吉サゲの影響はある >>262
重衡はともかく久秀のほうは東大寺が敵方陣地じゃなきゃ燃やす気はなかったと思うけどな >>260
誰も菊の御紋が天皇家の家紋じゃないなんて言ってないけど?元々の家紋は日月紋で菊の花を家紋にしてからも現在に至るまで儀式で使われてることを知らなかったのを素直に認めたら?往生際が悪いよ 焼き討ちされるような事をしていた比叡山側も悪いと思う。 >>268
父の細川勝元は応仁の乱で教科書に掲載されるが
戦国時代は応仁の乱でなく、細川政元のクーデタ明応の政変から
最近この説を重視するようになり、教科書で細川政元の名は掲載されるようになったかもしれない
しかし細川政元の比叡山焼き討ちまでは、教科書に掲載されてないはず 信長ばかり話題になるけど秀吉だって根来寺焼いてるし
家康も三河の一向一揆を軍事力で鎮圧してるわな >>273
信康と秀次の悪行が同じテンプレに則っているのは気になるところではあるな >>246
ジャップ仏教は妻帯許可してるエセ仏教なんやで 最近の発掘調査で
実は全部焼いたわけではなくちょっとだけ燃やして焼いたことにした
女子供まで焼き殺したというのも大袈裟に報告しただけ、死体など存在しないのが分かったんだよね
実行者の光秀は仏教徒で寺を焼きたくなかったし焼けた分は光秀が再建した >>247
攻め込まない、じゃなくて租税免除等の特権現状維持の約束じゃないか? 大六天魔王は名乗るようなものではないバカ過ぎて話にならないやつだとわかる
大六天魔王だから火をつけていいと、悪者だから何をしてもいいと、発想が外道すなわちキリシタン >>280
キリストもイスラムも仏教も他の宗教も
必ず政治と結びつくし、その時点で純粋な宗教でなくなるからな。 >>280
まぁ、日本の仏教僧は肉食妻帯が当たり前だからな
日本の坊主が宗教者としてあんま尊敬されてないのもわかる >>280
まあ、日本の坊主は僧侶じゃなくて在家なんだよ 秀吉は坊さん切るの躊躇って光秀がノリノリでやりまくってたんだっけ (-_-;)y-~
室町時代の足利義満以降、全然知らんねん。
大学は、金閣寺、竜安寺、等持院、妙心寺と足利勢力に包囲されてたのにw 当時の坊さんは
今とは比べ物にならないくらい
とても威張っていた
武士とは別に
勝手に租(税)を農民から取っていた
つまり農民は
武士と坊主に二重に税を取られていた
信長はこうしたエセ宗教を
許すことが出来なかった >>256
自警団じゃないだろ
元弘の乱に参加しているし
かなり力もっているわ >>288
当時員に足利将軍の木像が並んでるだろうに >>289
バカで無学のくせに威張っているのは信長だろう
朝鮮人みたいに姑息に火を付けるとか
堂々とタイマン張れもしないチキン >>281
最近の説だと叡山総山の焼き討ちはなく根本中堂などの大伽藍を焼き払いあくまで見せしめとしての効果を狙った
叡山僧兵が坂本など麓の町々に点在して居陣してたこともあり、撫で切りもなかったって説を唱える研究者が多いな 昔、信長の子孫がテレビ番組に呼ばれて語っていたが
殺された僧侶の祟りがあるので、未だに一族の間には比叡山には近寄ってはならないとの言い伝えがあるとか。
そう語った本人も、一度比叡山の傍で車のブレーキが効かなくなった経験があると言っていた。 >>292
基本的に武将は脳筋だろ
学のある参謀がついてるだけであって 信長は既存の権力をひどく憎んだ
無能な譜代の重臣
なぜか武装している僧侶
役に立たない幕府
信長が生き延びていれば
天皇制の破壊も
可能性としてはあったと思われる (-_-;)y-~
北薩出水郡の薩州島津家が足利将軍家と仲良くて、近衛家とも仲が良かったらしい。
でも、秀吉朝鮮出兵で七代目で滅亡。
藩政時代は、薩州島津家第五代島津實久が、国賊第一等にされて、
薩州島津家のことを口にすることすらはばかられて、史料も散逸。
Sファイル作る前に薩州島津家のことを調べたけど、
史料が少なくて、よくわからんねん。 現代の寺社の感覚だから話がおかしくなる
本堂が政庁で軍事拠点の城、その城下には、信者兼僧兵の住む防衛に適した街がある
いわゆる戦国大名と言われる方々と、何一つ変わらない >>278
家康は一向一揆はめちゃくちゃ手を焼いたからな
その時の苦い経験が後々の対本願寺に反映してる そもそもなんで田舎武士の成り上がり信長が天下統一しようとするんだよ
京には非力でも将軍様が居て天下は統一されてる状態、大名たちも一応は将軍に従ってた
将軍をないがしろにするから信長包囲網とか作られるんだよ >>297
何故か武装してるって言われても
平安の頃から法師は武装するもんだぞ
ぶっちゃけそこいらの武将より断然強い 今ならピッコロ大魔王とか旗を立てたヤンキーだぞ
痛いなんてモノじゃなない >>297
信長はむしろわりと守旧派保守派よ?
革新者イメージついちゃったけど 荘園制が崩壊して
寺社領も崩壊する
まずキミラは時代背景が分かってない >>296
馬鹿に大名なんてできねえよ
領国経営しながら隣国と戦するかのにらめっ子やぞ >>302
誰も助けてくれない将軍様に手を貸してくれた物好きが信長だったからだな >>302
まあな、信長自身が将軍家に対する逆臣だからな ひと昔前は、秀吉が圧倒的に人気だった。
信長はむしろ脇役。歴史小説家も、太閤記は書いても信長を主人公にする発想は少なかった
(国盗り物語も主人公は斎藤道三。連載延長で信長編が追加された)
信長の先進性をもてはやすようになったのは最近のことで、
それまでは焼き討ちや光秀イジメなど残虐な独裁者イメージが強かった。
秀吉は底辺から知恵で出世した明るいイメージ。
田中角栄を今太閤と呼んだのも悪い意味は含まれてない。晩年のことはあまり語られなかった。
ある時期から朝鮮出兵などで秀吉をディスるキャンペーンが始まった その当時の比叡山って麓の雄琴温泉で酒と売春しまくり、寄進で贅沢三昧、
宗平の暴力とかこの権威を振りかざした凶悪集団だったのに キリシタンは大量破壊兵器をもっている!とか言って虐殺するからな >>302
当時の足利将軍は非常に非力で一時は信長のお陰で
将軍やってられたようなモノ、
まあすぐに仲たがいするんだけどw >>289
延暦寺って金貸しもやってて返済できないと娘を連れてくとか平気でやってたらしいな。で信長ブチ切れの末焼かれたw 大寺が武力・資金を持ち圧政・腐敗した日本史上まれにみる時期だろな。秀吉のころには宗教に力を持たせてはいけないと日本人は学んだのかもしれない。
僧侶は信仰心に付け込んで信者の犠牲はいとわなかった。自ら仏の道を否定した極悪集団。信長・秀吉があいつらの力を削ぎ統制下において本当に良かった >>34
カルトっていうのは、お前ら共産党員のことを指すんだよ 比叡山の僧侶を裏で動かしていたのは朝廷であり、朝廷と幕府は常に対立関係であると云うことになります >>66
安倍ちゃんが創価公明を飼い殺しにしたように、信長も日蓮宗のことは手元で飼い殺しにしていたんだよ 平安時代から寺社は荘園を持っていてそれを守るために僧兵を持っていた
鎌倉時代以降、経済の発達とともに門前町を形成し経済の中心となった
大寺院は大きな経済力と軍事力を持ち、さらに土地の制約を超えた信徒の動員力を持っていて、
普通の大名より強かったのである
信長のような大勢力が出てきて初めて大仏教勢力と対決することができた
それでも信長は本願寺を軍事的に屈服させることはできなかった
それくらい寺社仏閣の勢力は強大だったのである >>317
墾田永年私財法の時代も酷い有り様だし
白河天皇もアイツら好き勝手ばかりして全然言うこと聞かないとか言ってた >>302
幕府そのものが軍事同盟政権
室町幕府の直接権力なんて京都より西側にしか及ばない
権威が失墜すれば世が乱れるのは当たり前の話 そもそも
ノブナガさま裏切ったのは
ミツヒデだけじゃないからな
織田信行
足利義昭
荒木村重
別所長治
松永久秀
明智光秀
ノブナガさまは何度も裏切られてる
裏切られ慣れてる 墾田永年私財法なんか
どんどん開拓して摂関家や寺社に寄進したほうが
お得な時代だったからな
そして摂関家や寺社がどんどん強大化していくことになる 徳川が清とオランダだけ貿易させたのは頭いいな
スペインつぶすのがねらいだろ 摂関家や寺社にあげて
その庇護のなかで、不入の権、不輸の権を手に入れるほうがお得
租税回避できるからな >>326
それも同じ奴に複数回あるのが信長なんだよな
寛容というか気に入った奴には甘いというか >>327
国への年貢が、公家や寺社に納める形となり
全国各地に地主となり金は遊んでても入り放題
苦労し開拓し年貢を納め、周囲の武士団は隙があれば攻めてくる
朝廷は軍隊を放棄し、トラブルは勝手にやりなさい
こんな状況では平将門さんも怒りますわ、その後300年もよく我慢したな この時代の比叡山の坊主は宗教家ではないから何の問題も無いだろうね
あとは一向宗もそうだな
宗教家が自分たちの利益のために門徒をそそのかして敵対者を殺すことを
賛美するのは明らかにやり過ぎ >>330
だいたい松永さんのせい
つーかアイツみたいな日本人他にはいない 発掘調査の結果、一部しか焼けてなかったんじゃなかった? >>328
それだけスペインは、江戸幕府を脅かすような軍事大国だったのであろう
スペインの戦争の歴史上、余剰武器が入ってくるからな オランダは欧州の親日国で徳川幕府に世界情勢を教えてくれてたんだが、
第二次大戦を経て、欧州屈指の反日国に変わってしまった… >>331
イギリスも撤退して独占貿易だしオランダ
結果的にはインドに集中できてイギリスが世界帝国になるわけだが >>117
僧兵って言われる連中だけだよ
フツーの僧侶は今と変わらない 信長生きてたら朝鮮出兵どころか大陸にまで無理やり進出しようとして大敗北
国力落ちたところを逆に清に攻め込まれて日本は中国の領土になってたかも
もしくはスペインの植民地にされてた
本能寺で死んで良かったよ! 徳川さんの当主はなんかの選挙に出たよな
泡沫として >>341
本能寺の頃には信さんもうご隠居様だったがな 織田どのが赦免開城を約したので、長島からぞろぞろ出てきたところを、鉄砲や火矢を射掛けたので寺側が必死に抵抗し、弟信興や氏家卜全は討死した >>341
信長の良いところは、身分出自問わず、能力のある者を取り立てたこと
進言を取り入れたこと
実に合理的だったこと
強力なトップダウンで部下が従ったこと
だから秀吉のように朝鮮へ道案内希望なんてしないだろうから
朝鮮はいきなり焦土だろうね
あとは明との戦争オンリーだわ まあ、徳川は賢い
日本の形が残ってるのは徳川のおかげ 信長の時代に清朝はまだないし
スペインが日本を植民地にするほどの軍事力があったわけでもない >>348
オレは司馬史観に被れてるから、日本人が内向きになったのは家康のせいだと思ってる
江戸期以前の日本人は冒険心にあふれていた 現代の宗教というイメージに引きずられてしまうが
当時の仏教は既得権を守るための武装集団だからなあ >>354
政治に口出す今の財務省と一緒だな
国税という武装集団も持ってるし >>353
明治維新は機が熟したってことで、それまでは内向き太平でよかったんだよ 徳川は藩主の世襲以外はもう少し能力主義を取り入れるべきだったとは思うけどな >>348 >>353
徳川家康も若いころは猪武者だった
ナメやがってとすぐカッとなって攻めかかるタイプ
ところが武田にボッコボコにされて、やたら慎重になった
その武田家が滅び、織田信長が謀反で消え、豊臣秀吉が跡継ぎ問題で弱体化、
攻めてばかりいても滅んでいく
時代の勝者となっても消えていく
内向きにもなるわな 現代もそうだけど
宗教家は例外なく全員詐欺師だから
政権の意に背くやつは、全員虐殺されても仕方ないでしょう。
だって、オレオレ詐欺師より荒稼ぎする奴らですから。 天下統一見えてきたら身内で固めようとしていたし
生きてたら自分に対抗できるもの粛清しまくるスターリンタイプになってたと思うな 悪さしてる宗教や宗教もどきは、再び弾圧した方が良いと思うけどね >>331
単に、オランダ人にキリスト教色が
薄かっただけや。 >>363
地球儀見て、「日本はこんなに小さいのか」と驚いていたはず
粛清は程々で直臣を使って間違いなく海外派兵はしたと思う >>302
信長の前に三好長慶によって室町幕府は乗っ取られかけたようなもんだろ
13代将軍は長慶の部下の松永久秀によって殺されたし 時代を改革する奴ってどうしても狂気入るよね。皆が良いと思ってる常識を壊すわけだからね。
幕末の長州みたいなモンでしょw 全肯定は勿論出来ないのだが、要素として必要 当時、尾張より東は魔界の住む土人地域
ヤマトヒメノミコト(ヒミコ)がヤマトタケルノミコトにクサナギノツルギを渡してることからも分かる
なんで愛知に白山神社が多いか?
愛知県より東の各都県の部落には、必ずといってよいほど白山神社が祀られている
愛知県は、西日本と東日本のちょうど中間地帯だが、部落内に白山神社があるのは、かつての三河国に限られ、尾張国には存在しない
愛知でも三河に集中してる
三河の東国武士()なんか、ほぼ元エタヒニンだからな
ココが境界
クサナギノツルギが祀られてる熱田神宮がある理由を考えればいい
ヤマトヒメノミコト(つまりヒミコ)がヤマトタケルノミコトに託したツルギになる
ノブナガさまも東国からやってきた夷人雑類をやっつけるまえに
熱田神宮にお参りして桶狭間で東国の夷人雑類(今川義元)をやっつけてる
ノブナガさまはヤマト民族だからな
イエヤスはエタヒニン 死をも恐れず武装化した僧侶とその信者は今で言うテロリスト
焼き討ちの何が悪いねん 足利家の先細りっぷりはかわいそうだよな
将軍なのに田舎で幽閉されてしまって >>334
松永久秀についてはNHKの「歴史秘話ヒストリア」で最高の2として取り上げられていたな
三好長慶の2ってことでそれは長慶の死後も変わることなく長慶の遺児の援助もしていたとか
久秀にとっては信長なんて主君でも何でも無かったんだとw >>348
日本史上における最高の重要人物は
天智天皇・紫式部・徳川家康なのに
家康は日本人から過小評価されとる。 >>354
そういうこと。
イスラム国に天台国は何も変わらん。
テロリストは皆殺しでいい。 人質のタケチヨを救ったのノブナガさまだからな
ノブナガさまがいなかったらイエヤスはこの世にいない >>374
わずか3代で母方の親戚に全滅させられた鎌倉幕府よりマシじゃねw >>294
藩主の家系って今でも変死多いんだってね密かに しかみ像を描かせて大事にするのが家康のすごいところ 自分の台の反省から、家督継承を早期に済ませて盤石な引き継ぎ整えていたのに
まさか嫡男ごと弑逆されるとは思わんかったろうな。 (-_-;)y-~
薩摩藩って鎖国してる感じが全くしないんやけどな。
政治的にも地理的にも。鎖国と言う名の平和があったって感じしかしない。
阿久根からでも、海を使うと天草経由で長崎は近いからなぁ。
密貿易しまくりで、大坂蔵屋敷で密売しまくり、贋金作りまくりやったしなぁ。 だいたい歴史上のリアリストって神仏の威厳が通じない合理主義者
だからこそ世界を動かせる >>383
あそこは大丈夫だろう。かなり怪しいからw パワハラ事件は騙られた織田家のほうのじゃないか 幕府なんてものは朝廷に武力であだ名すゴロツキと相場が決まってる、朝廷からすれば織田信長は煙たいし工作もしかけましょう、
手始めに朝廷の子分の比叡山を焼き払ったということか、
しかし最後はイエズス会が用意した当時最新兵器のバズーカ砲が本能寺に命中して焼き払われたのには何か裏があるのかなと思う、
織田信長は所詮はイエズス会のエージェントに過ぎないのか しかし、義輝が殺されていなかったら信長の上洛もないだろうしその場合
普通に今川義元打ち取った英傑で終わっていたかもね 延暦寺焼き討ちは3千人程度。越前、長島一向、伊賀の乱は各1万〜2万数千人を殺害
長島のは籠城干殺しの上に降伏して出てきたのを鉄砲で女子供含め皆殺しだからな Q: なぜ、寺社は、僧兵で武装したか?
A: 当時、坊主は武家出身者たちだったから。
武家の次男坊以降は、お家騒動を避ける為に出家した。
なので、名のある寺社には、武家出身の僧侶がわんさか居た。
だから武装した僧兵になるのは当然の帰結www (-_-;)y-~
豊臣秀吉って、
若い頃にどこでどういうふうに織田信長の桶狭間を見ていたのか気になるねんなぁ。
秀吉の記録って、美濃攻略から出て来るやろ。
その前はどこで何をしてたのか、よおわからん人やしなぁ。 >>54
秀吉が見事に継承してるよ。以下、順不同。
・大阪築城
・朝鮮出兵
・キリシタン弾圧
etc. やりたい放題やってた僧兵がそんなに畏れ多いものだとは思えん(´・ω・`) そりゃ江戸時代になるまではどの宗派もそれなりにドンパチやってたんだろうけど、
延暦寺は京に近いせいなのか何なのか、やたらめったら目立つな 僧侶の肉を食らえば長命を得られるから それを聞いてから坊さんを見ると食べたくて
食べたくてかぶりつきたくなる 当時の坊主共がやりたい放題のガチ屑共だったからだろ 袈裟を着た野党を野党として一族郎党処理したまで
宗教家など一人もいない というかなんで比叡山は浅井朝倉を匿ったりして擁護したのさと
さんざん警告されて無視して焼き討ちされてりゃ世話ない 信長が宗教を叩いて政治に口出しさせないようにしたから日本が進歩したんだろ
どんだけ利益があったと思ってる
宗教が政治に口出しする弊害は創価学会見てりゃわかるだろ 酒池肉林の現在の坊主どもが税金払わないのは納得いかん ノブナガさまは桶狭間出陣まえに熱田神宮にお参りしてる
ノブナガさまは安土に浄土宗の寺を建ててる
ノブナガさまは信心深い >>374
足利義昭は秀吉の代には許されて戻ってきているよ。 >>402
まさか焼き討ちまでするとは思ってないし、浅井朝倉健在の時点でだと信長完勝は予想出来ない
結果知ってる後世の我々からすると意外かもしれないだけど、対抗勢力が勝つ可能性もけっこうある。
保守勢力としては織田より、包囲網形成してる毛利や武田が好ましい >>282
攻めないと約束してる書面が残ってる。
天皇にも約束してる。だから和睦できた。
んで、終わりに戻って一向宗を退治してすぐに延暦寺を焼き討ちした。
天皇に対する不義理にもなるけど、それだけ怒り心頭だったってことか >>137
士農工商エタヒニンを作ったろくでなし糞徳川 >>281
けど太田牛一がその部分だけ大幅に捏造したとは考えにくいんだよね。
他の部分の詳細な記載は同時期の日記や手紙で裏付けられてるし。
しかも、信長がなで斬りにしたと書いた書面もある。
なので、焼いたのは一部のみでも、なで斬りは事実かなあって感じがする >僧侶たちは武装し、仏罰を恐れて満足に抵抗できない市井の民たちに対してやりたい放題のありさまであった。一方、こんな僧侶たちの暴挙とこれを許す富豪たちを、京入りした信長は嫌い
信長じゃなくても私もこんなクソ坊嫌いだわ >>16
今の坊主は江戸時代に骨抜きにされた去勢集団だな。 寺云々だけじゃ説明つかん。
お諏訪さまも焼いてるしな。 酒池肉林の坊主が悪い
女子供は逃がした後に焼き討ちだし
一年前に予告してるし >>7
当時の比叡山は毎夜の如く乱痴気騒ぎしてて治安を乱してたというのはかなり有名な話 >>1
念仏唱えず武器を振り回していたのだが・・・・( ・∇・)
どちらが神仏恐れるだったのかな?( ・∇・) >>265
あらゆる物をチョンに結びつけないと死ぬ病気になってるお前みたいなキチガイには理解出来んだろうから理解しななくていいよ
当時の比叡山は焼き討ちされて当たり前の糞だから 延暦寺が鎌倉以降延々と政争と内乱の拠点としてバチバチだった事実から目逸らし。
基本的に脳筋の極みみたいな修行しとる連中だっての忘れてないか?と 熱田参りしてたしリアリストなだけでしょ
信心がないわけでもないと思う 比叡山も単なる権力集団だろ。
特に密教は現世利益を魔術で実現すると言うある意味フィクサー的な暗黒集団。
常に権力者と密接な関係にある。 寺社を焼き討ちしたのは信長だけじゃないのに。
なぜか信長だけがクローズアップされるこの国の不思議w 当時の僧兵なんて地方豪族みたいなもんだろ
敵対するなら潰されて当然 何であるとも無いとも分からないあの世や神仏をビジネスにして逮捕されないの?織田さんは分かってた。時代をかんがえたらそもそも存在してる証拠が全くないから恐れる必要がないと。 >>1
信長の頃は宗教は武力持ち合わせてた
信長は宗教から武力排除させたから
後の世代家康は宗教の管理が楽だったとも言える 琵琶湖の水運も比叡山が握ってたからな
実際には寺を焼いたというより、富の源泉になってたふもとの坂本の街を焼いたということらしい 武装してるだけじゃなくて領地から税金も取ってたからね
ちょっとした国だよ当時の大寺院は 比叡山だけでなく越前の一向宗も根こそぎ焼き殺せばよかったのに。 本気で仏様に仕えてるのなら、武器を持って戦うという事はやらない、とういか出来ないはず。
神仏を恐れないというよりも、「こいつらと神仏は関係ない」と考えたのかもね >>1
延暦寺が書きたいのか、本願寺を書きたいのか、どれやねん >>408
そういう問題じゃあないんだよなあw
僧侶の本分忘れ、自ら武士の戦に首つっこんでるんだから
そりゃあ焼き討ちくらってもしゃあないだろ
「俺たちは戦に介入するけど、俺たちは神聖な僧侶だから攻められるはずはない」
って驕りたかぶりでこのザマですよ
それにしても、どっかの人権や平和を盾に暴れまわる連中とよく似てますねえ >(文・写真:『東京のパワースポットを歩く』・鈴子)
読むんじゃなかった λ… 我ら仏に使える身。朝倉だろうが浅井だろうが助けを請われては助けない道はないよのう。 >>212
その資料、どこで見れました?よかったら教えてください >>437
越前一向一揆でぐぐれ
ついでに、一向一揆の糞なとこもよくわかるぞ 空海に比べると最澄はなんちゃって悟りに思える
信長も延暦寺は権力ばかりでちっとも有難く思ってなかったに違いない >>427
高野山も信長と揉めてたが、信長がさぁ潰してやるぞって本気だそうとしてたタイミングで本能寺の変が起きて命拾いした 戦国時代は、宗教集団は武装してたし、経済利権もあった
強力な中央集権志向の信長には目障りだった
共産党の宗教嫌いも同じ >>371
何処が?
◇元弘の変(1331〜1333年)室町幕府の支配層、三河武士◇
【三河県岡崎市】
・足利氏(宗家、鎌倉公方):大門屋敷、近辺(八剣神社内)に足利尊氏の墓あり
・斯波氏(足利一族):管領家、奥州管領家、奥州探題、羽州探題、守護職(安房、若狭、越前、越中、尾張)、屋敷(跡地に永源寺)
・仁木氏(矢田一族):幕府執事、守護職(伊賀、伊勢、志摩、三河、遠江、武蔵、摂津、丹波、丹後、備後)、仁木城
・細川氏(矢田一族):管領家、守護職(伊賀、伊勢、志摩、摂津、和泉、河内、若狭、越前、越中、備中、備後、淡路、阿波、讃岐、伊予、土佐、日向)、細川御前田城、細川城山城、細川権水城
・上地氏(矢田一族、細川氏分家):上地城
・上地氏(矢田一族、仁木氏分家)
・高氏(足利被官):室町幕府執事、守護職(伊賀、伊勢、志摩、尾張、三河、武蔵、上総、和泉、河内、下野、丹波、石見)、屋敷(跡地に総持寺)
・上杉氏(足利被官):関東管領家、守護職(伊豆、武蔵、上野、丹後)、日名屋敷
・倉持氏(足利被官):奉公衆、便寺屋敷
・粟生氏(足利被官):奉公衆、秦梨城、秦梨城山城、梅藪屋敷、西熊屋敷
【三河県幸田町】
・大草氏 (足利被官):奉公衆
・大場氏 (吉良被官):深溝城
【三河県豊田市】
・上野氏(足利一族):守護職(丹後、石見)、奉公衆
・中条氏(足利被官):守護職(尾張)、奉公衆、金谷城
【三河県西尾市】
・西条吉良氏(足利一族):将軍御一家、西条城
・奥州吉良氏(足利一族):奥州管領家、守護職(因幡、但馬)、関東公方御一家、東条城
・一色氏(足利一族):四職家、九州探題、守護職(筑前、肥前、肥後、日向)
・荒川氏(矢田一族):戸賀崎氏分家)守護職(丹後、石見)、戸ヶ崎城
・饗庭氏(足利被官):奉公衆、饗庭城、饗庭命鶴丸
・小笠原氏 (吉良被官):幡豆小笠原氏、三河守護代
・大河内氏 (吉良被官):引馬荘荘官
【三河県豊川市】
・関口氏(足利一族):奉公衆
・星野氏(足利被官):藤姓熱田大宮司一族、奉公衆
・萩氏(足利被官):藤姓熱田大宮司一族、奉公衆
【三河県豊橋市】
・石橋氏(足利一族):将軍御一家、守護職(若狭、伯耆、備後)
【三河県新城市】
・設楽氏(足利被官):三河伴氏、奉公衆
・富永氏(足利被官):三河伴氏、奉公衆 >>427
織田信長が1581年に紀州征伐と称して攻めたけど撃退
高野山(真言宗)の僧兵パワー>>>>>比叡山(天台宗)の僧兵パワー
豊臣秀吉が1585年に紀州征伐した際に降伏勧告を受諾 当時も今も宗教は利権だから
スポンサーのカルトイエズス会から頼まれたらやらんわけにはねえ そりゃまぁ、宗教を嵩に政治に手を突っ込んだらダメだろw
これだからハゲはダメなんだ 単純に邪魔だったからって話でしかないのにあれこれ言われて信長も苦笑するしかないわなw
>>452
陰謀論楽しいよねw
でもあまり外では言わん方がいいと思う 宗教はアンタッチャブルだとやりたい放題してたんだからしゃあないわ >>452
逆ですな
ヤソ教は政治に手を突っ込まなかったので、既存の生臭坊主の対抗勢力として擁立した 沸いてきたww沸いてきたww
これ書くとすぐに沸いてくるから楽しいww 金蔓のまんまでいれば本願寺が潰される事はなかったし、浅井朝倉に肩入れしなきゃ延暦寺も焼かれるこたぁなかった。筒井順慶は興福寺の坊主やで
ほんと単純な話よな >>1
信長公は勇将であるが良将ではない
剛を持って柔に勝つことを知ってはおられたが、柔が剛を制することをご存じなかった
ひとたび敵対した者に対しては、怒りがいつまでも解けず、ことごとく根を断ち葉を枯らそうとされた
だから降伏する者をも誅殺した
これは人物器量が狭いためである
人には敬遠され、衆から愛されることはない
by豊臣秀吉 >>460
「信長は甘かったがワシは違うぞ(脅迫)」 >>456
耶蘇の神父が本願寺征伐のために高山右近に
信長に味方するように説得したという資料が
残ってるんですがw >>454
こーゆーの書いて来るやつだいだいあれ系なんだよね?なんの信者やってますか?w教えてー 乱交しまくり酒飲みまくり肉食いまくり殺人強盗しまくりの比叡山延暦寺がなんだって?w 織田信長の比叡山焼き討ちは当時の社会タブーを破るもの
天皇や公家の子弟が荘園持参で生活していた比叡山 触らぬ神に祟りなしで放置されていた
しかし 信長の性質から見れば存在は許されなかった
いとも簡単にタブーを破る信長への恐れは大きく アホで旧態依然の思考しかできない明智を唆し信長を暗殺させた >>465
織田信長からすれば比叡山も
一向一揆の浄土真宗と同類程度としか思わなかったんだろうな >>347
結果的に身分など関係なく光秀秀吉使ったのは失敗だった
光秀に殺され、秀吉に織田家奪われた
どこの骨かわからない秀吉光秀は使ったら駄目だろ
家康なら秀吉光秀みたいのは使わないで >>467
んじゃ佐久間丹羽池田柴田で方面軍構想可能かって言えば無理だからな
もっと早く信長が死んでただけだ 宗教弾圧してる中国を笑えない日本
日本は昔から宗教弾圧ばかりやってきた 今と違って戦国時代は人の命なんて軽いものだったんだよ
刃向かう敵にはどんな手を使っても勝つことだけが正義
その時々を必死に生きてるだけ
「虐殺者」も「演出家」もないよ 秀吉のが残酷だよなぁ
少なくとも信長のが許してる回数は多いよ 見せしめにされただけだが
そもそも神仏を信じて、大名の様に権力を振るうとかおかしいだろ 戦国時代はキリスト教国が仕掛けた何時もの日本崩し、エリザベス女王とイエズス会それぞれ競い合うように日本の不満分子にお金をばら撒いて日本を崩す、
エリザベス女王が徳川家康に経済支援と武器を支援して織田信長ともお互いに争わせるように仕向ける、
それに気付いた織田信長は目論見通りに朝廷を潰さなかったし、秀吉はキリシタンを排除し、徳川家康は鎖国までして、
日本を崩すのが結果的に300年先送りされ、宛が外れる事にはなるが >>469
信長は、あくまで武装し敵対する寺院や、宗論をふっかけ争いを起こす坊主を処分しただけで
宗教そのものを迫害したことは一切ないはずだが? >>473
>エリザベス女王が徳川家康に経済支援と武器を支援して織田信長ともお互いに争わせるように仕向ける
高校の日本史と世界史、一からやりなおしましょうね 信長って同盟相手をじぶんから裏切ったことないし、これだって散々警告した上だし、言うほどめちゃくちゃだったわけじゃないわな。 僧兵は言うに及ばず
火の中で念仏をあげる智者・上人らを後ろから突き刺していった
完全に包囲して逃れて来る者は女子供たりとも突き殺し
一人も生かすことを許さなかった >>280
じゃ、嫁に子供産ませて無責任に家出して
それでいて後には、その嫁を信者と称して
連れまわした教祖は、釈迦は、なんだと言うのかな?w >>7
般若湯呑んで山に遊女招き入れてたからね。是非もないね
ノッブは一向宗に散々煮え湯を飲まされ続けてたし是非もないね!
ぶっちゃけ京都の将軍も言う事聞かんわ好き勝手に信長討伐令とか出しまくってたし、比叡山燃やす事で脅して大人しくさせたかったし是非もないね! >>293
その通りなんだけど、未だにアップデートできない土人が多くて困るわ。
天台宗の宗紋が菊花紋、それを天皇が使うようになった。菊花文の中の三つ星の紋は新しく付け加えられたもの
最澄が桓武天皇に比叡山で採取した16弁の菊の花を献上した事が始まりと言われ、その為、天台宗では菊の
紋の使用を許されている。
昔の坊主ってろくなイキモノじゃなかったんだろ?
今と大差ないんだっけ?('ω') 戦争してる国 集団 すべてキチガイだと思うぞ?
負けても勝っても殺し合いしてるんだし。
相手を捕食して食うのと違って
土地や結局で同族殺すのって人間だけだしな。 >>471
信長は基本は身内に甘い
ただよくわからないオレ基準での判断あるんで周りのストレス半端ない
秀吉は晩年はともかくその前はわりと合理的
理屈がそれなりにあるから部下も相手も対処がしやすい
そのへんがやった事項に比べて信長を冷酷非情に見せてるんかなと >>477
でも同盟相手との約束すっぽかして激怒させる常習犯ではあるけどなw
友だちにはしたくないタイプw 信長は首狩り族の若酋長だよ。キリスト教宣教師に操られて、シャーマンを焼き討ちした。 足利の将軍が先にやってるやん
ノッブは先例に倣う事多いぞ アフリカと違うのは馬乗ってるのと石垣のない城を築くことくらい。中国文明があるからね。戦争とか政治や生活習慣なんかはほぼ土人レベル。 >>477
むしろ当時としても、今から見てもゲロ甘過ぎてナメられてた
まである 信長はすぐに激怒して理性的な判断ができなくなる悪癖を持っていた。
例えば近畿地方軍団長の佐久間信盛も何も悪いことしてないのに高野山に追放。
佐久間信盛の後任が明智光秀なので本能寺の変の原因を自分でつくったようなもんだ。
怒りで自分を制御できなくなって支離滅裂な行動に至るのは朝鮮民族特有の「火病」だ。
織田信長は「火病」持ちの朝鮮人だったのではないか? >>492
追放理由書かれたノッブの文書残ってるの知らなそう
佐久間の息子は復帰したのも知らなそう 本来の社会貢献の使命を忘れ、意のままに己の権力拡大のため人心を操り、政権を揺がす程の権力を持った今のマスコミの様だな。
焼き討ちは古い権力構造を改革するため。
マスコミも焼き討ちされた方がいいかもな。 >>475
大友宗麟はキリストだから、支配したら神社や寺の古文書焼き払ってたらしいからな >>492
佐久間はダラダラ本願寺攻めしとったからだろ
佐久間も水野さんに酷いことしてんだからブーメランくらってザマアとしか >>493
>>492を主張する本があるんだよ
信長公記の空白から本能寺の変を推理するとか言うんでどんな新説かと思ったらベタな信長ヒステリー説でしかなかった >>467
馬の骨の滝川一益拾って活躍したら実績が後に響いてそう 延暦寺が加担したせいで志賀の陣で弟と森可成失ってるし焼き討ちする道義あるやろ。 >>477
家康が後世で信長の事を家臣他の人に語ったりした事ないんだってな
つまりそれぐらい苦虫を噛み潰すような経験をしている
確か息子を殺した事あった、信長のせいで >>495
日本は異端だからって
遠方まで遠征して虐殺はしてないからな
北方十字軍とかw 今の宗教の有様見てると信長は正しかったと思う
ボウズなんてクズしかいない >>501
家康が息子殺したのは徳川の内部事情で信長は関係ない
息子には信長の娘が嫁いでたから信長に事前報告して許可はもらったが >>504
そうなの?
でも家康は後世で信長の事を他人に全く語ろうとしなかったって言うじゃん >>505
語っとるがな
信長は堪忍足りんかったよとかw >>501
色々な解釈が出てるが長男の件は機に乗じてどころか信長を巻き込んで謀殺した可能性まである
信長に対して辛口なのは信玄侵攻に対して有効な援助をしてもらえなかった恨みというのもある
あるいは本能寺の変で光秀の転進はてっきり家康排除かと思ったという証言があるように
相互接待のさなかという表面上の空気と違って世間は緊張を感じていたこともあるかも >>502
天草でキリシタンを殺してた
踏み絵でな >>505
まあ、信長にいい感情は持ってないだろうな
逆に今川人質時代は良い思い出だったみたいで
隠居後は駿府に住んでるし、自分が潰した氏真は後に保護して
隠居後は茶飲み友達になってる しょっちゅう神殿を担ぎ出して強訴する坊主どもなど焼き討ちされてとうせ。 ヤクザの総元締めを〆ただけの事。
信長の実績だけ見れば
自ら経済圏を作り武装化していない限り
宗教に寛容だったでしょう。 ギャグ4コマ漫画だが、信長の忍びとか読めばまた新たな信長像が見えて面白いぞ
結構新しい説とか取り込んでるし >>493
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E4%B9%85%E9%96%93%E4%BF%A1%E7%9B%9B
佐久間信盛追放理由の19カ条折檻状アホすぎるwww
8年前の三方ヶ原の戦いとか朝倉攻めを持ち出すとか朝鮮人並の粘着器質、執念深さだwww
>>497
本願寺なんて向こうから攻撃してくる戦力はないんだから放っときゃいい。
力攻めすると無駄に兵を失うだけだからな。
佐久間信盛は頭がいいので無駄な戦いをしていたずらに戦力を失うことを避けていたのだが、
頭の悪い朝鮮人である信長はそれが怠慢に見えた。
頭の悪い朝鮮人である織田信長には秀吉のような見え透いたゴマすり野郎が
最もいい部下に見えた。だから明智光秀に焼き殺されたwww
信長は朝鮮人だったwww >>447
色々おかしい 空 海 さん
延暦22年(803年)、遣唐使の医薬を学ぶ 「 薬 生 」 として出発するが悪天候で中止、翌年に、第18次遣唐使が派遣される事を
知りると、出航直前に31歳という、ありえない高齢で出家、得度受戒して長期留学僧として潜り込み唐に渡る。
※ 得度年齢 法然 14歳 ・ 親鸞 9 歳 ・ 道元 14 歳 ・ 栄西 13歳 ・日蓮 16歳 ・ 空海 31歳! ( ̄□ ̄;)!!
※空海の得度に関しては、延暦12年に、20歳にして勤操を師とし和泉国槇尾山寺で出家したという説、あるいは25歳出家説が古く
からとなえられていたが、延暦23年、遣唐使が遭難し来年も遣唐使が派遣されることを知ったとされる、入唐直前31歳の延暦23年
(804年)に東大寺戒壇院で得度受戒したという説が有力視されている。太政官譜では延暦23年(804年)4月7日出家したと記載する
出遅れ空海さんは何をやっても他の開祖に勝てないので、天才だ、スーパーマンだ、伝説だと、ウソと粉飾のテンコ盛りで乗り切る。
空海さんに関する伝説は、北海道を除く日本各地に5,000以上あるといわれ、歴史上の空海さんの足跡をはるかに越えている。
空海さんが中国より密教を持ち帰った数年後には中国密教は民衆から見捨てられ衰退、消滅。 空海さんが帰った後、遣唐使船は
廃止されたので密教の衰退、消滅の事実は日本には伝わらず、日本だけのガラパゴス教として本日に至る。 今なら当たり前の話だけどあの時代に神仏信じないってなかなかだよな >>517
信長も普通に神仏頼みしてたぞ
信徒の矛盾した行為を憎み排除しただけなんでむしろ神仏の正義を信者より深く信頼していたとも言える まあ信長の場合、邪魔するなら容赦しないだけだしな
生来の甘さのお陰で何度も痛い目見てるけど >>515
だからそれ他人の受け売りだろ
無意味な差別的表現して何が目的なんだ?
