【長崎】砲弾かお供え物か?無人島「神楽島」で謎の鉄球発見、長崎市文化財課が用途を検証中©2ch.net
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砲弾か供え物か、謎の鉄球
長崎市の式見漁港から北西約2キロの沖合に浮かぶ無人島の「神楽島」で、直径18・8センチ、
重さ26キロの鉄球が見つかった。丸い形から大砲の砲弾のようにも見えるが、
砲弾にしては大きいことなどから、市文化財課は用途などの検証作業に時間を要している。
鉄球は、同市梁川町の黒川慎一さん(66)が1月上旬、乗合船で魚釣りに出掛けた際に島内の浜辺で発見。
「鉄球の背後に表面が削れた山があったので、土砂崩れで浜へ転がってきたのではないかと思った」と話す。
珍しいと思って持ち帰り、市文化財課へ預けて検証を依頼した。
同課の学芸員、田中学さん(41)は「砲弾の可能性は小さい」と分析する。
理由の一つが鉄球の規格だ。日本製の砲弾は大きいものでも重さ11〜12キロ程度。
また江戸時代からは外国製に倣って火薬を詰めるための空洞部を作るのが主流で、
幕末以降になると円形からライフル砲の椎(しい)の実形へ移っていったという。
一方、神楽島の鉄球は規格があまりに大きく、火薬を詰める空洞部もない。
田中さんは「劣化の状態から漂流物とは考えにくく、船の重りにしても鎖を掛ける穴が見当たらない。
考えられるのは神楽島にあった神社にまつわるもの」と推測する。
「式見郷土史」(式見郷土史研究会編)によると、神楽島は、3〜4世紀に三韓征伐を終えた
神功皇后が神楽を奏したことが名前の由来という。神楽島の「飯盛岳」の山頂には1574年まで
神社があったとされる。その後は式見地区内で遷座を重ね、1868年から現在まで乙宮神社
(同市向町)に鎮座している。同神社の松本亘史宮司も「神功皇后は戦の神とも呼ばれている。
神楽島へのお供え物として誰かが持ち寄った可能性はある」と話す。
(後略、全文はソースで)
長崎新聞
http://www.nagasaki-np.co.jp/news/kennaitopix/2017/05/30091006051446.shtml
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170530-00010002-nagasaki-l42
神楽島で見つかった鉄球=長崎市松が枝町、市埋蔵文化財整理所
http://www.nagasaki-np.co.jp/news/images/short/2017/05/30/tekyuu.jpg \ /
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/ / / | i, 丶 \ なぜ砲弾だけだったか
「つつがなく」というお祈りだからです
歌丸です 鉄球≒あさま山荘だわ
ずいぶんオッサンになったもんだ 昔は人住んでたんだろうな
イースター島のモアイみたいにこの島独自の文化が生まれていたんだろう >>1
あ、それ俺のモーニングスターだわ
こんなところに落ちてたのか(^^;; 韓国人『韓国起源の鉄球ニダ!韓国領土を示しているニダ』 画像からは15cmぐらいにしか見えない。
ていうか、インチ表記が大きい写真を出すな。ややこしいだろ オーパンツ!
Г\ ))
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_ ∩ノ
__(_゚∀゚)彡
〃(\ ∞ ⊂彡
ヽ)_ノ| |
し⌒J 奉納された砲弾は全国にいくつもあるよ。
ただ金属製の古い奉納品は大戦末期に鐘と一緒に供出されちゃってるものも多そうだから、
今はあまり残ってないんじゃないかな。 >>1
新羅王の祖は日本人の稲飯命であり日本人国
稲飯命は年代的に新羅最古である
それよりも中国系の箕子朝鮮があるが 三百匁筒とか十二連発斉発銃みたいな変わり銃器の弾?
奉納用かな マグネキャッチでつかんで
近くの切り株に入れたくなる よく分からんものは何でもかんでもとりあえず宗教的なものにしちゃうのが考古学者 おお、何の縁もない関東人だが、この乙宮神社に10年くらい前参拝したわ。
ただの気紛れだったけど懐かしいな。 中に米詰めて全方位から加熱してパラリとしたチャーハン作るんだよ かつて室伏が世界に向かって投げた7つの玉のうちのひとつ >>34
謎の、が古代遺跡にかかってるのかブリオンにかかってるのか
そもそも球体だけなのか胴体もついてるのか 神様の金玉の方玉だったら戻してあげたほうが良いんじゃね 弟子:師匠、とびきりデカイ砲弾作りました!これなら敵も一撃です。
師匠:こんなの大砲に入らんだろ。頭沸いてんのかテメー。今すぐ捨ててこい。
弟子:あい、すみません。
意外とこんなもん。 >>89
あれはこれよりでかすぎるけど、あれも江戸時代当時から「なんだこれ?」って言われてたんだっけ
砲弾にしてはでかすぎて当時あんなもんが飛ばせる砲台無いしで何の玉か謎のまま、とりあえず鉄砲玉って名付けたという適当さ 長崎には鉄の玉の御神体多いよな
マザーアースもほぼ鉄の塊だし
鉄は信仰の対象でもおかしくない 俺も37年くらい前の田舎の夏休みにこんなの発見したわ。
重てー、重てー言いながら友達と坂道を転がして遊んだ記憶。 焼玉エンジンの焼玉だな
一昔前のポンポン船はみんなこれで走っていた
船頭が使わなくなったヤツを、航海安全・海難無事故の願掛けて奉納したんだな
懐かしいわ、うそだけどな 焼玉エンジンといえば戦時中に乗組員ごといきなり徴用されて、延々と南洋まで行かされて挙句に沈められたのがたくさんあったそうだ。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています