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高まる敵意

しかしロヒンギャ問題については、スーチー氏は慎重にことを進める必要がある。ミャンマー世論は、ロヒンギャにほとんど同情していないからだ。
ミャンマー人の多くは、ロヒンギャはミャンマー国民ではなく、バングラデシュからの不法移民だという政府の公式見解に同意している。多くのロヒンギャの家族は何世代も前からミャンマーにいるにもかかわらず。

昨年10月と今年8月に武装勢力の「アラカン・ロヒンギャ救世軍」(ARSA)が複数の警察施設を襲撃したことで、世論の敵意はいっそう高まった。

ラカイン州では、地元の仏教徒の敵対心は、ますます強い。仏教徒がベンガル人と呼ぶロヒンギャと、仏教徒の間の紛争のきっかけは、何十年も前にさかのぼる。

仏教を信仰するラカイン族の多くは、自分たちがいずれは少数派になり、そうすれば自分固有のアイデンティティーが破壊されると懸念している。同州地元議会は、ラカイン民族党(ANP)が圧倒的多数で支配する。スーチー氏率いるNLDが支配していない、数少ない地方議会の1つだ。

警察や軍の間でも、仏教徒への共感は強い。警察官の半数近くは仏教徒のラカイン族だ。
バングラデシュとの国境沿いにあるラカイン州北部では軍が実権を握っており、人の往来は厳しく管理されている。
加えて、強力な軍部のトップ、ミン・アウン・フライン国軍司令官は、ロヒンギャにほとんど同情していないと言明している。

独立メディア

フライン将軍は現地で進行中の「掃討」作戦を、1942年にまでさかのぼる問題を終えるために必要なものだと話す。当時は、旧日本軍と英国軍の戦闘で前線が目まぐるしく変わり、ロヒンギャと仏教徒ラカイン族の間で悲惨な争いがあった。
軍は現在、戦いの相手は外国から資金提供を得ているテロ組織だと認識しており、国民の大半も同じ見方だ。

加えて軍部はロヒンギャに対して、他の紛争地域で駆使したのと同じ「4つの分断」戦略を実行しているようだ。食糧・資金・情報・徴兵について反政府勢力の地域的連携を断ち、反政府勢力を支援しているらしいコミュニティーを兵士が破壊し、恐怖に陥れる戦略だ。

メディアも要因の一つだ。ミャンマーでこの5年の間に最も大きく変わったことの中には、新しい独立系メディアの相次ぐ出現と、インターネット利用の激増が含まれる。10年前のミャンマーは、固定電話回線すらほとんどない国だった。

道徳的権威は?

しかしバングラデシュ国内で何が起きているか、あるいはロヒンギャがいかに苦しんでいるかを伝えるメディアは、ほとんどない。その代わりに多くのメディアは、ラカイン州で住む場所を失った仏教徒やヒンズー教徒について詳しく伝えてきた。
ミャンマーではソーシャルメディアも人気だが、その分だけ偽情報やヘイトスピーチがたちまち拡散した。

つまりアウンサンスーチー氏はラカイン州で起きている事態ついて、実際にはほとんど権限を持っていないのだ。そしてロヒンギャ支援を表明しようものなら、ほぼ確実に仏教徒の国家主義者たちの怒りを買うはずだ。

スーチー氏の道徳的権威をもって、ロヒンギャに対する一般市民の偏見を変えられるかは分からない。スーチー氏は、ここは賭けに打って出るべきではないと計算したのだろう。彼女は一度こうと決めたら、非常に頑固なことで知られている。

ラカイン州における軍部の行動について、もしアウンサンスーチー氏が批判しやめさせようとした場合、軍部に排除されてしまう危険はあるだろうか。軍部にその力はある。今の状況では、国民の支持もある程度は得られるかもしれない。

しかし、現在のNLDと軍との権力分割の取り決めはおおむね、軍が2003年に民主化への7段階の行程表を発表した当時から意図していた内容だった。これは念頭におく価値がある。
行程表は発表当時は見せかけに過ぎないと、相手にされなかった。しかし結局、それから14年の間にミャンマーで起きた政治的展開は、行程表にぴったり沿って実現した。2015年総選挙で軍系の政党が大敗しても尚、軍は未だに国内で最強の存在だ。
ただしこれまで違い今の軍部には、アウンサンスーチー氏という隠れ蓑がいる。おかげで軍の行動について国際社会は、軍部ではなくスーチー氏に徹底的な非難を浴びせているのだ。

終わり