その本でうんざりしたのは信長公記がらみで一番粘着なのは太田牛一と著者自身が認めてるのに
信長の粘着エピソードは全て真実と決め付けていることだ 信長も大概極刑を用いる事が多かったけど叡山の方も信長が火点けちゃおうかって思っちゃうくらいの為はやらかしてたって事じゃ無いの?(・ω・) >>517 いやいやだから神社仏閣を討つには神主坊主の方が最早神仏から離れてしまっているだろ認定が一々必要だったんだよ >>507
でも武田とも同盟してて信玄からも家康なんとかしろやって言われてんだよなw
信長の同盟って相手がKY彼氏に怒って別れを切り出す感じになりがちw 僧兵程度で本気になった大名相手に戦えるわけがないだろうに
どこかに延暦寺相手に弓を引けるやつはいないという驕りや甘えがあったのか >>517
信長が無神論者ってのはかなり疑問があるけどな
少なくとも宗教全否定ではいのは敵対してない寺社には援助することもあったので確定 >>501
信長や信長の娘(息子の嫁)のせいって根拠はないよ
家康と息子の間で対立があったって説もあるし
この時代は実の親子でも対立したり追放したりがあるから
他人のせいなのかどうかわからん
現代ですら親子の事件はここで見かけるしな 自分達もキ合が良い時しか神様!仏様!とか言ってるけどなw どっちかというと、信長より家康の方が短気なepi多いと思う。 >2人の天下人の怒りを買った比叡山
比叡山伝教大師最澄は江戸時代明治時代からの神仏混合であり京都の裏の福井港や
敦賀港から北陸に抜ける街道から朝鮮半島や満州中国に至る海洋航海軍団と
表の京都から奈良大阪神戸明石などの瀬戸内海から太平洋に至る海の道太平洋ルートを持っており、世界の古代ギリシアメソポタミアインダス中国などの文明系と交流貿易人の行き来があった
その白頭巾伝教大師最澄が中国大陸から東南アジアインドモンゴルトルコから
世界中に至る海や喧嘩してた空海四国お遍路黒魔術生き返り蘇りのオカルトネクロノミコンも奪おうとしてる日本の日本人は修学旅行の観光旅行修験道の旅で本物の
比叡山と地下京都の地下帝国京都なら水脈と北朝鮮の長白山山脈から吉林遼寧省
あるいは大連青島天津から中国の租界から中国大陸のほうに抜けられる在日朝鮮韓国人は知らない マルクス主義の悪魔崇拝や黒い王との契約盟約ももう終わりだ、日本人にとっては 現代におけるナントカ学会みたいなもんだろ
宗教だけやってればいいものを手広くやるから潰される >>523
一揆けしかけてたり、比叡山に逃げ込んだ浅井朝倉の味方して信長からの中立でいてくれって要求ガン無視したり(一年信長は待った)、そもそも宗教として腐ってたのも大きい
後は言う事聞かんというか信長包囲網作ろうとしてた足利義昭への牽制の狼煙。日本中に特権階級に近い宗教であろうと信長はやる時にはやるという意思表示。いろんな意味があってやらかしてただけじゃ言葉が足りないんだよなぁ そもそも、宗教だけやってろというが
当時のというか、平安の時代から宗教は武士そのもので軍事力だろうに。 当時の坊主は、毎夜女を連れ込みやりたい放題のごろつきだろ何が神の御霊だよ 織田無道みたいな生臭坊主だったらやられても仕方ないよなぁ >>541
興福寺の衆徒(僧兵)だった筒井順慶に大和一国を任せてるんだから
別に政教分離なんて言ってないと思うけどな
信長の基準は自分に味方するかどうか言うことを聞くかどうか
延暦寺も本願寺も味方しない言うこと聞かない敵対するからやられただけ >>497
その酷い事された水野さんとこの歴代最高の良識人なる人は
何かをやらかして秀吉に命を狙われ牢人に身をやつして町の人達と荒くれ生活して庶民を殺しまくってたそうな まず嘘歴史か知らない人はその時代背景と常識がわかっていない
その頃の比叡山の坊主は僧兵もいるし女も普通に抱く暴力団のような組織 信者の家族がいる山なので子供から年寄りまで殺戮の対象になったらしい流れとしてはチベットやウイグルをどかせば天下武布の近道と考える共産党みたいな感じだと思った
天下武ならずでは統一は出来なかっただろうしアメリカは中国人は悪くないというが民兵として武を与えられ虐殺した漢民族も悪いよね >>545
筒井重用しておいて久秀がなんで怒るのかわからないあたりが信長っぽいんだよな… そもそも比叡山自体が暴力団みたいなもんだったろ当時 >>506
松永久秀の裏切りなどを何度も許してるのに堪忍が足りなかったって・・・ 今でこそ神も仏も無いことがわかってるけど当時にこれをやったのは凄いね 僧兵、僧兵と言ってるバカは、全ての宗派が僧兵を持っていたことも知らんのだろうな。 >>553
その僧兵自体まともで穏やかでは全くなかったけどな >>547
しかも朝廷もがっちり抱き込んだ宗教利権の暴力団だからなあ
創○でさえ一応隠れてやってることを堂々と出来るって言えばどれだけヤバいか解るかなあ >>556
それは鏡に映ったお前のことだよ
誰に興奮してんの? >>551
荒木村重さんも許してあげればよかったのに。 いやーちゃんとした論文から5ちゃんまで情報網が発達している今と違って
女子供なんて僧侶が悪とかはもちろん、物事に対してなーんにも
知らされてなかったんだから女子供まで殺したり焼け出したりはやり過ぎ 普通の合戦でも女子供普通に殺されたり暴行されたりレイプ
売り飛ばしも普通だろう。あの時代では
よく合戦にそういうの描かれてる 比叡山焼き討ちに関しては信長に「徹底的に」って進言したのは光秀らしいが
光秀は何か恨みでもあったのかね? >>13
キチガイはお前だ
信長は再三に渡って
「従属して朝倉の味方するな! せめて中立で頼む!」と
交渉してんだよ >>444
本願寺文書とか旧妙慶寺文書
調べた時に翻刻文を書き起こしたものがあるから二つ程紹介するよ
現代語訳は面倒だから分からないところは自分で調べてくれ
(天正5年)4月1日付本願寺顕如書状 紀州門徒惣中宛
今度藝州諸警固漸待付候處、泉(泉識坊)岩(岩本坊)(杉之坊)間之儀、扱之子細難調之由候、
此段無曲被存、藝州衆於帰陣者、其以後当寺何事を可頼入哉、然時者仏法破滅より外ハ無之候、一大事の始末ニきハまり候、
信長此表へ働之儀ハ、又何時も可在之候、其節無後悔様思案肝要候、但藝州警固帰国候ても、大敵を可相支行可在之哉、
無遠慮ニ候て、及難儀の砌、な尓かと馳走せられ候とも、更不可有其曲候、泉岩瘧ヤ之儀、両方互堪忍せられ、後日之勝をとられ候ハヽ、寺国共長久之基歟、
已後の届ニ染筆、為使宰相上座差下候、猶刑部卿法眼可申候也、穴賢穴賢、
夘月十五日顕如(花押)
紀州門徒惣中 >>562
心情的には反対していた説も聞くのであくまで戦略的観点からの具申じゃね >>561
侵略した土地の人たちを連れて帰って売り飛ばさないと
戦の費用も出せなかった時代やったそうやね。 >>444
(天正6年)9月26日付本願寺顕如書状
湊・雜賀・岡・松江・嘉祥寺・吹井・加太・其外諸浦警固衆宛
態染筆候、仍信長明日廿七日天王寺へ着陣由候、此おりふし無人一大事不過之候、毎度粉骨筆尓もつくしかたく候、
猶以此度之儀ハ大坂再興と被存候て、各火急ニ可令参上事頼入候、おそく候てハはすにあひ候ましく候、
委細刑部卿法眼可申候也、穴賢穴賢、
九月廿六日顕如(花押)
湊
雜賀
岡
松江
嘉祥寺
吹井
加太
其外諸浦警固衆
中へ 信長は1年前から丁寧な手紙出して待ってたのに、
なぜかいきなり無差別殺戮って風潮になってる 全国津津浦浦、どこの地方にも室町時代の頃から大名がおるのに。
加賀と紀伊にはおらんかったのか? おまえらだって坊さんがキャバクラでカネをばら撒いて暴れてたら殺意が湧くだろ? >>572
加賀の方は有力家の富樫さんがサクッと殺られて国奪われてもた あちこち関所作って通行料搾取しまくるとか好き放題してた生臭坊主集団だからな >>574
一向宗は守護大名よりも武力が上なのか。凄いなあ。
その一向宗を率いていた人は誰なん? 今で例えるとイスラム国やタリバンみたいなもんだからな
投降を呼びかけて応じなければ殲滅もやむなしだろうね
結果的に政治と宗教に適度な距離ができたのはグッジョブだ >>413
信長の書状ではなく光秀が叡山付近の国人に宛てた書状だな
叡山焼き討ちがあったとされる10日前に出されたもの
撫で切りの部分だけ抜粋すると
(元亀2年)1571年9月2日付明智光秀書状
和田秀純宛
「仰木之事ハ是非共なてきりニ可仕候、頓而可為本意候」 >>577
むちゃやってたのは事実だが
比叡山はその時、その時と常に政権からも手厚く保護されてきた組織。
今のテロ国家とは少し違う気がする。 本当にひどかったのは
一向宗への弾圧
天正伊賀の乱
鬼悪魔ですわ、この人 >>1
延暦寺 = アルカイダ = タリバン = オウム真理教 = 地球教(銀河英雄伝説)
宗教をかさに僧兵どもが暴れる軍事テロ組織だから
(裏で一向一揆を誘導) >>576
実際の指導者はともかく、イスラムのジハードと同様の感じで
ここで死んだら極楽に行けるけど逃げたら地獄に墜ちるぞ言って信者に吹き込んで
人海戦術にものを言わせてた
鉄砲伝来して大量殺戮出来る時代にならんかったら信さんとてヤバかったと思うの >>582
でも、加賀でそれを煽って信者を戦闘員化させた人がおるんだよね。
その人の名前とか残ってないのかなあ。 延暦寺の武装僧侶軍団ってオーム真理教みたいだな
暴力で問題を解決しようなんてお釈迦様もあの世で泣いてるだろう 越前加賀の一向宗は相当に苦労したみたいだな
越前は根切りの文書残ってるし、加賀は前田利家の弾圧が書かれた瓦出てたよね
信長いなかったら一神教並に他宗教に戦争仕掛ける宗教国家ね可能性もあったかもな 宗教ドハマりして高野山に出家したいとか言い出したり自分を毘沙門天だとか言い出してるちょっとアレな上杉謙信でも一向宗とは戦せざるを得なかったからなあ 発掘調査によると戦国期には山頂部の堂宇はとっくに廃絶していた
では信長は何を焼いたのかと言うと僧兵たちが築いて立て篭っていた
山腹部にある城郭だったらしい
実際城郭遺構が発見されている
つまり信長は比叡山の城を攻めるという当たり前の行動をしたに過ぎない 信長が頑張らなかったら
今ごろ大阪は宗教都市だもんな
だいたい比叡山も強訴しまくって焼き討ちは当たり前だし
女子供も平気で殺してポアされて良かったねだよ?
だいたい比叡山に何で女子供がいんだよ
オウムみたいに浚って洗脳してたんだろ >>579
怖くてアンタッチャブルな存在だっただけでしょ 令和の現在になっても延暦寺の坊主の高慢かつ高圧的な態度を見ると僧兵時代の暴力寺の思想習慣が残ってるんだろうなと思うわ
恐ろしいったらありゃしない >>576
ちな富樫さんがどれだけ凄いかと言うと応仁の乱時の最高幹部クラス >>592
えっ、まだ見てないのかよ。
次のT.M.の時間は、11:30AMだぞ。 >>582>>587
そんな一向宗相手に勢力を拡大していた朝倉さん優秀すぎる。 今でも創価とかヤクザ紛いだもんな
宗教はどうしてもこうなる
イスラムが勝った世界とか住みたくないもん
キチガイ相手なんだからキチガイ的な対処しかないだろ >>580
天正伊賀の乱。
力ずくでなく、諜報活動の能力を見込んで、味方に懐柔する気はなかったのかね。 (家康は懐柔した)
一向宗弾圧にしてもだが、無駄な血を流し過ぎ!
結果、光秀に討たれたけど、光秀に討たれなくても別の人に討たれたと思う。 >>597
結果的には織田と反目する道しか選べなくなったけどな >>597
朝倉は激化する前に義昭の取りなしで和睦したな
激化前でも相当だったけど >>600
領地拡大した朝倉さんだから宗滴さんの話だろうな 信長は異常性格で残忍
僧兵に限らず、あらゆる戦で降参している敵も
女子供すべて皆殺しにする
血も涙もない
100対1の圧倒的有利な状況でも相手に情けをかけなかった
だから相手は絶望して死に物狂いで反撃して死んでいったから
織田軍は常に無用な味方の死傷者が増えた 織田信長は火病持ちの朝鮮人だったのでいったん火病起こして怒りにとらわれると
冷静な判断ができなくなった。 >>22
違う
信長は神道信者で、俺は死んだら神様にしてもらうんだって周囲に言っていた
これを、日本の知識に乏しい宣教師が、信長は神になろうとしていると誤解しただけの話 信長警察が暴力寺を取り締まったんだよ
時代的に取り締まり方法が戦争=皆殺ししかなかったんだな >>590
当時の寺、自体が既得権益の象徴みたいなもんだし金と権力が集まる
大名ですら寺に一々断りを入れないとやらせてもらなかったのが実情
坊主自体が漢文を読めるせいで、最新の科学、医療、戦術、政治学に精通しているせいで誰も逆らえないし、当時のエリートインテリ集団が好き勝手やっていたつけが比叡山の焼討だよ
自業自得なんだよ 仏罰が下るとか言って暴力振るったりやりたい放題要求を通す輩って
なんか人権ガーとかパヨクに似てない なんで武士よりも武装してたのに虐殺になるの?
