コロナ禍にあって、景気対策「Go Toキャンペーン」の実施や「東京五輪」開催などを巡り、国民からの批判にさらされ、時に感染症の専門家とぶつかった菅義偉前首相。菅政権に欠けていたものは何か。尾身氏に語ってもらった。
(『中央公論』2021年11月号より抜粋)

(略)

政府は、基本的に我々の提言のほとんどを受け入れてくれるのですが、どうしても譲ることができない「硬い」ところがあるのです。国の景気対策「Go Toキャンペーン」がそうでした。分科会が、感染拡大地域では都道府県知事の意見を踏まえ、「Go To」の運用を見直すよう提言しました。しかし、政府が、この提言を受け入れるのにはかなり時間がかかってしまいました。

そして、最も硬かったのが「東京五輪」です。政府の五輪開催に対する思いは硬かった。我々は、専門家として科学的に評価して、人々に自粛をお願いしていくなかで五輪を開催すると、矛盾したメッセージになり感染が広がる危険性があると提言しました。もし、それでも開催したいなら、覚悟を決めて、しっかり対策を取ってくださいとメッセージを送ったわけです。

私は、専門家は机上の空論、全くの理想論を提案しても意味がないと思っています。それには批判もあるようですが、できもしないことを言っても自己満足でしかありません。だから、政府が頑張ればできるところを提案してきたつもりです。しかし、それに対して、菅政権からは「あなたが言っていることは分かるけど、政府としてはこういう方法でやりたい」「一部賛成、一部反対。だから、こういう対策を実行したい」などの反応や説明がほとんどなかったのです。
東京五輪について、政府が「開催したい理由とは、こういうことだ」「感染拡大の心配があるが、自分たちも汗をかいて感染対策を実行する。だから、国民の皆様も、このような行動を取ってください」などと誠実なメッセージを出していれば、人々の理解が深まり、国民全体の一体感が生まれた可能性があったと思います。

政治家が専門家と違った意見を持って、異なったことを実行したいという時には、国民に対して、しっかりと説明する必要があります。そうすれば、国民は納得してくれるはずです。しかし、政府からは十分な説明がありませんでした。その結果、国民は政府が何を考えているのか分からなくなってしまった。飲食店の営業時間短縮やテレワーク実施の徹底などを求めても、国民の協力が得られにくくなった一因は、そこにあると思います。

政治のリーダーには説明責任があります。私はここが、政治における「1丁目1番地」だと思います。政府は説明責任を十分に果たせなかった。そしてそれが、菅首相を退陣に追い込んだのだと思います。

(略)

中央公論

10/11(月) 6:31配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/aeebbd6a33e1b51b47c9c2c08c18dc60016abf4a