39度でメモ途絶え…特殊清掃業者が見た自宅療養の現実
産経2021.5.25 18:30
https://www.sankei.com/life/news/210525/lif2105250027-n1.html

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新型コロナウイルスに感染して亡くなった独居男性の自宅を、防護服を着て消毒する従業員ら
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皿に置かれたパンや、市から届いたワクチン接種券も見つかった

 日々の体温を詳細に記したメモ書きは、39度を超えたある日を最後に途絶えていた−。新型コロナウイルスの影響で都市部を中心に医療提供体制が逼迫(ひっぱく)するなか、感染しても治療を受けられないまま、誰にも看取られずに自宅で死亡する患者が相次いでいる。親族からの依頼を受け、そうした部屋で遺品整理や清掃、消毒・消臭を担うのが特殊清掃業者だ。彼らが目の当たりにしたのは、住人が死の間際まで孤独と闘ったことをうかがわせる生々しい痕跡だった。

 「コロナで亡くなった家族の部屋を片付けてほしい」

 大型連休が明けた5月上旬、特殊清掃事業を請け負う関西クリーンサービス(大阪市東成区)にこんな依頼が寄せられた。

 スタッフが向かったのは神戸市内の一軒家。コロナに感染した独居の住人男性(90)が4月末、治療を受けることなく亡くなったという。

 防護服と特殊なマスクを身に着けた数人のスタッフが家に上がる。テーブルに並んでいたのは消毒液やペットボトル。皿の上に置かれたままのパンが、あまりに突然訪れた死を物語っていた。

 部屋には、神戸市から届いたワクチン接種券のほか、コロナに関する新聞記事の切り抜きが入った封筒、ワクチンの効果などを記したとみられる大量のメモ書きも残されていた。

 「マメな性格の人だったのかな」。関西クリーンサービスの運営会社の亀澤範行社長(40)はそうおもんぱかり、「本来なら孤独死とは無縁の人だったはず。医療が逼迫していなければ、助かっていた命なのかもしれない」と唇をかんだ。

 亀澤社長らは2日間かけ、部屋の消毒や所持品の整理・処分を終えた。



 5月中旬、産経新聞の取材に応じた男性の息子によると、男性は自宅で入院調整中だったという。

 感染が判明したのは4月29日。病床不足で入院先は見つからなかったが、自分で食事ができ、普通に会話もできる状態だった。かかりつけ医と相談し、改めて保健所に調整を掛け合うことにしていた。

 ところが、翌30日に事態が急変。部屋に様子を見に行った介護職員から電話があり、「お父さまが亡くなった」と告げられた。

 「高齢者だし、すぐに入院できると思っていた。後悔ばかりが残っている」。看病に向かおうとしたが、遠方にいることや感染のリスクを考えて断念したところだったという。

 亡くなった男性は薬剤師だった。コロナへの関心も高く、感染の現状やワクチンに関する記事などを集め、情報を集約していたとみられる。

 戦後の復興とともに人生を歩んだ男性は、今夏の東京五輪を心待ちにしていた。息子は「自分に何ができたのか、何が正解だったのか。今でも分からない」と複雑な胸中を明かした。



 《4月6日 午前5時 36度7分、午後4時半 37度5分…》

 近畿地方で孤独死した60代男性の自宅からは、体温と計測時間を詳細に記録したメモが見つかった。

 体調面への不安からか、1日に10回も測定を繰り返していた日も。最後の記入は「39度4分」。数日前までの几帳面な文字とは違う乱れた筆跡が、男性の身に生じた異変を想像させた。

 男性に持病はなかったというが、亀澤社長は「(状況から)コロナ感染の可能性が高いと考えている」と話す。

 警察庁によると、全国の警察が4月に扱った変死などによる遺体のうち、コロナに感染していたのは96人。うち91人が自宅や宿泊施設などで容体が悪化し、死亡していた。生前に感染が確認されていたのは39人で、死後に判明したのは57人だった。

 ただ亀澤社長の体感はデータとは乖離(かいり)がある。昨春からのコロナ下で、関西クリーンサービスには依頼や相談が急増。昨年5月ごろまでは1カ月に20〜35件程度だったが、同12月は141件、今年3月は211件にも上った。このうち、コロナ感染とおぼしきケースも相当数ある。

 亀澤社長が実感を込めて語る。「公表されている数よりずっと多くの人が、検査すら受けられずにコロナで亡くなっているのではないか」(花輪理徳)