事前に降伏勧告も出してたし 朝倉さんの一族や、朝倉さんの家臣たちって
一向宗にほぼぬっころされたんやな。一向宗は恐ろしいというか
越前は気の毒だなあ。信長に蹂躙されて一向宗に蹂躙されて。 今でも宗教関係者に良い人とか一人も思い当たらない
ほんとに身近な人でも皆無
創価でもキリスト教でも悪い噂しかない
これが当時とかだと恐怖の対照そのものだからな >>1
神社には寄進してたりする。
熱田神宮とかさ。
何処かの神社を燃やしたっけ? >>603
小説や漫画で見聞きした程度の知識で適当なこと言うな
根切すると公言してた本願寺でさえ、大坂に立て籠った一般の住民は信長は保護するよう指示してるぞ
(天正6年)1578年4月3日付織田信長朱印状
明智光秀・長岡(細川)藤孝宛
其面之麦悉薙捨候哉、猶以無由断可申付事専一候、然而隙明候者、大坂籠城候男女可相免候間、早々可罷出之旨、口々立札可然候、
坊主以下用ニも立候者をハ不可赦免候、可成其意候也、
四月三日(信長朱印)
惟任日向守とのへ
長岡兵部大輔とのへ
その方面での麦は悉く刈り取っただろうか?(刈田狼藉の事)油断なく申し付けることが肝要である。
そして手が空いたら、大坂に籠城している一般の男女は許すので、早々に城から出てくるようあちこちに立て札を立てるように。
(本願寺の)坊主以下それに連なる者たちは許すことはできないので、そう心得ておくように。 >>613
宗教にはまっている人って
自己脳内麻薬中毒とか
セルフロボトミーとか
そういうもんだと思っている 織田信長って
あの時代にしては恐ろしく合理的だよね
合理的な者は非合理的な者より圧倒的に強いよ
合理的なアングロサクソンが
非合理的な精神論に走るジャップコロを
科学の力でフルボッコにしたようにw >>611
信仰は理屈じゃないんで折り合い付けるのが難しい説が自分の中ではしっくり来る やっぱり信長だけは好きになれん
許せない
明智光秀は正義 もし信長がいなかったら、日本は宗教国家になっていた(僧兵=ヤクザ) そういや越前と言えば永平寺。永平寺の僧兵も有名だけど。
一向衆が暴れまくっていたとき、永平寺は何してたんやろ。 戦後の日本民族キリスト教精神の残り香を嗅いで
それを吐き出しながら、やっと少しは
まともな評価ができるようになっていってるんじゃないの?
戦前の偉人?に対して。
年々、うっとりできなくなっぞ。
信長はお前らかお前ら以下の人間の屑でしょうよ。 寺はちょっと前まで賭博してたから
そんな立派なもんじゃないです >>622
戦前の日本は天皇を神と崇める宗教国家だぞwww
日本において政教分離を成し遂げたのはアメリカだ。
信長は何もしていない。 僧兵や行人から乱取りは始まってるからな
強訴って形で乱取りが認可されてるから悪質なんだよ >>628
日本人にとっては天皇だけじゃなくて神様なんていっぱいいるが >>624
俺も知らんかったんでググってみたら一向宗に全山焼き討ちされて後に復興したらしいよ >>628
つかむしろ信長自体がカルト宗教w
信長真理教みたい
信者は他よりずば抜けて盲目なカルト馬鹿ばっかw >>628
そう、アメリカ
アメリカがいなければまだカルト集団が大手を振ってた 金の神モノの神性欲の神を拝むお前らとしてはそれらの我欲を満たした
者は偉人として崇めないといけないことになる。
金モノ性欲の神を棄てないことには信長はお前らの神だ。 >>623
信長が生きてたらキリスト教の国になってた >>633
ありがとう。
一向衆って蝗の大群みたいやね。
越前って本来豊かな国のはずなのに悲惨やなあ。 >>638
それは困るな。
滅多にない貴重な日曜日の休日にミサとか行くのは耐えられない。 ユニセフがどんだけ資産持ってると思う?
人間の良心や弱みに付け込んで富を気づいて権力者と繋がる
外国が来てんのにまだ遊んでる
そりゃキレるよ >>640
でもイスパニアはそのあと大英帝国に打ち負かされるから属国にはならんのとちゃうか? >>640
そっちの方がそのあと続く田吾作の国よりマシだったのではないのか?
戦後の日本ですらアメリカの51州になったほうがまだマシかも?
と過(よぎ)るというのに。 この情報化社会でまーだ比叡山は被害者ですぅってやってんのかよ、もう通用しないぞ
信長は戦国大名の中でもかなりまともだろ >>644
フィリピンや南米が幸せには思えんけどな。 信長はキリシタンと仲違いしてるじゃん
本能寺の変もイエズス会黒幕説のが合理的だな >>646
あれ以下の北朝鮮のような状態の国になってたかもしれないとはいさささも
考えたことはないのかね。 >>648
労奴として植民地に売られたと思うよ
日本本土は白人が支配 モリカケ問題って、信長にとっての比叡山みたいなものだった。 俺カポエラ好きなんだよね。あの蹴り技で喧嘩するとマジ楽しい。 明治天皇は廃仏毀釈を悔やんでいたとか仏教関係者が記事出してるけど大嘘
本当に悔やんでいたのなら天皇の鶴の一声で止まるんだから
民衆は寺に恨みを持っていた
なぜか家に坊さんが現れてお布施という謎の強制寄付で金持ってくんだから
お布施、仏壇、墓石、葬式、仏華、様々な利権で皆ヘトヘトだった >>639
ああ、美人が増えたってことか。ええな。 実際に人を殺して
「演出」
だと言われたら、殺された側は怒るだろ。 >>640
スペイン程度の国に日本征服は不可能
スペインじゃ、当時の明国はおろか朝鮮やベトナムも征服出来ない
部族社会の段階だったフィリピン征服がやっと 政教分離でしょ?基本的に信長は信仰については寛容だ
武力を持ったりして政治に口出ししてきたから燃やされた >>15
細川政元の比叡山焼き討ちをいつも無視してるよね(笑)
これでは比叡山の言い分信用できない。信長人気にあやかりたいだけ。 >>638
信長は武装宗教集団は弾圧したが、仏教そのものへは帰依している
キリスト教が西洋の侵略の道具であることは、見抜いていたから
自身はキリスト教徒にはなっていない。 >>20
お前は400年以上前の人物の実像を知ってるのかよw
自分だけが賢い・他はバカ病も程々にな >>667
信長に味方して明を征服してもらいたかったんでしょ、そのほうが面白い世界になってたな 建物だけを見てもわからない
民衆をコントロールしていたから回し者が誰か見つけ出したんだよ
一度取り込まれた信者を救うためには象徴をぶっ壊すしかない
不幸の始まりは四天王寺
何回焼失してる?
どんだけ皆ジャマだと思っていたか 焼き討ち前も焼き討ち後もずっと信長の邪魔してるし
焼き討ち程度で懲りてないじゃん本願寺 信さんの時代だと日本は世界で一番銃を持っている国では無かったか
黒船の頃ならともかく戦国期の日本を海渡って征服は無理ゲーじゃね? >>640
あの時代日本は世界最強の武力を誇ってたんだよ、火縄銃を含め火力は世界ダントツ
信長は毛利攻めで鉄甲船で戦ったがこれは世界初だしね >>671
その通り
信長が生きてればスペインの操り人形として中国と刺し違え刺すことができた
漁夫の利で日本から中国沿岸部を根こそぎ強奪するのがスペインの計算
明智が余計なことをしたw
ま、これも傀儡だけどね >>667
まあ、信長を介しての間接統治ってやつやね。 >>1
話をまとめると竹中半兵衛が最強ってことか。勉強になった。 中世キリスト教皇の十字軍といい
思いあがった坊主どもに天罰がくだったけ >>678
信長もそれなしではあそこまで勢力を強められなかったわけだし 間接統治だと、混血はすすまないな。美人も増えない。あかんわ。 >>667
と言うことは、信長は南蛮イエズス会の犬だったと
それを倒した明智光秀は英雄であり、
南蛮カトリック教会を弾圧追放した秀吉や家康が日本を護った、と 信忠の自害はキリシタンへの抗議自殺なんじゃないかな?
信忠にイエズス会は近付いてて、おそらく父である信長に裏切りを即してた節あんだよなぁ ほう森可成は森蘭丸の父だったとは
いやいやこれは良い事を知った >>679
本願寺派の教祖の親鸞は比叡山(天台)出身だよ >>685
犬というか現代でいえば信長は竹中平蔵みたいなもんだよw ほんとアメリカ救ってくれたわ
釈迦の教えと何の関係も無いガラクタ仏教にどれだけ日本が困っていたか
キリスト教も改竄で民衆をコントロールしてたんだよ
女は男のあばら骨から生まれたとかバカじゃねえの?
アメリカが世界中を覆っていたカルトを一気に終わらせた
このアメリカの功績は評価すべき 明智は弥助を捕縛してイエズス会に送り届けてる
行動が怪しい しかしこの中ではあの有名な鑑真はおらんのな
鑑真は本願寺で修行をしなかったと
名前が似ているので
本鑑真寺→本願寺なかと オウム真理教は間違いなく真言宗だろう、ウソと恐怖で人を縛ってコントロールする。
そういや高野山にスナックがあって笑ったな、浄土真宗より生臭は真言宗だわ。 安土城を復元してほしい、どんな凄かったか見たいなぁ アメリカ上げが同時進行ってことは
この工作のがネオリベCIAの宗教関係者じゃないかな
とにかく日本人を混乱させようとしてるな >>688
親鸞、日蓮、道元など一度は比叡山で学んでる
下山してから自分の宗派開いた
比叡山は仏教総合大学だった >>696
まあ、大阪城や名古屋城をみてしまうと
再建してもショボく感じるやろな。 >>693
鑑真は奈良時代
親鸞は鎌倉時代
500年は時代離れてる 正直、大阪城もそうだけど、何の資料にも基づかない
空想の産物である天守閣の再建はこりごり、つかただの史跡破壊でしかない。
いい加減やめて欲しい。
ああ、名古屋城の再建が強く望まれる。
確実な資料が残っていて当時のまま再建できる。 最近NHKBSの番組で、浅井が大原を支配して八方ふさがりになり、やむを得ずとかやってたけど。 森可成って浅井さんに敗れてあっさりぬっ殺された人? >>706
RC造エレベーター付きのお城再現されてもねw なんで一時期学校の体罰流行ったか知ってる?
お祓いだよ
先祖代々檀家とかに入ってるから嫌なもんくっ付いてんの
それを正気である先生(先生になるためには現実を生きなければいけない)が感じたわけ
教祖が一番怖いものは体罰 >>710
まあ、それになるくらいなら再建しないで石垣だけ残して欲しいね。 >>1
比叡山に居たのは武装した偽僧侶だったんだろ?
問題ない
テロリストを焼き討ちしただけ だから将軍職保留してたのが引き金とも云われてるもんな
天をも目指した云われる所以ではないがすでに元寇の役を思うとシナ人の性癖に触れたってのが時の旅人の解釈だわな 教祖の頭パーンッて叩いたらどうなるか知ってる?
「け、警察呼ぶぞーーー!」だからねwww
教祖が一番怖いものは身体的な痛み
そこから逃げようと逃げようと辿り着いたのが宗教 だから男娼ではいってたのが森蘭丸だったりするやん
滅茶滅茶やねん昔から。朝潮がブッキングしたんじゃないか説までワイのこのみやーみたいな、男癖と青年がやってたら白眼視されるのを足元みてる感じするわな ほんと今もあるから怖いんですよ
ほんといかさま歯医者にゃ口を開くなみたいなものもあるよな
よくわからんレベルの呪いなんて気づかんままなこと多いもんな
先進国じゃ魔女裁判とか経てエクソシストあるわけだし 教祖の行動を見れば簡単にわかる
まず教祖は教えという詐欺行為で信者から金を巻き上げる
その巻き上げた金でなるべく大きな建物を建てる
さらに若い男衆を雇って守らせる
身体的な痛みを恐れた成れの果て
さすがにどこまで女々しいんじゃ、と言って焼き討ちに遭うわけ >>619
いつの時代に生まれたとしても信長は日本人離れした異質な人だったろうな
中世の不合理で非経済な土壌をいきなりブルドーザーで整地してったような感じ
ほんとに特異な存在だなあ >>709
円珍(智証大師)は、空海の姪の子であり、空海と血縁関係にあり幼少から経典に触れる環境に育ちましたが、空海に弟子入りせず、
叔父の天台僧・仁徳(和気氏、最澄の弟子)に従って上京し比叡山の義真に師事して12年籠山を行いました。
空海は身内にも見限られてるんだよね。
>>710
変な復元するよりVRで見せるやり方のほうが面白いかもしれない
月山富田とか当時再現VRで見たい 仏教の目的は日本語作成だからな
最澄は、その目的を見失わなかったから空海に協力要請したんだけど
空海は何か勘違いしてたな >>2
神様はお宮様のほうですよ。
お寺は仏さまですよ。 >>638
信長は西洋の軍事力や科学技術を欲しかっただけで、キリスト教には1mmも興味無いぞ。
秀吉が信長に「宣教師は日本を植民地にする積もり。排除すべき」と進言したら、信長は「それくらい、お見通しだ!」と答えてるんだよ。
もし、信長がもう少し長生きしたら、キリシタン弾圧したぞ。 >>347
だったらその中から後継者を選ぶべき
普通に息子に世襲させようとした時点で合理的なんて評価はない
そして部下は能力主義なのに、自分だけは別だとこれも不合理な自信を持っていた
能力でナンバー2まで出世した者が次に狙うのはトップだと合理主義者ならわかるはず
なのにその対策を何もせず部下を信じ切る間抜けぶり >>611
武士よりもって言うのはちょっと語弊がある
確かに僧兵はいた。が、武士は100人いたら
100人全て戦闘要員。比叡山にいたのはそうではない 比叡山焼き討ちに苦悩する光秀と有無を言わせず命令する信長
大河がそんな対比で描きそうな気がするので
大して歴史に興味のない人には
単純に信長=悪のイメージが植え付けられそう >>729
本能寺で間抜けなのは信忠
兵も持たずに信長にすり寄って一網打尽にされた
信忠が少し離れるか兵を数千持ってるだけで本能寺の変は失敗していた ま肉食って酒飲んで女とまぐわって
やりたい放題してて
周りは筋肉マンみたいな僧兵がハム買ってくるんだから
そりゃ信長も焼いちゃえ!になるだろ >>731
いや最近の研究じゃ光秀も焼き討ちを支持してたらしいぞ >>725
資料のない月山富田をVRで再現してもなああ。 >>732
数千の兵力では明智から守るのは無理、
自分は逃走できるだろうが。 >>729
身内(光秀)にワキが甘かったのは信長らしいっちゃらしいんだわ
人間いろんな側面があって〜べき論では進まないから歴史は面白い >>347
朝鮮を道案内にさせないで、というか道案内を拒否したなら
まずは朝鮮を統治して、朝鮮が安定してから、数年後に明に攻め込むという戦略は秀吉にはなかったのかね? >>738
金ヶ崎の父ちゃんみたいなさっさと逃げ出す才能が遺伝してたらな >>736
でも見たくね?
