万引きで有罪となり、保護観察付きの執行猶予期間中に再犯に及んだ窃盗症(クレプトマニア)の被告に、裁判所が罰金刑を選択するケースが相次いでいる。保護観察中の再犯は懲役刑となるのが通常で、罰金刑は例外的だ。近年、再犯防止のため依存症などの病的原因を研究する動きが進んでおり、裁判所の判断に一定の影響を与えているとの見方もある。【島田信幸】

 万引きは初犯は罰金の略式命令、二度三度と再犯が進むと執行猶予や保護観察付き執行猶予の判決となる傾向が見られる。保護観察中は定期的に保護司らと面会し、社会生活の中で立ち直り(更生)を目指す。この期間の再犯は「更生が見込めない」と判断され、懲役刑が選択されるのが一般的だ。

 窃盗症に詳しい林大悟弁護士(東京弁護士会)によると、2015年11月〜今年3月、松戸簡裁、大阪地裁岸和田支部、東京地裁で保護観察中の被告に罰金刑の判決が言い渡されるケースが相次ぎ、その後確定した。いずれの事件も窃盗症の治療中か治療予定のある被告で、林弁護士が弁護人として関わった。

 松戸簡裁の事件は、過去に万引きで4回有罪となった40代の女が14年12月、保護観察中に食品25点(約4000円相当)を万引きしたとして逮捕・起訴された。女は保釈後に病院に入院し、窃盗症の専門治療を受けていた。検察側は懲役1年6月を求刑したが、簡裁は「保護観察を継続して更生に努めさせるのが相当」と述べ、罰金50万円を言い渡した。

 控訴した検察側は東京高裁の公判で「罰金刑は明らかに軽い」と主張。保護観察中の万引きの再犯について、15年中の全国の裁判結果も示した。それによると、220件のうち罰金刑となったのは松戸簡裁の1件だけで、残りは懲役刑が選択されていた。だが、高裁は「逮捕から1年4カ月再犯を起こさず、万引きの衝動がわかなくなっている。被告の更生に期待した1審判決は量刑不当とは言えない」と控訴を棄却した。

 林弁護士は「刑務所に入れば治療は中断してしまう。裁判所も再犯防止のための最良の判断は何かを考えるようになってきている」と指摘する。一方、ある現役の刑事裁判官は「窃盗症に対する認知度は高まりつつあるが、『窃盗症だから』という理由だけで罰金刑を選択するのはためらいがある。再犯防止に期待できる具体的な立証の有無が懲役と罰金を分ける境目となるだろう」と話す。

 ◇実績積む必要 浜井浩一・龍谷大法学部教授(犯罪学)の話

 認知症や知的障害などを抱えた人の再犯や受刑者の高齢化が近年、クローズアップされるようになり、「ただ刑罰を科すだけで良いのか」と裁判官の意識にも変化が出ている。ただ、窃盗症については刑務所で確立された再犯防止プログラムはなく、民間の自助グループも薬物犯罪に比べると実績が少ない。司法と医療、福祉が協力して治療事例を積み重ね、再犯を防ぐ体制を整えることが重要だ。

 ◇窃盗症(クレプトマニア)

 物を盗もうとする衝動に抵抗できずに万引きを繰り返す症状。窃盗の緊張感や成功した際の解放感を得ようとするケースが多く、拒食症など摂食障害との関連も指摘されている。米国の診断基準では、万引きで逮捕された人の4〜24%が窃盗症とのデータもある。

配信8/25(金) 15:00配信
毎日新聞
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