※夕刊フジ
https://news.yahoo.co.jp/articles/b77002faf68c55a05544c734f81d2316c21b9195
 4月の日米首脳会談や今月の先進7カ国(G7)外相会合、そして信教の自由に関する年次報告書などで、米国の対中国姿勢の強化や
台湾海峡の重視が確認された。親中とみられてきたジョー・バイデン政権に何が起きているのか。
国際投資アナリストの大原浩氏は緊急寄稿で、リチャード・ニクソン元大統領が電撃訪中した「ニクソン・ショック」と逆に、バイデン政権が中国を見捨てて台湾を選ぶ可能性もあると指摘する。

4月16日の菅義偉首相とバイデン大統領の首脳会談では、台湾や香港、東シナ海などの問題に懸念を示し、対中強硬姿勢を鮮明にした。
だが、バイデン氏が「対面で最初の首脳会談」の相手として菅首相を招いたにもかかわらず、公式晩餐(ばんさん)会ではなく「ハンバーガー会談」が行われ、
バイデン氏らがホワイトハウスに到着した菅首相を玄関の外で出迎えないなど非礼さも目立った。

対中強硬姿勢を見せたかと思うと、習近平政権に理解を示したり、菅首相を招いたにも関わらず無礼千万な態度を取ったりするなどバイデン政権の対応が
台湾問題も含めた各方面で揺れ動いているのは、政権の本質が「背後の勢力に操られる傀儡(かいらい)政権」と考えると分かりやすい。
米中の間を取り持ってきたとされるウォール街は、イデオロギーに固執して経済を破壊し「金の卵を産まなくなった」習政権に興味はない。
次のビジネスのターゲットとして台湾や日本がロックオンされているから重要視しているのだろう。

そこで思い起こされるのが、1971年7月15日に発表された「ニクソン訪中宣言」(ニクソン・ショック)である。
これは同年10月に中華民国(台湾)の国連安全保障理事会常任理事国の地位が共産主義中国に奪われる導火線ともなった。
多数の中国国民を死に追いやった文化大革命の終結宣言は77年であるから、中国大陸の流血と混乱の時代であり、米ソ冷戦の真っただ中でもある。
その時期に自由主義の旗手米国が、共産主義1党独裁の中国と握手をするなどと考える人はいなかったから、世界中に大変な衝撃を与えた。

ニクソン氏はそれまで「反共の闘士」として世界中に知られていた。冷戦初期に行われたマッカーシズム(赤狩り)に協力した政治家として、
ロナルド・レーガン元大統領とともにニクソン氏の名前が挙げられるほどである。

ニクソン政権が共産主義中国と手を結んだのは「敵の敵は味方戦略」の一言に尽きる。
49年の建国当時、旧ソ連から毛沢東氏が掌握していた共産主義中国に多大な援助が与えられたが、スターリン書記長の死後その関係は急速に悪化。
69年の「珍宝島事件」と呼ばれる国境紛争が中ソ間で発生したほどだ。

ニクソン氏は「敵の敵は味方戦略」でこの仲互い(内ゲバ)を利用しようとしたと思われるが、現状を見ればその戦略は失敗したといえる。
「敵の敵」を味方どころか「最大の敵」にまで成長させてしまったのだ。

米国の政権が長期にわたって媚中だったのは、米国にいろいろな意味で「貢物」を献上し、ぺこぺこしていたからである。
つまり、中国は「朝貢国」だからかわいがられたに過ぎない。
習氏のように「俺が世界の皇帝だ」とばかりに「頭が高いふるまい」をし始めたら、徹底的に叩き潰すのが米国の伝統である。

「反共の闘士」のニクソン氏が訪中したのだから、「親中派」とみられてきたバイデン氏が「国連での台湾と中国の地位の再度入れ替え」を持ち出しても、おかしくはないと筆者は考える。