「不浄な生き物」として犬を忌避するイスラム教シーア派のイランで、犬をペットとして飼うことが人気になっている。宗教の伝統を重視する保守派には嫌悪する声が強いが、都市部の穏健派には「自由を求める行為の象徴」と捉えられている。(テヘラン=杉崎慎弥)

 「狂犬病の予防注射を受けているから安心だよ! おとなしいから室内で飼えるよ!」

 首都テヘラン西部の高速道路沿いの空き地に、威勢のいい声が飛び交っていた。毎週金曜日、ここで犬の闇市が開かれる。多くの親子連れらがペット犬を見定めに来る。

 闇市には、政府や市役所の許可を得ていない10以上の闇業者が参加。木にひもでつながれたり、かごに入れられたりしたスピッツやシベリアンハスキーなど約10種類の子犬が、200〜400ユーロ(約2万6千〜5万2千円)で取引されている。

 25年以上も闇市で犬販売を続けるアリさん(45)によると、ここ5年ほど、ペット犬をほしがる人が急増したという。「犬は汚いと思っている人は確実に少なくなっている。人々の意識が変わってきた」

 イランでは飼い犬を明確に禁じる法律はない。だが、番犬や盲導犬以外の飼い犬については、「ほえるのがうるさい」「不衛生だ」といった苦情が警察に寄せられれば、「公共の秩序を乱す」として没収される恐れがあるという。

 一方、イラン北部アルボルズ州では、犬を飼育・販売する業者「アトラスダム犬舎」が人気だ。同社は政府や地元自治体から許可を受け、さらに粘り強く交渉して理解のある宗教指導者から「お墨付き」も得た。

 販売責任者アリ・ケシュバードーストさん(36)は、宗教指導者の「お墨付き」を取得すれば「信用性が増し、関係機関からの許可を得るのが容易になるうえ、警察などと無用のトラブルを避けることができる」と説明する。

 同社では約2ヘクタールの敷地に33種類、300頭以上の犬を飼育している。特にポメラニアンとスピッツなどの小型犬が「室内でも飼える」という理由でよく売れているという。

■ひそかに飼う人も

 テヘランでは、公園や路上でペット犬を連れて散歩する人を時折見かける。

 自営業のハミットさん(40)はテヘラン西部の闇市で6月末、長男(10)のために600万リアル(約2万円)のスピッツを購入した。「私の周りではペット犬を飼うのは流行している。誰も汚い生き物だなんて思わない」

 だが、イスラム教の伝統を厳格に守る保守強硬派の間では、「犬は不浄」とする見方に加え、ペット犬を「西洋化の象徴」とみて反発する傾向も強い。そのため、保守強硬派らに見つかって警察に密告されることを心配し、室内でひそかに飼う人も多い。

 テヘランに10年以上住む外国人女性は、散歩中に犬を抱いて歩いていただけで周辺住民にとがめられ、警察を呼ばれたことがあるという。「モスク前で犬と一緒に待ち合わせをしていたら、宗教指導者がモスクから出てきて、犬がいた場所を水で洗い流した。本当に驚いた」と話す。

 女性はテヘラン市内のアパート…

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http://www.asahi.com/articles/ASK8Z5RNXK8ZUHBI017.html
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