攻め込まれる時の山城側で一番リアル体験したいのが月山富田なんだわ 信長は唐入りをしたくなかったんじゃないの?
イエズス会のが唐入りを即してて
意外と物別れしたんじゃないかな? >>748
まあ、見たいけど実際は元就の調略で落城した城だからなあ。
山城の攻城戦とかなら、秋山の守った岩村とか、高橋がこもった岩屋城とかのほうが気になる。 んで朝廷勢力の中には秀吉のスパイもいた
さて誰でしょう?? でも宗教がらみの兵隊ってタチ悪いからな
徹底的に潰さないといつまでも抵抗してくる 戦国時代とは、大名、比叡山、一向宗による暴力団の抗争である
明治維新もしかりである 何か晩年は高血圧だか糖尿病で癇癪が酷かったみたいね >>751
マトモじゃないよ
脳にも障害あったと思う そのとおり
ノブナガさまは負け方も上手だった
致命的な敗北はしない
途中のささいな負けなんかなんとも思わない
結果がすべて ただ寺も襲われないために武装しないと危ない時代だからなぁ。他の寺社はその地域の武家に守ってもらったのだろうか? 50音の作成が江戸時代末期までかかるとか時間をかけすぎ
最澄から始まって、こんだけ寄り道してる延暦寺とかアホだろ
真面目にやれよと
信長と張り合ってる時点でおかしい >>732
神君「それに学んで秀忠は江戸、ワシは駿府と居城を分けたんじゃ」 >>737
信長「ゆえに勇将で名を馳せた信康を警戒した」 >>607
どうでしょうね。
天正伊賀の乱を経験してるから、家康には心を許したのかもしれませんし。 【総裁選】菅氏「豊臣秀長になりたいと思ったが、今は秀吉を目指している」 一晩で天下人に変更 ★2 [ばーど★]
https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1599862949/ 武装した比叡山
まあオウム真理教だな
にしてもオウムがテロ起こすまで公安なにしてたんだ 信長は志半ばで討たれてるからよかった
たぶん統一したあとも長生きしちゃったら日本文化の破壊活動に勤しんでたはず >>732
世間では有能な後継ぎってイメージついてるけど、甲州征伐の時信長が滝川一益に宛てた書状に、
「城介(信忠)事わかく候て、此時一人粉骨をも盡之、名を可取と思氣色相見候間、毎々卒尓之儀可有之候」
信忠は若くこの度は一人で奮戦し、名を上げようとの様子が見受けられ、常々軽率な振る舞いがあるので滝川にそれを抑えるよう命じてるから、
言うほど有能ではなかったのかもしれないな
まあこれは信長の親心で単に信忠を頼むと言ってるだけとも取れるから微妙なとこだけど NHKと明智の子孫とかいう奴が信長ネガキャンやってるけど
何か胡散臭いなw
俺のセンサーだと邪馬台国畿内説と同じ物を感じるw >>754
一つの国でも一枚岩ではなくて国人とか言うモヤっとした存在が
それぞれの菩提寺持っていたりそんなイメージ >>754
三河の松平徳川の菩提寺・大樹寺は桶狭間の後、神君が敵に包囲されてピンチのとき、
自害を決意する神君を住職が説得し、お共と僧らによって守りきった素晴らしい寺もある
まさに軍事テロ組織の延暦寺とは月とスッポン 比叡山て上級の乱の時でも後鳥羽に助け求められてたから平安辺りでも勢力持ってたのでは。 >>776
叡山の僧兵って今でいえば半グレDQNみたいなオラオラ系集団だったみたいだよ
ファッションも当時一番傾いてた
コワモテイキリ野郎だからボディガードには最適だったんだろうなw 信長は日蓮宗を弾圧したけど本能寺は法華宗という日蓮系なんだよな
日蓮の宗教感は否定してるけど
国防意識はあったんじゃないかな? >>770
甲州征伐の時は信長たっての希望で河尻と滝川を軍監にしてるよ
晩年のイメージだけで両者無能みたいな扱いされるけどそれは間違い
無能に軍監は務まらないよ >>751
BSPの「偉人達の健康診断」て番組で信長を取り上げてた。
あの怒りっぽい性格で、血栓が出来てたのは確実で、本能寺の変がなくても心筋梗塞か脳梗塞で早死にした可能性が高い。
て、お医者さんが話してたわ。 坊主と言え単なる人間。しかも当時の比叡山は権力を持ち、僧兵による実質的に武装化されていたし、一向一揆を主導していた。
純粋な宗教組織ではない。 >>783
滝川は忍者上がりだから透波対策で任命された どういうこと?
現代でも外車乗ってる様な坊主や寺は焼き討ちしろって話? 信長が怒りっぽいプロパカンダのが嘘だろ
佐久間にして殺してないしw
件の明智だって殺してないどころか軍隊を預けてんだから
秀吉のが元側近を、すぐに改易して許しを請いたら打ち首にして一族皆殺しにしてんだけど 武装した宗教法人
今の時代で言えばオウム真理教を例えたら分かりやすい
そら信長もキレるわな >>775
住職「ここで死なれたらどえらー
迷惑だわww。」 伊勢で一向一揆との戦いが熾烈だったからな
いうことを聞かない宗教は抑え込まなければ危険だという思想が根底にあった 武装して京の町を荒らし略奪し、女を連れ去りヤクザのように通行税を徴収。もはや比叡山は宗教テロリスト。焼き討ちされて当然なんだよ。信長は偉大だった >1574年元旦、岐阜城にて信長は年賀の宴を開きます。 馬廻の人々だけとの祝宴になったとき、
>信長は黒塗りの箱から3つの髑髏を取り出します。 この髑髏は”箔濃”という加工がされており、
>漆塗りした上に金粉をかけたものでして、つまりは金色の髑髏でした。
信長って、宗教嫌いのこの時代には珍しい合理主義者とかいってるエセ学者が多いけど
実際はむしろ邪教徒だからね。
邪教だったから、主流の仏教が憎かった
そう考えた方が自然だといえる >>795 宗教に名を借りたテロ集団というISみたいなものですね。 寄進地系荘園を守るために武装化が進む
つまり、
よらば大樹の陰で寄進された土地守れなかったら
その大樹も崩れることになる
キミタチは時代背景がわかってないのです このネガキャンはカルト先取り詭弁を使うから
邪馬台国畿内説と同じだな
アンチ信長は何かカルトが居ると見た
おそらく幸福の科学辺りだな
ネオリベCIAの下請けだ みんな理解してないけど
ドクロの盃は邪教グッズだからな。
その辺の知識がないと変わった催しやってる信長さんカッケーで終わってしまう 信長の焼き討ちだけ妙にクローズアップされてるけど
源平合戦や南北朝時代でも寺社を焼き討ちしまくってるからな
中世時代の侍の非道ぶりに比べたら信長すら紳士に見えるくらい 645年 改新の詔 土地はぜんぶ陛下のもの
陛下の土地を貸して働かせて年貢とる 民衆:しんどいしやる気でない → 税収悪化
723年 三世一身法 土地は三代まで開墾者のもの
民衆:こんなんではやる気でない → 効果なし
743年 墾田永年私財法
租税回避するための寄進地系荘園ばっかりになる → 摂関家、寺社の巨大化
↓
そうこうしてるうちに日本が無法地帯化
↓
太閤検地
土地を一旦すべて接収 → グレートリセット >>802
叡山の僧兵(山法師)は、ずっと前から暴走族や半グレ集団みたいなヤンキーだったから
足利幕府時代から討伐計画は何度も出されてるね >>792
関東連合を根切りにしたのなら民衆からしたら超英雄だろ とりあえず、寺社は税金を払えよ。
話はそれからだ。 暴力団同士の抗争ですから、別にどうってことないこと お前らの主張からもオマエラの望む答えは出てこないだろ。
ヨーロッパの例として、小党連立内閣って習うだろwww
これは単純化して
日本の人口を1億人としたとき。
日本人:2000万人
ベトナム人:1000万人
タイ人:1000万人
フィリピン人:1000万人
ブラジル人:1000万人
カンボジア人:1000万人
ロシア人:1000万人
中国人:1000万人
ナイジェリア人:1000万人
と言う状態でも、お前らの言う権力wwwとやらを握れるということwww
ああ、俺はアメリカ人になりたいんで、のしつけてアメリカに送ってくれwww。バイバイ。俺を人間扱いしてくれるところに行く。
ああ。そうそう。ところで、日本の総人口が減れば、必要な人数も減るwww
ああ、ついでに。今の日本は高齢化が進んでいる?www安楽死法案を通したい勢力もいるwww 津川家康「非情に非ずんば天下は取れぬ、成り行きによっては妻や子も捨てねばならん」 必死になって信長さんを貶してるのは
叡山の破戒僧レベルの飲む打つ買うの三拍子揃った糞坊主とかかね?
明日は我が身とでも思ったかw
大丈夫だよ
現代人は最初から坊主なんぞロクデナシばかりと解ってるからさw
ぜんぶ信長さんのおかげだね でも、飲む打つ買うだけじゃないんだよなあ
盛大に異教徒とか殺しまくってた武装殺人集団
それが比叡山だったそうだよね
ほんと信長さんは英雄だわw >>794
伊勢の一向一揆、降伏した人達を生きたまま焼き殺したり、天正伊賀の乱での殺戮はね、サイコパスでないと出来ない所業よ。
だからこそ、あれだけ短期間に近畿一帯を征圧して天下取りにリーチ掛けることが出来たんだろうけど。 >>198
戦前までは信長=勤皇という見方が一般的だったのに何で京都は信長嫌いなん? >>57
それはない。イギリスは産業革命までは先進国の中では弱小だろ。
産業革命以前の産業って、農業だろ。農地が大きく農奴をいっぱい抱えている奴が強いわけだ。
だから、「神聖ローマ帝国」とか「ハプスブルグ家」とか「東ローマ」とか「東欧」とか「オスマントルコ」が強かった。逆にその成功体験があったからこそ、「市民革命」とか「民主主義」とか「市民社会」とかが遅れたんだろ。
イギリスはポルトガル、スペインに遅れること1世紀、17世紀初頭にオランダ共和国とともに大航海時代に乗り出した。
ナポレオンは、イギリスとイギリス植民地インドの連絡を断ち切るためにエジプトを侵略した。エジプトはオスマン帝国領だ。
北米では1776年に米国がイギリスから独立したし。
逆に、産業革命以前は、中国とかは超巨大大国だぞ。茶碗とか火薬とか紙とか作る中国は先進国だったんじゃないか?
日本の重工業の産業革命は1950年代だ。
だからドイツなんて農業国で農奴制の後進国だぞ。
産業革命は、イギリス(1760年代)-フランス(1830年代)-ドイツ-アメリカ-の順番。
この説明であってるよな? >>640
スペインって動員兵力が大名レベルだから
鉄砲自作できるレベル相手だと無理やろ?
