神奈川県立の知的障害者施設「中井やまゆり園」で明らかになった不適切な対応に対する報告書が、県の設置した外部調査委員会により提出された。報告書によれば虐待疑いが25件と明らかにされたほか、その衝撃的な内容に波紋が広がっている。俳人で著作家の日野百草氏が、社会福祉施設に長く勤めた元職員に障害者、利用者サービスにおける現場の厳しい現実について聞いた。

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「虐待は絶対にいけませんが、虐待が無くならないのが現実です」

 社会福祉施設や福祉関係機関に長く勤めた元職員(60代)に話を伺う。背が高く恰幅のいい方で知識も経験も豊富、筆者も別の福祉関係の取材でお世話になったことがある。現在は体調の問題もあり現役ではないが地域ボランティアでその経験を生かしている。

 社会福祉施設とは老人ホームはもちろん身体および心身(知的)障害者、生活困窮者などあらゆる福祉サービスの施設を指す。あえて大きく書いたのは、彼はそのすべての施設を経験してきたからだ。ある意味、この国の福祉のあらゆる現場を見てきたと言っても過言ではない。

「利用者が弄便(ろうべん)する、血だらけのナプキンを投げつける、職員が後ろから殴られて失神する、これもまた現実です」

 淡々と語る彼の口からは非常に厳しい現実が具体性をもって挙げられる。断っておくが本稿、決して虐待を肯定するわけでも、これらの行為を興味本位に取り上げるわけでもない。また福祉業界の用語はなるべく平易に置き換えているが、一部は説明を加えた上で原文ママとする。ちなみに弄便とは大便で遊んだり、食べたりの行為である。また便宜上、施設における福祉関係者は「職員」、障害者は「利用者」とする。

「体の大きな30代の男性利用者がお尻から便を取り出しては人形のようなものを作って遊びます。80代の男性利用者は軟便を床に漏らすと手でワックスがけのように塗り拡げます。高齢利用者の中には排便機能が低下している方もいますから下剤を使って排便コントロールをしている場合があります。そうなると大量の泥状便や水様便が出ます。意思疎通の難しい状態の方だと撒き散らしたり、床に倒れ込んで泳ぐような仕草をしたりで全身が大便まみれになります」

 泥状便とは泥のような便で、水様便は水のような便、いわゆる下痢便である。

「彼らなりの意味があってしている行動で、自分を綺麗にしようとして別のところに塗りたくるとか、遊んでいるつもりとか、おむつが気に入らないとか、怒られるので便をシーツの中や引き出しの中に隠す場合もあります。彼らにとっては意味のある行動ですから、その行動を肯定する言葉で落ち着かせてシャワーに連れていく、そればかりではありませんが、施設では別に珍しくもない日常です。清掃作業もまた日常です」

(中略)

 こうした利用者の側に立つ、そのやり方は施設や職員により様々だろうが、とても難しいことだと思う。

「人形の出来が悪いと思ったら壁に投げて壊しますし、満足すれば何体でも作ります。24時間3交代とかその方のみ、つきっきりでお世話をするなら止められるかもしれませんが、まず無理です。気に入らないことがあると暴力に訴えてきますから職員が危ない。それなりの清掃となり、臭いもとれませんが、もう仕方がないのです。本人がその臭いを好きな場合もありますし、それがお気に入りの場所なのですから」

 他者および自身に対して危害を加えようとする行為が常態化している利用者もいる。強度行動障害にまで至らなくともそれに近い行動で他害を繰り返す。どうしても落ち着かない方はどうするのか。

「施設の方針にもよるのですが、医師の許可をいただいていれば投薬です。現実には落ち着かずに暴れてしまう方もいます。噛みつかれたり、引っ掻かれたり、殴られたり、とくに私が個人的に痛いのはつねりですね。若い男性入所者に全力でつねられると場所にもよりますが本当に星が飛びますよ。大人の手加減なしのつねりですからね。あとは拘束(後述)でしょうか。それ以外はとにかく我慢です。障害者虐待防止法もありますが、やはり入所者にも理由があり、そのたびに試行錯誤で対応します。認知症でも男性が暴れると思わぬ力を発揮する場合があります。ご高齢でも体力的に若い方もいますから」

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