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■道路工事で働く人たちに使ってほしかった

 開発の途中から、伊部氏は心の中で、ある明確なターゲットを思い浮かべていたという。

 「実験をしていたころ、道路工事の現場を見たら、作業している人たちが全員、腕時計をしていなかったんです。壊れるからでしょうが、屋外で時間がわからないのは不便だろうなと思いました。だから、その人たちに使ってもらえる丈夫な時計を作ろう、と思っていました」(伊部氏)

 国内でGショックが売れ始めたのは、90年代に入ってからだ。米国西海岸のスケートボーダーの間で流行し、それが日本に逆輸入され、ストリートファッション誌で取り上げられるようになった。情報をつかんだ増田氏が幹部を通じて取締役会に販売促進を働きかけたが、当初はなかなか理解してはもらえなかったという。

 ブレークスルーのきっかけは、取締役の息子が発した「お父さん、Gショック買ってよ」のひとことだった。それを聞いて、上層部もようやくGショックが若者の間で流行していることを知った。当時も今も、開発者たちの苦労はそれほど大きくは変わらないものだ。

おわり