>>729
アレクサンドロス「だから「一番強い奴」って合理的に後継者指名したんだ」 17世紀まで:スペイン・ポルトガルという神聖ローマ帝国ハプスブルグ勢力が席巻。
17世紀前半:香辛料貿易でオランダが躍進
17世紀後半:イギリスがインドへ
18世紀:ギリス-インド貿易で、綿製品・茶で、イギリス躍進。このころ産業革命により、綿製品輸入国から綿製品輸出国になる。
まとまった。俺さま用まとめ。お勉強になるなあ。 >>817
オランダが毛織物金融造船で
栄光の時代ぐらいか 耕地面積と人口から見て、日本やイギリスが産業革命前に超大国になるのは物理的に無理だろ。
オランダは、香料貿易で貿易立国という特殊事情だし。
俺は日本の味方はしていないぞ。俺はドイツおよび日本およびナチが嫌いだ。 >>814
一説では残したら残党が何度でも発起するから徹底的に潰したという取り方もある
許した結果何度も謀反された信長だからわかる事 >>817
ドイツには独立自衛農民という裕福な農民が多く存在し
農奴的な者も順次自由民化して都市労働者へ変化した
第一次大戦大戦期には皇帝など時代遅れな…という空気が醸成された
フォン称貴族呼称は勲章的な名誉として残ってはいた
遅れたのがロシアでロシア革命と大規模徹底的な粛清へ繋がった あ、あと、毛織物産業の話が完全に抜けてた。
「農民が没落し資本が集中する」という経緯で、
毛織物は大事な話だな。 >>813
信長はそれ以上の殺人鬼なんだが
サソリ(比叡山)を駆除して大蛇(信長)を呼び込んだ構図だよ >>824
忍者は敵に廻すと厄介ですけど、味方に取り込めばメリットも大きいと思うんですよ。
考え方の違いでしょうけど、家康のように懐柔するという選択肢もあったのに、と私なんかは思う訳ですよ。 >>828
自由に商売が出来るようになって流通が活性化したやん
>>829
信長がしっかり〆た後だから懐柔できたのではないか? 信長は徹底した合理主義者
大寺を焼き討ちすることで、対朝廷にアピールできる >>818
武力で制圧するのではなく、日本をキリスト教国にしてスペイン王に従わせる作戦だったようだ
上手くいかなかったが 謙信も根切りしてるよな信長以上にさ
でもさ、これ正しいよ
石山本願寺の一番の利益は火縄銃の火薬なんだね
一向一揆自体が戦争ビジネスなんだよ
イエズス会やイスラム国と同じで少しも妥協が出来ない
信者を洗脳して自爆テロをやらせてんだから 宗教が武装化すると世の中が不幸になるのは周知の事実だよ
信長による武装宗教団体潰しはGJとしか言いようがない
潰す方法が殺戮しかなかったのは中世土人時代ゆえの不幸だけどさ 宗教法人切り込めば一気にプライマリーバランス良くなるのにな 僧兵が武装して戦っているのだから仕方がない
筒井氏とか大名にもなってるし 当時の比叡山に浅いイメージのガンディー的な奴らがいたと思ってるお花畑な奴らが多いよな
煩悩に負けた性欲キチって点では似ているけど >>825
ドイツ帝国作ったプロイセンはユンカー文化。
大土地所有小作農的だ。ドイツといっても地域で違う >>38
武田信玄の暴言に対する売り言葉に買い言葉でシャレだぞ
キリスト教に例えると俺は聖ミカエルだ。とえばって従属を要求してくる無礼な輩に
それでは貴公にとって私はサタンということですね。って感じなので
フロイスが教皇庁に充てた手紙の中の話で実際はどういうことかは不明。
ただ、信長は外交などの礼節はキリギリまで守る人物であった。
>>142
>>226
第六天魔王は神様だぞ。
それも天道の神なので自身の苦痛や欲ではない願いや救済を聞き届けてくれる神だ。
そもそもブッダは他者への救済の願いも含めて業(カルマ)として修業し振り払い仏となる。 信長も後の秀吉なんかと同じくキリスト教弾圧の芽があったんだよ。それで殺された。まあ敵を殺しすぎでキリスト教でフォローできなかったというのが直接の理由だろうけど。 だって高利貸しで女囲って好き放題やっていたからある意味仏罰だろ比叡山 >>819
比叡山の当該箇所の測定では遺体も無ければ戦闘の痕跡やそれどころか当時から埃が積もっているような状態だった。
僧侶と称する盗賊どもが逃げ出した後(跡)だったとしか考えようがない。 日本もあのまま一向宗とか残ってりゃ下手すりゃどっかの宗教系武装組織になってたかもしれんのだからなぁ 先日BSプレミアムでやってた、京都のお寺の「蔵の中を全部出す」番組で発見された史料では、
これまで、姉川の合戦後に勢力を失いつつあったと言われてた浅井氏が、実は合戦後も琵琶湖
西岸一帯を支配し続けるほど勢力を保っていたらしい、ということが分かって、その勢力圏内との
境に位置する延暦寺焼き討ちも意味合いが変わってくる、みたいな話をしていたな
信長としては京都周辺が敵だらけのままで、延暦寺を討つのはやむにやまれぬ状況だったのでは、
みたいな どんなに悪くても先に殴った方が負け、ワザワザ他所の国まで出掛けて行ってまで先に暴力を振るったのは織田信長だからね、
どう考えても正当化できる余地はないのに歴史は勝者が作るものだ、僧兵が堕落していたとか尾ひれを付けて嘘を触回るわな、
嘘を百年続ければ嘘が真実になるを、地で行く手口だとチョンバレなんですよ 世間では信長の残虐非道な行為と評価が定まってるのに
ここでは信長擁護の意見が多いんだな >>849
昭和後期に建て替え工事が行われるので地質も踏まえた考古学調査が実施された。
その報告の中にはごく一部に火災痕が発見されたが戦闘や遺体の痕跡など記載が無い。
その同年代と推定される火災の痕跡も織田がやったのか?の論理的に著しい問題がある状態。
いずれにせよその火災の跡を戦闘の痕跡と判断するのは無理がある。
つまり考古学的に戦闘は無かったと断定する以外にない。 >>851
僧侶と称する盗賊どもが逃げ出した後(跡)だったとしか考えようがない。 アンタの創作か、いい加減にしとけよ、マジで。 >>836
順慶が東大寺布陣したせいで燃やされてしまった大仏様 織田信行 謀反
林秀貞 謀反
柴田勝家 謀反
佐久間盛重 謀反
山口教継 寝返り
足利義昭 討伐蜂起
浅井長政 寝返り
延暦寺 約束反故
荒木村重 謀反
別所長治 謀反
松永久秀 謀反
明智光秀 謀反
ノブナガさまは何度も裏切られてる
裏切られ慣れてる
裏切ったり敵対するヤツがワルイ >>851
それならば僧侶として修業をしていた証拠を提示せよ。
延暦寺は周辺の寺社に放火して廻りとても僧侶とは呼べずそれを正すよう請願があった。
次に仏教徒として修業していた話があるのか? それこそソースは?
女人禁制でありながら「女が」ではなく「美女が」と嘆く輩であった。
そもそも逃亡があったことは武田の記録に在る通りで、それを武田が大義名分として信長を批判した。 ある意味で訂正。
延暦寺で「仏教徒として修業していた話」どころか、その痕跡ないんだよな。
ありゃ出せばいいし、盗賊活動をしていた痕跡ならその調査で発見させている。 >>850
新史料が発見されるたびに定説は更新するからついてきてね。一度暗記すれば一生ものってモンじゃないの歴史はw
それしないなら、少なくとも決めつけて威張らないでね >>6
信長は意外とそうやな。秀吉なんかしょっちゅう命令違反してるけど、お咎め無しやし。秀吉の奥さんをフォローする手紙出したり、意外と優しい。秀吉の方が酷いわ。 >>830
民衆は寺社勢力による座を支持していたんだけどな。
だからバカ信長は民衆を大虐殺したわけ。
井沢みたいな馬鹿の言うこと鵜呑みにしてると頭がチョンになるぞ。 信長は助け舟出したり、猶予与えたり身内には優しい
光秀には身内過ぎて要求厳しくしちゃったんだろうね。
そこを「信長に天下取らせたら幕府再興どころじゃない」と光秀がクーデター。
信長も人の心までは読めなかった >>856
その話の延長で信長がオカマ(女装壁)だった説が一時期あったよね。
信長の文面というか文字などが女性っぽく凄まじく丁寧である。
それでオカマ扱いされてた話ってある意味でひどくないか?
さらに酔う(完全な下戸なので否定されている)と女装して舞うとか変な説はいったい何だったんだ? >>1
当時の比叡山は今風で言えば信徒の信仰心利用して一揆と言う名のテロをやらせてたISみたいなもんだったんだぞ >>862は
>>859 宛て
今日というか最近、読み込みエラーなどや誤作動と思われる変な規制が特に多い。
他のイタでも私だけでなくエラー(異常)が多い苦情(報告)があるが運営はどうなっているの? ワラビをたくさん生やしたかったんだよ
焼け跡によく生えてくるから 法華一揆
日本の戦国時代に起きた、京都における宗派間の紛争である。
日蓮宗の立場からは「天文法難」、ほかの宗派からは「天文法華の乱」などと呼ばれる。
法華一揆は、日本の戦国時代の京都における天文年間に起きた宗教一揆である。
延暦寺は近江の大名・六角定頼の援軍を得ると、7月23日に延暦寺・六角勢が総勢6万人を動員して京都市中に押し寄せ、法華衆2万と交戦した。
他方、法華衆は5月下旬から京都市中に要害の溝を掘って延暦寺の攻撃に備えていため、戦闘は一時法華宗が有利であったが、次第に劣勢になっていった。
そして、27日までに延暦寺・六角勢は法華衆に勝利し、日蓮宗二十一本山をことごとく焼き払い、法華衆の3000人とも1万人ともいわれる人々を殺害した(天文法難)。
28日には、最後まで抗戦していた本圀寺が陥落している。
さらに延暦寺・六角勢が放った火は大火を招き、京都は下京の全域、および上京の3分の1ほどを焼失。兵火による被害規模は応仁の乱を上回るものであった。
当時の日蓮宗や延暦寺などの仏教勢力は、現代人が「寺」と聞いて思い描くような平和的な集団ではなく、武装した僧兵を抱えた武装集団であり軍閥であった。
そして、日蓮宗は他宗の僧侶に度々往来で因縁をつけて論破し、大きな騒ぎを巻き起こした。
延暦寺などは、武力行使をちらつかせ周囲の他宗派の中小寺院を恫喝・恐喝し、もとの宗派のままでの存続を許す代わりに上納金を納めさせて「末寺」化し、
事実上支配下に置いてしまうという乱暴・横暴なことを繰り返していた。 まあ別に信長自身は仏教を嫌っていたわけじゃないしなぁ
単に敵対する奴は坊主でも容赦はしないと
同じ一向宗でも信長と敵対した本願寺派は徹底的に潰そうとしたが
早々と信長に帰順した高田派に対しては信長も手厚い保護をしていたわけで 法華の乱で比叡山に焼き討ちにされた法華宗からしたら、比叡山焼き討ちされてもザマーだった。また本願寺も山科を追い出された過去から特に同情もしてない >>868
恭順する奴素直に従う奴には警戒心なくまるっと信じてしまう
むしろ甘々で大丈夫かとなる
対応キツかったのは超絶ブチ切れさせた伊勢長島くらいか 当時には珍しく合理的な人だったと言う事ではないかな。 光秀は真面目で忠誠心もあって信長は可愛がるのではなく安パイに思って邪険に扱ってしまった
逆ギレされるまで気付かないのは信長の不覚、何というか殺せんせーと死神みたいなものかな 当時、商工業者は法華宗や禅宗が強かったから信長もこの二派には特に手厚くしていた。京都は法華宗、堺は一休さんの布教活動の影響で禅宗だったので。 >>874
信長がヤバいやつだとガチで粛清しようとしていた。気づけば光秀は荒木の所領も含めて近畿全域での経済力、動員兵力が信長脅かすほどの存在になっていたから。 >>873
ほんとそれだけの話なんだけど余計な目的や意図があったことにしたがるやつ多いよね
まぁそういうのあれこれやるのも歴史の面白さなんでとかく文句を言う気はないけど、架空小説みたいなのを絶対にそうだ!として語る輩の存在はウザいな これが有ったから日本では以降、宗教戦争がなくなった。
今のイメージと当時の寺社は全然、違う。武装した利権集団であり、
通行料はとるは、宗派で殺し合いするは、やりたい放題だった。
信長が宗教勢力を武装解除したから、今の日本での宗教のイメージがある。
世界中で宗教戦争は起こったが、信長は見事に解決した。
信長は警告したし、焼き討ち後も天台宗の存続、布教を認めた。
ただの焼き討ち、宗教弾圧とは全く違う。他の国なら禁教にされている。 ミツヒデがぶちぎれたのは
理由なんか簡単やん
領地召し上げられて片道切符で勝ってこい
勝てなければオマエの領地はない
といわれたら
だれだってブチ切れる 虐殺でも演出でもなく時代がリアリストの信長に追い付いて来なかっただけの話だろといつも思う
定期的にこの話題を出す意図を逆に知りたいわ 信長は合理主義者じゃない
昔は信長を無慈悲な独裁者みたいにイメージづけられてたが
その後一転、近代的思想を持った天才と持ち上げて結局おかしなことになってる 因みに浅井朝倉との戦いや一向宗との戦いで信長は兄や弟を何人も殺されてるからな
それだけ厄介な相手で手心加えてられなかった
因みに和歌山の根来衆は信長に雇われていたが雑賀衆は敵対した
秀吉の時代は逆で根来衆は滅ぼされた >>876
今有力な説は将軍足利義昭の命令で明智光秀は動いたらしいよ 元々義昭の部下だし >>883
信長はただの異常性格者だよ
あと日本史上初の超売国奴
本能寺の変は売国奴成敗の意味が大きいよ カルト系の煽りは具体的には言わないから、すぐわかる >>879
あの当時の毛利は滅亡確定なんだから楽勝。 >>890
毛利飛び越えて九州まで切り取って来いって意味の日向守や筑前守だけどな
馬車馬にも程があるだろってのは理解る 焼き討ちせざるを得ない状況になった理由があるだろ。 >>879
どっちかつーと骨折りしまくった四国攻略をなかったことにされたほうがキツかったと思うけどな
面目丸潰れでプライドはズタズタ
信長は部下の心理を気にしなさすぎて裏切られるのを繰り返してる
他は失敗したけど最後に成功したのが光秀という感じ 日本の仏教の宗派の創始者のほとんどは
比叡山で修行をしている
比叡山はいろんな経典を学ぶ仏教の総合大学のようなもので
数多くある経典の中から何を重視するかでいろんな宗派が生まれてきた
比叡山で仏教を修行していた証拠をあげろとか言ってる馬鹿がいるけど
比叡山出身の高僧が数多くいる事がその証拠 第一次信長包囲網
浅井、朝倉、比叡山
本願寺、雑賀衆
三好三人衆 四国の三好 摂津荒木村重 大和筒井順慶
六角氏
1570年12月までにこれらと和睦
1571年足利義昭がこれらの勢力と武田信玄に御内書を下しはじめる
信長と義昭の対立が表面化
1571年9月延暦寺焼き討ち
冬の到来と朝廷と義昭の権威を使って一時的に和睦して
織田家滅亡は回避したけど
状況は大きく変わらず周り敵ばっかりでまた戦いになったとき
京都に近くで信長に敵対してる比叡山を放置するのは
敵に安全エリアを与えるようなもので戦略的にも戦術的にも最悪で
また浅井朝倉に比叡山に篭られて包囲してる間に
他の勢力に攻められると織田家は危うい
当時の織田家では多方面作戦をするのにも限界がある
織田家が生き残るためには延暦寺焼き討ちをやるしかなったと思うよ 比叡山が法華宗を攻撃した事を信長の焼き討ちの正当化の理由にあげている奴がいるが、
法華宗は他の宗派に対して異常なまでの攻撃性のある性格を持っている事と
直前に浄土真宗に対して法華宗が攻撃を行なった事を意図的に無視している 信長は法華宗の擁護者だったみたいな意見も散見するが
安土宗論で法華宗を一方的に処罰したり
堺妙国寺の蘇鉄を無理矢理召し上げたりと
延暦寺本願寺と同様に弾圧してるよ 1574年くらいまで信長ってピンチの連続だからね
討たれてもおかしくなかったけどラッキーもあった
武田信玄の侵攻 仮の話。
織田信長が総理大臣となり、彼の時代のルールで創価学会を焼き払っても文句言う奴はいないよ。 信長や秀吉は欲しい物を無理矢理にでも献上させたイメージ沸くが、
家康にはそういうイメージ沸かない
天下取れる人間の器の違いかな >>55
佐久間・武井が焼き討ちに反対したってソースは江戸時代に入ってから編纂された甫庵信長記にしか記載がなく、信憑性は極めて薄く当然一次史料にはない話
また武井夕庵は基本信長の取次役を務めてたが、取次だけに止まらず元亀〜天正年間初期にかけて、毛利との外交交渉を秀吉と共に行ってて、小早川隆景とやり取りしてる書状が多数残ってる
茶人だから影響ないってのは間違い 信長の残虐さが強調されがちだけど、よほど僧の方が堕落してたんだろうな 信長は後に真言宗の高野山も焼こうとしたが、
明智光秀の信長暗殺で沙汰止みになった
しかし、信長の後を継いだ秀吉も高野山攻めしようとしたが、高野山が侘び入れたんで沙汰止みになった
比叡山も信長に侘び入れれば焼かれずに済んだ 信長の孫の織田秀信が高野山で餓死したというのも祖父の行いの報いかな >>885
信長って都合が悪くなると味方を捨てて自分だけ単騎で逃げ帰るんだよなwww
だから逃げ遅れた弟や家臣たちが相手に打ち取られてしまう。
信長は自分のことしか考えないサイコパス。
明智光秀に殺されたのも自業自得。 神仏というより信長がクリスチャンとも言われているから偶像崇拝と好き勝手やっていた僧兵をまさに地獄の炎的なやり方でとしか....
