なぜたった1日で会社を辞めてしまったのか。
理由を訊ねられると、雨のせいだ、といつも答えていた。
私は雨の感触が好きだった。
雨に濡れて歩くのが好きだったのだ。
雨の冷たさはいつでも気持ちよかったし、
濡れて困るような洋服は着たことがなかった。
ところが、その入社の日は、ちょうど梅雨どきであり、
数日前から長雨が降り続いていた。
そして私の格好といえば、着たこともないグレーのスーツに黒い靴を履き、
しかも傘を手にしているのだ。
よほどの大雨でもないかぎり傘など持ったこともないというのに、
今日は洋服が濡れないようにと傘をさしている。
丸の内のオフィス街に向かって、東京駅から中央郵便局に向かう信号を、
傘をさし黙々と歩むサラリーマンの流れに身を任せて渡っているうちに、
やはり会社に入るのはやめようと思ったのだ。この話に嘘はない