自分に返ってきたけどな >>910
挟撃→撤退戦の状態で大将の首を取られたら終わりというお前以外の馬鹿でもわかる事態を避けてるだけやでボウズ
今川を討ったのは誰かデカい声で言ってみろ
しかもそれだけだし
逆に他の戦いでは大抵先陣切ってる無謀者なんだがそれすらも知らんのか >>比叡山を焼き討ちした織田信長
これって足利義昭が信長包囲網を作る為に
各大名へ書いた書状(過大広告)を元にしているだけで
実際には無かった と聞いたんだけど。 >>275
現在の日本の皇室の公式な紋章は十六菊花紋でありますが、日本の皇室に古くから伝わる紋章の一つに、獅子と一角獣の組み合わせの図柄があるようです。
明治時代に来日したスコットランド人、ノーマン・マクレオド氏の本から抜き取った写真を以下に示していますが、旧皇居である京都御所の清涼殿にある天皇の座の前には、獅子と一角獣の像があったようです。(平凡社 世界百科事典)
同じく、獅子と一角獣が盾を支えているデザインです。 盾の内側に12匹の獅子がいますが、これはイスラエル12支族のことを表しているのでしょうか。
そしてこの紋章の頂上にある、ダビデの星(カゴメ紋)を散りばめた、大きな六角形の星を意味する物は何なのでしょうか。 >>897
それは法華側が他宗に宗論や説伏したり一揆してたから。最初に悪いことしたのは法華 今の比叡山行ってみ?
日本一金ばかりかかるから
閉館間際で柱の陰で俺が見えなかったのか、若い坊さんが二人で金のゲスイ話してたわ
守銭奴のイメージしか残らなかった >>910
引き際早いのは大将の才能のうちだわ
大将だけは逃げるが勝ち
実際逃げて生き延びて反撃した信長が勝ってる 堕落してたからよくやったよ。
今も金持ち坊主多すぎ。 今の坊主、寺で考えたらダメだよな。既得権益の権化で軍隊まで持ってる商売仇。中世体制を〜ぶっ壊す〜、のが
信長のスローガンだからな。避けては通れない敵。警告してるのに、平気で浅井朝倉匿ってるからな。それはもはや敵w >>912
>大将の首を取られたら終わり
負け戦の総裁選に出ようとして「アンタ大将なんだからさ」
と止められてウルウルしてた加藤某を思い出したw >>919
結局それで家臣の信頼を失って家臣に焼き殺されてるんだから信長の負けだよwww >現代に生きる私たちは、「神聖な神社仏閣に対してなんたることを!」と考えがち
いや、全然考えない
高額な戒名料なんて請求してくる寺なんか焼き討ち・なで斬りにされちまえば良い 坊主が酒池肉林してて警告したにも関わらず止めなかったから焼き討ちしたと聞いたけど >>910
劉邦「せやろか?」
軽くするために息子を馬車から投げ捨てるw >>926
家康「そやな」
邪魔になった息子と嫁を始末する 今のソウカとか見てると信長の苦労も相当だったんどろう 今も昔もそんなに寺の実態は変わらんよ
武士が今の暴力団と実態が変わらんのと一緒 マッドマックスと同じで警察が存在しない暴力が支配する世の中だから
寺も自衛しなければいけないのは当然
寺には僧だけではなく世話をする寺男を抱えてるんだから当然家族もすんでるはず
浄土真宗の僧も比叡山で修行してるんだから妻帯してたとしてもおかしくない
結果比叡山に女が住んでいたとしても何も不思議ではない >>923
相次ぐ謀反はそれじゃねえ。何十年越しのリストラへの恐怖感、鬼のムチャ振りノルマによる焦燥感とかだろなw 武装して敵勢力に味方してる集団の拠点が寺だっただけ。逆らうなら武力で排除するしかないのは当たり前 >>928
かといって学会焼き討ちにしたら、さすがにヤベー奴って現代でも言われるべ 織田信長は津島神社や熱田神宮を庇護していたから、神を恐れないということはないと思う。 信長が家臣の謀反多かったのは片手落ち人事とえぐいノルマのせい
なんだかんだ身内には甘いし基本悪い奴じゃないんだが評価の判断基準が独特で読みづらい
離反しても詫び入れると単純に許してしまうあたりも信長のアンバランスなところだよなと思う 家康さんがうまく付き合えたのも信長さんが牙抜きまくったおかげじゃないのかね 当時の寺院はただの武装勢力
それを潰してまっとうな宗教組織に変えた信長は英雄だよ 今で言うと肉食ってベンツ乗り回してる坊主を寺ごと焼却処分しただけだよ >>939
そんな生易しい存在じゃなくて今で言うならISISだろ >>940
天皇の弟がトップなのにテロ組織に見立てるとはサヨかよ 当時の坊主は今のイスラム国兵士みたいなもんだったんだろ 坊主焼き討ちにしようとしたら女もゴッソリ出てきたんだろw
まあそういう腐ったのはバッサリ行くしかないのは当然 NHKでやってたけど、信長がキチガイなんじゃなく、やりたい放題の不良坊主どもを屠ったらしいじゃん、騙されたわ 神仏恐れてなかったのは女と酒に溺れてた坊主どものほうでは 今の時代も坊主の本質は変わらんだろ
民衆から金集めて遊んでおる たしか信長の出かけてる間に物見遊山に出かけただけの罪のない下女を皆殺しにしたはず
信長が冷酷で鬼のような性格というのは史実といって良いだろう >>953
信長公記だけがソース。信長公記は細かい記載も当時の他の人の
日記とかで裏付けられていて信用性が高い。
けど、「信長に逆らったらこうなるぞ」っていう見せしめの残虐記事は
裏付けがないか、裏付けが不十分なものが多い。 >>954
信長公記も首巻(信長生誕〜上洛まで)はかなり信憑性薄いけどね
首巻だけ太田牛一の自筆原本がないし、1巻〜15巻は1冊1年ペースの編年体なのに、首巻は信長生誕の1534年〜67年の出来事を1冊でまとめてあるし、その上編年体でもない
後世に牛一が加筆したのを第三者が写したって可能性もあるけど、全く無関係の第三者が創作したものなのかもしれん >>911
いやクリスチャンではなくサタニストだろ。
自分で自分の事を魔王だと言ってるし
例のドクロの金箔の盃もあるし。 >>927
今川の嫁とその息子だけはガチみたいだぞ?
親今川クーデター未遂
信長「そっちの家の好きにすれば良いんじゃね?(俺も弟の謀判二回まで許したし)」
家康「って言ってるから許そうかと…」
家臣「それで許したら大大名の織田に疑われるかもしれない だから殺せよ 三河と妻子とどっちが大事や!」
家康「…処刑する」
晩年家臣が「嫡男の領地が少ない」と愚痴を言ったときに
「お前も嫡男は可愛いのか!」と嫌味を言ったとかw
家康さんカワイソス
家臣「俺の娘婿の親父と弟助命して!」
家康「駄目!」
家臣「じゃあ殿と戦するわ!」
家康「…助命する」
家康さんの立場の弱さは異常w >>859
その酷いはずの秀吉が、焼き討ちで寺から逃げる信者の農民達を見逃してやったというのも有名な話 信長が天下泰平の世の中を望んで人が安心して笑って暮らせる世の中を作りたかったなんてのは後世のフィクションだから
当時の治世の政治思想といえば儒学だけど信長が儒学を学んでいたかどうかわからない。
私利私欲か個人的勘で政治を行っていたのかもしれない。
一方寺というのは思想に則った行動原理に基づいていると考えられる
仏に民が支配される世の中を作るのが目的ではなく、
民の幸せのために仏の教えを広めようというのは今も昔も変わらないだろう >>953
それも殺害したとされる部分の記述が、
解釈によっては殺したという意味ではないとも読み取れるから疑問視する説もあるよ >>960
三河は国衆が強いから
味方にいるには心強いけど敵に回すとめんどくさいw 加茂河の水、双六の賽、山法師、是ぞわが心にかなわぬもの
平安時代から為政者を悩ませたものをブレイクスルーしたんだから
信長てやっぱすごかったんだろうな これ、時の坊主たちの暮らしっぷりも書かなきゃダメだろ。
それに、高僧も殺したっていうが、
その高僧さんたちも、当時の坊主たちの不良っぷりを改めようとしなかったのかね。 >>953
それは歴史を知らない人の見方だ
これはもう孫子の真似だと歴史好きなら直ぐわかるのだが >>969
残虐行為としてばかり言及されるけど、宗教勢力による政治干渉を排除した功績を評価すべきだと思うわ。
明治維新が倒幕だけですんなり成し遂げられたのは、宗教勢力の抵抗が無かったからだしな。 武器で人を殺め、肉を喰らい酒を飲み女を抱く自称坊主に仏罰が当たらんのだから、そんなインチキ仏教集団など
恐るるに足らんだろ。
俯瞰で見れば、信長を台頭させ不良僧侶を撲滅させたことが神仏の意思による罰なんだろうし。 坊主って言うのは現世から離れて存在してこそ認められるんであって、当時の比叡山や一向宗は軍事力も
既得権益も持ってるし、戦国武将と同じ土俵にいる商売敵だからな。
同じ土俵にいるんだから、普通に交渉決裂すれば戦って競うわなw 神仏を恐れないのは坊主だろ?
逆に神仏を恐れるのもどうかと思うよ。
70億人も居たら神仏も処理できないだろ? 言いなりにならない仏教徒をキリスト教と組んで潰した虐殺者だろ。
今さら歴史をねつ造するなよ。 >>975
同じ土俵に上がってきながら
「俺たちは神仏に仕えるものだぞ!俺たちに土つけると神仏の罰が下るぞ!」
って一方的にオラついてたのが当時の坊主ども
その横暴に数百年手出しできなかったのが当時の日本
法難どころか、信長は仏教界を正常化させた功労者 信長の天下だったらキリスト教やりたい放題だったのかな >>1
質問ですっ!
なんで政権与党の中枢に中国共産党の幹部みたいな人が紛れ込んでいるんですか? >>983
寺に自分の像を祭らせていたぐらいだから、キリスト教も利用するだけ利用して、あとは弾圧だろ。
自分>>神仏
という考えの持ち主が信長。 >>1
スコセッシ監督の沈黙〜サイレンス〜を観たが、悪役のイッセー尾形の演技、凄すぎ 神仏の権威を笠に着て特権階級か何かのように思い上がってる宗教家連中が一番の腐れ外道だってこと 神仏を恐れてなかったのはクソ坊主のほうだろw武装坊主とか神や仏の許可とったのかよ 破戒生臭坊主は成敗してよい
オマエのことだよ瀬戸内ジャクソン レス数が950を超えています。1000を超えると書き込みができなくなります。